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架空の車両形式・番台スレ 19次車

1 :名無し野電車区:2011/12/17(土) 21:42:53.95 ID:0M+2JKCv0
立てました

前スレ
架空の車両形式・番台スレ 18次車
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/rail/1303998156/

03 http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/rail/1053698667/
04 http://hobby6.2ch.net/test/read.cgi/rail/1070450520/
05 http://hobby6.2ch.net/test/read.cgi/rail/1085486041/
06 http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/rail/1098371160/
07 http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/rail/1113956540/
08 http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/rail/1134858499/
09 http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/rail/1152714311/
10 http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/rail/1167730126/
11 http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/rail/1183636431/
12 http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/rail/1196785282/
13 http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/rail/1214812592/
14 http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/rail/1232279991/
15 http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/rail/1245684494/
16 http://toki.2ch.net/test/read.cgi/rail/1263990861/
17 http://toki.2ch.net/test/read.cgi/rail/1281612411/

2 :名無し野電車区:2011/12/17(土) 22:46:48.45 ID:h+aZ8UWg0
小笠原阻止

3 :名無し野電車区:2011/12/17(土) 22:56:18.61 ID:6OUWI70Y0
>>1 スレ立て乙です!!

小田急8000形PMSM試験車

更新車ながらも界磁チョッパ制御のままだった8255Fを改造し、
VVVF化とブレーキ装置の変更を行い、PMSMを搭載した。



4 :名無し野電車区:2011/12/18(日) 11:53:47.20 ID:aU9x0NmBO
小湊鐵道キハ300形
老朽化が進むキハ200形の取り換えとしては当初同じ京成グループの
関東鉄道からキハ300 350形及びキハ2300形を購入(京成グループ内のために
無償の可能性もあった)が検討されたが、近隣のJR東日本の久留里線で使われて
いるキハ30及びキハ37 38系が新型のキハE130系へ取り換えられること
になったのを目をつけた小湊鐵道がキハ200形の一部をこれらに取り換える
だけでなく、残るキハ200形が未だに搭載されているDMH17機関を労せず
東日本車にあるDMF13HZを入手して機関だけでも取り換えたい狙いもあって
久留里線の車両に取り換えの狙いを切り替えた。
大きく3形式がある
キハ300形 300
元久留里線キハ30-100をそのまま使う。前面の強化板を外し、機関をキハ200形の
DMH17にダウングレードしてほぼキハ30形の原型に近い形にした。
塗装は旧国鉄塗装を継続。
非冷房だが関東鉄道よりキハ300形の廃車再利用品の冷房で冷房化。
キハ300形 370
キハ37形1003で1002の運転台とニコイチにした両運転台式にしたもの。1両のみ。
塗装は京成観光バスグループの新塗装に準じたものとなる。
キハ300形 381〜385
キハ38形をニコイチにして両運転台にしたもの。0番台車ベースの場合は
トイレは全て撤去している。
塗装はキハ200形に準じたものとなる。
これによりキハ200形は207〜215までは廃車 残る201〜206は、機関など
そのまま残す201以外はキハ38形から抜き取ったDMF13HZの機関 変速機に更新する。

5 :名無し野電車区:2011/12/18(日) 12:05:24.35 ID:aU9x0NmBO
>>4のエピローグ
小湊鐵道がキハ30系とキハ37の導入により、上総中野駅ではいすみ鉄道が
導入した元JR西日本で旧国鉄キハ52型との夢の並びが実現した。
実現していない両者との相互直通化による房総横断鉄道完成も加速する可能性もある。

6 :名無し野電車区:2011/12/20(火) 16:45:21.00 ID:SvBhbUTj0
103系 クモハ103+クモハ102 ワンマン仕様 4000番台 1次改造車
和歌山・紀勢線等に転属された体質改善車の103系
モハユニットを先頭車化改造
クーラーは集中式と分散型の2種類(種車によって違う)
10本登場
2000年に165系を置き換えるために登場した

もちろん置き換えるにあたって、車内は、トイレ付き ワンマン対応 ロングシートとなっている
方向幕には、新大阪 新宮 快速新大阪 快速新宮 快速天王寺 快速御坊 等が含まれている(黒幕で)

2次改造車は、117系を置き換えるために登場
改造内容や仕様は1次改造車と同じだが、前面が貫通構造になり、方向幕がLED仕様になる

7 :名無し野電車区:2011/12/20(火) 19:09:38.96 ID:g6WHWD52O
東武鉄道5790系
野岩鉄道開業による波動輸送の増加を見越して、7800系を6050系と同等の車体に更新、モハ5790+クハ790の組み合わせで4編成8両が製作された。
行楽シーズンの臨時快速をメインに、普段は新栃木以北の分割併合を伴わない普通列車にも使用された。

8 :名無し野電車区:2011/12/20(火) 20:34:32.87 ID:E5sFATJJO
東武鉄道3080系
7300系の走行装置や電気品とした3000系シリーズの最終型。
18m車体であるが8000系ではなく6000系をベースとしたものとなっている。
歯車比の変更や回生ブレーキの搭載など、日光線の使用を前提とした装備。
3181〜3186まで計12両作られている。
台車は78系と同じFS10を空気バネに改造したものを使用したが、3184F以降は
国鉄からDT17の供給を受けて改造台車は使わず台車を履き替えている。
6000系車体ながらセージクリーム→アイボリーホワイトと8000系や3000系
シリーズの塗装を纏いながら使われた。
昭和60年には75KvAのMG搭載と冷房化も行われた。野岩 会津鬼怒川線開業時に
3050系や3070系が非冷房だったのに対してこの車は冷房があったために重宝された。
晩年は栃木〜東武日光 会津田島で使われ、最終的には小泉線で使われて平成19年に引退した。

9 :名無し野電車区:2011/12/20(火) 21:06:54.76 ID:iZJmptBH0
207系900番台延命N40工事車
JR東日本で207系900番台に延命N40工事を施工。
しかし改造工事をJR西日本吹田工場に依頼したため以下の変更点が生じてしまった。
・主電動機をWMT102Bに変更
・主制御器をIGBTに変更
・207系0・1000・2000番台に準じたアコモデーションに変更
・方向幕をJR西日本で使用している黒地白抜きに変更(内容は変わっていない、LED化はコストの問題から断念された)
・車体の塗装を207系0番台に準じた紺色とオレンジ色に変更
・パンタグラフを下枠交差型のWPS27×2基に変更
・優先座席ステッカーがJR西日本仕様
・車両番号の表記をJR西日本標準の新ゴに変更
現在でも209系1000番台やE233系2000番台に混じって活躍しているが塗装が大きく異なるため1編成しかないにも関わらず異様に目立つ存在である。

10 : 忍法帖【Lv=14,xxxPT】 :2011/12/22(木) 22:04:37.60 ID:hpFcSkDV0
 

11 :名無し野電車区:2011/12/22(木) 22:07:03.99 ID:Sta+Ysj80
前スレを…

12 :名無し野電車区:2011/12/23(金) 15:08:27.23 ID:39JrIIeT0
381系 こうのとり転用車
287系投入で余剰になる381系をこうのとり系統に転用する改造を行う
塗装は、今は亡き183系JR西日本色になる
種車は、くろしお用の非パノラマの編成から改造
編成内容は
クロハ+モハ+モハ+モハ+モハ+クハとなる(多客時以外はモハユニットを抜いて4連で運転)

13 :名無し野電車区:2011/12/23(金) 15:59:22.93 ID:M8LnERuW0
14系1000番台座席客車

東海道線からの211系引退による玉突きで余剰となった
平屋サロをSL列車用14系客車に編入改造したもの。
軽量ステンレス車のため、原型14系より1ランク軽くなった。
オハフ+ナハでユニットを組み、2ユニット4両または3ユニット6両で
上信越線で走るほか、D51C61のお供として東日本各地をドサ回り中。

オハフ14-1000番台
・サロ210を緩急車化。
・床下に70KVAディーゼル発電機を設置
・車端に尾灯設置。
・貫通ドア整備
ナハ14-1000番台
・外観はサロ211のまま

サロ210-1001〜1006→オハフ14-1001〜1006
サロ211-1001〜1006→ナハ14-1001〜1006

14 :名無し野電車区:2011/12/23(金) 16:03:41.24 ID:GEevKY5Z0
>>13
それいいかも。

見た目、塗装とか考慮すれば10系軽量客車風になりそうだね。

15 :knt3000:2011/12/23(金) 16:15:49.79 ID:fC+dbvuJ0
えちぜん鉄道MC11900形
(元JR東海119系)

16 :knt3000:2011/12/23(金) 16:20:27.65 ID:fC+dbvuJ0
西武20090系IVライナー
(対東武TJライナー)
IVとは池袋の略
帯はもちろん青+オレンジのストライプ

17 :knt3000:2011/12/23(金) 16:27:27.18 ID:fC+dbvuJ0
阪神9350系
9300系の改良増備車でアルナ車両と阪神車両メンテナンス
で製造
車体は9300系のイメージを守り鋼製とし、表示機はフルカラーLED
方式を採用。阪神なんば線非対応で近鉄用ATSは非搭載とし
おもに阪神山陽直通特急の運用を中心に充当
車内は中間車は3・4号車のみ転換クロスシートを搭載

18 :名無し野電車区:2011/12/23(金) 16:47:59.66 ID:39JrIIeT0
京阪 18000系
京阪特急をダブルデッカ―組み込み車に統一するために登場
前面は、3000系 側面は8000系になっている
これによって
3000系コンフォートサルーン・が、準急・急行等に転用され、8000系30番台は廃車となり、8000系は、3ドア化改造が行われる
2ドアである
ラッシュ時に乗り降りがしやすいように両開きドア(後期製造車は両開きワイドドア車)となる

19 :名無し野電車区:2011/12/24(土) 00:26:45.55 ID:ruFl71J10
国鉄 クロニ583 サロネ583 モロハネ583 クハネ583−100

昭和45年の鹿児島本線全線電化に伴い、従来20系客車で運転されてきた「はやぶさ」をスピードアップと居住性向上を図るため、
583系の電車化に際して登場した形式

581系・583系の運用実績から、長距離夜行列車として必要な要素を洗い出した結果、以下の車輛が製造されることとなった。

クロニ583:20系と同等の荷物輸送が必要であったことと、中間車などに分散されたMGを集中配置することにより静寂性を確保し
       更にわずか8席ではあるが座席室を用意し、主に短距離客の便を図るために製造した。
サロネ583:定員14名の個室A寝台車
モロハネ583:パンタ付中間電動車で、パンタ下2段寝台部分を開放式A寝台とし、B寝台との間にデッキを設けた。
クハネ583−100:MGなしの先頭車

これにより、「はやぶさ」のB寝台は、ベッド幅52センチから一挙に101センチ(下段)と倍の広さになり、更に電車化で所要時間も
約3時間短縮され、乗客に好評を持って迎えられた。

その後、九州島内主要路線が電化されるに従い、他の寝台特急も電車化され、昭和50年代に入るとブルトレブームにより世間にも
注目されることとなったが、JR化後夜行列車の廃止が相次ぎ平成22年3月最後の「富士はやぶさ」の廃止で幕を閉じたのは周知の
ことであろう。

20 :名無し野電車区:2011/12/24(土) 01:18:01.17 ID:uLui5eEw0
JR東日本クモヤE541

近年、直流車両が交流電化エリアに回送される機会が多いことから、
比較的短編成の電車牽引用に用意された、交直両用の牽引車。
長期的に旅客会社が機関車を取りやめることを視野に入れて用意された。
被牽引車両数によっては、相鉄モヤ700や西武263Fのように、
2両ずつで挟み込んで走る。

21 :名無し野電車区:2011/12/24(土) 01:19:27.64 ID:uLui5eEw0
>>13-14
連投スマソ

それ何度も更新スレで出てきたような気が

22 :名無し野電車区:2011/12/24(土) 09:37:27.33 ID:N141r0b80
>>20だって過去スレ他スレに一度も書かれたことがない斬新なアイデアだという保証はないだろ。
hobby鯖時代から同じネタが繰り返し出されてきて19thスレまできてるんだ。
野暮なこと書くもんじゃない。

次の方どうぞ。

23 :名無し野電車区:2011/12/24(土) 10:07:07.30 ID:IW0fOCthO
国鉄 589系
489系同様に横軽のEF63との協調運転に対応する583系である。
クハネ589 クハネ589-500 モハネ588 モハネ589 モロネ588-モハネ589-100 サハネ589
サロ589 サシ589からなる。(サシ589サロ589は583系のからの改造車のみ)
MGを先頭に集中させているため、先頭はクハネ581に近く、583系が3段式に対し
こちらは2段式である。12両編成で金沢と長野に5本ずつ配備された。
夜行急行「越前」と「妙高」を格上げる形で特急に格上げ、「白山」11号 「あさま」51号として
上野〜福井と上野〜直江津で運転。
これにより横軽から客車優等列車を一掃した。
昼間の間合いで「あさま」やホームライナーにも使われていた。
長野新幹線開業して横軽が廃止後は金沢車は特急「能登」に、長野車は
新前橋(尾久に電車が配置出来ないための暫定措置で東大宮常駐)に
移動し、「北陸」に使われて編成はそれぞれ9両と8両になっていた。
「能登」「北陸」が廃止される日に上野駅で2本が走って行った際には上野駅は
大パニックになったのは言うまでもない。
ただし東日本車は廃止されてもそのまま「あけぼの」に転用が決まっていたために
思った程の騒ぎではなかった。
西日本車は9両編成1本がディズニーランドの夜行運用等の波動用に金沢に
置かれているが、一部は「きたぐに」の老朽化した車両の取り替えに充てられた。

24 :名無し野電車区:2011/12/24(土) 10:15:36.54 ID:ruFl71J10
>>23
間合いの「あさま」では、短距離にもかかわらず昼食/夕食時間帯の列車に充当され
食堂車の営業があり、589系に乗りたいときは食堂車マークを探して乗るのが当時の
乗り鉄や常連客の知識であった

25 :名無し野電車区:2011/12/24(土) 13:24:11.15 ID:tX+q87/y0
103系3800番台

26 :knt3000:2011/12/24(土) 16:37:57.44 ID:jhjDIm1Y0
京成3100系
AE100形の機器を流用して車体のみを新造した形式
制御装置は種車のGTO方式のVVVF制御器を搭載
新造した車体はステンレス製だが3000形と差別化
のため車体はグレー塗装仕上げ

27 :knt3000:2011/12/24(土) 16:41:06.57 ID:jhjDIm1Y0
阪急9300系9330番台
ロングシート車で堺筋線対応
編成は8300系の2+6組成を踏襲
行楽シーズンは6連で嵐山線でも運用

28 :名無し野電車区:2011/12/24(土) 17:25:48.03 ID:fMvZ2Tvi0
211系5000台東京乗り入れ用
JR東海が東京乗り入れ用に製造した211系5000番台。
TcTMMTTsTsMMTcの10連(McMTTTTsTsMMTcにしなかったのはトイレの位置を東日本車に合わせるため)とMcMTTTcの5連がある。
静岡車両区に所属。
新形式としてクハ211・モハ211・サロ211・サロ210・サロ212・サロ213-5000番台が設定された。
冷房装置は全てC-AU711を搭載。
列車番号表示機は東日本車に合わせてマグサイン式に交換された。
グリーン車には「グリーン車TOICAシステム」用のカードリーダーを装備しているが、グリーン車Suicaシステムにも対応(但し熱海〜函南間が乗車区間に含まれる場合は対応できず紙のグリーン券を買わなければならない欠点がある)。
またATS-Pを装備している。
10連は東京〜静岡間直通列車削減の方向に動いたため3編成しか製造されなかったが、現在でも1日2往復が東京に乗り入れる。
5両編成は静岡ローカル列車でも運用され、3連の211系5000番台や313系とも連結するため幌が装備されている。

29 :名無し野電車区:2011/12/24(土) 18:15:57.95 ID:EOsriyyp0
717系近郊形電車
1980年代、仙台近郊区間においての通勤混雑が激しくなりつつあり、
近郊形車両の必要性が生じ、国鉄は417系を新造、投入したが、
そこは当時の国鉄、5編成15両を投入したところで息切れした。
そこで老朽化し廃車する予定だった451系急行形電車の備品を流用し
製造コストを下げる形で717系近郊電車が開発・投入された。
451系が種車であるため、60Hzには対応しておらず
(後に可変器のPCB使用が問題となり交換された結果対応するようになった)
抑速ブレーキも無いため、基本的に常磐線の平以北での運用となったが、
一部は東北線の運用にも入った。最終的には12編成36両が投入され、仙センに配置された。
当初はMT54に取り替える予定がMT46までそのまま流用したので、
モーターの走行音を撮りに全国から乗り鉄が押し寄せる為、
シーズンは無意味にマイクを持ってうろうろしている人々に占拠され
地元利用者の苦情が重なり、新形式のE721系と共に順次廃車となった。
(その際、束はセミクロスシート→ロングシートとすることで編成を短縮した。中々抜け目が無い)


30 :名無し野電車区:2011/12/25(日) 09:50:05.61 ID:/jz9/rq0O
715系2000番台
581系 583系を改造して近郊型化した715系の後に登場した485系を近郊型化したもの。
デッキ 洗面所を撤去して トイレはクハ715のみとし、車端部はロングシートで
中間はセミクロスシートとしている。セミクロスシートの座席は153系や
451系らの廃車発生品の再利用。
先頭車の改造種車が一部を除きサロ481 サハ481 サシ481らであったために
全て切妻で、食パンに近い前面形状としている。
なお2100番台はクハ481をそのまま使ったものだが、ボンネット型は一切使われなかった。
また種車によって窓や冷房装置が異なり、先頭車がAU13Eで中間電動車が
AU12Sもあれば、その逆や1両だけ違ったり中には全部AU12Sもあり、全部の車が
AU13Eはわずかしかなかった。
また電動車の中にモハ482/483からも改造した車が2ユニット含まれており、
これは東北のみに使われている。
4両編成が5本ずつ仙台と南福岡に配置されたが、後に青森と鹿児島に移動している。
青森は客車普通列車が残っていた奥羽線に投入され、客車列車を一部を
除いて置き換え、鹿児島は主に日豊線で使われている。
しかし車両の老朽化が激しく、鹿児島は817系投入により、2006年に廃車された。
青森も701系投入により再び仙台に戻り、晩年は仙台〜山下の常磐線で使われていたが
E721系投入により2009年に廃車された。
なお北陸線向けに3両編成にした419系1000番台も計画されたが、これは作られずに終わった。

31 :名無し野電車区:2011/12/25(日) 14:10:54.41 ID:hWQwxk4i0
JR西日本 113系 片町線
片町線の全線電化と同時に快速列車(他一部の普通)を113系に変更するために、淀川電車区(現在は森ノ宮電車区放出派出所)に関西地区のさまざまなところから転属してきた
7両編成で
松井山手での分割併合にも対応するように
クハ+モハ+クモハ(改造)+クハ+モハ+モハ+クハとなっている
当初の塗装は、さまざまなところから転属してきたため阪和色や関西線快速色・湘南色となっていたが、後々湘南色に統一された

JR東西線開業に伴い運用を片町線内のみの運用になり、2000年に他の路線に転属される

32 :名無し野電車区:2011/12/25(日) 14:20:31.57 ID:hWQwxk4i0
>>31 に関係したストーリー
JR西日本 223系1500番台
片町線に残っていた113系を置き換えるために1996年に登場
のちのち開業するJR東西線にも乗り入れできるようにWパンタ準備工事を行っている
第1陣で113系の両数を半分にし、第2陣では、3編成のみになり第3陣で全車転属(113系)
編成は8両編成
クモハ+サハ+モハ+クハ+クモハ+サハ+モハ+クハ
クモハ+サハ+サハ+モハ+サハ+サハ+モハ+クハ
の2種類の編成になる
Wパンタ化された後は、木津・同志社前・松井山手〜宝塚・新三田・篠山口間の快速に充当される

この編成の投入に伴い片町線の駅のホームの長さがが8両編成に対応する工事が行われる

33 :名無し野電車区:2011/12/25(日) 16:05:45.77 ID:hWQwxk4i0
>>32 に関係したストーリー
JR西日本 207系3000番台
223系1500番台の投入で、最大両数が7両編成→8両編成に変わったため
2004年から神戸線・京都線・宝塚線の普通列車の編成を8両編成になった

在来の7両編成の207系は、新造中間車(3000番台モハ・サハ)を組み込んで8連貫通化(一部1500番台を原番復帰もある)
新造編成は
クモハ+サハ+サハ+モハ+サハ+サハモハ+クハとなる

34 :名無し野電車区:2011/12/25(日) 20:03:03.13 ID:hWQwxk4i0
JR西日本 223系 225系 トイレ設置改造車
8両編成にトイレが1両だけだと不便っていうことで中間サハにトイレ設置改造を行う
トイレ設置改造と同時に、223系は車内にモニターを設置と、225系と同じ座席に交換する

改造中の運用不足を補うために225系を8両3編成増備する(増備車にはもうトイレはついている)

35 :名無し野電車区:2011/12/26(月) 12:55:52.12 ID:cfGaJLq70
JR西日本 225系1000番台
宝塚線に投入される
主な仕様は225系と同じ
編成は6両編成と4両編成がある
塗装も同じ
パンタはWパンタ(1つは霜取り用)

これによって113系は京キトに転属し京キトの117系を置き換え、湖西線は全車3ドア車になる
117系は廃車か、他線に転属する

36 :名無し野電車区:2011/12/26(月) 13:27:02.07 ID:cfGaJLq70
JR西日本 225系3000番台
湖西・草津線に残っている113系を置き換えるために登場
編成は4両編成
パンタはWパンタ
帯色は京都単色(緑)を入れた塗装となっている
車内はセミクロスシートになっている

37 :名無し野電車区:2011/12/26(月) 13:31:06.33 ID:cfGaJLq70
JR西日本 225系5500番台
和歌山線・桜井線・きのくに線に残っている117系・105系を置き換えるために登場
編成は2両編成
パンタは、一部Wパンタ車でそれ以外は1パンタ
帯色は和歌山単色(青緑)をいれた塗装になっている
車内はクロスシート

2編成併結で阪和線快速等に使われることがある

38 :名無し野電車区:2011/12/26(月) 22:53:36.60 ID:bDg6ZZbM0
>>29
!????

