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憲法改正ってなんのためにすんの?

1 :名無しさん@3周年:2012/12/17(月) 13:55:38.70 ID:DwHpY1kI
今の憲法でも自衛はできるんだよね
だったら今の憲法のままで核持てばいいと思うんだけど
そうすれば中韓に舐められないし、イラクみたいに大義のない戦争まで行くこともない
要は日本は絶対侵略戦争しませんよっていうスタンスで軍事力を上げていけばいい
拉致被害者取り返すのだって自衛の範囲だから今の憲法でも可能でしょ

903 :名無しさん@3周年:2013/02/23(土) 23:24:02.21 ID:jSryGnFN
そして固定化明瞭化したS&Sセット群を脳内で構造化するわけだ。
それを通して世界の構造を明らかにする、と。

夜空に輝く光の点に水星だの金星だの火星だの木星だの土星だのと命名し
SとSセットとを仲人する。
そしてそのS&Sセットを脳内であ〜でもないこ〜でもないといじくり回し、
やがて天動説、そして地動説という世界の構造を明らかにしてきたわけだ。

904 :洲蛇亜林:2013/02/23(土) 23:25:35.69 ID:n/bPFy32
まあ、同じ「物」でも千差万別で「個性」があるのだけどね。人間の「顔」は千差万別で、どの顔も見飽きることはない。
「犬」も同様だな。だから、概念や言葉が必要ないというのではもちろんない。ある人の顔の「個性」を脳内で思考する場合には、もちろん言葉を使わなければ不可能。
結局、何が言いたいのか自分でもわかんなくなったが(笑)。

905 :名無しさん@3周年:2013/02/23(土) 23:35:54.92 ID:EQCvE2mF
>>895
なんだ、ちゃんとした話をするための布石でしたか。
カスなどと言って大変失礼しました。

906 :名無しさん@3周年:2013/02/23(土) 23:44:03.35 ID:jSryGnFN
我々の素朴な感覚ってのは、天動説を支持するわけだ。
だって地面が動いてるって感じないもんねw
で天動説の世界観がず〜〜〜と社会に継承されてきたわけ。
だけど現在の我々は地動説の世界観を持っている。
ならば時間軸上のどっかで転換したはず。

人間の創造や個性や自由は、高いビルもひとっ飛びって
わけには行かないけど、やっぱり「有る」としか言いようが無い。
世界を丁寧に切り分け、SとSとを結婚させ、そのS&Sセットを
脳内で構造化する。そんなこんなで数百年。
ケプラーさん、コペルニクスさん、そしてガリレオさん。
多くの不自由の時代の中、貴方達の魂は決して不自由なんかじゃなかったよ。

907 :名無しさん@3周年:2013/02/23(土) 23:52:32.53 ID:f434p0mv
「ID:cr0QfieR」が「ID:HJLvaSWP(思うよくん)」に対し「質問の答えとしても全くの的外れです。」という指摘はもっともだと思う。
理由は以下の通り。

     命題                      (真理条件)
「帝国憲法は憲法として信任されてる」   = なぜならXという法学的体系に照らした条件が認められるからだ。

「日本国憲法は憲法として信任されてる」  = なぜならYという法学的体系に照らした条件が認められるからだ。

帝国憲法が憲法として信任されてとするなら、その条件X と呼べるものは何かを明らかにした上で、
その条件はYと同じである事の説明できないと、
「帝国憲法は憲法として信任されてる」から「日本国憲法は憲法として信任されてる」といった主張にはなんら根拠が無い。

よって思うよくんによる真理条件の説明を抜きにしたまま、「帝国憲法は憲法として信任されてる」=「日本国憲法は憲法として信任されてる」といった説明は、
質問の答えとしても全くの的外れだと思う。

908 :洲蛇亜林:2013/02/23(土) 23:53:34.67 ID:n/bPFy32
>>895
>一度決まったことはいかなる批判も許さないなどということは、それこそ民主主義の否定だ
全面的に同意。それなら、ヒトラーに全権を与えるような決定への批判は許されなくなり民主主義を自ら否定することになる。

民主主義は、絶えざる検証と修正のシステム。だから当然、決定されたことであっても、それへの批判と議論の自由は許されていないといけない。
そして不都合と認められた場合には、民主的な手続きに則った上でその決定は修正されるか別な決定に置き換わる。
これは、人間は有限で不完全な存在であり、絶えざる改善を通じてしか前には進めないという人間観を前提としたものだから。

909 :名無しさん@3周年:2013/02/23(土) 23:54:19.11 ID:f434p0mv
>>>851

多くの国民が、自民党憲法案では徴兵制が制約されていないとするのがコンセンサスで、
かつ徴兵制に反対だとするなら、憲法に記述することは賛成ですよ。

しかし、あなたや俺(不安を持っていたらですけど)といった個別的な存在に認められる不安について、
細かく憲法に列挙すると、法律の解釈にしても国民の中で割れるのだから、百科事典のような憲法が出来かねない。

また、例えば「徴兵制に該当するような、意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない。 」
といったような表現にした場合、「意に反すると否とにかかわらず」という意味内容がむしろ限定され、
新しい社会状況に憲法として対応できない可能性だってある。
最初に書いた状況によって賛成するにしても、あなたが思いつかないような工夫が必要だと思いますけどね。

