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★★Java質問・相談スレッド156★★

811 :デフォルトの名無しさん:2012/09/08(土) 00:35:35.57
>>809
コピペに反応しておく
昔は人が生きていくうえでのリソースが絶対量として足りなくかつ偏っていたので、そういうこともしかたがなかったのだろう。

しかし今は違う。たとえ社会に貢献する能力が不足しているといっても生命の価値に差はない、とするのが現代だ。
出生前にある程度判明しかつ産む産まないの決定権は両親特に母親にある。
母親が産むと決めたのならばたとえ障害を持つものであっても社会がその一生を支援してもいいはずだ。

知的障害をあえて取り上げているようだが、これが知性に影響のない生まれつきの視覚障害者であれば、>>809 の論拠は現時点で崩壊する。
あるいは生まれながらの障害者と中途障害者にどれほどの差があるというのだろうか?

旧帝大に入学できないと判明した時点で、社会貢献の可能性が乏しいとして、食肉となる社会、
そこまでいかなくともある一定の地位以上には絶対に到達できない昔の武家社会だったらどうだろう?
そんな社会を現代に是認できるか?

今は出自学歴思想等により可能性を閉ざすことは表向き上ではありえない。
そして生まれながらにハンディキャップを持つ場合も、その生活を支援する社会でありたい、というのが現代の論調。
最近ではマイケル・サンデルがその理論を明晰に説明していた。興味深い話であった。

古代解決不可能であった問題も生産力の増強とリソースの配分方法により基本的に解決される。
ただし現代でも解決困難な問題は、そのリソースの配分の具体的方法、そして生産力の増加を上回って人が偏って増えてしまうこと。

おまいら sex するな

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