39 :名無し野電車区:2011/12/27(火) 02:48:06.20 ID:yPlsV4MO0
過去ログ集
http://wiki.2ch-library.com/index.php?%C5%B4%C6%BB%CF%A9%C0%FE%A1%A6%BC%D6%CE%BE%2F%B2%CD%B6%F5%A4%CE%BC%D6%ED%D2%B7%C1%BC%B0%A1%A6%C8%D6%C2%E6%A5%B9%A5%EC

40 :名無し野電車区:2011/12/27(火) 10:04:11.05 ID:EZ/gwcW+0
JR西日本 323系0番台
大和路・奈良線に残る103系を置き換えるために登場
編成は4連と6連の2種類
ドア数は4ドア
パンタはシングルアームパンタ
前面は、クラッシャブルゾーンを考えたデザインで貫通形
いわば225系の通勤形バージョンとなっている

323系5000番台 1次車
大阪環状線に残っている103系(USJ車は除く)を置き換えるために登場
編成は8両編成
主な仕様は0番台と同じ
323系5000番台 2次車
大阪環状線に残っている201系を置き換えるために登場
編成は8両編成
1次車との違いは、屋根上にパンタ準備台がないことだけ

41 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 01:40:08.35 ID:zldFl/Qe0
JR西日本521系1000番台

JR九州の415系の老朽化が進むにつれて、その代替車の必要が生じてきた。、
常磐線と違って、小倉や下関で分断しても問題は少ないため、比較的新しい
500や1500番台でシャトル運行の上凌いできたが、これだけでは限界があった。
そこで、JR九州はJR西日本がすでに北陸線で交直流車521系を投入した実績があるのに目をつけ、
西日本に丸投げする形で、本九連絡用として、この山陽線バージョンである1000番台を投入した。
北陸線との相違点は、半自動ドア、ワンマン機能の省略のほか、
床下機器がカバーなしの通常タイプ、ラインカラーが黄色などである。
また、輸送需要に応じて3連も製造されているが、アコモは北陸線用に準じている。

運用区間は、主に下関ー小倉間であるが、一部新山口・新田原・博多まで入線する運用がある。

42 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 09:51:48.76 ID:twpd6OI/0
>>41
架空スレなので野暮な話だけど、車輛作るより関門トンネルを交流化して、下関駅に交流専用ホーム作ったほうが
費用対効果としては安く済むように思うのだけど

下関以遠まで乗り入れる運用があれば別だけど・・・

43 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 12:54:25.63 ID:D/a1ACcUO
近鉄 デ7000形電気機関車
けいはんな線車両を検査の際に生駒車庫から大阪線の五位堂車庫に搬入する際の牽引に
モト75 76形が使われていたが、元々奈良鉄道当時のデハボを祖先としており
2400系の機器でカルダン化しているとは言え、急速に老朽化が進んでいた。
しかし東京都交通局が大江戸線車両を浅草線の馬込工場に搬入するE5000形
電気機関車があることを目をつけた近鉄は大阪市交通局の第三軌条及び
架線集電で750/1500Vの複電圧式にした電気機関車を開発して登場したのがデ7000形である。
車体は大阪市交通局規格とし、東京都交通局のE5000形より大きく、
台車に第三軌条用集電靴を屋根には大阪線などで使うパンタグラフを設けている。
7001〜7004の4両が近畿車両で作られ、生駒車庫と登美ヶ丘車庫に常駐する。
連結の方法は2両1ユニットで7000 7020系を3両を挟み込んで輸送するもので、
補助電源などもあり、車内の電灯も使用可能の他、引き通し線もあるために
電動車を駆動させる事も可能。

44 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 13:10:06.56 ID:1LEA/tSz0
E231系2000番台
JR東日本が仙石線用に開発したE231系。
4両編成で、半自動ドアスイッチを装備している。
またE721系と部品を共通化するためドアエンジンがE231系で唯一空気式になっている。
石巻線経由で機関車牽引で回送するためにブレーキ読替装置を搭載している。

45 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 14:22:54.66 ID:Vv347ZjT0
国鉄459系電車
1969年10月の北陸本線全線電化に合わせて、457系に横軽間でのEF63との協調運転機能を
付加した形式として登場した交直流急行形電車。
基本的な仕様は当時最新の急行形電車であった457系と同じで、冷房装置付きで新製された。
ただ、主制御器は169系と同じくEF63との協調運転機能を付加したCS15Dとなっている。
形式はクモハ459(Mc)・モハ458(M′)・クハ459(Tc)の3形式が製造され、クハ459には冷房電源用の
110kVAMGを搭載するが、グリーン車・ビュフェ車は169系と他形式の改造で賄われ、
サロ459はサロ455の、サハシ459はサハシ451の改造となっている。サハシは459系への改造と同時に
普通室への冷房取り付けも合わせて行われたが、CPはサハシ169同様存置されている。
1969年10月ダイヤ改正で金沢運転所に新製配置され、従来客車で運行されていた
上野−金沢の「白山」を置き換える形でデビューし、間合い運用として上野−長野の「信州」、
大阪−金沢の「ゆのくに」にも運用された。
当初は数少ない全車冷房の急行として好評を博し、また慢性的な輸送力不足に悩まされていた
信越本線の混雑緩和にも役立ったが、1971年の489系特急電車の登場で早くも第一線を追われるようになる。
1972年に特急「白山」が新設され、自らは「黒部」と改称しながらも活躍を続けたが、
それも1973年10月のダイヤ改正で特急「白山」に格上げされ、横軽協調の運用からは撤退。
その後は他の471・475・457系と混用されて北陸地区の急行・快速・普通に使用された。
なおサハシは1978年に、サロは急行廃止の1982年に廃車となったが、普通車は塗装変更・セミクロス化などの
改造を受けながらも全車JR西日本に引き継がれ、金沢支社管内で2010年の521系登場まで使用された。


46 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 17:44:28.94 ID:twpd6OI/0
国鉄 北海道総局 キハ60

地方ローカル線では、冬季積雪時に雪を押して走ることが多く、そのため「後押し」のためにキハ22を1〜2両
増結する運用を強いられることがあり、燃料代などに無駄を生じていることが問題視されていた。

そこで、当時最新鋭のキハ40−100に、キハ65系列の大馬力エンジンをつけた同形式が整備されることとなった。
また、塩を含んで雪が硬くなる沿岸路線で前進後退を繰り返した結果、燃料不足に陥った苦い経験から燃料タンクの
大型化(1000L)がなされた。
羽幌線、留萌線、日高本線など、豪雪&塩害が深刻な路線を中心に50両が投入され、成果があがったが、そのほとんどが
廃止対象路線となり、廃止後順次苗穂・旭川に集結し、函館本線山線や深名線などに投入されるとともに、一部車輛は
その大馬力と長い航続距離を買われて急行用に改造されたりした。

JR化後も、ワンマン化改造などをされ各地で活躍しているのは、周知のことであろう。


47 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 20:54:39.99 ID:HB0tQTpe0
JR東日本 E261系直流急行型電車

JR東日本が久しぶりに新造した急行型電車。
JR東日本では東北・高崎線に「新特急」を走らせているが、使用する185系の老朽化に伴う置き換えと共に、より廉価に利用できる「急行」に格下げすることにより乗客増を図るという異例の決定を行った。
これにより、久しぶりに「急行型電車」として新製されたものがE261系である。

編成は基本編成が6M4Tの10連、付属編成が4M1Tの5連。基本編成の中間2両は平屋のグリーン車となっている。
車体はE231系をベースにした軽量ステンレス製。ドア数は片側2つ。乗降時間の短縮とE231系との部品の共通化のため、ドアは1300mm幅の両開き扉となっている。
座席は普通車が970mmピッチ、グリーン車が1160mmピッチの回転リクライニングシート。配列はどちらも4列となっている。E653系特急型電車のものをベースとしており、座面スライド機構も搭載。
また、客室の一部にはスキー板などを置ける荷物スペースを設置してある。
電装品や足回りはE231系と共通のものを使っており、日立2レベルIGBTインバータでMT73(95kW)を制御する。ギア比はE231系よりも高速向けに設定され、15:98=1:6.53としてある。
台車はDT61系であるが、ヨーダンパが追加されている。
起動加速度は2.5km/h/s、最高運転速度は120km/h(130km/h準備)。

48 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 21:07:22.80 ID:D/a1ACcUO
国鉄 キハ41 キハ43 キハ47-2100 2200
八高線専用として作られたキハ40系で、全て両開きドアのキハ47を基本としたものとなった。
キハ47を両運転台式にしたキハ41と運転台なし中間車のキハ43(当初は
機関無しのキサハで計画されたが、少なからず八高線にも勾配区間が
あるために機関付に変更)とキハ47-2100 2200番台からなる。
走行系はDT22系を使う(キハ30系との共通化のため)計画だったが、
乗り心地の関係上1000番台等と同様の空気バネ式とした。
キハ47-2100+キハ43-2000+キハ47-2200の3両編成が3セット
キハ47-2100+キハ47-2200の2両編成が2セットにキハ41が6両の計16両が作られた。
老朽化が進み外吊ドアからのすきま風に悩むキハ30系に苦しめられた八高線に
新型車両は大いに喜ばれたが、機関出力が低いために時間的にはキハ30系の
列車に大して変わらない有り様で、全線通す普通列車では逆に遅くなる逆効果で
完全に置き換えまでは行かずに終わった。
民営化後は機関更新等も行ったものの、八王子〜高麗川間電化に伴って
3両編成車は全て羽越線転用のために新津に転出された。この中には
キハ41も2両も転出に含まれている。
残存車両は当初計画された久留里線への転用が一時見送られたために
冷房取り付け等も行って電化開業後に北部部分に投入されたキハ110系と
共に使われ、水郡線へのキハE130系投入でキハ110系転入による玉突きで予定通り
久留里線へ転用される計画であったが、先の東日本大震災で石巻線等の
40系に損傷や被災が続出したことから関東で無傷に残る八高線車両に白羽の矢があがり、
キハ110系ではなくキハE130系による取り替えで全て小牛田に送られた。
現在仙石線矢本〜石巻の一部及び石巻線に緊急派遣されている。

49 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 21:17:44.27 ID:tyt2RkWi0
GF90形

国鉄が試作した電気式ガスタービン機関車。
非電化区間の貨物列車を高速化する目的で開発された。
同時期に開発されたキハ391形とは異なり、搭載するガスタービンエンジンの
高出力に耐えうる変速機やクラッチの開発が困難であると判断され、電気式となった。
EF66形に似た箱型車体にガスタービンエンジン(連続定格3500ps)と発電機1セット、
大型の消音装置(給気側と排気側)、制御装置などを搭載した。

北海道に配置され試験走行が行われたが、キハ391形と同様、燃費や騒音の問題を
クリアできず量産は見送られた。


50 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 21:39:33.72 ID:qJbyuSSE0
仙台市電500形
仙石線や仙山線などへの乗り入れを念頭に入れて製造された。
東京都電7500形をベースにしたデザインとしている。
吊掛式ながら関節自動制御・4個モーターで国鉄乗り入れ区間では延伸ステップを使ってホーム車体間の隙間を埋めるようになっている。
また、交流区間では機関車での牽引を想定し、自動連結器を装備し、2〜4両編成での運転も可能である。
国鉄が難色を示したため仙台時代は不遇であったが仙台市電廃止後、広島電鉄に譲渡・改軌され、宮島線乗り入れ車として2両編成に改造されてからは真価を発揮した。
冷房化されて現在でも運転中。

51 :名無し野電車区:2011/12/28(水) 21:55:41.98 ID:1LEA/tSz0
205系0番台JR東海仕様・205系2000番台
国鉄とJR東海が中央本線に投入した205系。
国鉄時代に作られたのが0番台でJR移行後に作られたのが2000番台である。
4両編成と6両編成があり、最大10両編成を組める。
2000番台は冷房装置がC-AU711に変更された。
最高速度は当初は100キロだったが2000番台は110キロであり、0番台も後に高速化改造が行われた。
当初トイレは付いていなかったがのちにクハ204に取り付けられた。
313系とはシステム上併結可能であるが非貫通であることと3ドアと4ドアが混在し案内がややこしくなるため通常は行われない。

52 :名無し野雷車区:2011/12/29(木) 11:12:57.09 ID:ekEtOCuH0
>>41
それまでキハ47ステンレスタイプで代用する。

53 :名無し野電車区:2011/12/29(木) 11:18:26.58 ID:IJRllAgD0
JR西日本 205系1500番台
片町線に投入され、101系・103系を置き換える
編成は松井山手の分割併合に対応するため4+3の編成になる
クハ+モハ+クモハ+クハ+モハ+モハ+クハ
後々開業するJR東西線に対応できるように前面に貫通扉が設置とWパンタとなっている
JR東西線開業時にVVVF改造が行われる

片町線全駅7連化にともない分割併合の必要がなくなったため7連貫通化が行われる

54 :名無し野電車区:2011/12/29(木) 11:35:18.86 ID:IJRllAgD0
IDにJRがあるなw

JR西日本 モハ207-3000 サハ207-3000
207系の分割併合車を7両貫通化するために登場
車内や外観は225系に準じたものとなる(車内ディスプレイはない)
4ドア車でモハにパンタが付いている(シングルアームパンタのWパンタ)

これによって余剰となったクモハ・クハは、105系置き換えるために広島地区や和歌山・桜井線に転属改造が行われる

55 :名無し野電車区:2011/12/29(木) 11:41:33.41 ID:IJRllAgD0
JR西日本 201系 和田岬線
奈良電車区の201系を和田岬線に対応させる工事を行い103系を置き換える
塗装はスカイブルーになる
車内はそのまま


この車両の投入して1年もたたないうちに和田岬線は廃止となってしまい、201系は奈良電車区に戻されてしまい、スカイブルーで大和路線で運転されたあと普通の大和路線色に変えられる


56 :名無し野電車区:2011/12/29(木) 13:57:15.02 ID:olusyysZ0
>>52
あー・・・

それ、ありかもしれないw
高価格な交直両用電車の配置を避けて、大馬力エンジン積んだステンレス製の気動車が
博多駅から直通するなんて胸熱かもしれない

57 :名無し野電車区:2011/12/29(木) 14:00:49.65 ID:NnRELQug0
JR西日本 201系 広島運転所転属

特に変更点はないが塗装が黄色になり、かつての総武緩行線を彷彿させる姿に変わった



58 :名無し野電車区:2011/12/29(木) 18:29:15.49 ID:IJRllAgD0
JR西日本 201系ワンマン2連改造車
>>57で広島に転属した201系
その編成が4両に短縮された編成がほとんどを占めていた
余剰となったモハユニットは先頭車化改造される
そのほかの改造内容は
ワンマン改造
トイレ設置改造
シート交換(青→緑)
パンタ2パンタ(一部編成のみで霜取り用に増設)化

前面デザインは201系先頭車と同じになる

配置予定場所は
広島運転所と日根野電車区新在家派出所
これによって105系が置き換える
塗装は広島地区は黄色(広島単色) 和歌山地区は青緑(和歌山単色)となっている

59 :名無し野電車区:2011/12/30(金) 10:21:22.03 ID:TtDEzwqv0
JR西日本 223系 リバイバル関西急電色
関西急電のモハ52の登場時をイメージした塗装(というよりラッピング)になる
編成は
2000番台8連と4連のそれぞれ1本に施される

12連の新快速ですべてが関西急電ラッピングになることはほとんどない

60 :名無し野電車区:2011/12/30(金) 11:04:30.40 ID:OWRjnqq30
583系座席改造車

1980年代になると東北新幹線の開業など需要の変動により
寝台列車の需要が減少し寝台電車も余剰となりつつあった。
一方で初期の485系が陳腐化ていたが当時の国鉄に新車を導入する余裕など到底無く、
そこで余剰となった583系を座席車化しこれらの昼行列車に充当することとなった。
この際、途中駅での増結・解結を考慮し中間車にも運転台を設置した。
これがこの後"食パン特急""魔改造"などの用語を生むこととなったが、
車内設備は高い天井や寝台を撤去しR55リクライニングシートを
985ミリピッチで設置し、グリーン車は3列座席に、
食堂車をラウンジとフリースペースにするなど
当時の特急設備としてはかなりのハイグレードなものであった。
また地方都市近郊形に改造する予定だった当車を転用した為、
仙台や富山近郊では依然旧型客車や気動車が通勤輸送にあてがわれたが
これらの不満を持った利用者に対しては
"あはようライナー""ホームライナー"としてこの583系座席車を運行し
利用者の一定の理解を得られることが出来た。
またこの投入により北陸本線・常磐線などから電車急行を粛清し
全列車特急格上げという快挙にも貢献した。

61 :名無し野電車区:2011/12/30(金) 12:51:11.06 ID:mj9f6mjk0
>>60にインスパイアされて

国鉄 20系寝台車座席改造車

昭和45年、車輛の効率運用から生まれた583系が一定の効果を上げていることと、昼行特急の旺盛な
需要を満たすために、東北本線に投入された「ゆうづる」用の20系に583系同様の車内改造を施し、昼夜兼用で
使用できるようにしたもの。

当初はそのまま運用する予定であったが、座席定員が少なくなるなどの営業サイドからの要求により、全車プルマン型の
3段式に改造され、ナシ20の増結と、一部ナハネ20からナロ20へ再改造されるという事態となった。

583系との違いは、ナロネ21がそのまま連結され、昼間は普通座席車として運用されたことであろう。

電車特急との速度差を考慮し、「はつかり」とは別名称の「はやて」という名称がつけられ、東北新幹線盛岡開業まで活躍した。

現在の東北新幹線「はやて」は、そのときの名称を引き継いでいることは、このスレの住人には周知のことであろう。

62 :名無し野電車区:2011/12/30(金) 23:40:05.94 ID:zaRrvWST0
EF65形2000番台
JR貨物が製造したEF65。
EF81形500番台に準じた外装に変更されている。

63 :名無し野電車区:2011/12/31(土) 10:19:35.43 ID:miyzkQHK0
JR西日本 207系3500番台
>>54で余剰になったクハ・クモハを改造
内容は 
ワンマン改造
トイレ設置
妻面の窓封鎖
が主に行われる

64 :名無し野電車区:2011/12/31(土) 15:25:48.88 ID:miyzkQHK0
JR西日本 103系紅白ラッピング
103系(または201系)8両編成を紅白のラッピングにする
運行期間は1月1日〜3月31日の予定
毎年デザインが変わっていく
ヘッドマークはその年の干支
1年目の塗装は上半分が赤色、下半分が白色
2年目は1年目の逆
3年目は左右で違う色
4年目は3年目の逆
といった感じになる

65 :anorak? 【大吉】 【1913円】 :2012/01/01(日) 11:58:41.65 ID:uZy4PDKa0
◎日本国有鉄道樺太総局 JR樺太
第二次世界大戦末期の1945年4月大日本帝国はナチスドイツ敗勢の報告を受けソ連対日参戦に備え内地樺太の防衛を強化。
日本は中世の時代からロシアよりも先に樺太(サハリン島)に進出し、交易拠点を構築し、自国領宣言の碑を建立。
後に遅れてやって来たロシア人と衝突を繰り返し、明治初めにロシアよりも遅れて近代化した日本は樺太千島交換条約で
樺太を放棄。日露戦争の勝利によりサハリン島は北緯50度を境界に北をロシアが南は日本が分割統治。
日本は再び樺太を取り戻し、沖縄や北海道と同様の内地とした。
45年8月ソ連が日ソ中立条約を破棄し、日本の南樺太及び千島列島を侵略開始。
先述の増強のお陰で日本軍8月15日を過ぎても抗戦、ソ連苦戦。9月に米軍が進駐し、停戦。
既に東西冷戦が始まり、ソ連封じ込めの為、米英は、南樺太は日本固有の領土だと認め、
連合軍(国連)での協議の結果、サハリン島での日本の領土は、同島の最狭部である北緯48度以南とし、
但しソ連がどうしても欲しい不凍港真岡(現・ホルムスク)、最大港湾都市大泊(コルサコフ)、宗谷海峡領海化の為に
西能登呂岬(クリリオン岬)の三点はソ連の飛地として北緯50度から48度地帯と一緒に割譲させられた。
これにより同地日本領は四国並に小さくなった。戦後の地方自治制度下で樺太州となる。
全ての鉄道は国有化、国鉄樺太総局が設立。樺太西岸の本斗(後に好仁)と稚内に鉄道連絡船、車両航送も。
86年時点での主要路線網は月の字。ソ連領になった所はソ連国鉄が承継。
ホルムスクがソ連にとってシベリアとの鉄道連絡船発着のサハリン側玄関口となるが飛地なので日本領を通過しなければ
他のサハリン内のソ連領に到達出来ないので、日ソ両国鉄は相互直通運転を行い、回廊列車が運行される。
ソ連の要請でシベリアからの継走重量級列車通過の為に日本側の幹線は軌道強化と建築限界拡大化。
87年4月国鉄分割民営化でJR樺太が発足。
90年代ソ連崩壊等の東西冷戦終結によりロシアからクリリオン岬界隈の区分地上権を得て宗谷海峡トンネル着工。
現在、JR樺太は、繋がった鉄路を介し、ロシア鉄道や、JR北海道等のJR各社とも直通。

66 :anorak? 【だん吉】 【686円】 :2012/01/01(日) 12:07:06.85 ID:uZy4PDKa0
>>65に続く平行世界もの
◎国鉄DD52形ディーゼル機関車
1967年 樺太専用機
>>65の歴史により日本は、かろうじて樺太を領有し続けた、それが敗戦による割譲で四国並みに縮小しても。
北緯48度辺りのソ連との国境に加え、それ以南の日本領土側にも、ホルムスク(旧・真岡)、コルサコフ(旧・大泊)、
クリリオン岬(旧・西能登呂岬)の三つのソ連の飛地が存在する為、日ソ両国鉄は相互直通運転を行い、
国境が入り組んだオーストリア等の中欧ではお馴染みの回廊列車が樺太でも運行される。
直通はしても、原則、自国の機関車が相手国の車両を牽引することはない。
樺太での無煙化を推進すべく、1967年から、幹線でのD51等の蒸気機関車置換え用にと、樺太の特殊事情をも鑑み、
樺太の幹線専用ディーゼル機関車として新造投入されたのが、DD52形である。
本機の形式に諸般の事情で欠番になったDD52を再利用。
本形式は、ソ連領内通過の際の車両故障を避けたいのでもう既に安定した技術を採用する事とし、
同時期の最新鋭の(もと欠陥、いな悲運の)DD54ではなく、DD51を基にした二エンジン車とした。
軸配置はDD51と同じB-2-Bだが、ソ連の要請でシベリアのワニノ・ホルムスク間鉄道連絡船と継走する重量級列車
通過の為に日本側の幹線はかなり軌道強化されているので、軸重軽減目的の車両軽量化の徹底としての凸型車体は
採用せず、箱形車体とし、重連運転を想定しているので、運転台に貫通扉付き。
客車の暖房用の蒸気暖房装置を搭載。耐寒耐雪装備は強化。
外観は、あたかも屋根上にパンタグラフや碍子などがないED76形500番台の如く、DLらしくない。
導入後、旅客列車から貨物まで幅広く使用された。北海道稚内と樺太西岸好仁を結ぶ鉄道連絡船で航送された貨車を継走。
車両故障で立ち往生したソ連(91年以後ロシア)の列車を、連結器のアダプターを取り付けて救出したことも何度かある。
87年春の国鉄分割民営化でJR樺太に承継。
80年半ばの国鉄末期、旅客運用は既に人口減対応の合理化目的のDC化等の推進でかなり消え、
21世紀になって宗谷海峡トンネル開通後JR貨物が新型機を導入した事で貨物列車牽引運用が消え、
多くが廃車となった。

67 :名無し野電車区:2012/01/01(日) 18:34:33.06 ID:6L4jHqiD0
国鉄 クモニ115 モニ114  サニ115 サユ115 モユ115 モユ114 クユ115 モニ115
国鉄が電気機関車での荷物輸送を電車に置き換えるために登場させた115系の荷物電車バージョン
主に東海道線の荷物列車を置き換える
ドアは3ドア(中間ドアは締め切り)
一部のパンタ車は低屋根車
碓氷峠を通ることもある
普通の115系にも併結できる設計となっている

JR化後は、JR西日本などで旅客化改造を行ったが1996年以降廃車になりつつあり2005年には形式消滅した

68 :名無し野電車区:2012/01/01(日) 21:09:48.36 ID:7WX/FESx0
JR貨物 ED210 直流電機機関車
関西本線名古屋口で運用されているDD51の老朽化と無煙化のため
EF210では過大出力なのと軸重制限があるため、中間台車を付随台車にし
全体の軽量化で運転重量を84トンに抑え、軸重を14トンとした。
一時間定格出力2000Kw、30分定格出力2260Kw、最高速度100Km/h
車体側面にはInverter Eco-Loco の文字が書かれている、愛称「エコロコ」

なおJR貨物では交直両用のED510、交流専用のED710が計画されている。

69 :名無し野電車区:2012/01/02(月) 00:25:51.55 ID:87DhlS9R0
>>60の世界前提で

715系・419系(史実と異なる)

80年代国鉄末期、一時期余剰となった583系を近郊電車に改造しようという突飛な案が現実味を帯びていたが、
近郊型本来の機能上問題が多いことから中止となり、座席車に改造の上485系初期型(481・483系を含む)
置き換えに充当されることとなった。
一方で、相変わらず普通列車の電車か要望は強い上、特に旧型客車の置き換えは待ったなしの状況であった。
そのため、485系の台枠をそのまま使用し、車体を載せかえる方式で交流区間向けに近郊型電車を
製造することとなった。
コスト低減のため、廃車発生品を隅々まで利用した(例:座席や網棚は153系や101系から流用)だけでなく、台枠をそのまま活用した関係から、
21m級の長さで、クモハユ74を髣髴させるまっ平らな正面、戸袋窓のない、また台枠の耐荷重量から車体断面も近郊型にしては
低めになったために、これまでの近郊型にないユニークなデザインとなった。
しかしながら、当時の財政ではこれもなかなか厳しく、当初の予定より少ない、西九州地区(715系0番台)・仙台地区(715系1000番台)・
北陸地区(419系)がそれぞれ5編成造られただけで終了となってしまった。

JR化以後は、急行廃止で余剰となった急行形がローカル運用に転用されたが、
ギヤ比の関係でこれらとは併結できないことから運用上厄介者となり、
しかも廃車発生品の利用が多かったり、車体自体が安普請なため、
老朽化が著しく、ラッシュ時専用に残っていた12系・50系客車よりも早く、
95年に全廃となった。

70 :名無し野電車区:2012/01/02(月) 00:48:15.57 ID:87DhlS9R0
>>69に追加

スクハ50・スクハ12

国鉄末期から地方都市圏でフリークエンシー向上の施策が
推進されていたが、12系・50系客車は、
短編成では無駄が多く、かつ終着駅ごとに機回しも必要で、
非効率が問題となっていた。
そのため、一部の車両に運転台を設置して、機回しを不要としたものである。
ただし、短編成では無駄が多いだけでなく、速度的にも電車・気動車より劣るため、
ラッシュ時専用とされ、中心駅付近の短距離折返し運転が主な役回りとなった。
93年ごろから機関車の老朽化が問題となり、このため、
これらの客車との協調機能を持った電車(701系500番台・813系700番台、いずれもクモハのみ)を製造し、
木に竹を接いだような姿で2000年ごろまで活躍した。
(これら電車は相方のクハを製造の上、現在通常の電車編成として活躍している)
一方で北陸線では、2000年代になってもEF81での運転が存続していたことはご存知のとおりであろう。

71 :名無し野電車区:2012/01/02(月) 10:59:03.81 ID:wSA6/HJF0
国鉄 広島局 キハ50000

昭和21年、戦後の混乱で車輛不足や石炭不足で列車の運行が大混乱をきたしていた時期に
本社に秘密で作られた気動車

ことの起こりは、昭和20年冬に復員してきた特攻隊の生き残りの職員から「震洋という特攻モーターボートに乗っていた」
との話が広島局の上層部に伝わり、徳山などの特攻隊基地へエンジンをもらいに行くことになったことから始まる。

旧軍の管理者やGHQとのすったもんだの末、無事エンジンを強奪(?)することに成功した広島局は、戦災復旧車にこれら
エンジンを取りつけ、呉に進駐していた英軍から軽油の特配を取りつけ、主に山陽本線の平地区間の普通列車に充当する
ことで、一般客車と機関車をねん出、長距離列車の増発に成功した。