910 :名無しさん@3周年:2013/02/23(土) 23:55:34.99 ID:f434p0mv
>>892

>「公共の福祉」による制約で充分だ。

現憲法でも事案によっては、公共の福祉には公益という概念が含まれてることから人権は制約される。
文言として明確に示すことになったのは、人権を制約するにあたり、現憲法における「公共の福祉」の意味内容を列挙し、
憲法学説にみられる乱れを収束させ、自民党が思い描く法としての明確性を示す意図があったからだと考えてます。
明確性を介し、人権には制約があるという予見性について国民が持つ事によって、他者に対する配慮を熟慮する機会が増えることは、
司法や行政の介入を求めなくても、社会安定の貢献に少しは近づくのでは考えています。

>その社会空間に於ける規範が、そこでの成員の行為の最大公約数といってもいいと思うが。

だったら(>799)で「単元的にしか想定しておらず」とあなたを指摘した時点で、勘違いであることを言えばよかったでしょう。
勘違いであるという訂正に対する遅れは、言われてはじめて理解したと思われても仕方ないと思いますよ。

911 :名無しさん@3周年:2013/02/23(土) 23:57:01.54 ID:f434p0mv
>>896

社会とは人間同士の関係が成立した状態にあるのだから、人間の個性を形作る上で、他者との関係性が無視できる訳が無いでしょう。
極端なことを言えば、人間社会のように、同じ身体を持つという状況からの類推によって、共有できる関係性だってある。
見知らぬ在日だったかもしれない人だって、それは人間社会(それに大よそ日本人)に属する他者だから自分にも深い影響を与えるのであって、
自分の個性を作ったのは、自宅に飼ってるネコだと思いますと主張する人は、限りなく少ないだろう。

912 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 00:03:49.17 ID:bI60P+we
>>898

>そういう「決まり事」を通してこそ、表現はなされるわけだから「制約」と呼ぶのが適当なのかなぁ。

適当ですね。「なんて言っていいのかな〜」では、社会にフィードバックできる能動性がある事を意味しないように。
人間が社会にフィードバックするには、先験的な制約の中で許される自由からでしかできない。

913 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 00:09:25.10 ID:6VljE1yO
結局、一般人も使ってないでもない「公益」だの「公の秩序」という
シニフィアンに対応するシニフィエが、一般人の脳内ではファジーな
雲であり、憲法学者や法学者の脳内では固定化明瞭化してるのかも
しれないっていう用語法のズレが原因かと。

だったらいっそうの事、内在制約とか外在制約っていうシニフィアンと
シニフィエが1対1対応するような専門術語を憲法に書き込むってのも
手かと。

って事で、俺の脳内の言語学ゴッコと憲法論とがうまく補助線繋がったww

914 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 00:14:10.41 ID:bI60P+we
>>900

俺もそう思ってますよ。「何て言ったらいいのかなぁ〜〜〜〜〜」というのも、脳内における言語化であって、
脳内にボンヤリと浮かんだ「雲」を言語化できないって意味ではないと思いますね。

915 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 00:20:47.06 ID:6VljE1yO
「意味」ってのは個人と社会間のフィードバックだけでなく、
個人内でのフィードバックでもグルグル回るよ。
意味が「何て言ったらいいのかなぁ」なファジー状態で個人の
脳内でグルグル回り、ある時グッドなネーミングがひらめくって
事はある。

実は社会の中でも同じだと思う。
「左翼」とは違う「サヨク」、「ネット右翼」とは違う「ネトウヨ」とか。
その命名がされる以前に、社会の中で「何て言ったらいいのかなぁ」が
共有されてたからこそ、一気に広がったわけで。

916 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 00:27:20.28 ID:bI60P+we
そういえば、赤ちゃんのように言語を身につけておらず脳内では言葉に表せない表象があると言えるかもしれませんが、
ヘレンケラーがそうであったように、人間は言語を与えられることで、何を経験していたのか知りえた時点で、
社会という規範の中でしか、思い描くもできない存在に移り変わるのだと思います。

917 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 00:43:42.68 ID:6VljE1yO
>>916
基本そうだと思う。
でもね、でもでもねw

サンテグジュペリの星の王子様
その中のキツネの有名なセリフ。
「大切なものは、目には見えない」
なぜこのセリフが多くの者達に愛されるのか。。。

さらに言わせてもらえば、
「大切なものは、言葉に出来ない」
でもあるのだと思う。

非可視化領域、非言語化領域の存在。
少なくとも我々はその存在を予感しているんじゃないかと。

てかアスペルガー障害ってのは、行間を読む事が苦手なわけ。
で行間が読めないとコミュニケーションに著しい障害が発生
するわけ。つまりは実は健常者は日常的に非言語化領域を
かなり駆使してコミュニケーションとってるわけ。
その殆どが意識領域に上らない、脳内の無意識領域での
情報処理だけどね。

今も貴方の脳内では、その無意識領域でゴニョゴニョ非言語処理
してるんだと思うよw

918 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 01:10:34.44 ID:bI60P+we
大切な”もの”は言語化ができるでしょう。
よく言われるのは「美しいものは何か」と言われれば列挙(女性、花、等々)できるが、
「美しいとは何か」と問われると、どのように答えてよいの言葉に詰まる。 そういった物は大切だという比喩じゃないすかね。

でも「美しいとは何か」にしても、そもそも例えば「花から美」に結び付けてるだけであって逆は無い。
花には、そもそも美しいという意味が含まれてるからそれが出来ると考えれば可能でしょう。
つまり、
   
  美しい(記号表記)  −  花(記号内容/記号表記)花 - バラ・ゆり(記号内容) 

言語構造の関係によって、

それに行間を読むというのは言葉が持つ様々な言語で縁取られた意味内容の組み合わせから
整合性を見つけることであって、非言語化領域を駆使してるじゃないと思いますよ。

919 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 01:21:16.53 ID:bI60P+we
>>918 一部訂正

美しい(記号表記) ― 花(記号内容/記号表記)花 ― バラ((記号内容/記号表記)バラ - 美しい(記号内容)

といった言語構造が持つ格子状の関係から、説明できる内容であって、非言語領域じゃないでしょう。

920 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 03:53:44.17 ID:bI60P+we
○ 言葉が無くても、人間は思考できるのか?

--------------------------------------
900の人>「人間はある物が存在してるとき、それを言葉によって概念化しない限り、それを「物」として思考することはできない」                         

                          ↓                                                 

YOU>「切り分けた世界の部分に命名しなくても、それを脳内で扱う事は出来るよ。「何て言ったらいいのかなぁ〜〜〜〜〜」
YOU>ってのは、脳内にボンヤリと浮かんだ「雲」を言語化できないって状況だから。

----------------------------------------

921 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 03:54:56.99 ID:bI60P+we
920> 続き

人間が「思考」する為にはアプリオリに言葉は必要でしょう。言葉が無くても思考できるのなら、その説明をして欲しい。
例えば「?*}}{○」などと言った内容で、人間は思考できない。思考できるのは、言語体系における繋がりから類推できるからだろう。
「何て言ったらいいのかなぁ〜〜〜〜〜」といった内容も、その物自体に対して言葉の羅列(記号内容(多))ができるが、
その羅列から適当な呼び名(記号表記(1))が見つからないのであって、「言葉によって概念化」していないのではないと思います。

それから人間の思考そのものから離れて、思考の裏には何があるかについてですか、
確かにフロイトが指摘した欲動といったものが、超自我と挟まれる状態で存在する自我を介して、思考に影響を与えるのは事実だと思います。
美しいといった記号表現が女性という記号内容に結びつくことになるのは、自我によって隠された存在である欲動の志向性によるものだと言えるでしょう。
但し、欲動の住処である人間の無意識と呼べる領域は、「その存在を予感」はさせはしますが、裸のままでその人間の思考に現れるのではなく、
超自我に認められる言語コードを介しての思考における現れでしかない。言語コードの必要性があるから、無意識は無意識だと言えるのでしょう。

要するに思考の裏には「非可視化領域、非言語化領域の存在」があったしても、思考する為には言葉が必要であることには変わらない。
よって「言葉によって概念化しない限り、それを「物」として思考することはできない」というテーゼは、身体の外にある「物」のみならず、人間の内面である思考も同じ事が言えると思います。

それから「大切なものは言葉はできない」という比喩は、やはりおかしいです。言葉として列挙(お金、お金、お金)できますし、
文章の行間を読むにしても、裏には欲動と呼べるものがあっても、言語コードを介しての思考でしか表象は出来ません。
超自我と欲動との力関係ですが、前者が勝ってることが多々あるからこそ、行間を埋めるにしても間主観的な内容に心がけることに繋がってるのだと思います。

922 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 07:44:19.57 ID:AJVSf/mE
参議院の予算委員会で阿部総理大臣が、石原慎太郎議員の質問に答えたが、
日本国憲法は、日本が占領されていた時期に占領軍のGHQが作ったものだと、
答えたことは、画期的な答弁でしたね。
多くの日本人は、日本国憲法は日本人が作ったと勘違いしているからね。
根底から覆ったという事で、理論理屈をいうよりまずは考え直すという事ですね。

923 :洲蛇亜林:2013/02/24(日) 09:24:05.82 ID:ySKiIgwV
>>910
>現憲法でも事案によっては、公共の福祉には公益という概念が含まれることから人権は制約
政治家の名誉棄損の例で言えば、政治家のプライバシーよりは国民の知る権利が優先されるということだよね。つまり、政治家の人権は制約を受けたのかも知れないが、他の多数の国民の人権は確保されたということであって人権一般の制約があるわけではないよね。
マンション住民の例でも、他の住民の人権を侵してはいけないという話。第一、全ての人に公平に人権があるという人権の本質からいえば、個々の人権も他の人権を侵してはならないのは当然なことであって、人権そのものが制約されるということではないよ。
他の人権との兼ね合いで個々の人権が制約を受けるというのなら、現憲法のように公共の福祉で充分。基本的人権を前提に、しかし個々の人権は他の人権との兼ね合いで制約を受けるということだ。

>人権には制約があるという予見性
現憲法でも、個々の人権も他の人権との兼ね合いで制約が掛るという予見性はある。というか、相互に人権は尊重し合わなければ人権自体が成り立たないから当然なことだ。
つまり、人権保障を成り立たせるために個々の人権も制約を受ける場合があるということに過ぎない。

ん?何が勘違いなの?意味わからん。

924 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 09:27:50.43 ID:6VljE1yO
山のシニフィエがあり、それが▲みたいな記号になり、山っていう象形文字になる。
あるいは「yama」という音声。するってえと記号⊃言語だよね。
言語なくして高度な思考は出来ないと思う。でも低度な思考は出来る。
思考ってか情報処理。