しかしながら、エンジンを国鉄全体で貰うけるだけの数がなかったこと、ましてや軽油の特配の事実が広まると混乱が起きる
とのことから、本社には秘密にする必要から、あえて旧標記の気動車として製造した。

全部で50両が生産されたが、戦時急造のエンジンのため故障も多く、世の中の混乱が収まりつつあった昭和23年にはエンジンを
取り外して鋼体化改造のオハ60系として最整備される車輛が増え、他鉄道への譲渡なども含め昭和24年春までに形式消滅した。

その中の1両が、流れ流れて関東鉄道で走っていたが、昭和57年についに廃車となったが、貴重な旧軍の船舶エンジンということで
運輸省の技術研究所に譲渡され、今でもエンジンのみ動態保存されているのは、鉄道ファンよりも船舶ファンのほうが詳しいことであろう。

72 :名無し野電車区:2012/01/02(月) 20:13:23.53 ID:/y116n160
あげ

73 :名無し野電車区:2012/01/02(月) 21:34:08.65 ID:STDnir4A0
キハ120形100番台

北陸本線(糸魚川〜直江津間)・大糸線(南小谷〜糸魚川間)に投入されたキハ120形気動車の増備車。
車体は普通鋼製であるが、同じく普通鋼製の200番台車と異なり、車体幅が2,800mmに拡大されている。
投入当初はトイレが設置されていなかったが、後に全車が取り付け改造を受けている。

大糸線の全列車と、北陸本線の列車(通勤時間帯の列車を除く)で使用されている。
近年、北陸本線の経営分離に合わせて第3セクター鉄道へ譲渡されるのではないか、
との憶測が流れている。

74 :名無し野電車区:2012/01/03(火) 09:16:23.87 ID:Xko6PXsY0
国鉄881系電車
381系をベースに交流専用サイリスタ式にし、さらに雪切室を設置した。

国鉄585系電車
381系をベースに交直両用にし、さらに雪切室を設置した。


75 :名無し野電車区:2012/01/03(火) 09:48:09.98 ID:KSGhuZZ80
JR貨物30Xコンテナ
コミックマーケットなど同人誌即売会の発展に伴い、早急な現地への同人誌搬入と購入者の宅配便輸送が求められることになり登場した。
国際展示場〜ビッグサイトなどの引込線を経由し、開始前〜開始中は搬入に、終了後は搬出に用いられる。
コンテナに各種イラストが描かれているので30D型との判別は容易である。

76 :名無し野電車区:2012/01/03(火) 09:48:14.68 ID:Xko6PXsY0
457系1000番台
1972年から登場した457系のマイナーチェンジ版。
クモハ457-1000、モハ457-1000、モハ456-1000、クハ455-1000、クハ455-1100、サハ455-1000、サロ455-1000、サハシ457-1000がある。
クモハ457-1000、クハ455-1000、クハ455-1100は前照灯がシールドビームである。
サロ455-1000は2連の固定窓で、回送運転台はない。
サハシ457-1000は冷房装置がAU13型6基(普通室2基、ビュッフェ4基)となっている。
各形式とも、側面方向幕がついている。
クハ455-1000、サハ455-1000、サロ455-1000はMGが160kVAのものになった。
クハ455-1100はMG非搭載。
1974年製造分より、主変圧器がTM20に変更された。
1978年製造分からは、CPがC-1000に変更され、シートモケットの色が茶系に変更された。
1980年製造分からは、Hゴムが廃止された。
1983年製造分からは化粧板が薄茶色4号から白色チェック柄+木目調に変更され、モハ456-1000は平天井化された。


77 :名無し野電車区:2012/01/03(火) 09:56:17.58 ID:Xko6PXsY0
>>45
459系は>>76(457系1000番台)の横軽協調タイプにしたほうがリアル。
波動用転用のため、セミクロス化改造はなし。

>>35>>41
117系は廃車だろ。


78 :名無し野電車区:2012/01/03(火) 17:11:41.28 ID:81LsySr1O
クハ115-750番台
クモハ165 クハ165を115系化したもので、前後のドアはそのままにして
デッキを潰し、真ん中に無理矢理両開きドアをくっ付けたかなり乱暴である。
種車のAU13E冷房とクハ台車のTR69はそのまま使用している。クモハ種車の台車はTR62。
座席のクロスシートは種車をそのまま使っている。
奇偶数方で751〜756までの6両が作られた。
種車はクハ165-65 77 84 クモハ165-59 76 100。
岡山に配備されて山陽線で使われたが、現在は延命工事の上で広島に集結して
やはりAU13E冷房でニセ急行型屋根の115系らと最後の活躍を続けている。

79 :名無し野電車区:2012/01/03(火) 17:24:03.32 ID:5ha3/eVM0
キハ202
JR北海道が製造したキハ201系のアルミ車体バージョン。
735系と同等のアルミ車体となっている。
しかしエンジンのサイズの関係上735系と同じ床面高さにすることが出来ず、731系と同じステップ付き車体となっている。

80 :名無し野電車区:2012/01/04(水) 00:31:22.18 ID:gTJD5i2e0
>>75
東京臨海高速鉄道583系
度重なる禁止令にもかかわらず徹夜客が相次ぐ一部イベントへの対応策として列車ホテルとしてビッグサイト引込線・国際展示場駅で停泊させるためにJRから借り受けたもの。
B寝台1泊630円、A寝台10500円と高額ながらエアコン完備など設備が充実しているため人気を博している。

81 :名無し野電車区:2012/01/04(水) 10:13:29.00 ID:B8ujWcgc0
国鉄763系電車
国鉄が1980年から製造した北海道向けサイリスタ式交流急行型電車。
711系100番台とは以下の相違点がある。
・ボックスシートの窓際にもひじ掛けが設けられた。
・車端部のロングシートや吊革はない。
・車体長は21.3mに伸ばされ、ボックスシートのシートピッチは12系客車やキハ65系気動車と同じ1580mmに拡大された。
・0番台はMM'ユニット方式を採用。1000番台は711系100番台と同様の1M方式。
・歯数比は4.21を採用。
・全車両新製冷房車で登場。
・パンタグラフはモハ762-0およびモハ763-1000に搭載。
・車体塗色は赤色13号に窓周りクリーム色4号。
・冷房装置はパンタグラフ付き中間電動車がAU72型(1983年製造分からはAU79型)、その他はAU13型6基。
・シートモケットの色は茶系を採用。
形式は、クモハ763、モハ763、モハ762、クハ763、クハ762、サハ763、サロ763、サハシ763、モハ763-1000

763系2000番台
国鉄が1985年から製造した763系の転換クロスシート版。
転換クロスシートのシートピッチは910mmとなっている。
形式は、モハ763-2000、モハ762-2000、クハ763-2000、クハ762-2000、サハ763-2000


82 :名無し野電車区:2012/01/04(水) 10:22:42.51 ID:B8ujWcgc0
国鉄465系電車
国鉄が1980年から製造した457系のフルモデルチェンジ版。
車体長が21.3mに伸ばされ、普通車のシートピッチを12系客車・キハ65系気動車並みの1580mmに拡大。出入り口はステップ付き。
もちろん従来の交直流急行型電車との連結も可能。
形式は、クモハ465、モハ465、モハ464、クハ465、クハ464、サハ465

国鉄469系電車
465系の横軽協調運転対応版で465系と同じく1980年に登場。車体長は21.3mで出入り口はステップ付き。
形式は、クモハ469、モハ469、モハ468、クハ469、クハ468、サハ469

サロ465
サロ455-1000の車体長を21.3mに伸ばした形式で、1982年から製造された。出入り口はステップ付き。

サハシ465
465系のビュッフェ車。1982年から製造された。車体長は21.3mで出入り口はステップ付き。

サロ469
サロ465の横軽協調運転対応版で1982年から製造された。車体長は21.3mで出入り口はステップ付き。

サハシ469
サハシ465の横軽協調運転対応版で1982年から製造された。車体長は21.3mで出入り口はステップ付き。

国鉄477系電車
国鉄が1985年から製造した465系の転換クロスシート版。車体長は21.3mで出入り口はステップ付き。
転換クロスシートのピッチは910mmで側窓は2連窓になっている。
もちろん451・471-465・469系と連結可能。
形式は、モハ477、モハ476、クハ477、クハ476、サハ477


83 :名無し野電車区:2012/01/04(水) 10:27:02.97 ID:B8ujWcgc0
>>82補足
それらの形式の1500番台が1987年から製造。211系や415-1500と同じステンレス製になる。

465・469系: 歯数比4.21とMT54系主電動機は踏襲したが、主制御器は117系と同じCS40系を採用。車体長が21.3mに伸びたため。1983年製造分からは内装化粧板の色が薄茶色4号から117系と同じ白色チェック柄+木目調に変更された。
477系: CS40系主制御器と歯数比4.21は踏襲したが、主電動機が211系と同じMT61系に変更された。
465・469・477系共通: 冷房装置は先頭車とグリーン車・ビュッフェ車はAU13型6基、パンタグラフつき中間電動車がAU75型、パンタグラフのない中間普通車がAU13型8基、これらの形式の1500番台はAU75型。

465・469・477系いずれも、シートモケットの色は117系と同様の茶系シートでHゴムはない。

急行型のステンレス車は、正面がJR北海道721系電車と同じ顔つきになっていたはずである。
(415系1500番台や213系などの近郊型のステンレス車が211系の顔つきになったのとは対照的)


84 :名無し野電車区:2012/01/04(水) 19:32:05.79 ID:q/IJyhnI0
415系800番台
北陸本線においては1980年代に入っても通勤輸送は
一部は特急格上げによる余剰となった急行形電車の転用が行われたが
依然として旧型客車・気動車に依存していた。
だからといっても当時の国鉄の事情は近郊形車両の新造・投入というわけにも逝かなかった。
ということで交直流の機器のみ追加して113系の中古車両を交直流化したのが本形式である。
東海道・山陽本線を走っていた車両であり、低いホームなのにステップの不備、寒冷地を走るのに3扉などいろいろ問題もあったが
とにかく新造する余裕の無い国鉄はこれしか手が無かった。
冬季はドアを半自動化したり一部では改善もした。走行性能は既存の415系と変わりはなく、
またシートモケットも交換するなど出来るだけ新車の雰囲気を演出するようリフレッシュを施してあり、
同時期の常磐線に新造投入されていたロングシートの500番台に比べればアコモデーションは上であった。
その後JR化後における新車投入で本線運用ははずされ七尾線などローカルに移動されたが、
末永く大切に使う酉の方針の下、今なお北陸のローカルで元気な姿を見せている。


85 :名無し野電車区:2012/01/04(水) 22:06:53.55 ID:y4ujoHnU0
701系通勤型交流電車(史実の701系とは異なる。また、719系は存在しない)

国鉄の分割民営化直前、札幌・仙台地区向けの通勤型電車として登場した交流電車。
札幌車(0番台)はクモハ701+モハ701+クハ700の3連、仙台車(1000番台)はクモハ701+クハ700の2連を組む。

車体は後に四国に投入された121系と同様のステンレス車体、セミクロスシートとしている。
投入線区に合わせ、高さの低いホームに合わせてステップが設けられている。
また、冬季の車内温度低下防止と乗降時間の短縮を両立するためデッキを廃止し、
半自動スイッチを設けたほか、暖房の出力を強化した。
制御装置は713系のものをベースとしたサイリスタ位相制御としており、電力回生ブレーキも使用できる。
一部の車両のパンタグラフ、台車は急行型電車の廃車発生品を流用している。

民営化後、JR東日本は完全新製、ボルスタレス台車仕様の1500番台車、及び
山形線向け標準軌仕様の5000番台車を投入し、東北地区の経営効率化を進めた。
また、1000番台車を含む全車がワンマン運転関係機器を搭載された。
1993年、703系(史実の701系に相当)の登場以降は磐越西線、仙山線での運用が主となっている。

一方、JR北海道ではスピードアップとサービス向上のため全車転換クロスシートの721系を
投入したため、本系列の増備はされていない。
本系列は力行性能、車内設備などの違いから限定運用を組まれているが、
近年VVVF化改造が開始されている。


86 :名無し野電車区:2012/01/05(木) 09:42:44.27 ID:DC+v+WXO0
キハ59・キハ29
0番台はキハ58系暖地用の、500番台はキハ58系寒地用の、700番台はキハ56系200番台の編成美用中間車。
キハ29は冷房用発電エンジンを搭載している。
これに合わせてキハ58系パノラミックウインドウ車とキハ56系200番台の冷房装置取り付け改造も行われた。


87 :名無し野電車区:2012/01/05(木) 09:50:20.09 ID:DC+v+WXO0
>>86続き
キハ65-700番台
キハ65の北海道仕様。側窓が1段上昇式になり、出入り口が引き戸になっている。

キハ65-1000
キハ65-0の便所付き・発電装置なし仕様

キハ65-1500
キハ65-500の便所付き・発電装置なし仕様

キハ65-1700
キハ65-700の便所付き・発電装置なし仕様

キハ64形
キハ65の編成美用中間車。
0番台が暖地用、500番台が寒地用、700番台が北海道仕様で、便所付き・発電装置なしの車両、
1000番台が暖地用、1500番台が寒地用、1700番台が北海道仕様で、便所なし・発電装置付き・業務用控え室付となっている。

キハ49形
キハ40系48形の編成美用中間車。0・500・100番台が便所付き、1000・1500・1100番台が便所なしである。

国鉄12系500番台
12系客車の北海道仕様。側窓が1段上昇式になり、出入り口が引き戸になっている。


88 :名無し野電車区:2012/01/05(木) 11:25:47.27 ID:iYANGRvT0
>>82
サハシが製造されたかどうかは疑問。
1980年には既に急行の食堂・ビュフェは廃止されてた。

89 :名無し野電車区:2012/01/05(木) 21:26:57.35 ID:0LNUrriV0
JR東日本 E187系0番台
伊豆方面の踊り子で活躍している185系を置き換えるために登場
編成は
185系と同じ10連・7連・5連ではなく
8連(グリーン車1両)と6連(グリーン車1両)となっている
前面は貫通形

車体断面はE259系やE257系と同じ
主な仕様はE259等と同じ
運用は8連と6連を組み合わして14連や8連2本で16連である
6連は団体にも利用される
JR東日本 E187系500番台
草津・あかぎに残っている7連を185系を置き換えるために登場
編成は7連
主な仕様は0番台と同じだが、耐寒構造となっている
前面は貫通形となっている

90 :名無し野電車区:2012/01/06(金) 12:00:42.75 ID:EoatbHyB0
>>88
1964年の東海道新幹線の開通以降、寿司職人の急激な増加で1970年代には寿司職人が余るようになったので、国鉄では寿司職人の有効活用が検討された。
サハシ457-1000・サハシ459: 1972・1973年製造分は製造当初そばコーナーで登場し、1977-1978年に寿司コーナーに改装された。1974年製造分からは、製造当初から寿司コーナーで登場した。
サハシ763・サハシ465・サハシ469(>>81-83): 製造当初から寿司コーナーで登場した。
1985年以降は、これらの寿司コーナーが、弁当売店に転用された。


91 :名無しでGo!:2012/01/06(金) 12:07:32.01 ID:bJx6Fp9E0
幕張車両センターの209系2000・2100番台は、近郊型のカテゴリーでいいのではないかということでE219系0・100番台に改番されました

92 :名無し野電車区:2012/01/06(金) 12:19:40.72 ID:EoatbHyB0
>>87続き
キロ28-2500増備車
従来のキロ28-2500と同様の車体だが、台車が空気ばねになり、エンジンがDMF15に変更された。

キロ26-2200番台
従来のキロ26-200と同様の車体だが、台車が空気ばねになり、エンジンがDMF15に変更されている。

キロ64
キロ28-2500と同様の車体だが、台車が空気ばねになり、エンジンがDML30に変更され、水タンクが屋根上に移っている。

キロ64-700番台
キロ26-200と同様の車体だが、台車が空気ばねになり、エンジンがDML30に変更され、水タンクが屋根上に移っている。

オロ12
キロ28-2500と同様の車体だが、台車が14系寝台車と同様のものになっている。

オロ12-500番台
キロ26-200と同様の車体だが、台車が14系500番台寝台車と同様のものになっている。

キサシ64
車体や台車はオシ14と共通。


93 :名無し野電車区:2012/01/06(金) 13:06:29.13 ID:EoatbHyB0
>>92続き
キハ29-2000・2500・2700・3000・3500・3700番台
キハ64(>>87)のDMF15エンジン版。
キハ29-2000がキハ64-0に、キハ29-2500がキハ64-500に、キハ29-2700がキハ64-700に、キハ29-3000がキハ64-1000に、キハ29-3500がキハ64-1500に、キハ29-3700がキハ64-1700にそれぞれ相当する。

キハ28-4000番台
キハ65のDMF15エンジン版。
キハ28-4000がキハ65-0に、キハ28-4300がキハ65-1000に、キハ28-4500がキハ65-500に、キハ28-4800がキハ65-1500にそれぞれ相当する。

キハ27-3000・3500番台
キハ28-3000はキハ65-700のDMF15エンジン版。キハ28-3500はキハ65-1700のDMF15エンジン版。

キハ63形
キハ48のDML30エンジン版。

キハ62形
キハ49(>>87)のDML30エンジン版。

キハ61形
キハ40のDML30エンジン版。


94 :名無し野電車区:2012/01/06(金) 13:30:26.61 ID:j07c+mea0
JR東日本 209系2500番台
鶴見線に残っている205系を置き換えるために209系500番台を改造して登場
編成は4連とワンマン用先頭車化改造の2連がある


95 :名無し野電車区:2012/01/06(金) 13:45:38.15 ID:tEdgVelcO
KOJIMA1系

96 :名無し野電車区:2012/01/06(金) 17:32:46.24 ID:O8cv5zV50
長文御苦労

97 :名無し野電車区:2012/01/07(土) 00:04:08.62 ID:EIUHguiF0
>>93
×キハ28-3000
○キハ27-3000
×キハ28-3500
○キハ27-3500


98 :名無し野電車区:2012/01/07(土) 07:42:06.53 ID:Fl+AuyGu0
583系座席車(続)
特急列車の増発の為に寝台電車を改造した583系座席車だが、
そのデザインは当時の国鉄の状況を露実に示したもので、殊に"食パン特急"と
仇名された改造先頭車は常磐線に投入され、「ひたち」のイメージアップどころか、
さらに黒歴史を重ねるとも言えなくも無かった。
新車である185系と上野地平ホームでならんだ食パン特急の光景は
常磐線の首都圏におけるステイタスを象徴していた。
新特急が"魔改造ダッセーw""食パンで特急かよ藁"と揶揄されれば
くたびれた車両の常磐特急が"遜色特急""有料新快速"などと応酬するのが風物詩であった。
しかし当車も東北縦貫線の開業を控え、後継者であるE657系と置き換わることが決定し、
老躯に鞭打った最後の活躍を見せている。

99 :名無し野電車区:2012/01/07(土) 10:08:30.16 ID:EIUHguiF0
遜色特急といえば
185系電車
373系電車
465・469・477系電車
763系電車
キハ65系気動車
12系客車
キハ56・58系気動車
451・471-457・459系電車
153・165・167・169系電車
により運行された特急および
485系使用のくろしお
183系・485系・キハ181系使用のしなの・やくも(381系投入後)


100 :名無し野電車区:2012/01/07(土) 10:53:55.44 ID:t9IlrEcR0
JR西日本 223系0番台 223系1000番台ライト移設車
連結面に新開発の転落防止幌を設置するにあたって
0番台と1000番台のテールライトが邪魔になる

そこで改造を行った
0番台はヘッドライトはそのままに、テールライトはその横
 ○1 1○  または ○- -○  といった感じになる1と-=テールライト ○はヘッドライト

1000番台はヘッドライトをそのままにテールライトはその下になる

101 :名無し野電車区:2012/01/09(月) 15:44:30.80 ID:UXGI9yiRI
JR東日本 213系1000番台
日光線で運用されていた165系の置き換え用、及び宇都宮〜黒磯間のローカル輸送用に小山電車区に2連18本が投入された。
213系を名乗るが、通勤通学輸送用として3ドアロングシートとされ、また使用線区の関係上寒冷地仕様となったため、実質的には211系3000番台の2連バージョンである。

102 :名無し野電車区:2012/01/09(月) 16:04:17.57 ID:UXGI9yiRI
JR東海213系6000番台
御殿場線、飯田線で運用されていた115・165系の置き換え用。静岡運転所に2連11本が投入された。
関西線用5000番台をベースに、ドアの半自動化、スノープロー設置など寒冷地対策が行われた。
また、クモハは身延対応のC-PS24Aパンタグラフを装備し、クハは中央線用クハ210-5300番台同様トイレ付きである。
御殿場線と飯田線で使われてきたが、313系3000番台の投入に伴い御殿場線からは撤退。
また、飯田線での運用も115系に差し替えの後、313系1700番台に置き換えられたため、東海道線静岡地区で211系の増結用に転用された。その後、飯田線119系置き換えにあたり、寒冷地仕様・トイレ付きであったため、全車が313系2300番台に置き換えの上大垣車両区へ転出。
現在はトイレ設置改造を行った5000番台と共に飯田線で使用されている。

103 :名無し野電車区:2012/01/09(月) 16:08:51.91 ID:UXGI9yiRI
JR東日本 E127系1000番台
房総地区の113系初期車置き換え用、及び東海道線小田原〜熱海、伊東線の輸送力適正化を目的に1996年度から投入された。
配置は、房総地区用が幕張電車区→幕張車両センター、東海道・伊東線用が国府津電車区→国府津車両センターである。
新潟地区用0番台をベースに、耐寒耐雪設備を省略した。
・幕張車
房総各線(主に末端部)用で、2連30本が投入された。車体帯は横須賀色で、座席はオールロングシート。
ワンマン運転に対応し、勝浦〜安房鴨川〜館山、成東・成田〜銚子と鹿島線全線では閑散時間帯にワンマン運転を実施している。
運用区間は内房線・外房線全線と総武本線千葉〜銚子、成田線佐倉〜成田〜銚子と鹿島線全線だが、
主に末端区間用であるこから千葉への乗り入れは入出庫を兼ねた少数の運用に限られる。


104 :名無し野電車区:2012/01/09(月) 16:10:52.46 ID:UXGI9yiRI
(続き)

・国府津車
東海道線小田原以西及び伊東線用で、4連11本と2連9本が投入された。4連には新形式のサハE126形とモハE127形が組み込まれた。
座席は幕張車同様オールロングシートである。
車体帯は湘南色で、JR東海管内への乗り入れ用にATS-SN'を搭載している点、
そしてワンマン設備が準備工事にとどめられている点が幕張車と異なる。
東海道線平塚〜熱海〜静岡間と伊東線、御殿場線国府津〜御殿場間で運用される。
本形式の投入により、日中の東海道線東京口は快速アクティーと特急を除き小田原で乗り換えとなり、
小田原以西は本形式及びJR東海113系(T編成)による国府津・小田原〜伊東・沼津(一部静岡・島田)間の列車がメインとなった。
また、JR東海管内への直通列車は大半が国府津・小田原発着となった関係で、JR東海静岡車両区113系T編成は東京駅乗り入れを終了し、
小田原〜JR東海管内の列車を中心に使用されるようになった。
同時に御殿場線のJR東日本車の運用も本形式に置き換えられた。

105 :名無し野電車区:2012/01/09(月) 17:00:58.57 ID:e4kr4sJz0
70系通勤仕様
戦後復興が進み、通勤電車も戦前並みの3ドア車両をということで70系のロングシート仕様が1952年より東西の東海道線向けに導入された。
通勤向けなので2等車のみの編成である。
足回りも73形同様の歯車比とするなど通勤仕様になっている。
しかし、ラッシュ時には73形より乗り降りしにくい、昼間はクロス仕様より席が少ないと苦情があり、途中でセミクロスに改造され、足回りも近郊向け似改造された。

106 :名無し野電車区:2012/01/10(火) 14:39:48.28 ID:2JG5bknV0
JR西日本 奈良電車区221系 シート2+1化編成
大阪環状線でのラッシュでの混雑が激しい区間での積み残しが増えたことから221系をシートを2+1化する
そのほかの改造内容は
前面に行き先を表示するLEDを増設する

主に8両貫通編成と6連と4連の一部編成が改造される

107 :名無し野電車区:2012/01/10(火) 16:03:23.13 ID:hrEExPU80
国鉄末期に計画された新幹線車両群

新幹線200系・100系 寝台新幹線電車
新幹線200系および100系をベースにした寝台新幹線電車。
普通座席車の3人がけ座席側相当の寝台は枕木方向に、2人がけ座席側相当の寝台はレール方向に設定。

新幹線200系・100系 グランクラス車両
新幹線200系および100系をベースにしたグランクラス車両。
普通座席者の3人がけ座席側相当の座席は2人がけ、2人がけ座席側相当の座席は1人がけである。
シートピッチは、E5系のグランクラスに同じ。