昆虫が体温を上げるために日向を探して日向ぼっこする。
この全過程を通して言語は使ってない。
(上のレスで書いたように視覚情報はいったん○だの△だの│だの─だのの
部分に分解されるから記号は使ってるだろうけど。)

チンパンジーは蟻塚で蟻釣りをする。長い枝を蟻塚の穴に突っ込んで。
人工の蟻塚を作りその中に蜂蜜を入れておく。
そうすると蟻釣りと同じ様に枝を突っ込んで蜂蜜を付けそれを舐め取る。
やがて新しい枝より使いまくって柔らかくほぐれた枝の方が多くの蜂蜜を
吸いとれる事を発見する。それを発見したチンパンジーは、次に蜂蜜釣りを
する時は新しい枝を噛み噛みして柔らかくほぐして使うようになる。
そこそこ高度とも言えなくも無い情報処理が脳内で行われてる。
この全過程を通じて言語は使ってないような気がする。
(記号は使ってるだろうけど。)

この発見をしたチンパンAを別のチンパンBが見よう見まねの猿真似する。
しかし蟻塚から離れたAがCにこの方法を情報伝達するのは無理。
そこにはやっぱ言語が必要。

言語はAからBへの情報伝達ツールってだけではなく、現在のAから未来のBへの
情報伝達ツールでもある。日記は現在の自分から未来の自分への手紙とも言える。
(日記は書き言葉だけど、話し言葉でも同様かと。)

925 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 09:29:19.39 ID:6VljE1yO
ピッチャーマウンドまでの距離、18.44m。
その短距離を時速160km近い球がすっ飛んでくる。
視神経という感覚神経から脳に入力された情報は情報処理され、その出力の一部
が意識上に上げられ、で意識からの意識的な命令が運動神経を通じて筋肉に伝えられ、
筋収縮を起こしバットを振って打ち返す。ではない。
神経線維を伝わる情報伝達速度はそれほど速くないからそれだと間に合わない。

視神経という感覚神経から脳に入力された情報は情報処理され、その出力の一部
が意識上に上げられ、同時に一部は運動神経に出力され、筋収縮を起こしバットを
振って打ち返す。いわゆる体に染み込むほど練習をし、体が勝手に動く様にする。

時速160km近い球を打ち返すっていうエクスパートしか出来ない事ばかりじゃない。
熱いものを触る。情報が感覚神経を通じて脊髄に送られる。その情報は脳に送られるが、
脊髄から運動神経にも出力され、筋収縮を起こす。いわゆる脊髄反射。
この全過程を通じて言語は使ってない。記号も使ってないかも知れない。
事後的に、脳で「熱い」だの「火傷したかな、冷やさなきゃ・・」って言語処理が
されたりはするが。

脳内の情報処理で意識上に上るのは極々一部。
脳内の情報処理で言語を介してるのも極々一部だと思う。

言語は、個体Aから個体Bへと情報伝達する上で極めて有用。
言語は、現在の個体Aから未来の個体Aへと情報伝達する上で極めて有用。
てか情報処理は全て時間軸上で行われているのであり、少し未来への小さな手紙を
発信受信しまくってるわけだけど。
1日後の自分への情報伝達。
1秒後の自分への情報伝達。
0.1秒後の自分への情報伝達。
短くなればなるほど言語を媒介させ情報処理してる時間は無くなる。
でもそれが延々脳内で起こってる。

926 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 09:31:30.06 ID:6VljE1yO
やっぱり脳内の情報処理で言語を解してるのは極々一部。
だけどその極々一部があればこそ、社会を構成する多数の個体とその中の脳、
現在の脳Aから未来の脳Aへの言語手紙、脳Aから脳Bへの言語手紙、
それらによる並列処理により、現在の巨大な文化を構築したわけだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここからは私の個人的な世界観。

我々の眼前にある巨大な文化は言語なくしては構築出来なかった。
しかしこの巨大な文化が未だかすりさえしてないような「何か」がある様な気がする。
大切な“コト”は、未だ言語化出来てないし、そもそもが言語化できない何かがある
様な気がする。

それを我々「言語を使う猿」はその強力な武器である言葉でからめ取ろうとする。
しかし言語化できないモノゴトを言語化しようとするわけだから、その百万言の
言葉は全て嘘の言葉である。
しかしその言語化出来ないモノゴトの周囲に百万言の嘘の言葉を積み上げる事により、
そのモノゴトの輪郭線ぐらいは分かるようになりつつあるような無いような。
なんだと思う。

927 :洲蛇亜林:2013/02/24(日) 09:35:42.31 ID:ySKiIgwV
>>911
自宅で飼っている猫との関わりが、その人に影響を与えることもあると思うけどね。それどころか、産まれて育まれたところが影響することも多い。
他者とは広く考えれば、人間とは限らずに環境一般ともいえる。それら全てとの関わりが個人を形造るんだよね。
関わり合いだから一方通行ではない、双方向の関係だ。

928 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 09:51:26.35 ID:6VljE1yO
自然権の発見者はホッブスで、彼の発見した自然権は自由権。
人間営為は「思・言・行」で、その自由。
・思の自由:思想、良心、信条、信教の自由
・言の自由:表現、言論の自由
・行の自由:居住移転、職業の自由
これら自由権にさらに幸福追求権も追加ね。