新幹線200系・100系 個室車両
博多に向かって太平洋側に個室が、日本海側に通路がある。

新幹線200系・100系 オールグリーン車編成
全ての座席が2&2シートになっている。シートピッチは、新幹線のグリーン車に同じ。


108 :名無し野電車区:2012/01/10(火) 16:15:12.43 ID:hrEExPU80
>>107続き
車椅子対応2階建車両(フル規格新幹線用)
車椅子用の乗降口が2階建車両の階下部分にある。
車椅子対応超低床平屋車両(フル規格新幹線用)
台車間の床面が550mmと低く(車端部は1300mm)、床面の低くなった部分に車椅子用の乗降口がある。
両タイプの車両とも、新幹線ホームの高さの1250mmから550mmへの改築と、他の車両の乗降口へのステップ取り付け改造の両方が必要なのがデフォである。


109 :名無し野電車区:2012/01/10(火) 22:41:44.80 ID:Yg+kQrlA0
キサハ180
国鉄で余剰となったキサシ180をラウンジカーに改造。
厨房を撤去して座席を増設している。
JR西日本に承継されたが付随車であるために「最低でも7両編成以上とする」という制約が生じてしまい1995年に廃車となった。

110 :名無し野電車区:2012/01/10(火) 23:11:17.09 ID:peFkyFz60
163系直流式急行形電車

当初は165系を温暖・平坦地向けに抑速ブレーキと耐寒装備を省略した形式として計画されたが、
総武快速線の東京地下駅開業に伴い地下線乗り入れ対応の急行形電車として計画が変更された。
走行する房総地区は平坦地、温暖である為、当初の計画通り抑速ブレーキ・耐寒設備は省略された一方で
地下乗り入れに対応する為ATCを装備し難燃構造となっている。外見上も運転席後ろが機器室となっており
165系にある乗降扉の運転席側の窓スペースが埋まっていることで分かる。
当初は東京乗り入れに際し房総急行の特急格上げも想定し183系配備が計画されたが、
線形的な問題で大幅なスピードアップは難しく、
またこの計画が漏洩し料金値上げだという国会での突き上げもあって163系の案に落ち着いた経緯がある。
近距離輸送の為、サハシは製造されず、クハ163・モハ163・モハ162・サロ163が製造され、クモハ電動制御車も
造られなかった。7両の基本編成と4両の付属編成から成り、1972年より計15本165両が製作された。
配置は全車幕張電車区である。塗り分けは165系と同じだが配色はスカ色のツートンカラーとなった。
この投入により総武線の急行の電車化が完了した。163系は主に東京乗り入れ急行に充当され、両国・新宿発着急行は153系が充てられた。
"スカ色急行=房総急行"のイメージを定着させたが"スカ色"を"房総色"に変えるには至らなかった。
その後、上越新幹線開業による183系余剰車の発生、伊豆特急の185系化などで183系が房総用に転用され、
徐々に特急への格上げが進み、波動・ローカルに転用されるケースが増え、東京地下駅に顔を出すことは減って行った。
1993年、255系特急形電車の投入と共に、房総急行の歴史も幕を閉じ、定期運行から離脱した。
今現在、1編成のみ波動用として幕張センターに在籍している以外は全て長野へ逝った。
*房総急行の編成
東京←クハ163-サロ163-モハ162-モハ163-モハ162-モハ163-クハ163-クハ163-モハ162-モハ163-クハ163→館山・安房鴨川
*一部列車は付属編成不連結


111 :名無し野電車区:2012/01/11(水) 00:06:48.34 ID:/nsCuVMW0
>>110よりネタを拝借…
国鉄163系1000番台急行形電車

昭和52年、紀勢西線区間の電化完成を前にして、ディーゼル急行きのくにの
存廃問題が持ち上がっていた。当時乗り入れを行っていた南海電鉄との兼ね
合いもあり、一部を気動車のまま残す事になったが、単独運転分の一部を電
車化するために製作される事となった。

基本構造は先年に製作されていた房総用163系からATC設備を取り除く格好
となったが車種構成に一部変更が発生。0番台では製作されなかったクモハが
編成に登場する。

きのくにに運用されるほか、間合いで新宮ー紀伊田辺間の普通にも投入された。
代表的な編成は以下の通り。

急行きのくに1号
新宮              天王寺
クハ163-モハ162-クモハ163-サロ163-モハ162-クモハ163

夜行急行きのくに28号新宮行(+より後ろ3両は椿まで)
クハ163-モハ162-クモハ163-クハ163-モハ162-クモハ163+クハ163-モハ162-クモハ163

112 :名無し野電車区:2012/01/11(水) 22:56:25.27 ID:MHLc6Yrh0
>>111
南海1010系
同車と連結するきのくにの電車化を行うために昭和54年新造した3両編成の電車。
乗り入れできるように運転台内部の仕様は国鉄に合わせたが車体幅が南海社内の規格に合わせ若干狭めで裾絞りがない。、また正面デザインは7101系と同デザインである。
デッキ付き片開きドアは同様とし、座席は転換クロス・シートピッチは920mmと当時の国鉄特急並みになっている。トイレはタンク式で洋式・和式をそれぞれクハ/クモハ・モハに備える。
きのくに廃止後はサザン用に転用され、座席を回転リクライニングに交換して指定席用とし、現在に至る。

113 :名無し野電車区:2012/01/12(木) 02:16:50.53 ID:bfLm7V9JO
JR東日本E129系
長野地区の115系等旧国鉄形式を置き換える新標準形式として、
中央本線 篠ノ井線 信越線 大糸線と長野新幹線が上越に延伸時にJR西日本から移譲される
北陸線の糸魚川〜直江津間と子会社化するほくほく線にも投入される。
E721系を基本とし、ワンマン運転にも対応する2両編成とサハE129がある
3両編成500番台の2種類がある。
2013年より長野車両センターへ随時投入を開始。
まずは大糸線を全てこの形式に移行(E127系はしなの鉄道に売却)する。
次いで中央本線及び信越線系統を置き換える。なお塩尻〜辰野間に関しては
クモハ123の老朽化の関係上大糸線投入時に前倒しで置き換えてしまう予定。
なお中央本線の高尾口の6両編成に関してはE233系3000番台の6連型(7000番台)を投入する。
豊田車両センター側は房総各線から捻出された211系を投入する。
また八王子・長野支社境がこれまでの小渕沢〜信濃境の山梨長野県境から
大月から先が長野支社となり、115系の一部置き換えに中央特快を大月まで
伸ばす関係上、高尾発着の普通列車の一部も大月に変更された。
大糸線の西日本から移譲される区間には小海線と飯山線にキハE130形及び
ハイブリッド車キハE200形の量産型の投入で捻出されるキハ110系で充当。
北陸新幹線が上越まで延伸後、ほくほく線をJR東日本の100%子会社化して
北越線と改称し、はくたかの直江津発着化で特急が廃止されるが、快速くびき野
が新井から十日町まで延伸される。
交流と直流のセクションも糸魚川〜梶屋敷から越中宮崎付近の富山新潟県境
の境川橋梁付近に変更された。
(60Hzの北陸電力と50Hzの東北電力に合わせたものと思われる)

114 :名無し野電車区:2012/01/12(木) 20:07:11.27 ID:OvLfdfon0
>>29
水戸はロング三昧、仙台はクロス三昧になった。

>>89
8連は1号車が非貫通でいいだろ。

>>101は213系3000番台

>>102はクモハ213-5600+クハ212-5300

>>110
直流急行型でもしスカ色が登場していれば、車体の塗り分けは451系と同じ塗り分けになっていたはず。


115 :名無し野電車区:2012/01/13(金) 16:12:41.35 ID:zRRDnMIV0
JR西日本 キハ123 キハ128 気動車
キハ123は両運転台でキハ128は片運転台となっている
山陰エリアと富山エリアに残っているキハ40系列(除くラッピング車)を置き換えるために登場
キハ123系0番台とキハ128系0番台・1000番台は山陰エリアに配置(暖地仕様)
キハ123系1000番台とキハ128系2000番台・3000番台は富山エリアに配置(耐寒仕様)
主な仕様はキハ122・127に準じているが、ライトが225系と同じくHIDを採用
前面は225系と同じようなものだがライトの位置や運転台周りの塗装が変わる
シート225系仕様
ドアは2ドア シートはセミクロスシート
最高速度は100qだが実際に出すのは90q
方向幕類はLED
側面窓は225系と同じようなものになる
耐寒仕様の車両は大糸線にも使用されることがある

116 :名無し野電車区:2012/01/13(金) 17:50:57.33 ID:oaAkeVxG0
現実には引退することになってしまったがパラレルワールド的に…


小田急20000形RSE リニューアル車

製造後20年が経過し内装なども陳腐化が進み、また交通バリアフリー法への対応も急務であった。
そこで2012年のダイヤ改正を前にリニューアルと一部車体更新を行い、イメージアップを図ることに


更新内容は制御装置の界磁添加励磁制御化と外板の補修と内装・シートの張り替えとD-ATS、ATS-PTの設置などが主な内容であるが、
6号車サハ20050は車体を載せ替えることになった。

サハ20050形の改造は
車イスに対応するためEXEに似た通常平屋構造の車体を新製。
形式をサハ20050形→サハ20550形に改番
ドアや車内の配置はEXE5、8号車と同様で車イス対応多機能トイレと車イス用座席が設置された。
ただし両端の車両の貫通路は高い位置のままなので両端貫通路の前に2段ステップが設けられている。
そのため座席数は減少している。
内装は他車と揃えてあり、リクライニングシートは車イス席を除き種車のものを張り替えた上で流用。
クーラーは種車のものが流用できないためMSEと同様のものを新製。
コストダウンのため走行機器や台車やパンタやSIVなどは種車のものを流用。


リニューアルは1編成ずつ行われその間の代走はMSEによって行われる予定である。


117 :名無し野電車区:2012/01/13(金) 18:23:05.57 ID:vKNxYRjg0
クモハ164
モハ164を先頭車化改造。
クハ165の運転台を切断して接合した。

118 :名無し野電車区:2012/01/14(土) 09:22:09.00 ID:3HkBYQG60
JR西日本 487系
老朽化しているサロンカーなにわと、あすかを置き換えるために7両編成2本 付属編成として4連1本増備される
サロンカーなにわ置き換え仕様
両先頭車は前面パノラマできるようハイデッカー仕様になっている
中間車1両(サハ)はロビーと横からのパノラマが見れる仕様になっている
前面はクラッシャブルゾーンがない
パンタはシングルアーム
塗装はサロンカーなにわとほぼ同じ
1つ1つの窓が大きい
あすか置き換え仕様
両先頭車は貫通形だが前面窓が大きい
前面窓の後ろはちょっとしたロビーとなっている
中間サハは展望がしやすいように大窓
中間モハユニット(2組とも)は座席車となっている
前面はクラッシャブルゾーンがない
車内にテレビを設置
塗装はあすかと同じ
4連付属
両先頭車はパノラマ形
中間車は側面窓大型
中間1両にロビー設置 側面窓が展望しやすいサイズ

非電化区間はDD51に牽かれて運転される

119 :名無し野電車区:2012/01/14(土) 14:06:25.37 ID:fIV1WykaO
JR北海道 キハ170形
1700番台を除くキハ40形の置き換え用として登場した一般型気動車。全車両が新潟トランシスで製造されている。

車体はJR四国の1500形をベースに酷寒冷地仕様(エアカーテン設置、スカート強化等)としたステンレス車体となった。
また、部品は極力従来車と共通化され、メンテナンスコストの低減を目指した。
車内は721系8次車と同様の転換クロスシートとなっており、化粧板は木目調、座席は暖色系のものが採用された。

2015年より旭川、釧路地区から導入が始まり、年に数両のペースでキハ40形を置き換えていく。

120 :anorak?:2012/01/14(土) 17:12:00.77 ID:J1AKnbdw0
>>66に続く平行世界もの
◎国鉄301系500番台電車
1982 大阪市営地下鉄直通用 界磁チョッパ
○1971年、近畿圏都市交通審議会にて大阪市松屋町筋の地下鉄、並びに当路線は次の三路線、国鉄阪和線、近鉄南大阪線、
南海天王寺支線との相互直通が答申されたが、松屋町筋は既存のビジネス街から外れて費用対効果に難ありと判断され、
代って混雑が極めて酷い御堂筋線(1号線)に対する複々線を国鉄在来線規格で梅田・湊町間に建設し、
湊町で国鉄と直通する計画に変更され、大阪市交通局が着工。
この路線名は第二御堂筋線、路線番号は1号線の複々線扱いなので第1B号線。
国鉄は天王寺駅構内で阪和線を関西本線に接続させる等の直通に備えた路線改良に着手。
大阪市営地下鉄第二御堂筋線の経路は、湊町(現JRなんば)〜心斎橋〜本町〜淀屋橋〜南梅田(ダイヤモンド地区)。
工事はかなり順調に進み短期で1983年春に開業し、阪和線・関西本線との相互直通開始。
同時期に常磐緩行線千代田線用に電機子チョッパ制御の203系が登場していたが、
国鉄は財政破綻寸前故に且つ各地域への投資バランスを鑑み、
数年前に高価な381系を大量投入した天王寺管理局に続けて高価な203系を第二御堂筋線直通用にと投入する余裕が無く、
同時期の筑肥線福岡市営地下鉄の事例の様な回生ブレーキ無しの抵抗制御車の投入も、
トンネルの温度上昇を懸念する大阪市交通局が拒否。
そこで、仕方なく、安価だが国鉄としては異例の界磁チョッパ制御を採用した301系500番台を1982年に新造。
本来ならば新形式となるべきだが、保守が面倒な新車に否定的な労働組合対策として無理矢理昔からある301系に。
意匠は、分割併結や踏切対策を考慮して103系1500番台と同等の鋼製運転台を203系のアルミ製車体に取り付けた様なもので
銀色のアルミ無塗装地に青と黄緑と赤の三色のラインカラー。
それと走行システム以外は203系に準じ、301系0番台との共通項は地下鉄直通用とアルミ車体と空気バネ台車だけ。
車種はクハ301/300(Tc/T'c)とモハ301/300(M/M')の四種で、TcMM'MM'T'cの六両編成。Mにパンタと主制御器搭載。
83年に第二御堂筋線直通運用に阪和線と関西本線で就役開始。
登場が二・三年遅れていれば205系の様な界磁添加励磁制御になっていたはず。
87年4月以後JR西日本に承継され、現役。

121 :名無し野電車区:2012/01/14(土) 17:21:13.81 ID:bjj11Et8O
JR貨物 DD210型
DF200型のショートバージョンで、寸法的にはDD51型と同じ寸法で、軸配置も
軸重可変可能式のB-2-BとDD51と同じものとなっている。
駆動は電気式でDD51型をも上回る牽引力を持つ。
除雪用化するラッセルとロータリー式の装着用キットが用意されるのが特徴で、
ラッセル除雪装置は単線式と複線式の両方が用意されている。
ロータリー式は独立した除雪機専用機関を装着した2軸ボギー式となっている。
単線式と複線式を片方または両方だけでなく片方がラッセルで一方は
ロータリー式の付け方も可能で除雪専用化は両方装着でも約15分で装着可能。
除雪装置は各機にではなくあくまでも機械扱いの装着用キットの意味合いで、
配置される各機関区にラッセルとロータリーを2〜3セット置く形を取る。
北海道にも配備されたが、主に本州を中心に配備された。
特に愛知区には最大の24両とラッセルとロータリー除雪装置キット8セットが
配備された。
これだけ用意も異例だが、北陸線などの除雪に投入したい意向と思われる。
東新潟には配備した6両全てに除雪装置を用意している。DD14型やDD53型の
老朽化に伴い信越線と上越線で委託して使うものと思われる。
旅客会社にも少数配備された。
JR西日本は4両が除雪装置キット込みで後藤に、JR東日本は12両と
除雪装置キット5セットが長岡に配備された。
これとは別に田端に除雪装置なしで御召用の装置を装置した5000番台が配備された。
これは高崎にいるDD51-842号機の老朽化取り替えの可能性が高い。
また一部臨海鉄道からも本線専用機の打診があり、衣浦臨海鉄道が2両導入を皮切りに
神奈川臨海鉄道も5両導入する。
京葉臨海鉄道も3両投入されたが、りんてつ本線ではなく、輸送委託を予定
している小名木川貨物線及び東京レールセンターへの貨車の引き出し 引き入れに
使われる。
(りんてつ本線にはハイブリッド式のHB-DE300型を導入する)

122 :名無し野電車区:2012/01/15(日) 00:42:07.68 ID:ETvKMw9p0
>>120,>>121
文が長すぎるよ。


123 :名無し野電車区:2012/01/15(日) 09:43:06.94 ID:BiSbWDbn0
JR西日本 225系0番台2次車
新快速車のほとんどを225系にし
アーバンネットワークの快速も終日12連化(一部時間帯を除く)と221系を置き換えるため登場
編成は0番台と同じ
主な仕様は1次車と同じ
下枠交差形パンタ車が1編成だけ登場

124 :名無し野電車区:2012/01/15(日) 10:19:45.11 ID:BiSbWDbn0
JR西日本 323系
おおさか東線全線開業に先行しておおさか東線の車両を7連化するためと205系を置き換えるために登場
編成は7連貫通
配置所は321系・207系と共通なため同じところに配置される
運用は207系・321系と共通
パンタグラフはシングルアームのWパンタ車
前面はクラッシャブルゾーンを意識した前面(225系とは違うデザインになる)
321系・225系と同じく車内にモニターがある
おおさか東線の運用に207系・321系も入ることがある

125 :名無し野電車区:2012/01/15(日) 21:14:21.45 ID:IPVCawC+O
東京メトロ18000系
半蔵門線及び東急田園都市線はとりわけ人身事故の多い線として、国交省から
ホームドアの設置を3年以内に行うよう半ば強制的な命令で出された事から、
東京メトロは当初銀座線と並行して最も乗降客が多い東西線へのホームドア
設置を休止して前倒しで半蔵門線への設置を2年以内で進める事になった。
東急電鉄車にある6ドア車は可変式ホームドアで解決出来る事から
東京メトロも6ドア車の導入も検討されたが、東西線15000系のワイドドア車体に
千代田線16000系の走行系を組み合わせた新型の18000系を導入して8000系の
初期グループの淘汰を図る事になった。
平日朝夕ラッシュ時のみ1800mmのワイドドアを開き、データイムや土休日は
通常ドアサイズに開ける切り替え式となっているのが東西線15000系と異なる。
神保町〜大手町〜三越前や清澄白河〜住吉など曲線半径R200以下の急カーブも
あるため、銀座線新型車両の1000系で採用された操舵式台車を第三軌条式以外で
初めて採用した。
10両編成14本が鷺沼検車区に配備され、8000系12本を淘汰する。
(2本多いのはホームドアに対応出来ない東急2000系を取り替える2本を
メトロで肩代わりするため。残りは東急が目黒線5080系を10両編成化
しての転用で充て、2000系は全て豊橋鉄道に譲渡する)
捻出される8000系はインドネシアに送られる(当初は8両編成化して
副都心線用転用も検討されたが見送られた)予定だが、8110〜8112Fに関しては
3両編成化 ワンマン化改造の上で千代田線北綾瀬支線用に転用。
元東西線5000系を全て取り替える。


126 :名無し野電車区:2012/01/15(日) 22:40:20.99 ID:lra5keVY0
>>124
現実の207系と321系は共通運用にはなってない。
だからどちらの運用に入るのを想定する?

127 :名無し野電車区:2012/01/16(月) 07:34:57.24 ID:METr99sr0
>>105をいじってみる

>>105の70系通勤仕様は、東海道線東京口の111系導入により静岡に転属。
東海道線の沼津(東海道新幹線の三島駅開業後は三島)〜豊橋間の区間運用や、
御殿場線、身延線に用いられた。
その際には、オールロングシートに改造され、
一部編成は身延線入線を考慮して低屋根化された。

上記を踏まえて・・・
国鉄→JR東海107系(史実とは異なる)
国鉄が、1981年に静岡地区で運用されている70系ロングシート車を置き換える為に導入。
車体や室内設備等は、当時地方電化線区向けに新造された105系に準じているが、
以下の点が105系と異なる。

・新造時からAU75系冷房装置が搭載されている
・電動車のパンタグラフ取付部が低屋根化されている
・抑速ブレーキや耐寒耐雪設備が実装されている

全車が静岡に配置され、東海道線静岡地区や御殿場線、身延線で運用された他、
1986年以降は、平日に限り、伊東線・伊豆急行線でも運用された。
民営化後は、全車がJR東海に継承され、引き続き静岡地区で用いられたが、
平日の伊東線・伊豆急行線での運用は2002年11月30日を以て終了
313系2000番台投入を機に全廃された。

128 :名無し野電車区:2012/01/16(月) 18:28:33.05 ID:3Wvhrf6t0
683系6000番台
JR西日本が「しらさぎ」の増発用に製造した683系。
4000番台がベースであるが、8両固定編成である。

683系10000番台
北越急行が製造した「はくたか」用の683系。
4000番台をベースに8000番台と同様に160キロ対応に変更されている。

129 :名無し野電車区:2012/01/16(月) 18:59:51.30 ID:KtdSp3s60
>>128に対抗して
JR西日本 685系0番台
老朽化しつつあった681系初期車の置き換えと、サンダーバードの編成を一部を除き9連貫通化するために登場
主な仕様は681系・683系と同じ
681系・683系と併結もできる
前面はクラッシャブルゾーンを意識したデザインとなるの流線形ではない

JR西日本685系2000番台
名古屋発しらさぎを8連貫通化するために登場
編成は8連
0番台と仕様は同じ

130 :名無し野電車区:2012/01/17(火) 01:15:27.77 ID:5g9H6JlG0
JR西 221系9640番台「きのくにシーサイドU」

きのくに線のテコ入れ計画のために余剰が出始めた221系より4連2本を改造。
車体は、中央扉を残して残り2カ所塞ぐという大胆な手段で一扉化。車内は転換
クロスシートを、381系グリーン車(くろしお用)廃車発生品に変更してシート
ピッチを拡大。さらに、運転台を半室化して右半分は展望席とするなど大きく改造。

サハ221はオープンデッキ構造として車窓を楽しむための展望スペースとした。
乗車には、乗車券のほか急行座席指定券(料金は新規設定)が必要とされ、急行扱い
となり18切符では乗車出来ない。旅客案内も「急行きのくにシーサイド」と案内され
18乞食からは至極評判が悪いが、家族連れにはかなり好評のようだ。

←天王寺 クモハ221-モハ221-サハ221-クハ221 新宮→

呉線投入分も制作中との噂。

131 :名無し野電車区:2012/01/17(火) 18:33:07.97 ID:q9BSVFxt0
JR西日本 117系改造車
廃車にする予定の117系4連を観光トレインにするために改造(JR東海に対抗)
きのくに線の観光列車名は公募で決まった
「きのくにシーライナー」
改造内容は、
全編成共通は、海側の窓が大きくなる
クハ117 連結面側のドアを展望ラウンジにする
モハ117 パンタグラフを交換する
モハ116 海側に向けたシートを設ける
クハ116 運転台側はフリースペースになる
塗装は青を基調とする
運用は、和歌山〜白浜〜新宮間等に使われる

132 :名無し野電車区:2012/01/18(水) 14:02:58.10 ID:Zxvy7USnO
東京都交通局8000形が荒川線に転用されていたら・・
27 32系統存続が決まり、1972年に最後まで残った墨田 江東の路線も廃止された後に
柳島車庫在籍車両の一部を荒川線移籍した際に7000形以外に簡略形の8000形も
8027 8033 8073 8112 8118 8120の6両が移籍された。
1977年にアルナ工機にて車体は7000形と同じものに更新され、走行系は

移籍から外れた7500形の再利用品に更新された。形式も8001〜8006に改番されている。
昭和60年に冷房化と塗装変更されたが、その際8006が冷房化されずに廃車になっている。
1999年に8500形に代替されて8002が7000形と共に豊橋鉄道に譲渡された。
残った8001 8003 8004 8005もパンタグラフのシングルアーム化は行わなかった。
8003は2006年に廃車になる予定だったがこの年に梶原〜栄町間で7000形が
追突事故を起こし、7020が全損してしまったために急遽廃車を引き延ばしした
幸運を持つが翌年末に廃車になり、2010年に
9000形9003に取り替えられる形で8005が廃車になっている。
残存車両は8001 8002 8004の3両も8800形に取り替えられる予定である。
(なお8004は都営交通100周年記念の花電車の候補に上がったものの、7500形から
改造されることになったために改造されずに終わった)

133 :名無し野電車区:2012/01/18(水) 20:17:22.56 ID:H8KOqZEP0
>>122みたいな、ドヤ顔で長文指摘して奴は何がしたいのw

134 :名無し野電車区:2012/01/18(水) 21:49:25.92 ID:lsg9YCU20
サロ215・214形1000番台

置換えが始まった211系に組み込まれていたサロ213・212形を215系に編入したもの。
寒冷地対策を施された1000番台車が対象となっている。
これに伴い、215系からは編成中のサハ214形2両(6,7号車)が抜かれ、代わりに当編入車が組み込まれた。
なお、編入車のSuicaグリーン券システムは使用中止となっている。

運用についてはこれまでと同様「ホリデー快速ビューやまなし」や各通勤ライナーなどで使用されているが
グリーン車の連結両数が多いため長距離通勤客や観光客からは好評のようである。

135 :名無し野電車区:2012/01/19(木) 10:30:20.69 ID:JggQvdEJ0
>>133
ガラケーの小さい画面


136 :名無し野電車区:2012/01/19(木) 16:05:52.78 ID:pdSHSyAF0
>>125,>>127
文が長すぎるよ。

>>133
このシリーズは、毎回のように512kBを超えているから。


137 :名無し野電車区:2012/01/19(木) 20:43:44.37 ID:zxdLd5ny0
207系3500番台

桜井線、和歌山線、紀勢線の105系、113系ワンマン車、117系を置き換えるため登場。
編成は207系を延命工事&ワンマン改造。
2両編成と4両編成が存在する。
延命対策とワンマン化以外は現在の207系と同等の性能を発揮する。
塗装は和歌山地域色の青緑に塗られる。(ステンレスだから全塗装ではなく帯だけ)


138 :名無し野電車区:2012/01/20(金) 20:23:53.92 ID:5dHUMbMr0
JR西日本 223系3500番台→225系900番台
新快速12連化に伴う新造車として2009年に登場
編成は223系と同じ
車内にモニターを設置
前面形状はクラッシャブルゾーンを意識したデザインとなった
0.5M方式ではない
後の225系が登場した際に改番された(実質225系の試作車である)

139 :名無し野電車区:2012/01/21(土) 10:48:39.94 ID:P9wL47t70
JR西日本 207系3000番台→321系900番台
201系・205系の置き換え転属のために登場
編成は207系と同じ4+3の編成
0.5M方式を採用
クモハ+モハ+モハ+クモハ+クハ+モハ+クモハ
塗装は207系旧塗装で登場
後の321系が登場した際に改番されたため321系の試作車のようなものになっている

140 :名無し野電車区:2012/01/22(日) 11:00:11.27 ID:qzLpY2w60
457系交直流式急行形電車
1969年より投入された交直流式急行形電車。
455・475系を発展させ50・60hzに対応させている。
車内内装は転換クロスシートを配置し、東北・北陸の幹線急行を担うグレードを確保した。
幹線輸送を想定し、編成中にクモハ電動制御車は入れず、乗員の収容力を高めている。
ビュッフェ車は造られ無かった代わりにグリーン車(サロ456)に調理室・売店を設け車内販売を充実させている。
主に東北本線急行「まつしま」「いわて」、北陸本線急行「立山」「ゆのくに」で運用された。
この形式で初めて急行列車による120km/h運転が開始され特急による追い抜きは極力減らされ、
所要時間は上野〜仙台間で30分以上、上野〜盛岡間でも50分近く短縮された。
急行料金で特急並みのスピードは好評を博し、一定の利用客の確保に成功した。
またこの投入により余剰が出た455・475系によりキハ28で運用されていた
「ばんだい」「ざおう」、「ゆのくに」などが電車化、401系遜色急行「ときわ」などが
晴れて急行形電車仕様で運行されることとなった。
東北新幹線開業や北陸の優等列車が特急雷鳥で統一された後の晩年は
転換クロスシートをフリーストップリクライニングシートに交換など
リニュアールされつつ北陸本線急行「くずりゅう」、常磐線急行「ときわ」などで運用された。

大阪・上野←クハ457-モハ456-モハ457-サロ457-サロ456-モハ456-モハ457-モハ456-モハ457-モハ456-モハ457-クハ457→富山・仙台

141 :名無し野電車区:2012/01/22(日) 12:37:24.47 ID:sBXhEjpI0
>>81-83
JR東海261系電車
JR東海が1989年から製作した直流急行型電車。
主要幹線では交直両用の477系1500番台の増備で何とかなるとしていたが、中央線は中津川以北に狭小トンネルがあるので、
211系の性能をベースにした直流専用の新形式を開発する必要があった。
車体の長さは20mで、477系1500番台の21.3mより短いが,正面の顔つきは477系1500番台やJR北海道の721系と同様の顔つきになっている。
本形式は直流専用のため出入り口にステップがなく、窓割りは185系に合わせてあり、パンタグラフは211系や311系と同様Mc車に設けられている。
本形式は基本番台がJR東海車、3000番台がJR西日本車、5000番台がJR東日本車である。


142 :名無し野電車区:2012/01/22(日) 12:57:50.32 ID:sBXhEjpI0
213系1000番台
国鉄が1987年から製造した213系のマイナーチェンジ版。
以下の相違点がある。
・クモハ213のユニットペアとして、モハ212が登場
・このため、クモハ213は1M方式ではなく、モハ212とユニットを組む。
・編成美を整えるため、モハ213(モハ212とユニットを組む中間電動車)およびサハ212(便所付きの中間付随車)が登場。
・サハ213が大量に製作された。
中間車が多く、かつ1M方式ではないため、211系の足回りに213系の車体を組み合わせたスタイルで、117系や185系を彷彿とさせる。
本形式は首都圏の湘南ライナーと急行格下げの「踊り子」「かいじ」などに投入され、捻出された185系は大垣―下関間に新設の山陽本線急行に転用された。


143 :名無し野電車区:2012/01/22(日) 13:07:52.20 ID:sBXhEjpI0
>>76-77,>>81-83
国鉄411系電車
国鉄が1980年から製造した交直流近郊型電車。
外観は457系1000番台(>>76)とほぼ同様だが、出入り口付近がロングシートとなっている。
なので711系100番台の本州版とも言われる。
形式は、クモハ411、モハ410、クハ410


144 :名無し野電車区:2012/01/22(日) 14:02:34.21 ID:2IIRYv7zO
西武鉄道40000系(MRA[メトロレッドアロー])
小田急電鉄の東京メトロ直通特急用として開発された60000形MSEの西武鉄道版。
走行系は30000系を基本とし、E259系を基本とした車体を組み合わせた6+4の10両編成。
10両編成6本が小手指に配備された。
飯能切り離しの「メトロむさし・メトロちちぶ」での他に所沢切り離しで
飯能と新宿線の本川越まで運転する「メトロむさし・メトロ小江戸」にも投入される。
副都心線直通がメトロむさし・メトロ小江戸、有楽町線直通がメトロ
むさし・メトロちちぶとなる予定。
有楽町線内停車駅は新木場より豊洲 有楽町 市ヶ谷 飯田橋 池袋の順。
副都心線停車駅は渋谷より新宿三丁目と池袋のみ。
東京メトロ線内特急料金は一律370円。西武線内は池袋発の特急料金から
150円割引の特急料金がプラスされる。
副都心線直通の小江戸が新宿線特急小江戸を一部置き換えるため、捻出される
10000系3本は中間車両は新宿線車両の7両から8両編成への増強に生かされ、
先頭車両は富山地方鉄道に譲渡される予定で16000系同様に使われるのが
有力で形式は16720系である。

145 :名無し野電車区:2012/01/22(日) 16:48:23.84 ID:4uVHANbw0
JR西日本 683系4500番台
583系を置き換えるために登場
編成は6連
新潟方先頭車を除き寝台車となっている
両端貫通形
パンタはシングルアームパンタ
5編成増備された

146 :名無し野電車区:2012/01/22(日) 18:01:40.06 ID:6WEkn2dx0
JR西日本クロ214形・クロ215形
JR東日本で通勤ライナーとして使用されていた215系ではあったが、
ボックスシートで居住性が劣るため不評が続いたうえ、人口の都心部への回帰で
長距離通勤の需要が減少したことにより通勤ライナーの本数が減少したため、
215系は足手まといとなって完全に余剰となった。
そこで、JR東日本からJR西日本に譲渡して瀬戸大橋線に転用されることとなったが、
10両固定編成では扱いにくいため、サロ215・214形を先頭車化することになり登場した形式である。
先頭車化改造は譲渡の際にJR東日本で行われ、先頭形状もクモハ215と同じである。
マリンライナー用のJR四国5100形とは異なり、瀬戸大橋をまたぐ岡山−琴平間の普通列車の
置き換え用となるため、グリーン車は自由席扱いとなった。
譲渡後は215系全車が岡山に配属され、岡山−琴平の普通列車をメインに5両編成で運用され、
間合いで山陽本線和気−福山や赤穂線播州赤穂以西でも運用されている。
さらに繁忙期には臨時のマリンライナーにも使用されるが、その場合もグリーンは自由席扱いである。

147 :名無し野電車区:2012/01/22(日) 21:53:48.76 ID:sBXhEjpI0
>>146に対抗
JR東日本・西日本551系電車およびJR東日本・西日本573系電車
551系はJR東日本215系を、573系はJR東日本185系をそれぞれ交直両用化改造
主な改造内容は
交流機器の取り付け
ドアステップの取り付け(ステップ高さは950mm)
耐寒耐雪改造
MGおよびCPの移設
M車とM'車の入れ替え(573系)
パンタ側強制換気装置1台の撤去(573系)
パンタグラフ部分の低屋根化(573系)
歯数比の4.82から4.21への変更(573系)


148 :名無し野電車区:2012/01/22(日) 22:10:02.34 ID:u7gFbOmz0
>>147
JR西日本551系電車
JRが551蓬莱と提携して作った、豚饅キャラバントレインだろw


149 :名無し野電車区:2012/01/22(日) 22:38:15.67 ID:jVc0VizbO
JR北海道 キハ150形700番台
道内急行列車の高速化、老朽車の置き換え用として1993年に登場。
車体はJR東日本のキハ110形0番台をベースとした連続窓・リクライニングシート・プラグドアとなり、従来のキハ150とは大きく異なる。函館、苗穂、旭川に配置された。
また片運転台のキハ151・152形も登場している。
・函館運転所配置車
快速ミッドナイト用のキハ27置き換え用。
ドリームカーの座席は改造で余っていたキロ182のものを流用している。
キハ27時代とは異なり、カーペット車は2両のみの増備となっている。
カラーリングはキハ27と同様。
「ミッドナイト」廃止後は50系5000番台から流用された座席に改造され、函館本線、江差線で活躍している。

苗穂運転所配置車
「宗谷」「サロベツ」の輸送力増強用と「まりも」の気動車化用に登場。
カラーリングはキハ400と合わせられており、キハ400やスハネフ14との連結も可能。
宗谷本線高速化後は「宗谷」「サロベツ」編成は札沼線で活躍。「まりも」編成(片運車のみ)は旭川に転属し、「狩勝」で活躍している。

旭川運転所配置車
「礼文」のサービスレベル向上のため登場。キハ150形が3両のみの少数派である。
カラーリングは同所配置の0番台と同じくラベンダー色。
「礼文」廃止後は「なよろ」「きたみ」「るもい」「狩勝」といった快速列車に優先的に使用されている。

150 :名無し野電車区:2012/01/23(月) 14:06:34.13 ID:9pMphQk70
>>113
梶屋敷・村上・黒磯・土浦で交流と直流の地上切り替え

>>148
豚饅キャラバントレインとは、魔改造列車のこと。(551系に限ったことではないが)
551系の種車はJR東日本の215系。
なので>>147が正しい。


151 :名無し野電車区:2012/01/23(月) 14:14:24.98 ID:9pMphQk70
>>146
人口の都心部への回帰と東日本大震災により、東北地方の農村部の過疎化がさらに進行。
原発事故の影響で、新幹線は間引き&ノロノロ運転。
高速鉄道は原発依存の元凶であり、過疎化で無人地帯ができると、そこは自然公園に。


152 :名無し野電車区:2012/01/23(月) 17:40:28.18 ID:/YPUeMsEO
京急電鉄2100形 2201〜2248
快速特急用2100形を新1000形6次車と同じくステンレス車体 国産製(三菱と東洋)
制御装置に変更したもの。
8両編成6本中最初に作られる川重製は三菱を、残り東急製は東洋を搭載。
投入の背景には、京急で2運用で行われている成田スカイアクセス線の
アクセス特急運用をこれまでの600形 1000形から2100形に置き換えるため。
そのため2100形に都営浅草 京成 北総線の装備が必要になり、1000形6次車と
同じ装備の2100形が必要になった。
2100形同様の2ドア転換クロスシート車両をスカイアクセス線のアクセス
特急に投入されることになった。
2100形が初めて京成線の高砂までと北総線の印旛日本医大までと
成田スカイアクセス線を走ることになる。
なお送り込むアクセス特急の始発駅は変わらないが、夕方の返却の
アクセス特急は三崎口から京急久里浜行きとなり、押上から泉岳寺までは
エアポート快特に品川から快速特急となる。また品川では新逗子行き
後ろ4両増結の12両となる。
1運用増加される分の返却のアクセス特急は押上行きとし、客を降ろした後
京急ウイング号三崎口行きとなり、都営線直通の京急ウイング号がついに登場する。
都営直通ウイング号の都営浅草線品川までの停車駅はエアポート快特に準ずるが
乗車は浅草と日本橋と新橋のみでそれ以外は停車だけで乗車出来ない。

153 :名無し野電車区:2012/01/23(月) 19:53:31.59 ID:mv1C9ciy0
元JR西日本103系 ジャカルタ譲渡車
JR西日本の103系をそのまま廃車にするのではなくジャカルタに送り込む
主に日本仕様のまま運転
改造はJR東日本の103系と同じ感じになる

元JR東日本 E231系・209系・205系6ドア車ジャカルタ転用車
6ドア車を混雑の激しいジャカルタに投入したらどうなるかの確認で転属
主に日本仕様のままで運転
一部は103系等と連結できるように改造される

154 :名無し野電車区:2012/01/23(月) 20:33:30.55 ID:3t5M9Xpu0
JR北海道 HB-N320型ハイブリッド気動車
非更新キハ40型の置き換えと函館本線倶知安までの快速ニセコ増発を目的としたハイブリッド気動車。
733系電車のそれをベースにしたステンレス車体を採用している。

新幹線連絡特急用ハイブリッド車の実証テストも兼ねて駆動系はMAハイブリッドを採用し
約半世紀ぶりの営業用機械式気動車でもある。

快速ニセコ増発用の100/200番台はキハ201系に準じた片引き3ドアロングシートだが
道南地区へ導入された1000番台は中間ドアをポリカーボネート製嵌め殺し窓にして
セミクロスシートを設置するなど、新幹線連絡列車としてのサービスを意識している。


155 :名無し野電車区:2012/01/23(月) 22:08:07.61 ID:QRiB6BBV0
185系900番台
国鉄が製造した185系の電機子チョッパ制御試験車。
201系と同等の足回りに変更した。
歯車比は4.82であるが、モーターの許容回転数が高くなったため120キロ運転が可能。

156 :名無し野電車区:2012/01/23(月) 22:37:20.99 ID:QRiB6BBV0
コキ300
JR貨物が開発した航空コンテナ用の貨車。
一見するとワキ5000のような有蓋車に見えるがこれは航空コンテナがアルミ製であるためむき出しだと走行中に破損する恐れがあるためである。

157 :名無し野電車区:2012/01/24(火) 20:12:12.50 ID:+PCLv2XH0
国鉄 185系500番台
福知山線電化で北近畿運転開始に伴う増備車
編成は6連
クハ+モハ+モハ+モハ+モハ+クハ
グリーン車はない(後に改造設置される)
塗装は国鉄特急色
主な仕様は踊り子用の185系と同じ

158 :名無し野電車区:2012/01/24(火) 20:49:51.91 ID:WyTeo7ql0
>>157
しかし、デビュー前に「新快速と変わらん」との評判が立ち
「何でこんなんで金はらわんなんねん」と言う流れとなり、
営業開始前に全車座席を転クロからリクライニングシートへ
交換、と言う前代未聞の事態を引き起こし話題となった。

ある意味伝説である。

159 :名無し野電車区:2012/01/24(火) 21:11:01.53 ID:bzpyp6Cl0
>>157
福知山線は耐寒装備が要るから、上越線用の200番台と同じにしないとな。



160 :名無し野電車区:2012/01/25(水) 07:32:09.38 ID:H+azm4Ji0
国鉄 117系500番台
国鉄最期の東武鉄道への日光競争の切り札として登場
1982年急行日光を快速格下げし、快速日光に充当させるために登場した車両
編成は10連 所属は田町電車区
クハ+モハ+モハ+サロ+サロ+モハ+モハ+モハ+モハ+クハ
関西地区との仕様変更、中央東線狭小断面トンネル対応パンタグラフ、横軽対策、グリーン車新造
塗装は185系200番台に準じた塗色(白地に緑帯)
快速日光のほか臨時急行伊豆や臨時急行なすのに使用された

161 :名無し野電車区:2012/01/25(水) 19:43:34.66 ID:aKzHnabM0
>>143
国鉄425系電車
411系(>>143)の4・5・6両固定編成版で1982年から登場。
形式は、クモハ425、モハ425、モハ424、クハ424、サハ424


162 :名無し野電車区:2012/01/25(水) 19:54:02.07 ID:dXsP5akl0
>>161
JR西日本425系電車
福知山線に投入


163 :名無し野電車区:2012/01/25(水) 20:15:06.20 ID:k3Gf5rcsO
683-5000
はくたか及び北越用として造られた車両で4000番をベースにした6+3両編成。最高速度160km/hで帯は青から緑へ。
681-3000
681-0増結編成を展望付きお座敷専用に改造。北陸だけではなく丹後、紀伊半島へ乗り入れ可能で臨時列車にも活用。


164 :名無し野電車区:2012/01/26(木) 17:09:42.07 ID:+3oUb7PQ0
>>157の続き
JR西日本 185系500番台 クロハと貫通クハ
クロハはクハから改造 半室グリーン車

貫通クハは485系200番台から改造されて誕生

改造の少し前に耐寒改造を行った

165 :名無し野電車区:2012/01/28(土) 09:58:14.22 ID:NWKvW7ivO
東武400系
メトロ半蔵門線〜東急直通用に開発された特急車両。先頭車両は貫通式でオール電動車10両。基本6両は日光へ、増結4両は赤城へ。最高速度120km/hで主に中央林間〜東武日光・鬼怒川温泉・赤城間
東武450系
メトロ副都心線、有楽町線〜東上線直通で同じく10両。運用間合いでTJライナーに変わる事も可能。



166 :名無し野電車区:2012/01/28(土) 11:02:35.72 ID:4yTIg8le0
JR西日本 287系1000番台
くろしおに統一された後も残っている381系パノラマ車を置き換えるために登場
編成は6連が登場 増結する3連は287系0番台となる
新宮・白浜方先頭車はパノラマ車になっている
京都方先頭車は287系0番台とほぼ同じ

167 :名無し野電車区:2012/01/28(土) 11:04:44.29 ID:4yTIg8le0
JR西日本 381系こうのとり系統転用車
くろしおに287系投入されて余剰となった381系を転用
改造内容は
クロを半室グリーン車化
耐寒改造
が主な点

塗装は国鉄色になる

168 :名無し野電車区:2012/01/28(土) 17:50:53.13 ID:4yTIg8le0
JR西日本 キハ35和田岬線冷改車
和田岬線に残っているキハ35を冷房化
クーラーはWAU102

169 :名無し野電車区:2012/01/29(日) 10:10:03.78 ID:zkxOmxcpO
国鉄キハニ12

寒地向けキハ12の客室の一部を荷物室に改造したもので、
単行列車でも荷扱い が容易になった。

電話や口頭で車号を伝える際に
「キハ22」と混同されるのが悩みのタネだった。

170 :名無し野電車区:2012/01/30(月) 06:00:33.85 ID:zciV4KwO0
>>169
ワロタ

171 :名無し野電車区:2012/01/31(火) 00:00:34.78 ID:J840bO690
>>108続き
新幹線車両群の広軌版の車両たち

200系10000番台
200系0番台の1524mm軌間バージョン。
出入り口が低床ホーム用のステップ付きで、パンタグラフがシングルアームになっている。

200系12000番台
200系2000番台の1524mm軌間バージョン。
出入り口が低床ホーム用のステップ付きで、パンタグラフがシングルアームになっている。

200系20000番台
200系0番台の1676mm軌間バージョン。
出入り口が低床ホーム用のステップ付きで、パンタグラフがシングルアームになっている。
50Hzと60Hzの両方に対応する。

200系22000番台
200系2000番台の1676mm軌間バージョン。
出入り口が低床ホーム用のステップ付きで、パンタグラフがシングルアームになっている。
50Hzと60Hzの両方に対応する。


172 :名無し野電車区:2012/01/31(火) 00:05:55.52 ID:7MjSGwiE0
>>171続き
100系10000番台
100系新幹線の1524mm軌間バージョン。
出入り口が低床ホーム用のステップ付きで、パンタグラフがシングルアームになっている。
周波数は50Hzのみの対応で、耐寒耐雪仕様になっている。

100系20000番台
100系新幹線の1676mm軌間バージョン。
出入り口が低床ホーム用のステップ付きで、パンタグラフがシングルアームになっている。
50Hzと60Hzの両方に対応し、耐寒耐雪仕様になっている。


173 :名無し野電車区:2012/01/31(火) 02:20:46.61 ID:k19WiuY50
>>171
>>172
インドにでも、売り込むかw
あとはBARTの新車に提案するとか。

174 :名無し野電車区:2012/01/31(火) 04:34:36.04 ID:QlWCkjnQI
(もし智頭急行が電化されていたら)
智頭急行 HOT110系電車
1994年の智頭急行線の開業に伴い、線内の普通列車用に製造された車両である。
両運転台の一般用9両とイベント用1両が武庫川車両工業で製造された。
全長17.5mの片開き2扉の普通鋼製車体で、特急列車の130km/h運転に支障することなく駅の待避線に入線するダイヤグラムを構成するため、
加速度3.0km/h/s、最高速度110km/hに設定されている。
主電動機は出力110kWを4機搭載し、制御装置は三菱電機製GTO-VVVFインバータ制御である。
車内は1〜9号車はボックスシート、61号車は転換クロスシートである。
智頭線内の普通列車は、本形式のみ使用されるが、一部列車は智頭駅からJR因美線に乗り入れ、
鳥取駅まで直通運転される他、JRの気動車と共に智頭〜鳥取間の折り返し運転もある。
なお、因美線内を走る普通列車の電車運用は当形式のみである。

175 :名無し野電車区:2012/01/31(火) 07:27:59.70 ID:pcAp66tGO
>>174を元に特急列車を考えてみる
JR西日本289系 智頭急行HOT289系8000番台
1994年の智頭急行開業の際に、特急列車も検討されて投入されたのがこの2形式である。
製造される前から特急列車は運転を始めており、「いなば」は雷鳥から681系
サンダーバード化で捻出された485系を、「スーパーいなば」は381系で暫定的に
使用されていたが、専用特急車両として万を期して投入された。
サンダーバード用681系を基本とし、鳥取方にクロ289を先頭とした6両編成。
新型特急車両投入後は全て「スーパーいなば」に変更された。
智頭急行と因美線が電化されて特急列車が運転開始された意義は大きく、
寝台特急出雲の廃止に止めを刺した他にサンライズ出雲も岡山からの伯備線経由をやめて
智頭急行 因美線経由鳥取行きになるなど、陰陽連絡特急列車の勢力図をも変えてしまった。

176 :名無し野電車区:2012/01/31(火) 10:13:13.95 ID:L7VZnqiM0
>>174-175
ちょいと見解が違う
智頭急行HOT3600系電車。
単行が可能な両運転台一般用車両。
車体は川崎重工製で、ステンレス製である。
機器は東芝GTO個別分散制御で、180kw誘導電動機2基を搭載する。
223系0番台/281系と極力部品が共通化された。

智頭急行HOT7200系電車。
特急用で、5連が基本編成で、3連の付属編成も存在する。
車体は近畿車両、川崎重工製で、ステンレス製。
制御付き自然振子台車を装備。
機器は東芝GTO個別分散制御で、180kw誘導電動機4基を搭載、
基本編成は2M3T、付属編成1M2Tである。
223系0番台/281系と極力部品が共通化された。

177 :名無し野雷車区:2012/01/31(火) 19:13:14.40 ID:grho0pAj0
>>171
ウラジオ-モスクワを走らせようとしたが、変電所が足りなかった。
北京−上海は無理に350キロ運転しようとして、事故多発。

178 :名無し野電車区:2012/01/31(火) 19:24:25.83 ID:GUDR2wOf0
JR西日本 103系嵯峨野線仕様
主に京都〜嵯峨嵐山・亀岡間のラッシュ時・観光客輸送に使われる
車両は、阪和線等で余剰となった6両編成と4両編成が使われる
当初の塗装は、もともとの線での塗装だったが後に、単色が始まると抹茶色になった

JR西日本 201系嵯峨野線仕様
大阪環状線に新型車投入により余剰となった201系を短縮化する
編成は6連と4連の2種
塗装は当初から抹茶色となっている
これによって置き換えられるのは103系

JR西日本 103系抹茶色
奈良線の103系4連を単色にしたもの

179 :名無し野電車区:2012/02/01(水) 00:01:30.78 ID:o9Lrmp/k0
>>173
インドやロシアなどに、売り込みをしていきます。
米国とカナダの1676mm化で、BARTの新車搬入時の仮台車も解消だ。

>>177
ウラジオストク―モスクワ間などの変電所も容量アップだ。
ちなみに200系や100系だと、最高営業速度も250km/h止まりです。


180 :名無し野電車区:2012/02/01(水) 10:15:37.92 ID:7c40NcXW0
JR西日本 221系セミクロスシート化
嵯峨野線に残っている221系の京都より先頭車をセミクロスシート化したもの

181 :名無し野電車区:2012/02/02(木) 10:57:05.88 ID:qjToiWQi0
JR西日本 キハ181観光トレイン化改造車
はまかぜから撤退したキハ181を改造
編成は最短で3連 最大で6連
キロは廃車となる
2編成分用意されている
中間に含まれるキハ180の1両は展望車に改造される
側面窓大窓化 展望ラウンジ設置