ロックは所有権もまた自然権である事を発見する。
てか所有権こそが自然権の中心である事を発見する。
所有権ってのは所有対象の使用、収益、処分の権利。
所有権の第1の対象は自己身体。
ホッブスのいう自由権は自己身体所有権と言い換える事が出来るわけ。
でその所有する自己身体を使って価値を生んだとして、その価値も
また所有権の対象。
拾った石ころ磨いて石器を作ったら、その石器もまた所有権の対象って事。
それがナイスな石器製法だったら、その製法も特許で押える事が出来る。
つまりは所有権の対象はハードウェアってか有形文化ってか物だけじゃなく、
ソフトウェアってか無形文化ってか事も対象。

「政治家Aには強姦の前科がある。」
これ嘘だとする。嘘だろうが何だろうが言論の自由だ〜〜〜ではある。
でもそれはAの幸福追求権を侵すから、事後的に刑事罰を課されたりする。
事後的に刑事罰を課されるって事を知ってれば、そのような言論を多くの
人は抑止するようになる。

929 :洲蛇亜林:2013/02/24(日) 09:55:41.11 ID:ySKiIgwV
>>912
例えば、作曲するのに楽譜の決まり事に従うのは当然なんだが。そこから豊かな音楽表現ができるかどうかは別問題だよね。
楽譜が音楽表現の制約とはいえないだろう?だいいち、決まり事に従わなければ表現もできはしない。だから、それを制約と呼ぶのはどうかと思うわけ。まあ、何らかの意味では制約ではあるのだが、
それはネガテェブな意味での制約ではないよね。
表現に際しての決まり事や記号とか文化的な意味での制約と、表現を政治的な理由で制約する場合の「制約」とは意味が違う。

930 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 09:57:14.88 ID:6VljE1yO
我々はタコを食う。
だけど文化圏によってはタコは悪魔の化身であり、それを食う事は好き嫌いの
問題を超えて「穢れ」意識、つまりは生理的領域というよりは深層心理的領域
にまで繋がってる場合がある。
イスラム教徒にとっての豚肉がそうだろう。
ハチの幼虫だのイナゴだのは長らくヒトにとっての貴重な蛋白源であった。
しかし現代都市部日本人にとっては昆虫食もまた好き嫌いを超えて「穢れ」に
近い領域にまで繋がってるかもしれない。

どのような社会どのような文化圏に生まれるかによって、好き嫌いは勿論、
「穢れ」という、なんつうか個人の実存にまで関係するような領域すら左右
されるわけ。
まさに「実存は構造の婢(はしため)」って面がある。

931 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 10:15:24.88 ID:6VljE1yO
殺人に対する「穢れ」意識。
嘘をつく事に対する「穢れ」意識。
これらは構造から生後経験的にインストールされたものってのがデカい。
まぁ殺しまくりの生物種は絶滅してるだろうから、先天的本能も大いに関係すると
思うけど。

後天的な道徳教育は個体に「穢れ」意識までをもインストールする事が出来たりする。
それが良い事か悪い事かはわからん。馬鹿と鋏と道徳教育は使いようって気もする。
まわ我々は多かれ少なかれ後天的な様々なインストールによって、実存を左右され、
規定されているってのは確かかと。

932 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 10:16:36.39 ID:bI60P+we
>>924 はすべて人間に関する説明ではないので省きます。そもそも昆虫を観察するにしても言語によって構築された思考の賜物だと思うので。

>>925に関しては「自由意志」の問題のときに、よく使われる「ベンジャミン・リベットの実験」でしょ。
行為に先立つ脳活動の開始にしても、思考に遅れが現れるのは言語によって事後的に説明が求められる。
しかし、人間の思考というのは、その遅れの部分であって、脳活動の開始の時点じゃない。
なぜなら、その思考は時間を遡行することによって、遅れがあったことを感じさせない。
よって人間の脳活動の開始の時点である人間の「意識」にしても、言語によって遡行することによって初めて「思考」によって捉えられる対象。

「言葉が無くても、人間は思考できるのか?」というテーゼに関して、それでは出来るという説明にはなってないです。

933 :洲蛇亜林:2013/02/24(日) 10:20:01.79 ID:ySKiIgwV
>非可視化領域、非言語化領域
そういうものは確かにあるんだよね。誰かが気の毒な目に遭った時に、どう言葉を掛けてよいのか分からないことがある。これは、何を言えばよいのかを上手く言語化できないこと。
あるいは、右翼だ左翼だという記号はあるが、その記号に当てはまらない言論や人物も多い。つーか、それが本当の姿なんだよね。記号は便宜的な後付けのようなところがある。

忘れられない故郷の思い出も、そういうものだろう。言葉で人に伝えきることはできない。けど、相手には伝えようとする気持ちは伝わるかも知れない。
それはイメージと呼ぶべきものだ。思い出の中の友達の姿もイメージ的なものだ。もちろん、悪い思い出悪いイメージもある。
人間は、イメージ(像)を形作るということも重要な脳内活動だろう。もっといえば、形は完全に言葉に出来るのかという問題がある。
もちろん、言語が重要なものであることは間違いない。

934 :洲蛇亜林:2013/02/24(日) 10:32:00.62 ID:ySKiIgwV
>>922
で、その米国から朝鮮戦争時に憲法改正要求があった時に保守政権が拒否したこともいわないと、歴史的に正確ではないよね。

935 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 10:36:02.33 ID:bI60P+we
>しかしこの巨大な文化が未だかすりさえしてないような「何か」がある様な気がする。

それから言語構造の繋がりには「非可視化領域、非言語化領域」ものが裏で作用してるのか?ということに対し、
争ってる訳ではないのは理解していますか? 既にそれは同意してる内容です。(>921)
それに関して、述べてる部分が余りにも多いので。

936 :洲蛇亜林:2013/02/24(日) 10:52:12.98 ID:ySKiIgwV
>>934訂正
朝鮮戦争時ではなくて、朝鮮戦争休戦後

937 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 10:54:25.02 ID:6VljE1yO
>>933
「思考」って言葉を、単に情報処理の高度なものってのではなく、
脳内の情報処理の中で意識上に上がる部分ってか、その意識上
での情報のこねくり回しっていうか、自分から自分へのフィード
バックっていうか、そういう意味合いで使ってるわけか。

言語なくして意識は立ち上がるかって言ったら、そりゃ立ち上がると思う。
脳内出血とか脳梗塞で言語野やられた人にも意識はあるし思考は出来るから。
もの凄く制限されるだろうけど。

逆に、言語化が邪魔をするってのはあると思う。
幼少の頃に絶対音感教育受けちゃうと、440Hzの音高っていうシニフィアに
接すると「ラ」というシニフィアンが自動的に脳内で立ち上がる。
左脳の言語野の電位が上がるとか。もうそういう脳になっちゃってる。
でそういう人が作曲する時、やっぱ同じ所の電位が上がる。(ような希ガスw)
だけど絶対音感の無い作曲家だとそこの電位が上がらん。(ような希ガスww)

絶対音感あるいは高度な相対音感を持たない作曲家(PopMusicの作曲家は
ほぼそう)は、脳内で言語を介さないで作曲してると思う。
脳内に雲のような音像のモヤモヤがあり、それを紡ぎ出すって行為。
そこには確かに意識化された思考があるけど、言語は使ってない、とは
言い切れないけど、使ってないような希ガスw
作曲なんて九官鳥の猿真似の亜種のようなものだから言語要らんとも
言えなくも無いけど。

あと多くの脳科学者が「意識」の研究をしてなかったりする。
メチャクチャ研究したいんだけどあまりにもとっかっかりが無くって研究者
人生棒に振りかねないんで、で取っ掛かり安い「記憶」とか「視覚」とかを
研究する、だと思う。昔読んだ東大の先生の本にそう書いてあったww
で単なる2ちゃんねら〜である俺に「意識」を論じるのは無理w
人類にとってもまだまだ中々無理かもしれない。

938 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 11:06:44.83 ID:6VljE1yO
>>933
あと貴方は人間に特権的地位を与え、さらに意識に特権的地位を
与えてる、そういう世界観なんだと思う。

私は、世界があり、その氷山の一角として人間がいて、その氷山の
一角として意識があるって世界観なの。
その「意識」が「世界」を理解する上で、あるいは文化を構築する
上で言語はかけがえのない道具だったのは確かだと思う。

けど言語なくして思考や意識が立ち上がらないかっていえば、
なんか立ち上がる様な気がするって、単なる素人の雑感だけどね。

939 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 11:14:11.80 ID:bI60P+we
欲動としての意識は立ち上がるでしょ。しかし、人間は言語を持つことによって剥き出しの意識ではなく、
言語によって制約が課せられた、他律的なものが覆いかぶされる状態で、人間の思考として現れる。
欲動が抑えられるのも、言語が持つそうした制約があるからだと思うけどな。

940 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 11:49:27.66 ID:bI60P+we
構造主義によって、小さな物語しか語れない人間が暴露され、ポスト構造主義ではそんな人間を救い出す方法は?と探求はすれど、
まったくもってよくわからず。今度は、誰しもが共有する言語体系から、人間の心や世界を説明する分析哲学が大流行。
自分にとって哲学は、専門分野を理解する上で補助的な教養でしかなく、基礎的な部分に自分でメスを入れることは不可能で、本を読んでは頷くだけの人です。
しかし、ニーチェが述べたように、2冊の異なる本を読んだとき、その間で考えさせられる一瞬に自己があわられる。
あなたが述べるところの「真骨頂の自由」位は持ってるつもりです。

もちろん、2冊の本を読んで終わることになれば、その本の虜でしかない。
自由とは静的な瞬間ではなく時間の中で語れる存在。自分の自由を求めていざそとへ。w

941 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 11:58:01.98 ID:AJVSf/mE
>>930
我々はタコを食う。

日本人は鯛(たい)を食べるし、世界から見たら変な国と思われている。
中国は鯛を人肉を食うとして嫌うし、アメリカは骨がかたくて食用に向かないとして観賞魚扱い。
日本は、おめでたし席には鯛が必要で養殖まで行って育てている。
文化の違いは、これほど違うのだから埋めることはできない。
えびす様が抱えている鯛はみなさんごっ承知のとおり。
えびす様は、七福神の一つだが、日本独自の神様だけどそれを知らない人が多い。
グローバル社会はつまり妄想でしかない。

942 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 12:44:59.34 ID:93543tHb
>>861
> 大日本帝国憲法において国民は主権者ではなく
国民の信の話題に大日本帝国憲法を持ち出すのは的外れだということが解りまし
たか? たまにはちゃんと答えて下さいね。

> またもや藁人形だよね
だったらどこがどう違うのか訂正しなさいよ。維新直後の一般的日本人が、民主
主義を希求(「甘んじるしかなかった」)してたようなこと言ったり、ほとんど常に与党
だった自民党が、国民から支持されてなかった(「国民に受けれてもらえない」)と
決めつけたり、君は感情的な欲望を廃して、学問的に論じることが出来ないんで
すか?