全車共通の改造
シートリニューアル
塗装変更
延命工事
エンジン交換

主に餘部鉄橋の観光列車や北近畿タンゴ鉄道直通の観光列車に使われる

182 :名無し野電車区:2012/02/02(木) 11:05:32.22 ID:qjToiWQi0
JR西日本 489系H01編成改造
改造内容はラウンジスペースの撤去と原型窓化
雨どいに塗装
延命工事(分かりにくい箇所に)
が主な点

2014年に雷鳥運転50周年を迎えるため登場時の塗装を再現する

183 :名無し野電車区:2012/02/02(木) 13:16:44.78 ID:qjToiWQi0
JR西日本 キハ40系列更新車ミャンマー譲渡車
新形車の投入で廃車になったキハ40系列(鬼太郎・ハットリクンラッピング車は除く)を
ミャンマーから譲ってほしいという声がでた

外観・内装はそのままに、台車だけ交換

JR東日本 205系ジャカルタ転用車
廃車になる205系を譲ってほしいという声が出た
編成は4両編成
塗装はそのままだったが、後に塗装が変わった

184 :名無し野電車区:2012/02/03(金) 11:43:11.87 ID:tHNXEtv80
南海8500系
近畿車輛・川崎重工で製造される南海の新車
編成は4両編成と2両編成
前面デザインは225系をイメージしたデザインになる
パンタはシングルアームとなる

185 :名無し野電車区:2012/02/03(金) 13:44:58.00 ID:tHNXEtv80
JR西日本 323系1000番台2次車
奈良線の複線化区間拡大に伴い増備され、奈良電車区の103系を置き換える
編成は奈良線103系置き換え用の4連と大和路線103系置き換え用の6連が登場
パンタは1パンタでシングルアーム
塗装は321系と同じ(共通化を前提にしている)
前面デザインは225系をイメージしたデザインとなる予定


186 :名無し野電車区:2012/02/03(金) 19:51:58.13 ID:5gdR6LZv0
サハ103-2000番台
サハ103のMG・CP付き仕様。
常磐快速線で2M3Tの編成を組んだ際にMG・CPの容量が不足することが懸念されたため増設改造を行った。
小容量で十分なことからMGはサシ481の廃車発生品、CPは101系の廃車発生品のC-1000を搭載している。

187 :名無し野電車区:2012/02/03(金) 22:38:51.36 ID:YyntuWUH0
>>184
8500系といえば東急8500系をそのまま持って来るみたいだわww


188 :名無し野電車区:2012/02/03(金) 23:21:44.76 ID:5vIA853p0
南海の付番法則から行くと8500系はないな。
電動車に500は使わないから。

189 :名無し野電車区:2012/02/04(土) 05:10:29.10 ID:8Z2QcGPfO
JR貨物シキ100形
日本車両及び東急車両では新幹線車両の甲種輸送の遊車としてシム1形が
使われているが、車両メーカー毎に車体が違う他に老朽化も進んだことや
今後北陸新幹線の延伸や北海道新幹線などで新幹線車両の輸送の必要性から
それらを取り替える統合型の遊車として登場した。
当初余剰になったコキ50000形を改造する計画だったが、回送時に高速貨物列車に
連結して回送出来る汎用性を求めて初めてコキ100系から改造された。
シム100-1〜4の4両1セットで、2と3に新幹線連結器用アダプターを装着した。
使用時は4両を2両ずつ前後に輸送する新幹線車両に挟み込む形で連結して使用する。
上部開口部は鉄板でふさいで荷重40トンのシキ形式となっているが、荷台に
荷物を載せることは一切念頭に入れない設計。
輸送時は45Km/h以下だが空車回送時はコキ100系と同じであるため、
高速貨物列車に相乗りにぶら下がって回送可能とした。
4両のユニットを各車両メーカー2セット用意する形で16両が改造された。
改造種車は4両ユニットであるコキ100-101・102-103形が主体だが東急車両の
104は唯一2両ユニットのコキ105型から改造された。
シキ100-1〜4(日車) 改造種車 コキ100-71-72-コキ101-71-72
シキ102-1〜4(東急) 改造種車 コキ102-43-44-コキ103-43-44
シキ103-1〜4(日車) 改造種車 コキ100-17-18-コキ101-17-18
シキ104-1〜4(東急) 改造種車 コキ105-13-14・コキ105-19-20

190 :名無し野電車区:2012/02/04(土) 05:26:14.47 ID:8Z2QcGPfO
JR東日本チキ5600-1〜32
旧国鉄時代から使われているロングレール輸送用事業用貨車であるチキ5500も
元々コキ5500形である事から老朽化が進んだため、その代替としてJR東日本に導入された。
200m単位で輸送するため8両連結のセットとした。
当初コキ100系から改造される予定だったが、JR貨物側から余剰になる
コキ50000形なら大量に用意出来ると言われたために全てコキ50000形から改造された。
荷重は44トンで両端には走行してレールを投下する投下台を設けている。

191 :名無し野電車区:2012/02/04(土) 08:47:23.29 ID:XIYptESr0
>>171-172
>>179
今ロシアで使われている新ロシアンゲージは1520mm

192 :名無し野電車区:2012/02/04(土) 12:35:37.86 ID:FEpiLTxp0
>>164
185系の貫通クハはクハ711・クハ455・クハ410(>>143)・クハ424(>>161)からの改造のほうがリアル。

>>162
福知山線投入車も後に北陸線に転用された。


193 :名無し野電車区:2012/02/04(土) 13:37:55.16 ID:gUJgMVX70
JR西日本 521系3連化用サハ
521系を3連化するため登場
225系の登場後だったため、側面は225系と同じようになっている
その他仕様は521系に準ずる
521系の編成数の半分が3連化される

194 :名無し野電車区:2012/02/04(土) 17:10:37.20 ID:qBhuDZ/II
中国国鉄自強型蒸気機関車
1950年代の中国国鉄で最高速度120km/h〜130km/h
表定速度80km/h〜100km/hで走行する特急列車(人民特快)
の運転が計画(満鉄特急あじあ参考)されたが。
パシロ(勝利6)参考の人民形は高速性能が不足し。
まずパシナ(勝利7)型を参考にしつつ、パシハ(勝利8)のコロ軸
更にブレーキを抱き合わせ式、動輪、従輪に付け
2C2のハドソン軸配置にして軸重を20tに軽減、ボックス輪芯
コロ軸、抱き合わせ式ブレーキ、ボイラは前進形のボイラを載せ
動輪は2000mmの三軸C配置、の中国国鉄最強最速の旅客蒸気機関車と
しかし特急用で200両しか製造されず、自慢の最高速度も120km/hが
実際の限界で期待外れに終わる、改革開放後にようやく最高速度し130km/hの
運行を開始したが1990年代全車廃車された。


195 :名無し野電車区:2012/02/04(土) 20:41:47.21 ID:gUJgMVX70
JR西日本 201系日根野転属車
大阪環状線に新型車が投入され、余剰となった201系を転属させる
転属先は、奈良電車区と日根野電車区の2ヶ所
どちらもサハを抜いた6両編成になる他、4連の103系の一部を置き換えるために4連になった編成も登場
日根野電車区の塗装はスカイブルーになる

196 :名無し野電車区:2012/02/04(土) 20:44:51.95 ID:gUJgMVX70
>>195の続き
JR西日本 201系先頭車化改造車
転属で余剰となったサハは先頭車化改造し、間にモハを組み込む
前面は、廃車になった103系の前面を使うことが検討されたが、最終的にオリジナルの201系と同じようなものになった
編成は、4連と6連になる
日根野と奈良電車区に転属する

197 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 10:14:39.01 ID:CObdVAr00
>>189
新幹線車両の甲種輸送は2004年までに全廃されていた。


198 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 10:28:29.03 ID:wjUbGNOVO
>>196酉なら103の顔移植だろ
若しくはサンパチ二世

199 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 11:03:22.19 ID:qh8fXVaX0
>>197

束から廃車201系を部品取りで購入してクハの顔移植とか。
束から購入した201系クハを使ったほうが安そうな。

200 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 11:04:51.84 ID:qh8fXVaX0
>>196 >>197だった

201 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 13:01:34.93 ID:rT4nwHM9O
JR貨物シキ1200D1 D2(自衛隊名98式特大型戦車輸送用貨車)
冷戦終結に伴い、北海道などを主力に展開している戦車等の戦闘車両を
地域紛争や訓練等で本州に展開する際に使用出来る戦闘車両輸送用貨車として
1997年より開発し、1998年に調達を開始した自衛隊戦闘車両輸送用大物車。
分割低床式D梁を採用し、74式戦車及び73式装甲兵員輸送車 89式装甲戦闘車
等と各種装輪車両に対応する55トンのD1梁と90式戦車に対応する65トンのD2梁の2種類がある。
基本的にはシキ1000Dの発展形で、台車は14トン軸のTR214G2を履く。
12両作られて日本通運所有 第三者所有防衛省で常備駅は名古屋南港と隅田川に6両ずつ。
なお10式戦車に関してはD1 D2梁どちらも積載可能。
手始めに静岡県の富士学校所属の90式戦車8両を実弾射撃演習先である北海道の演習場への
輸送で初陣となった。
なお戦車等を積載した貨物列車の牽引機関車はDF200 EH500 EF510 EH200 EF200と
旧国鉄機関車はEF66 EF64(重連)と決められている。仮にセノハチを越える場合は数両のみでもEF67の補機が必要。

202 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 13:56:13.09 ID:Q/Nrs23q0
DDR-300形

JR北海道がDBR-600形除雪用ディーゼル機関車の強化形として投入した除雪用ディーゼル機関車。
車体はJR貨物HD-300形をベースとし、製造コスト削減のためハイブリッドシステムを省略している。
最高速度を95km/hに向上させ、除雪作業を行う箇所へ迅速に移動、短時間で除雪できるようになった。
除雪作業のない時期は除雪装備を外し、函館地区の電車を苗穂工場へ回送する際の牽引機として使用される。

203 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 15:36:28.98 ID:Q/Nrs23q0
キハ110系300番台(史実と異なる)

特急「秋田リレー号」で使用されていたキハ110系300番台車は盛岡車両センターへ転属し、
山田線にて急行「リアス」の名で運転を開始することとなった。
当初から同所に所属していた0番台車と共通運用されており、
現在も急行「陸中」とともにJR最後の昼行急行として運転を継続している。
また、山田線の盛岡近郊区間での通勤通学時間帯の列車や、
夏季に運転される「リアスシーライナー」でも使用されている。

204 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 16:25:28.38 ID:oORGoha70
JR西日本 415系800番台体質改善車 413系体質改善車
七尾線で活躍している415系800番台と北陸線で活躍している413系を改造
改造内容は、113系・115系の体質改善車と同様
前面方向幕がLED化され、側面方向幕は一部埋め込んだ


205 :名無し野雷車区:2012/02/05(日) 17:15:38.98 ID:wGy+Oa1u0
>>201
74は単体で車両限界オーバーしている。

206 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 19:28:00.99 ID:oORGoha70
JR西日本 207系・321系シングルアームパンタ試験車
207系・321系それぞれ1編成にシングルアームパンタを試験的に搭載
試験内容は、JR東西線内でもシングルアームパンタが大丈夫かの確認のためである
この試験の結果で323系(仮)のパンタグラフが決まる

207 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 19:31:06.27 ID:aP31oY/y0
>>3
いいねw

208 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 20:08:09.22 ID:pcuNlCuW0
AH200
JR貨物が開発した核融合機関車。
車体内に小型の核融合炉を搭載している。

209 :名無し野電車区:2012/02/05(日) 21:37:58.92 ID:vGRJmiWw0
>>208
国鉄時代にそういう計画があったなぁ・・・

210 :名無し野電車区:2012/02/06(月) 13:36:59.68 ID:EnPn6Mg+0
>>204
415系800番台は廃車だろ。


211 :名無し野電車区:2012/02/06(月) 17:38:13.01 ID:deII8VquO
JR東日本キハE350形(ビューコースター風っ子U)
元々キハ40系であることから老朽化が進んだビューコースター風っ子の後継車両。
キハE300形やリゾートあすなろをベースとしたトロッコ車両である。
編成は3両でトロッコ車両は1号車と3号車とし、中間にはリクライニングの座席と
お座敷に出来るキサロE351形が含まれる。
なお片運転台式だが連結面側には入替に考慮した簡易運転台があり、中間車両を
抜き取って2両編成にすることも可能。
またブレーキ読み替え装置付のために在来車両との連結が可能であるが、
連結相手はキハ110系又はキハE130系に限られる。
トロッコ車両は雨天時の仕切り板取り付けも全自動化されている。
小牛田に配備されたが、先の東日本大震災で4月からの運転開始を前に
大宮駅と品川駅で一般公開するために東京車両センターにおり、難を逃れている。
当初は気仙沼線で快速南三陸に使う予定だったが、気仙沼線自体が大津波で
大きな被害を受けて運転不可能となり、仙台〜石巻で石巻線での使用も計画されたが、
比較的被害を免れた磐越西線で使われることになり、臨時快速トロッコあがのとして
喜多方〜新津(多客期は会津若松〜新津)間で運転を開始し、
SLばんえつ物語号と二枚看板とした。なおこの列車では会津若松側に
自由席車でキハ110系を1両連結する。
無論他線への貸し出しも精力的に行われる。東日本だけでなく、JR四国からも
運転のオファーが来ている模様。
捻出される初代ビューコースター風っ子は会津鉄道に譲渡されて使用も継続する。

212 :名無し野電車区:2012/02/06(月) 17:56:25.09 ID:GiOsyDHN0
>>210
ここは妄想スレ

415系3800番台
福知山線篠山口以北に運用されていたサンパチ君こと113系3800番台が、
223系5500番台投入により、廃車解体と思いきや、419系淘汰のためにまさかの交直改造を受けた。
内装、車体は体質改善40N車と同様の更新が行われた。
交流機器は485系から捻出されたが、床下にスペースが無かったため、客室の一部が機器室となった。
当初は113-3800と同じ塗色であったが、2012年現在は順次末っ青色に塗り替えられている。
なお、サンパチ板こと前面防御板は視認性確保のため黄色のままである。
地元では、北陸新幹線延伸後の第三セクター化をにらんで、新車投入の陳情が繰り返されているw



213 :名無し野電車区:2012/02/06(月) 20:50:38.82 ID:SiZY40sl0
JR西日本 421系800番台
奈良電車区の大和路快速8連貫通化で余剰の出てきた221系を交流対応改造
編成は2両編成
交流機器は、新規に製造
Wパンタ化
セミクロスシート化
当初の塗装は221系のままだったが後に、2013年の時点で末っ青色に塗り替えらている
この車両で413系を置き換える

421系800番台の内2編成は、先頭車に除雪機能も搭載される

214 :名無し野電車区:2012/02/06(月) 21:46:21.50 ID:2fl/Krs/0
HB-E300系(2次車)

「こがね」、「Kenji」、「きらきらうえつ」および「NO.DO.KA」を置き換えるために投入された。

車体と客室構造は1次車と共通であるが、新形式であるHB-E300形200番台、300番台が登場している。
HB-E300形200番台は、半個室構造の客室を持つ100番台をベースに、トイレ設備と車内販売準備室が設けられている。
300番台は1両全体が和風ラウンジ・ビュフェとなっている。

「きらきらうえつ」編成は4両編成、「こがね」、「Kenji」、「NO.DO.KA」編成は3両編成を組む。

「きらきらうえつ」HB-E301-5+HB-E300-2+HB-E300-301+HB-E302-5
「NO.DO.KA」  HB-E301-6+HB-E300-201+HB-E302-6
「こがね」     HB-E301-7+HB-E300-202+HB-E302-7
「Kenji」      HB-E301-8+HB-E300-203+HB-E302-8

215 :名無し野電車区:2012/02/07(火) 18:54:07.63 ID:Yn6MX0MN0
JR西日本 105系鉄仮面化改造
改造内容と改造のいきさつは103系と同じ

216 :名無し野電車区:2012/02/07(火) 21:54:34.01 ID:LxT7O01m0
117系3800番代
117系の地方転属による単編成化で余剰となった電動車ユニットを先頭化改造
顔面はもちろん(以下略)

217 :名無し野電車区:2012/02/08(水) 00:07:59.05 ID:v8S4JjVSQ
JRF-EP200型直流電気機関車
中央東線でのタンク車輸送における秋期の落葉での空転対策のためEH-200型をモデルに新開発
1M1C-VVVF
機器配置に余裕が出たため乗務員用トイレと仮眠ベッドを1エンド方に新設(901)
量産車からは仮眠ベッドへのトイレ臭気対策のため、トイレは1エンド、仮眠ベッドは2エンドへ位置変更の上2エンドに給湯室とシャワールームを設置
これに伴い、乗務員の仕業行路も見直しの上延長
原潜並に1仕業90日サイクルを導入したが、労組からの労働強化の指摘を受け裁判係争中

218 :名無し野電車区:2012/02/09(木) 23:02:55.97 ID:mRpXGAWE0
479系
国鉄で475系を碓氷峠対応に改造。
急行「能登」に使用された。
471・473・475・457系とは編成の向きが逆(横川方にクモハが来る)のため併結できず限定運用が組まれていたが1985年に急行が廃止されたため正方向に方向転換され併結可能となり、その代償として碓氷峠通過が不可能となった。
JR西日本に一部が承継された。

219 :名無し野電車区:2012/02/10(金) 09:43:28.71 ID:ymT4roS+O
>>218
時代的には急行白山電車化じゃね?
能登自体上越線経由の愛称だし。

220 :名無し野電車区:2012/02/10(金) 19:59:16.80 ID:kxsUImRt0
JR西日本 485系JT改造車
種車は京キト485系7両
両端はクロを改造(片方は方転込み)
中間はモハユニットとサハを改造
JTの名は「かがやき」なので塗装はゴールドを基調とした塗装(後濃いイエローに改められた)

クロの室内は運転席近くの座席を撤去し、山側に向いたシートを設置する
そのため側面窓が大きくなる
中間モハユニットは、広々とした座席配置になる(ボックスシート込み)
サハは、フリースペースと売店になる
JR東日本管内にも入れるようにされる

JR東日本 485系「彩」JR西日本・JR九州管内乗り入れ改造車
JR西日本を介してJR九州に乗り入れできるように改造される

221 :名無し野電車区:2012/02/10(金) 21:23:28.18 ID:hOEcbcus0
キハ202
733系の気動車バージョン。

キハ203
735系の気動車バージョンで、アルミ車体である。

しかし両者ともエンジンのサイズの関係上床面高さを733・735系と同一にすることが出来ず、やむなく731系と同様のステップ付き車体となっている。

222 :名無し野電車区:2012/02/11(土) 08:52:12.61 ID:3Bx1zzXEO
E231系800番台808〜810
当初千代田線直通車両における203系 207系の取り替えにはE233系1000番台で
賄う予定であったが、203系2本(900番台車含む)の全般検査期限が迫り、
そのまま放って置くと取り替えの前に使えなくなる事が判明し、急遽800番台車を
緊急製造して賄うことになった。
たまたま東西線向けの2本の8と9の予定が7編成で打ち切りになり、新津と
東急で作ってしまった車体が残っていたことと常磐快速向け車体を1本を
振り向けたために完成車体3本の目処がたち、それを生かしてわずか5ヵ月の
ハイペースで3本が一気に作られた。
東西線仕様と全く同じであるが、唯一の違いは自連アダプターとその箱が
付いていることで、これは常磐快速含めて常磐線全てが水戸支社管轄となり、
松戸車両センターも水戸管轄を示す水マトとなる関係上、これまで
東京車両センターから郡山車両センターになるために検査回送時に機関車(EF81又はEF510-500)の連結が
必要となったため。

223 :名無し野電車区:2012/02/11(土) 10:45:05.71 ID:vguuz5ah0
JR西日本 129系
関西本線加茂〜亀山間の電車化が実現する
それに合わせてキハ120を他線に転属させるために登場
編成は1両単行(最大6連を組める)
トイレ付き
3ドアワンマン対応
前面デザインは225系を意識したものになる
パンタはシングルアームパンタで2パンタ

224 :名無し野電車区:2012/02/11(土) 21:47:45.84 ID:3Bx1zzXEO
JR西日本129系1000番台
関西線用129系(>>223)の大糸線型。キハ120では小さ過ぎて輸送力不足に伴って
南小谷〜糸魚川間の電化を決断した。
当初交流電化で計画して交流にも使用出来る429系として計画されたが、
交直両用を1両編成にまとめるのは無理があるのと南小谷駅構内に交直セクションと
交流のみの独立ホームを作らねばならず、これでは松本からの東日本の車両の
運用に制約が生じるため、あえて直流で電化されることになった。
しかしこれでは糸魚川構内が交流のために独立ホームに入るとは言え
糸魚川での入れ換えが出来なくなるため、交直セクションの位置をこれまでの
糸魚川〜梶屋敷から糸魚川から西側にずらして対応策をとることになった。
有力案では
1 糸魚川〜青海間の姫川橋梁付近
2 越中宮崎付近の富山と新潟県境の境川橋梁付近
が挙げられている。
編成は最長3両まで出来、東日本区間の信濃大町まで入る列車もある。

225 :名無し野電車区:2012/02/12(日) 09:42:47.87 ID:ejiFP1Hr0
E16系客車

「SLばんえつ物語号」で使用されている12系客車が老朽化したため、代替用として新製された一般型客車。
車体はアルミ合金製として軽量化され、機関車の負担軽減を図っている。
また、電気指令式ブレーキを採用しており、ブレーキ読み替え装置を設置している。

編成は1号車(会津若松側)から、
オハフE16-1  1号車の普通車。車掌室とサニタリー設備を持つ。
オハE16-1   2号車の普通車。デッキ部以外は全て客室。
オハE17-1   3号車の普通車。業務用室、郵便ポスト、身障者対応のサニタリー設備、多目的室を持つ。
オハE17-101  4号車の展望室。売店を持つ。
オハE16-101  5号車の普通車。2号車と同様、デッキ部以外は全て客室。
オハフE16-101 6号車の普通車。車内設備は1号車と同じ。
の6両編成。

電源設備として、両端のオハフE16形に出力65kWの燃料電池2基と、静止型インバータを搭載している。

226 :名無し野電車区:2012/02/12(日) 10:29:25.68 ID:p0p4Oe9z0
JR東海471系電車
JR東海が製造した界磁添加励磁制御の長距離用交直両用電車。
1両あたりの長さは21.3m、出入り口は片開き2扉、ステップ付き(ステップ高さはレール面上950mm)、デッキ付きで座席は回転リクライニングシート、床面高さはレール面上1140mmである。
運転台機器及び主な電気部品は211系などから流用している。ギアユニットは歯数比1:4.21のものを新規に製作した。全車大垣車両区所属。


227 :名無し野電車区:2012/02/12(日) 10:31:44.30 ID:p0p4Oe9z0
JR東海671系電車
特急「しらさぎ」用にJR東海が開発した交直両用電車。
383系の非振り子・交直両用版。
出入り口はステップ付き(ステップ高さはレール面上950mm)。
基本編成はTscMM'TTMM'Tc'の8両編成。
付属編成はTcMM'Tc'の4両編成。
Tscはパノラマグリーン車。
TcとTc'はともに貫通型構造。
配置は静岡車両区と大垣車両区。


228 :名無し野電車区:2012/02/12(日) 10:34:10.36 ID:p0p4Oe9z0
JR東海673系電車
JR東海が波動用に開発した交直両用電車。
373系の交直両用版である。
出入り口はステップ付き(ステップ高さはレール面上950mm)。
McM'TTc'の4両編成とMcM'Tc'の3両編成がある。
配置は静岡車両区と大垣車両区。


229 :名無し野電車区:2012/02/12(日) 10:55:07.17 ID:p0p4Oe9z0
JR北海道723系電車
JR北海道721系の2ドアバージョン。
出入り口はステップ付きで、6両編成と3両編成とがある。15両編成まで対応可能。
片開き式のデッキ仕切り扉と蛍光灯カバーを備える。シートモケットの色は茶系で窓際にも肘掛を備え、ロングシートや吊革はない。窓には横引きカーテンを備える。


230 :名無し野電車区:2012/02/12(日) 11:21:33.46 ID:dt8OT33Q0 ?2BP(1004)
485系5000番台(史実のE655系は存在しない)
1号編成の老朽化に伴い、JR東日本では新型車両を開発・製造することになった。
JR化後の形式では他旅客会社線への直通に難があることが予想される為、
車体構造などは新たにしつつも制御・台車などは従前からある485系をベースとした。



231 :名無し野電車区:2012/02/12(日) 11:48:53.53 ID:/dDDMW3JO
JR東日本E44系客車
>>225とは別にこちらは高崎の旧客及び12系を置き換えるために作られたもの。
サービス電源はスハニE35のダミー荷物室に備え、燃料電池によるSIVによる給電を行う。
車体は旧国鉄44系客車を精巧に再現しており、冷房はあくまでも酷暑時の
緊急用の前提として家庭用エアコンとなっている。
通常運転時は冷房は使用せず、窓開けが前提。
さすがに蒸気暖房は相方のD51 C61にはないためバス用の暖房装置が付いている。
ナロ10型を再現したものもある。
スハニE35 普通車。ダミー荷物室にはサービス電源装置室
スハE44 普通車。座席は新幹線200系などからの発生品を使用
ナロE10 グリーン車となってるが車内はスハE44と同じで通常普通車で使用。
スハフE43 普通緩急車
6両編成2本12両が大宮に配備され、SL列車に備える。
マイテE58
列車によって6両編成の最後尾に連結する展望付特別車両。グリーン車
ではなく、波動用ながらグランクラスとなっている。