国民の信とは「この条件に当て嵌まることである」と論じて下さい。君が繰り返して
る一言一句そのままだと言うなら、民主国家の憲法制定には「的外れな自主憲法
制定論と再軍備を目指しての憲法改正を目論む自民党」の様な存在が必要に
なっちゃいますよ。

> 主権者たる国民が、用い続けている現状に勝る信任は存在しない
では、八月革命ならぬ安倍革命を起こして、改正のハードルをうんと高くしたら、
また○○革命を起こさない限り、その憲法はずーっと用いられ続けることになり
ますね。どんな憲法でも作り放題ですね。

君の様なやった者勝ちのいい加減な考えが、いかに危ないか解らないんですか?

943 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 12:47:05.49 ID:93543tHb
>>862
私は、大日本帝国憲法復活論も継続論も支持してません。だいたいそんなこと書
いたことないのに、これは何の踏み絵ですか?

>>866
君主制を選ぶか民主制を選ぶかは等価ですよ。私は民主制を支持してるから国民
の信に拘っているだけです。

944 :洲蛇亜林:2013/02/24(日) 12:47:24.60 ID:ySKiIgwV
>>937
思考の中に想像も含まれるのだろけど、想像は言葉を使っての思考とはいえないと思う。
どちらがより元かは分からないが、少なくともイメージを形作るのは人間の意識作用のなかで重要な要素。記憶もイメージの一種といえなくもない。

>自分から自分へのフィードバック
まあ、そういうことかも。何か難しい仕事に挑戦してそれで成功した体験が、その人の自己イメージを形作り自信となり次へとつながる。
そうなれば、不思議なことに世界が違って見えて来るとか。これは、出来事が人間を変えて世界の見え方も変えさせるということで、よくある話ではある。

945 :洲蛇亜林:2013/02/24(日) 13:04:02.98 ID:ySKiIgwV
>>938
あなたの世界観と殆ど同じだけど。別に人間に特権的地位を与えているわけじゃなくて、人間も世界(自然)の一部に過ぎない儚い存在だと思っている。
人間の身体自体が自然的なものだし、意識の根源は自然的なものだろう。
多分意識の背後には自然な無意識の世界が広大に拡がっていると思う。

だけど人間の「悪あがき」かも知れんが、人間は何かを作り出して現実化して行くことが出来る存在でもあるんだよね。決して自然の法則などからは逃れられないが、しかしそれを応用して何かを創れる。
言語の決まり事からは逃れられないが、言語でもって何かを表現することが出来る。そこが希望だし救いかな。

946 :洲蛇亜林:2013/02/24(日) 13:19:09.99 ID:ySKiIgwV
>グローバル社会とはつまり妄想に過ぎない
グローバル社会だからこそ、それぞれの国や地域の特色が顕わとなっているんじゃねーの。
個人がそれぞれ独自の形=個性を持つように、国や地域も独自の文化と形を持つ。
個性と普遍的なものは両立するし、お互いの個性尊重のためには共存と協調が必要なことは国際社会でも同様だと思う。

947 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 13:42:31.24 ID:Jz086b37
憲法9条下での日本の平和とは、アメリカの保護国に甘んじていられた期間だけの、幻想にすぎない。

アジア大陸と太平洋を隔てる形で延びる日本列島は、
防波堤であり水門であり、不沈空母であり天然の良港であり、すぐれたインフラと生産基盤を持ち、豊富な水源と肥沃な農地、1億2千万の潜在兵力まで付属している。

日本に軍事的空白など許されない。無防備無抵抗な日本など、子供の前に置かれたピザとかケーキと同じ。
日本の周囲は軍事大国ばかり。美味しいところを奪い合い、日本は引き裂かれ日本人同士が戦わされることになる。

948 :洲蛇亜林:2013/02/24(日) 18:18:27.49 ID:ySKiIgwV
>>947
>無防備無抵抗な日本
何で?日本の軍事費は世界有数のものであり自衛隊が存在する。それに外交的には日米安保もある。
ある軍事評論家によれば、米軍支援無しでも自衛隊は沖縄侵攻の外国軍を撃退できるとか。

憲法9条下の平和は幻想などではなくて、リアルな軍事力と外交によってもたらされている。
今必要とされることは、軍事力の整備を怠らず且つ外交で孤立しないことだ。9条がどうとかの問題じゃない。

949 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 21:18:53.78 ID:e2RqHi2z
>>895
>>一度決まったことは、いかなる批判をも許さないなどというのは、それこそ民主主義の否定だと言うことが分からないようだな。

まず自由主義と民主主義の区別はつけましょうね。
君の主張を論じた民主主義の説明文のソースよろしく。

>それとも、表現の自由に対して「公益」ないし「公の秩序」という外在的制約によって、一般的・網羅的な制約を許容する自民党案に基づく憲法下においては、
「民主主義」という公益を表現の自由に対置させ、民主主義によっていったん決まったことに対して批判する言論に対しては、制限を加えるべきだ、などとお前は主張するのかな?

自分で言ってて、俺の言っていることは民主主義の説明じゃないよなあとは思わないのか?
そりゃ自由主義の説明。Aという国民の意思があってBという意見があったら国民の意思
に反しているのは間違いない。でもそれを主張できるのは(言論の自由)自由主義の話であって
多数決の原理にすぎない民主主義の原理が否定されるわけでもない。

>何しろ、お前の主張によると、民主主義の過程を経て決まったことに対して、何らかの批判をすることは、民主主義の否定だというのだからな。

PDCAサイクルという言葉で検索してみ。一旦国民の意思で決まったことで
決まった直後に反対するかいな。Check(点検・評価)してそれで批判して
Act(処置・改善)だろ。
君の中身はただの反対野党だね。

950 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 21:41:32.25 ID:6VljE1yO
実存主義曰く、「我思う、ゆえにに我実存す。」
構造主義曰く、「実存は構造の婢(はしため)である。」
ポスト構造主義曰く、「構造は流転する。」

果たして構造は流転するのか。
実存ってか意識がいくら頑張っても、太陽の周りを惑星が
回っている世界構造を変える事は出来ない。
天動説から地動説へ。
ここで為されたのは世界構造の流転ではなく、世界構造理解の
流転、知の構造の流転である。

この流転で決定的な働きを果したのは、言語@言語野のみならず、
像@視覚野もだろう。あるいは目の前にある粘土模型をこねくり
回す感覚、運動野もか。
惑星運動3法則を発見したケプラーの脳内で、天動説を訴えたガリレオ
の脳内で、相対性理論を見出したアインシュタインの脳内で、様々
な像が結像していったのは、容易に想像出来る。

大地の果てはこうなっている。
地球は球である。
太陽の周りを惑星が回っている。
天の川銀河の腕の中に太陽系がある。
天の川銀河は銀河団の一部である。
銀河団は蜂の巣構造になっている。
宇宙の広がりは137億光年である。

我々は世界の極大構造を知りたくて、世界構造理解を流転させ、拡大させてきた。
まるで世界の極大構造の正確な縮小模型を脳内に構築したいかのごとく。
極大構造ばかりではない。分子、原子、素粒子・・・
まるで世界の極小構造の正確な拡大模型を脳内に構築したいかのごとく。
その過程で脳内に飛び回る、像、そして言語。

951 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 21:45:50.61 ID:6VljE1yO
feelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeeling
feelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeeling
(またあのfeelingだ・・・
 私の体の両側から伸びた棒の先端に、何かが当たる。
 冷たいfeeling。
 確かに何かがあるのに、掴む事が出来ない。
 しかしまとわり付く、イヤなfeeling
 腕を振っても、まだまとわり付く。)
feelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeeling
feelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeeling
(またあのfeelingだ・・・
 またあの匂い、あの暖かさ、あの柔らかさ、あの力。。。
 私の体の両側から伸びた棒の先端の、その平べったい部分をなぞる
 何度も何度も何度も何度も繰り返すあのfeeling。。。)
feelingfeelin「W」gfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeelingfe
feelingfee「A」lingfeelingfe「T」elingfeelingf「E」eelingfeelin
feelingf「R」eelingfeelingfeelingfe「W」elingfeelingfeelingfeel
feeli「A」ngfeelingfeel「T」ingfeelingfeelingfe「E」elingfeelin
feelin「R」gfeelingfeelingfee「W」ling「A」feelingf「T」eelingf
feeling「E」feelingf「R」eelingfeelingfeelingfeelingfeelingfeel
feelingfeel「W」「A」「T」「E」「R」feelingfeelingfeelingfeelin
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「W A T E R 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

何も世界の極大構造や極小構造ばかりではない。
自分を包むすぐ隣の世界。
SとSとが1つになったこの瞬間、その世界を理解する、世界の模型を脳内に築く、
その最初の糸口となった。

世界、その部分としての日本、その部分としての自衛隊という、シニフィエ。
9条を構成する言語というシニフィアン。
その乖離は、戦後日本の知に、どのような影響を及ぼしたのか。

952 :名無しさん@3周年:2013/02/24(日) 22:23:56.62 ID:bI60P+we
人間が意識するという志向性は、人間にとって二つの心的出来事を呼び起こす可能性が存在する。

1) 知覚的把握としての側面   身体的「感じ」としての把握 ・・・ 痛い やすらぐ、色や、音の把握
2) 意味的把握としての側面   思考的「なぜ、どうして」としての把握・・・ 痛いのはなぜ、やすらぐのどうして、赤と思えるのはなぜ、この音楽聞くと心が落ち着くのなぜ。

人間が思考するというのは後者であって、前者におけるレベルではない。直感レベルの「答えがない」空白が存在する前提が「人間の思考」と呼べる条件だろう。
また自分の身体の中で直感的に「答えがない」ということは、必然的に身体の外にある知識を取り込む必要があり、
それが「人間の思考」をする上で、言語の必要性が必ず求められる理由だと思う。

次に人間が「意識」するという事には、そもそも能動的側面と、受動的側面がある。

1) 受動的側面    痛い やすらぐ おちつく
2) 能動的側面    スポーツ競技で勝つ、有名に大学に合格する、お金持ちになる。

2)については、言葉による意味把握を介した意識であり、原初的に発せられるのではない。
ではどうして言葉が欲望と呼べるものに結びつくかと言えば、言葉の意味の中には他者の肯定的な視点が織り込まれており、
それを先取りする行為を実現することによって、自己の存在を積極的に肯定することに繋がるからだろう。

人間が社会にフィードバックする為に求められる能動性である「なぜ、どうして」や、
身体の外にある存在に積極的にコミットする意識と呼べるものは、このように他律的な言葉が持つ魔術的な機制なのである。

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