232 :名無し野電車区:2012/02/12(日) 14:51:14.55 ID:OxUXP5tu0
JR東日本 E231系500番台「AKB美術部トレイン」
JR東日本とAKB美術部のコラボを行った列車である
戸袋部にAKBグループのメンバーがデザインしたイラストが貼られる

233 :名無し野電車区:2012/02/12(日) 15:01:20.10 ID:K+AeJ0vZ0
201系500番台
国鉄が製造した201系の最終形態で、「超軽装車」と呼ばれる。
変更点は以下の通り。
・台車をボルスタレスのDT50/TR235に変更
・妻窓と戸袋窓を廃止
1988年で製造が中止される予定だったが、東中野事故が発生したため1989年に19両追加製造された(追加製造分は205系に合わせてドア窓が大型化されたためすぐ判別可能、1編成は事故の生き残りであるクハ201-3を組んだため編成美が崩れた)。

234 :名無し野電車区:2012/02/12(日) 16:56:15.36 ID:ejiFP1Hr0
マニ24形

電化の進展により、全区間で架線下を走行する寝台列車が増えてきたことから
サービス電源を電動発電機(MG)を用いて供給できるよう開発された。
九州や北陸、東北地区へ直通できるよう交直両用とされ、
パンタグラフ2基を屋根上に、MG・変圧機・整流装置などを車内に搭載する。
パン上げ下げ、交直切り替えなどの制御回路が追加され、対応改造された機関車からの操作が可能である。
また、寒冷地対策として冷却風は雪切室を通して吸気している。
民営化前後のリニューアルに合わせてSIVに換装した車両も存在する。


235 :名無し野電車区:2012/02/14(火) 17:07:50.81 ID:u/jAwrIV0
国鉄サシ157形電車

昭和38年の「ひびき」定期化に備えて製造された157系の食堂車。
基本構造はサシ151と同一でクーラーもキノコ型だが、列車位置表示器は設置されていない。
新幹線開業後は「伊豆」や「あまぎ」に転用され、伊豆急サシ191スコールカーとの競演が見られた。
サントリーが国鉄に働きかけてサシ191の国鉄線内営業も実現した。
また「そよかぜ」が157系で運転された際にも組み込まれ、181系「あさま」より好評だった。

236 :名無し野電車区:2012/02/14(火) 19:00:56.42 ID:LG9NXTiB0
JR西日本 123系紀勢線仕様
羽衣線での運用を終えた123系を紀勢線和歌山〜和歌山市間ときのくに線105系の増結に転用
改造内容は105系(3ドア車・4ドア車)に併結できるように改造
方向幕黒幕化
1両・2両での運転は和歌山〜和歌山市間
2両・105系と連結した3連で和歌山〜紀伊田辺間の運用に充てられる
ただ2両しか在籍していないため2両併結の運転はまれであった
塗装は105系4ドア車に合わせた塗装になる

2003年頃に岡山エリアの123系と同じドア配置になるように改造

2012年現在も運用は変わらないが、2両だけしか在籍しないのでは効率が悪かったため岡山電車区から末期色になった123系が2011年夏ごろに転属してきた
その時に和歌山エリアの123系の1両が和歌山単色になったため運がよかったら、瀬戸内単色と和歌山単色の併結が見られる

237 :名無し野電車区:2012/02/14(火) 20:46:56.68 ID:LG9NXTiB0
>>236の訂正
岡山電車区じゃなくて下関車両所です

238 :名無し野電車区:2012/02/14(火) 22:45:12.13 ID:YaxXeLIMO
スハネフ24-2500番台 スハ24-2500番台
>>234のマニ24型に関しては「北斗星」でも北海道用に改造して使われる予定であった。
しかし「北斗星」では函館線と室蘭線の非電化区間があるためにディーゼル発電装置が
必要になるため、その区間だけ給電するための電源用の車両が必要となって登場した。
当初前後のオハネフを発電装置車にする計画だったが、電源車次位のオハネフと
ロビーカーに装置を積むことにした。
そのために登場したのがこの形式で、オハネフ25にスハネフ14と同じディーゼル
発電機を搭載する改造車と2503 2505 2506はスハネフ14をそのまま改造するなど8両が
製造された。
なおスハネフ14改造車は種車の3段式寝台はそのまま使用しているため、
多少寝台定員が多い。
オハネフ25改造車は5両中0番台3両 100番台車2両で、発電エンジンは14系座席車又は
12系の物を使用した。
同じく8両作られたロビーカースハ25-2500番台はスハネフ14から2両と
スハフ14から4両の他にスハフ12からも2両改造された。
JR北海道と東日本で4両ずつ所有して「北斗星」で使われたが、東日本車で使われたのは
3号4号のみで5号6号は通常のカニ24給電であった。
運用削減による北海道 東日本共用化の際に東日本所有車は各形式2両を北海道に
移籍した車両以外は全て廃車された。
(特に東日本車のみの12系改造車のロビーカーは真っ先に廃車対象となった)
エンジンを使用するのは五稜郭〜東室蘭間で、交流電化の東室蘭〜札幌間は
マニ24型のパンタを上げられるため、そこから給電してエンジンは止められる。
そのためDD51にはマニ24型のパン上げパン下げ装置の他に遠隔で給電用エンジン
を始動 停止ができる装置も付けられた。
当初五稜郭から東室蘭まで給電出来ればいいだけなので1両でも十分と言われたが
有珠山が噴火した際に室蘭線が使えなくなり、函館線の山線経由小樽周りになった際に
2両連結が思わぬ必要性を痛快することになった。

239 :名無し野電車区:2012/02/15(水) 17:10:46.35 ID:MdxGZK9W0
JR西日本523系電車
521系に対する反省と475・413系の置き換えのために新形式の交直流近郊型電車を開発。
車体長は21.3mで、片側に両開きドア2箇所となっている。出入り口はステップ付き。(ステップ高さは950mm)
ドア間は2人がけの転換クロスシート、車端部は4人向かい合わせのボックスシートで、窓際にも肘掛を備え、ロングシートや吊革はない。
McM'TTc'の4両編成とMcM'Tc'の3両編成がある。
ドア間の窓には横引きカーテンを、車端部の窓にはロールブラインドをそれぞれ備える。
北陸地区のほか山陰地区にも投入される。
本系列の2両編成版McTc'は1000番台を名乗る。


240 :名無し野電車区:2012/02/15(水) 17:28:20.88 ID:HQRmzkvK0
>>239
…何で山陰?交直接続無いのに…

241 :名無し野電車区:2012/02/15(水) 19:22:10.63 ID:wQL4e4M40
JR西日本 523系交流機器使用停止車 後223系5550番台に改番
>>239の山陰エリア車を交流機器を停止
後223系5550番台に改番
区別としては、223系6000番台・5500番台の黄帯の色が、赤色になった
223系初の2ドア車となったw

242 :名無し野電車区:2012/02/16(木) 00:22:52.68 ID:oWLy5iw70
関東鉄道クモハ1000・クハ1100
昭和50年代、宅地化による利用客急増とつくば万博開催に乗じた常磐線乗り入れをにらみ、関東鉄道が私鉄初の交流電化をすることとなり導入された初の私鉄交直流電車。
415系とほぼ同型のデザインだが、1M1Tの基本編成としている。
後にデザインを211系風に変更し、冷房搭載した増備車も登場、初期車も冷房化され現在も使用中。

243 :名無し野電車区:2012/02/16(木) 14:45:15.57 ID:hf1JEqJK0
>>240-241
山陰線城崎温泉―伯耆大山間と西出雲以西の交流電化を想定します。


244 :名無し野電車区:2012/02/16(木) 22:09:52.75 ID:SWFxfcWP0
サハ210形

1990年にJR東日本が試験的に投入した211系の中間車。
従来の3か所の扉の中間に同サイズの両開きドアを追加して5扉とし、乗降時間短縮を図った。
寒地仕様、ロングシートの3000番台のみ製造された。
サハ204形で採用された座席を収納する機構は省略されている。
長距離通勤者が多い東北・高崎線系統でラッシュ時の列車に限定運用されたが、座席が少ないことが嫌われ、
登場から数年で増設したドアを埋めたうえで座席を設置し、通常のサハ211形と同様に使用された。
(窓配置がサハ211形と異なるので識別は容易)
211系へグリーン車を組み込んだ際に全車廃車となった。

245 :名無し野電車区:2012/02/17(金) 21:45:58.86 ID:lSYdWsuA0
751系

JR東日本が「はつかり」で使用されていた583系を置き換えるため投入した特急型電車。

クロハ750-0+モハ750-0+モハ751-0+モハ750-100+モハ751-100+クハ751-0
の6両編成。多客期にはM車ユニットを増結した8両編成となる。
主回路制御にはサイリスタ位相制御を採用し、電力回生ブレーキが使用可能。
青函トンネル内で140km/h走行を行うため、651系と共通の高速性能に優れたDT56形・TR241形台車を履く。
車体も651系の構造を基本にしているが、走行する路線を考慮し、耐雪性能、気密性能が強化された。

盛岡〜函館間の特急「スーパーはつかり」で運転を開始し、現在も新青森〜函館間の特急「白鳥」で使用されている。

246 :名無し野電車区:2012/02/19(日) 10:27:13.51 ID:zvE2tjMq0
>>224
大糸線南小谷以北交流電化
交直セクションは南小谷駅構内糸魚川方に設置

JR東日本E721系3000番台
E721系の交直両用バージョン。
交流50Hzのほか交流60Hzおよび直流にも対応する。
床面高さは950mmである。

JR東日本E621系電車
E721系の非低床バージョンで出入り口はステップ付き。
(床面高さは1140mm、ステップ高さは950mm)

JR東日本E621系3000番台
E621系の交直両用バージョンで、交流50Hz、交流60Hz、直流のいずれにも対応する。


247 :名無し野電車区:2012/02/19(日) 11:38:07.55 ID:ic71xp5z0


248 :名無し野電車区:2012/02/19(日) 14:57:08.70 ID:ZDhm+ZYDO
651系ジョイフルトレイン つくばね
485系改造のジョイフルトレインであるリゾートエクスプレスゆうの老朽化が
進んだことと波動用485系の取り替えを同時進行で行うために登場した初の651系改造車。
リゾートあすなろに準じたステンレス車体に更新するのが特徴。
車内は座席及びお座敷を切り替え可能としている。
車内は寄席風で、日本テレビの超長寿演芸番組である笑点の後楽園ホールみたいな車内で
フリーザのあだ名があるいろどりに対してこちらは寄席電 又は笑点とまで言われている。
車両形式番号や車内の号車表記は落語寄席文字の第一人者である橘 左近氏が行っている。
7両編成が勝田車両センターに配備された。

249 :名無し野電車区:2012/02/20(月) 10:56:45.91 ID:GBbnDLRK0
>>246
交直両用なら4〜6
交流専用なら7・8だろjk
故に、
・JR東日本E721系3000番台
 E721系の非低床バージョン

・JR東日本E621系
 E721系の交直両用・三電源対応版

・JR東日本E621系3000番台
 E621系の非低床バージョン
とするべき

250 :名無し野電車区:2012/02/20(月) 15:43:57.25 ID:IcScfLtd0
>>221
JR北海道733系電車
735系のステンレス車体バージョン。
本系列はもう実際に登場した?

>>249
VVVF方式なら交流専用と交直両用の違いは交直切り替えスイッチの有無だけ。
なので低床と非低床が連結できるほか、交流区間内では交流専用と交直両用との連結も可能。


251 :名無し野電車区:2012/02/20(月) 15:58:57.94 ID:IcScfLtd0
>>250補足
軌間の異なる車両は連結できないのは当然のこと。


252 :名無し野電車区:2012/02/20(月) 21:04:11.72 ID:JnptNOXt0
JR東日本 651系「彩」(2代目)
485系彩の後継車として登場。
顔がベジータ似でそのせいか屋根の塗装が剥げてきてもなかなか塗り直されない。

253 :名無し野電車区:2012/02/23(木) 15:29:50.20 ID:/kkF5F52O
JR貨物タキ1500形(2代目)
タキ1000形に対応する石油類専用車。加熱菅が付いて荷重が47トンになった以外は
タキ1000形と同一である。
加熱が必要なB重油やC重油よりも必要ないA重油や軽油 灯油などが主体となり、
これらはガソリン専用車の臨時専用種別変更でも輸送出来る点からタキ44000形等の
置き換えと位置付けたものであったものの、青塗装の日本オイルターミナル向けに
64両製造されただけで打ち切られた。
2012年からは12両が加熱菅を取り外して45トン積みに変更の上でタキ1000形に
編入されて日本石油輸送に所有者を変更された車両もいる。
この編入車両はライトグリーン グレーではなく黒塗装のため、貨車マニア
からは黒1000と呼ばれている。
タキ1000形5001〜5040
別名米タン1000形。アメリカ軍横田基地燃料輸送列車専用のタンク車。
これまでのタキ3000形の老朽化に伴い、日本石油輸送 日本陸運産業所有の
タキ35000 38000形で輸送していたが、タキ1000形に輸送車両を変更した際に
再び米軍所有となった。
但し管轄はタキ3000形当時の米陸軍から空軍輸送隊に変更された。
日本石油輸送所有の車両同様の塗装とし、バーコードとUSAFの頭に7桁番号が特徴。

254 :名無し野電車区:2012/02/23(木) 17:33:05.06 ID:Q7ZCTKDY0
日本国有鉄道405系
常磐線の103系の置き換え用+快速の土浦延長用として205系をベースに交直流対応化したもの。
おもに土浦までの快速として使われた。
E501系登場で運用が減り、2006年をもって常磐線から引退。
現在は交流機器を停止して千葉地区で運行している。

255 :名無し野電車区:2012/02/23(木) 23:05:29.39 ID:/kkF5F52O
JR東日本E503系
E501系の電装品を国産製に改めた改良型である。6M7Tの15両編成中に電動車の
VVVF装置は3本で全て異なるメーカーに搭載させるなどをし、これらは後にE653系及び
E531系の製造に生かされた。
主に上野〜土浦間で使われたがトイレがない致命的欠点があり、1998年には
E531系に置き換えられて勝田から松戸に移動して取手までの快速用に変更された。
先の東日本大震災で東北線内の車両の被災が続出したことから、付属5両編成全部が
救援として仙台に借り入れ導入され、東北線の救援車両として平成27年までの
リースで全線復旧後はやはり津波で甚大な被害を受けた仙石線に投入された。
あおば通方に2本石巻方に1本が投入された。この仙石線使用の際に郡山車両センターで
トイレが取り付けられた。
しかし仙石線の石巻方は気動車での運転を余儀なくされ、運転出来ずに小牛田で
モスボール状態になっている。
そのため仙台に戻し、仙山線の愛子までの運用に一時期に使わせるプランが浮上している。
残った10両基本全てはE231系の付属編成を連結可能に改造の上で常磐線快速に使われてるが、
上野口には入らずにもっぱら成田線の成田〜我孫子で使われている。

256 :名無し野電車区:2012/02/24(金) 18:16:05.13 ID:YusU8VQCO
JR東日本E653系「宴」2代目
485系「宴」の老朽化に伴い登場した。当初は651系から改造される予定だったが、
E657系登場でE653系にも余剰が生じるため、11両の内の7両編成1本を種車に
6両に短縮して改造されたために、形式の頭にEが付く車両で初の改造車両となった。
(抜き取られたサハE653は同じく余剰の4両編成に組み込まれてきらきらうえつの後継となる)
車内デザインを今回映画制作会社の松竹が監修したために車内の座敷が
歌舞伎における最高額席である桟敷席みたいな席となり、宴ならぬ歌舞伎座と
言うスラングがつけられ、2ch内鉄道路線 車両板にはJT歌舞伎座御運用スレなどと言うスレッドが登場したと言う。

257 :名無し野電車区:2012/02/24(金) 18:58:35.11 ID:+iVYuoK3O
>>256
しかも塗装が派手だったので傾奇者(かぶきもの)とも呼ばれたってか?

258 :名無し野電車区:2012/02/24(金) 23:43:25.76 ID:NbDQi6WB0
JR在来線の1435mm化
改軌順序は以下の通り。
1.北海道地区
2.北東北地区
3.南東北・北陸地区・高山線
4.九州地区(除く筑肥線)
5.北近畿・山陰地区
6.山陽地区
7.近畿・東海・甲信地区(除く身延線)(飯田線豊橋口三線軌条化)
8.首都圏・房総地区
9.身延線・四国地区

改軌後に1435mm軌間かつ760mmホーム用の車両を投入する。


259 :名無し野電車区:2012/02/24(金) 23:51:23.66 ID:NbDQi6WB0
>>258
第三セクター線も含めて実施。
ついでに北海道の廃線済み区間も復権だ。


260 :名無し野電車区:2012/02/24(金) 23:58:37.36 ID:RAlX5PdSO
>>251 中心が揃っている4線軌道区間なら可能性がないわけでもないが…。

261 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 00:07:56.75 ID:Yd/q+N5K0
>>256
某氏がイベントで乗車した際、テーブル上に灰皿とテキーラが置かれていたのをみて苦笑したという逸話がある。

262 :名無し野雷車区:2012/02/25(土) 08:10:13.43 ID:dE7Wx8OI0
キハ58K-01型改
サハリン輸出型キハ58だがサハリン鉄道が1530ミリに改軌にともない、台車を交換した。

263 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 12:10:35.15 ID:CsBkZfZd0
>>262
実際には解体されて姿を消したサハリン輸出型キハ58だが

新幹線200系改、キハ58K-01型改
サハリン輸出型キハ58だがサハリン鉄道が1530ミリに改軌にともない、新幹線200系をサハリンに投入、サハリン輸出型キハ58を台車交換の上米国に輸出するも、
そこでも1435mmから1676mmに改軌に伴い、車両限界拡大後のイギリスに落ち着いた。


264 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 12:12:45.99 ID:CsBkZfZd0
>>262>>263共に
×1530ミリ
○1520ミリ


265 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 12:31:12.59 ID:CsBkZfZd0
スウェーデンが1980年代に電化方式を交流15kV16.7Hzから交流25kV50or60Hzに切り替えしていたらあったと思われる車両

新幹線100系スウェーデン仕様
東海道・山陽新幹線を走っていたものとの相違点は、出入り口が低床ホーム用のステップ付きになり、パンタグラフがシングルアームになり、耐寒耐雪仕様になったこと。
16両の長大固定編成のため、スカンジナビア半島では使い勝手が悪く、特に1990年代末にレジーナが登場してからは出番が減り、現在は夏の観光シーズン以外は車両基地で寝そべっている状態が続いている。


266 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 12:47:32.01 ID:OKILQ5Fq0
日本国有鉄道405系
常磐線の旧型国電の置き換え+快速の土浦延長用として103系をベースに交直流対応化した車両。
オールロングシート、トイレなしで、常磐緩行線を除く常磐快速線の全運用に就いていた。
407系登場で置き換えられ、1985年をもって常磐線から引退。その後交流機器を停止して埼京・川越線に転用されたが、1990年に埼京線から撤退し、川越・八高線に転用されたが、2006年をもって引退し全車が廃車された。

東日本旅客鉄道407系
405系の置き換え用として205系をベースに交直流対応化した車両。
オールロングシート、トイレなしで、常磐緩行線を除く常磐快速線の全運用に就いていた。
E501系登場で運用が減り、2006年をもって常磐線から引退。
現在は交流機器を停止して千葉地区で運行している。

東日本旅客鉄道通勤型E531系
E501系・407系の置き換え用として通勤型E231系をベースに交直流対応化した車両。
やはりオールロングシートだが、トイレがある。グリーン車は設定されていない。
常磐緩行線を除く常磐快速線の全運用に就いている。

267 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 15:06:40.13 ID:nZ6tW06s0
JR東日本 キハ105/115系気動車
JR東日本がキハ100/110系の廉価版として導入した、NDCベースの近郊型気動車。
比較的高価格なキハ100/110系列に対し、廉価に導入ができるような車両として開発された。

車体は105系が16m級・115系が20m級のステンレス製。
座席はセミクロスシートとしてある。また、トイレも搭載されている。
主機関は105系は小松製の230PS機関、115系はカミンズ製の330PS機関を搭載している。
出力は100/110系より低下しているものの、車体がステンレス製で軽量化されているため100/110系と同等の走りが可能とされている。
また、100/110系との併結運転も可能。

268 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 15:10:15.04 ID:OKILQ5Fq0
↑ミス
×常磐緩行線を除く常磐快速線
○常磐快速線

269 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 15:24:34.42 ID:OKILQ5Fq0
>>258に誘発されて
私鉄の1435mm化
改軌順序は以下の通り。
1.東北地区
2.東海地区(除く名古屋鉄道)
3.大手を除く首都圏・近畿地区
4.中国地区・四国地区・九州地区
5.南海電気鉄道・近鉄南大阪線系統
6.京王電気鉄道・つくばエクスプレス
7.相模鉄道・名古屋鉄道
8.東京急行電鉄・西武鉄道・東武鉄道・小田急電鉄
9.地下鉄各線

270 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 17:42:47.45 ID:teJw10Os0
JR四国5050系

JR四国が快速「マリンライナー」の増結、113系置換え、
及び高徳線オレンジタウン電化開業に向け投入した近郊型電車。
新形式である制御車(5350形)が登場し、Tc(5350形)+Mc(5050形)の2両編成を組む。

高徳線では狭小トンネルに対応して一部区間で剛体架線が採用されたため、離線対策として
電動車(5050形)はパンタグラフを2基装備する。
また、ワンマン運転に対応しているほか、7000系7100形と併結運用が可能である。

271 :anorak?:2012/02/25(土) 18:32:15.34 ID:fE6OSlB40
>>120に続く平行世界もの
◎国鉄301系200番台
1983年 名古屋市営地下鉄直通用
○1970年代半ば、名古屋圏内での東海道本線の客貨分離目的の貨物バイパス支線として未成線であった南方貨物線
(大府〜笠寺〜名古屋貨物ターミナル)は、東海道線と離れ途中新幹線と平行する区間の沿線住民による反対運動が
新幹線公害(e.g.名古屋新幹線公害訴訟)の道連れで激化した事で建設凍結に追い込まれそうになったが、
打開策として南方貨物線笠寺・名古屋貨物タ区間及び西名古屋港線名貨タ・名古屋間の旅客営業を確約した事で免れた。
さらに1972年の都市交通審議会で答申された7号線(上飯田〜市役所〜栄〜金山)に分岐線(名古屋〜大須観音〜栄)も
追加した上で先述の西名古屋港線・南方貨物線と相互直通運転する事になった。
両路線が接続する名古屋駅のホームはスイッチバック式となる。
1984年初頭、南方貨物線笠寺・中島区間及び中島・名古屋間の西名古屋港線が国鉄城南線として開業し、
かつ名古屋市営地下鉄7号線の名古屋〜大須観音〜栄間が大須線として部分開業し、直通運転を開始。
この直通用にと新造投入されたのが、301系200番台である。
もう既に電機子チョッパの203系が登場し、84年に界磁添加励磁制御で回生ブレーキ付きの205系の量産先行車の登場だが、
国鉄末期の財政事情及び投入路線の事情、投入時期などにより抵抗制御の301系となった。
103系と同等の走行システムで2M2Tの四両編成で地下鉄直通を実現する為にはアルミ車体で軽量化せざるを得なかった。
制御装置及び運転台の意匠は103系1500番台を踏襲し、アルミ合金車体及び台車は203系のを。
Mにパンタと主制御器搭載。冷房完備。車種はクハ301/300(Tc/T'c)とモハ301/300(M/M')の四種で、TcMM'T'c。
国鉄末期に就役開始以後、87年にJR東海に承継され、93年頃に界磁添加励磁制御への改造等の更新。
近年中に新型車に置き換わる予定。
なお、中島駅以南の西名古屋港線は名古屋臨海高速鉄道あおなみ線として旅客開業し、JR城南線と地下鉄大須線に直通。

272 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 19:52:30.24 ID:pP46ThEBO
富士急行7000系「2代目フジサン特急」
現行2000系を使用している富士急の看板特急であるフジサン特急も、元々は
旧国鉄時代に改造されてJR東日本に承継されたパノラマエクスプレスアルプスで
165系を改造したもののために極端に老朽化が進んだ。
富士急としては東日本が急行型の運転を終了した際に165系1両をパーツ取りに
購入するなどでしてきたが、部品の枯渇が著しくなって急遽169系を運転している
しなの鉄道に廃車車両の購入を打診したもののしなの側も残存車両の整備で手一杯で断られた。
中古特急車両の獲得に切り替えたものの、頼みだったJR東日本253系は
あらかた廃車されて残りも長野電鉄に取られ、小田急10000 20000形は
バリアフリーが叫ばれる中でこれに反したハイデッカー車両は法的にも許されずに断念。
7000形も小田急に断られ、富士山に似てるからと京成AE100形スカイライナーも
浮上するもは軌間が違うために台車交換が必要でボツとなった。
伊豆急のリゾート21の購入も検討されたが、そこへJR東海が373系の一部運用
を削減されるのに目をつけた富士急が3編成の購入を決めた。
(あさぎりの運用終了に伴い371系も検討されたが1編成しかなく、短編成に出来ないことから見送られた)
塗装は3100系当時の旧塗装 現行の2000系塗装 富士登山電車塗装と1編成ずつ用意した。
車内は富士登山電車でも監修した水戸岡鋭治氏が再び手掛ける。
しかし車内放送は富士急ハイランドのCMキャラクターにAKB48が起用される
ことになった関係で車内放送を全てAKB48のメンバーが行うことになった。
このために2ch内に「フジサンAKB特急運用報告スレ」と言うのが鉄道路線 車両板だけでなく、
なんと地下アイドル板にもスレッドが立てられたらしい。
具体的車内放送は次に続く

273 :名無し野電車区:2012/02/25(土) 20:05:02.60 ID:pP46ThEBO
>>272続く
フジサンAKB特急の自動放送は次の通り。
大月 前田敦子
三つ峠 都留市 板野友美
富士山 フレンチ キス
富士急ハイランド 渡り廊下走り隊(渡辺麻友が放送)
河口湖 篠田麻里子
上り
河口湖 指原莉乃
富士急ハイランド No yet
富士山 柏木由紀
三つ峠 都留市 松井玲奈(唯一のSKE48より)
大月 大島優子

274 :名無し野雷車区:2012/02/25(土) 20:44:24.78 ID:ZzJigGS90
新幹線700T 2次増備車
川崎重工に発注されたがリーマンショック後の急激な円高と需要減。
反日的な馬英九政権発足により、日本に対して円高分の割引要求をメーカーが拒否したため、キャンセル。
車両を新大阪−新鹿児島のみずほ、レールスターへ転用。
改造点
乗務員ドア設置。
暖房設置。
保安装置変更。

前面形状と5列シートが嫌われ、短期間でこだまへ転用された。

275 :名無し野電車区:2012/02/26(日) 11:49:19.01 ID:ly0T86NW0
>>269は順序が少し違う。
私鉄の1435mm化
正しい改軌順序は次の通り。
(>>258のJR在来線および第三セクター線の1435mm化が完了した後に)
1.東北地区・函館市電
2.京王電気鉄道・つくばエクスプレス
3.東海地区(除く名古屋鉄道・豊橋鉄道)
4.大手を除く首都圏・近畿地区(伊豆急行・北関東地区・神戸電鉄)
5.中国地区・四国地区・九州地区
6.養老鉄道・近鉄南大阪線系統・南海電気鉄道系列
7.小田急電鉄・東武鉄道
8.東京急行電鉄・西武鉄道・相模鉄道・名古屋鉄道
9.地下鉄各線

特殊狭軌線については、改軌せずに廃止になりそう。


276 :名無し野電車区:2012/02/26(日) 16:44:26.66 ID:KxI0Jpd40
国鉄クハ79形960番台

房総地区で使用される千ツヌのクハ79−920をセミクロスシート化改造したもの。
後に片町線の2WAYシート実験車も転入して追加改造された。
この車両の好評を受けてクハの970番台もセミクロスシートで登場した。

277 :名無し野電車区:2012/02/26(日) 22:07:56.98 ID:ly0T86NW0
新幹線200系改
サハリン鉄道の1520mmへの改軌に伴い、これまでサハリンで使用されていた狭軌車両が使用できなくなるため、日本の影響力を残すためにも、JR東日本は新幹線200系電車のサハリンへの供与を決定した。


278 :名無し野電車区:2012/02/26(日) 22:25:44.38 ID:ly0T86NW0
宗谷トンネル建設

北海道新幹線札幌以北は、1524mm軌間とする。(札幌以南は1435mm軌間)
1435mm軌間と1524mm軌間の両方を走れるタイプの新幹線車両を開発。
フル規格新幹線車両をベースに、出入り口は低床ホーム用のステップ付きとし、パンタグラフはシングルアームとする。


279 :名無し野電車区:2012/02/26(日) 22:33:13.47 ID:ly0T86NW0
日韓海底トンネル、韓中海底トンネル、九州新幹線長崎ルート上海延伸

軌間は、1435mm(標準軌)とする。
日本側は、新幹線ホームの高さの1250mmから550mmへの改築と、フル規格新幹線車両の出入り口への低床ホーム用のステップの取り付けを実施。
韓国側は、韓国在来線の車両限界を拡大する。


280 :名無し野電車区:2012/02/27(月) 10:42:43.39 ID:S60N5gDaI
321系5000番台
嵯峨野線輸送力増強事業に伴い、京都総合車両所に導入される。
導入される経緯は元々は221系の転属を予定していたが、
当時の朝ラッシュ時でも3扉近郊型車両での混雑があまりに酷く、
沿線から通勤型の車両の導入が強く要望されていたためである。
このため、223系5500番台の導入と並行して、新製配置される事になった。
4両0.5M全電動車で、またJRグループ発足後、初となる貫通幌付き4扉通勤型車両である。
トイレが付いてないため、園部以北の直通列車には必ず、また園部発着列車の大半には、
京都と福知山の各電車区に新製配置された223系と併結する。

281 :名無し野電車区:2012/03/01(木) 22:14:52.26 ID:6QkjOZva0
207系6000/6500/7000/7500/8000番台
321系6000番台
425対策として、最高時速100km/h、加速度2.0m/h/s(103系性能)に落とした車輌。
207/321系が福知山線乗入れと、それ以外に運用が分けられることになった。



282 :名無し野電車区:2012/03/01(木) 22:20:51.59 ID:FMZtole70
225系1000番台
岡山・広島地区の115系置き換え用の新型車両。
安芸路ライナーにも投入される。
山陽本線・宇野線・赤穂線・呉線・可部線で運用。

283 :名無し野電車区:2012/03/01(木) 22:25:13.07 ID:Ju7DqKga0
ソニー株式会社 移動体向けネットワークオーディオサービスシステム 「μove(ムーブ)」
ソニーが開発した、鉄道車両やバス等の移動体に於いてのネットワークを介したオーディオサービスを提供するためのシステム。
かつて一部の特急列車の特別車両(グリーン車)や航空機では、座席に備え付けたオーディオ機器により音楽サービスを提供するサービスがあったが、本システムはこれの現代版というべきものである。
ネットワーク配信を使用することで、「バリエーションが少ない」「好みの曲がない」等の点を解決することに成功した。

基本的には自社のデジタルオーディオプレーヤー「Walkman」のシステムを応用したもので、インターネット上の音楽配信サイト「Mora」から利用者がリクエストした音楽をダウンロードし、座席に組み込まれた再生装置で再生するというものである。
乗客は座席のタッチパネル式の端末で操作を行う。
OS部分はWalkmanZと同じくAndroidOSを使用。但し「座席でのオーディオサービス」に特化しているため、機能は限定されている。
中枢部分にはNVIDIA社のモバイル機器向けSoC(システムLSI)・Tegra2を使用している。
座席には3.5mmイヤホンジャックの他にコンポジット映像出力端子とマイクロHDMI端子も備えられ、乗客が携帯型モニタやHMDを持ち込むことにより映像ソフトを楽しむことも可能とされている。
通信システムとしてはNTTドコモの第3世代移動体通信システム「FOMA」(HSDPA)を使用しているが、将来的にはXi(LTE回線)に対応させる予定もある。

284 :名無し野電車区:2012/03/02(金) 12:42:42.27 ID:ij93P7Z7O
>>283に対抗
アップル社鉄道車両用音楽配信サービス「itrain」
ソニーの配信サービスに対抗してアップル社が開発した配信サービスである。
東海道 山陽 東北(山形と秋田含め) 上越 長野 九州の各新幹線のグリーン車
及び東北新幹線「はやて」「はやぶさ」のグランクラスに配信される。
座席裏側に9インチモニターを備えており、座席に iPodnanoを組み込んでおり、
音楽のダウンロードだけでなくYoutube動画のダウンロード等も可能。
またiPodまたは携帯電話のiPhone ipadにも接続しての再生や取り込みダウンロードにも対応。
アップル社以外のメーカーにも対応の門を広げていて、クリエイティブの
ZANシリーズにも対応する。

285 :名無し野電車区:2012/03/03(土) 09:36:15.76 ID:Da7kQJVR0
JR西日本 381系こうのとり転用車
287系の投入で余剰のでた日根野電車区の381系をこうのとりに転用改造する
グリーン車は半室グリーン車に改造
塗装は183系B編成と同じになるか、かつての183系A+C編成と同じになるかの議論中
これによって183系を廃車にする

286 :名無し野電車区:2012/03/03(土) 12:28:20.56 ID:Da7kQJVR0
JR西日本 225系0番台2次車
平日の新快速と快速の一部をすべて12連化するために登場
仕様は225系0番台1次車と同じだが、ドアがワイドになるため、ドア部の補助座席は使えなくなる
編成は0番台と同じ

JR西日本 225系7000番台
阪和線・奈良線に投入される225系の通勤対応車
車内はセミクロスシートとなる他、トイレの設置がなくなる(4連車)
塗装は207系と321系と同じ
編成は4連・6連(阪和線仕様のみ)
これによって103系を置き換える

287 :名無し野電車区:2012/03/03(土) 19:38:33.63 ID:6mgyhKH40
サハ213-5000番台
213系5000番台のサハ。
3両編成に組み込まれるが、1M2Tで加速度が1.4km/h/sしか出ず2M1Tの211系5000番台と足並みが揃わないことから限定運用が組まれているようである。

288 :名無し野電車区:2012/03/03(土) 23:39:28.52 ID:6MdKSUk/0
あげ

289 :名無し野電車区:2012/03/04(日) 00:15:34.75 ID:sG6CQMtv0
日光を巡る東武と国鉄のガチンコ勝負


東武鉄道デハ22
東武の経営母体である根津財閥が経営に参加していた参宮急行電鉄2200系を母体にした日光特急用車両。
基本構造は参急2200系を単に狭軌化したものであるが、主電動機は後に2200系(新)と大軌1400系
が搭載する三菱電機製の200馬力モーターを搭載。

デハ22:制御電動車 デトニ22:荷物室・特別室付制御電動車 サトク2600:貴賓車 サハ20:付随車 クハ22:制御車

昭和28年、改良型の57系が誕生すると格下げされ4扉化、後に8000系と同じ車体に載せ換えられて昭和58年まで使われた。



日光快速度用「流電」
鉄道省が、東北線仙台電化・日光線電化と同時に新設された東京発日光行きの「日光快速度」用に投入。
関西急電用モハ52との違いは・・・
1:関西急電が「モハ52+サロハ66+サハ48+モハ52」という編成であったのに対して
  「モハ52+サハ48+モハ43+クロ48」という編成になっている。
2:新形式クロ48(外観はパンタグラフの無いモハ52。オロ35と同じ転換クロスシート)が出来た。
3:那須御用邸や日光へのお召し列車(モハ43とクロ48の間にクロ49を挿入した編成)にも使われる。

この東武デハ22の特急と「流電」の日光快速度のガチンコ勝負から東武と国鉄のバトルが始まった。

290 :名無し野電車区:2012/03/04(日) 10:31:36.42 ID:GvJkk0FT0
JR西日本 583系臨時きたぐに
塗装を国鉄色に変更する

291 :名無し野電車区:2012/03/04(日) 13:53:28.10 ID:PMLb/Sx20
国鉄200系O編成
1972年6月29日、北陸新幹線の基本計画が発表された。
翌年に工事が始まり(キャッチコピーはひかり、北陸へ)、1981年、レール締結。
1982年、北陸新幹線高崎-小松間が開業し、この時に投入されたのが200系O編成である。
12両編成、0系タイプの前面形状、240km/h走行対応で、ほとんどF編成と同一であり、相違点は発電ブレーキの容量と電源周波数50Hz/60Hz切り替え装置の有無しかない。
国鉄分割民営化時に全車両が東日本旅客鉄道に引き継がれた。
2004年3月13日のダイヤ改正でF編成と共に定期運用を終了。一部車両が車両が同年9月までに廃車された。
O21編成はK25編成の代理運行をしていたため、廃車が翌年までにずれ込んだ。
残る車両は延命工事を施工され、東京-長野間で運行中。

東日本旅客鉄道200系HK編成
1990年代、スーパーやまびこについで、北陸新幹線に「スーパーはくさん」が設定されることとなり、スーパーはくさんを中心に使用されたのが200系HK編成である。
発電ブレーキの容量と電源周波数50Hz/60Hz切り替え装置を除いて200系H編成と同一だが、大宮-高崎間のホーム長の影響で12両編成となっている。
2004年3月13日のダイヤ改正でH編成と共に定期運用を終了。全車両が廃車された。

東日本旅客鉄道E2系H編成
北陸新幹線の敦賀延長と200系の置き換え用として北陸新幹線に投入された。
基本的スペックは忠実のN編成と同じである。

西日本旅客鉄道D1系
北陸新幹線の小松-敦賀間は西日本旅客鉄道が運営する事となり、西日本旅客鉄道も車両を所持する必要があった。
当初は700系ベースの車両になる予定だったが、東海旅客鉄道から止められたためにE2系ベースとなった。
基本的スペックは忠実のN編成と同じである。



292 :名無し野電車区:2012/03/04(日) 19:06:44.38 ID:GvJkk0FT0
JR西日本 北陸線敦賀〜福井直流化
敦賀〜福井間直流化し、京都〜福井間の直通列車を走らせる
カニカニエクスプレスの福井行きが登場する(287系使用)

293 :名無し野電車区:2012/03/04(日) 20:25:52.21 ID:QTDkPTqD0
DE50形1000番台

DE50形の量産車…ではなく、JR貨物がDE10形の機関・駆動装置を更新し高速化改造したもの。
最高速度を95km/hに向上させ、貨物列車の高速化に対応するとともに、
5軸駆動の構造を活かして線路規格の低い路線への直通運転による所要時間短縮を図っている。

大きな変更点として、SG、もしくは死重が搭載されていた2エンド側ボンネット内に補助エンジンを搭載し、
発電機、空気圧縮機、冷却ファンなどの補機類を駆動する方式を採用した。
これにより、主機の出力を100%力行に利用できるようになった。
また、従来低速段・高速段の切り替えを行っていた変速機も交換され、
新たに中速段(従来の高速段)・高速段(95km/h走行に対応)が設けられた。
このほか、本線での高速運転を行うことから運転台の機器は通常の配置に改められている。

294 :名無し野電車区:2012/03/04(日) 21:40:20.09 ID:PMLb/Sx20
281系(史実とは異なる)
1977年、寝台特急瀬戸・あさかぜ1・2号を電車に置き換えるために投入した車両。
基本的構造は583系と同じ。
後に紀伊・いなば・銀河にも使用される。(名古屋-紀伊勝浦間、京都-米子間はDD51形が牽引)
分割民営化時に東日本旅客鉄道と西日本旅客鉄道に引き継がれたが、287系(史実の285系)への置き換えに伴い、定期運用から離脱。
現在は団体用に僅かが残されているのみである。

295 :名無し野電車区:2012/03/05(月) 17:54:40.59 ID:CIRzfSBH0
オロ55
ジュラルミン車体のオロ40の車体更新の際に特ロにしたもの。
本来であればオロ42として落成するはずであったが、「今更並ロを作っても意味が無い」ということで急遽変更された。
車体は史実のオロ42同様に軽量車体の試作を兼ねて作られた物であるが、室内と窓配置は同時期のスロ54と同じである。

昭和41年に冷房化されたのを機会にスロ54に編入(スロ54 50番台)されるが、その際に台車の振り替えが無かったので
オリジナルのスロ54よりも評判が良かった。全車宮原に所属し、昭和50年3月のダイヤ改正まで使われた。

296 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 01:39:00.01 ID:zlqquS/H0
>>289の続きならこうだな。
181系日光仕様
東海道新幹線開業の際、クロ151やモハシ151などは山陽特急としては使いにくいことが予想されたため、
181系に改造の上、特急に格上げした日光に投入することとなった。
(日光)クロ181-モハ181-モハシ180-モハ181-モハ180-クハ181(上野・東京・新宿・横浜・伊東)
貨物線を経由した・新宿などの多ターミナル作戦により浅草発着の東武特急と死闘を繰り広げた。
東北新幹線開業後も直通の便がいいことと新宿や横浜などへ移動できることからそのまま運転を続け、1990年まで使用された。
251系日光仕様
181系日光の置き換え用。最初から開放車は全座席リクライニングなのとビュッフェ付きなのとが踊り子仕様との違い。なお、東武乗り入れの際は東京より1両をドアカットする。
クロ251-サロ251-モハ250-モハシ251-モハ250-モハ251-クハ251


297 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 19:00:48.83 ID:lMt4nwHy0
EF15 203-207

EF15の最終増備車。それまでのデッキつき車体からEF58と同型の流線箱形車体に
車体構造を変更した。機器類は基本的に202までと変わらず、車体の載せ替え試験
という意味合いの方が強い。

結果が良好であれば、初期形の一部の老朽車体を入れ替える予定だったが、新型
電機の増備を優先する事となり、結果的にコレは実現しなかった。

当初高崎二区へ配置となったが、昭和46年、203.204.206が竜華区へ移動、昭和52
年には残りの2両も後を追い活躍を阪和紀勢線へ移す。阪和線内でEF58との重連や
紀勢線内での単独仕業などで活躍、結果的に最後まで稼働していたEF15のグループ
となった。

298 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 19:25:15.36 ID:7pcaP4V40
JR東海 373系トレイン373
種車が種車なだけに老朽化しつつあった117系トレイン117を置き換えるために登場
それぞれの改造内容は以下の通り
クモハ 種車のまま
サハ ドアを撤去し展望スペースにする他、座席を窓の方に向ける
クハ 種車のまま

すべて共通なのはラッピングが施される
予備編成を含めた2編成登場

299 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 19:52:34.01 ID:Sixrj3Q40
281系(史実とは異なる)
1977年、寝台特急瀬戸・あさかぜ1・2号を電車に置き換えるために投入した車両。
構造は183系+583系。
瀬戸・あさかぜの他、銀河やとき、あまぎに使われた。
一部車両は583系や直流型食パンこと121系(史実とは異なる)に改造されている。
分割民営化時に東日本旅客鉄道と西日本旅客鉄道に引き継がれたが、瀬戸の287系(史実の285系)への置き換え・あさかぜ3・2号の廃止・銀河の廃止に伴い、定期運用から離脱。
現在は団体用に僅かが残されているのみである。


キハ181系500番台
1976年、寝台特急出雲・紀伊・いなばを気動車に置き換えるために投入した車両。
構造はキハ181系+583系。
出雲・紀伊・いなばの他、やくもやはまかぜ、おきに使われた。
分割民営化時には西日本旅客鉄道に引き継がれた。
2006年の出雲の廃止により、定期運用から離脱。2007年3月までに全車両が廃車された。

300 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 20:09:47.59 ID:A5Wxkuo+0
相鉄11000系tvk深夜アニメラッピング車両

相鉄が地元tvkの1クール深夜アニメ限定で始めた
広告車両。
車体には、キャラクターと放映日時が書かれたラッピングが施されている。
さらに、ラッピングされているアニメの最終回放映日には
終電のかしわ台行きに当てられている。

余談だが、このラッピングの効果で日本全国からアニヲタが
毎日のように来るようになった。




301 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 20:52:17.40 ID:7pcaP4V40
JR貨物 EF81 300 城東貨物他運用対応化
大阪府が東日本大震災での被災がれきを受け入れること被災がれきは鉄道を利用して運ぶことを決定
ただ、富山区所属の機関車に余裕がなくなる可能性が出てきたため門司区のEF81 300の全4両のうち2両を改造した

城東貨物線の運用や梅田(貨)駅や安治川口(貨)駅に乗り入れる運用に優先して充てられる

302 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 20:57:05.99 ID:7pcaP4V40
>>301に追加
九州の各県でも受け入れるなら、機関車交換なしで済むように改造もされる

303 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 21:36:55.86 ID:OQabAj/OO
>>300に関連したもの
東武500・550・570系電車「スターゲイザー」
老朽化してサービス面が劣る300・350系の置き換え目的として作られた特急・貸し切り用電車。
500系はスペーシアに準じた室内を持ち、なおかつイルミネーション機能を持たせた。また案内はLCDを使用する。
エクステリアはそれまでの流線型から1991年に更新された300・350系以来のボックス型になり、貫通扉を装備する。

500系には3号車にビュッフェ「ラ・キスタ」(角川書店及び美水かがみ公認)が備えつけられており、売店では角川グループのキャラクターグッズ(イベントによって例外あり)も買える変わった軽食堂になっている。
また、100系「スペーシア」とは違いコンパートメントは無い。
550系は4両編成であるため、飲み物の自動販売機と公衆電話のみの設備になる。

570系は500系の地下鉄対応版で愛称も「メトロスターゲイザー」地下鉄半蔵門線の水天宮前駅まで走行するが、臨時で代々木上原駅や新木場駅まで走行する。ただし、輸送力確保と利便性のためビュッフェは売店になる。

東武600系電車
東武6050系置き換え目的として作られた近郊・貸し切り電車で、ワンマン化対応が施されている。車内は50090系「TJライナー」に準じた室内になっており、トイレもバリアフリーになった。
またエクステリアは増結を考え貫通扉を設けている。

304 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 22:07:16.36 ID:+Bmg63cT0
もし“オール二階建て超広軌総統列車”(ブライトスプールバーン=Breitspurbahn)が実現していれば

ナチス・ドイツは1930-40年代にこの計画を出した。軌間は3000mmとし、車両限界はやたらと大きくとった。

第1次
ドイツをはじめとするヨーロッパに路線網を建設。
機関車は、全て大型蒸気機関車とした。
客車の乗降ドアは手動式の内開きとし、当初は出入り口部分の階段を全て省略した。このため一部の駅には高床ホームが設置されたが、その他のホームには移動式の仮設タラップが多数置かれた。

第2次
路線がロシアのウラジオストクまでと、ロシアのシベリアから分かれて中央アジア経由でインドまで延びる。
トンネル区間では交流50kV商用周波数の架線式で電化され、電気機関車が登場。
客車もドアが自動引き戸に変更され、ドアの下に階段が搭載される。


305 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 22:10:07.65 ID:Sixrj3Q40
>>300>>303に対抗して
京阪電気鉄道8000系30番台「マリオカー」
阪急電鉄「京とれいん」に対抗して製作された。
内装は8000系リニューアル車に準じた物とされているが、所々にマリオキャラクターのイラストがペイントされている。
車内のテレビは残存し、任天堂関係のCMを流す。
8000系リニューアル車ではロングシートとなっている部分はモケットを茶色に変更。ゴール前のブロックをイメージしたと言う。
車内ではニンテンドーWi-Fiコネクションが使用可能。

306 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 22:15:43.04 ID:+Bmg63cT0
>>304続き

第3次
路線がヤクーツクまで延長される。
非電化区間にガスタービン機関車が投入される。

第4次
路線がベーリング海峡トンネルを越えてカナダおよびアメリカにまで到達。西はフランスのブレストまでと、オランダまで延長。

第5次
オランダ・ドイツ・ロシアは大部分が電化区間になる。ブラチスラバ―ブカレスト間がベオグラード経由からトンネル経由に変更。
両端動力車方式の電気列車が投入される。

第6次
低床式の車両が登場。

第7次
動力分散方式の電車列車も登場。


307 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 23:04:48.65 ID:h8X8o4GV0
関西本線が近鉄と競争をずっと繰り広げていたら

キロ42000
戦前、関西本線・参宮線での湊町〜名古屋・鳥羽快速に導入された。
キハ42000類似の車体に2ドアでトイレとゆったりしたボックスシートが設けられている。
戦時中はロングシートに改造されたが戦後再度ボックスシートに戻り、ディーゼルカーになって復活した快速に利用された。

キハ82関西本線 仕様
関西本線区に運転される特急用に導入。
短時間運転のため、食堂車の代わりにビュッフェ(キハシ80)を導入し、社内で赤福餅や八つ橋・伊勢うどんなどを販売した。
湊町〜名古屋の「まほろば」湊町〜鳥羽の「しんじゅ」京都〜鳥羽の「古都」に使用。
6両編成でキハシ・キロ各1両が基本。

キハ183 500番台 関西本線仕様
キハ82を置き換えるために民営化直前に登場。北海道のもの同様にキロ182に売店を備える。
基本編成6両(キロ1両)と付属編成3両(キロハ1両)とし、京都発着列車は付属編成として昼間1時間間隔の運転を実現した。
アーバンライナー登場時にキロ182に個室を2室設け、それ以外のグリーン車座席は2-1配列に改造された。

キサロハ182 関西本線仕様
余剰となったキサロハ182をJR北海道から購入して上記基本編成に導入した。
同車導入と電化区間で120km/h運転を行うため、動力車のエンジン出力を1エンジン250馬力から350馬力に強化した。
さらに京都発着列車を神戸・姫路に延長して近鉄・阪神・山陽直通に対抗している。
近鉄ビスタカーのお株を奪う同車の導入で再度競争が激化した。

308 :名無し野電車区:2012/03/06(火) 23:07:09.25 ID:h+5NXDwFO
>>300 >>303 >>305に対抗して
京成電鉄3000 3050形 タカラトミートレイン
葛飾区立石にあるタカラトミーのコラボレーションで登場したもの。
3000形は唯一1編成ある8両編成タイプで3050形と同一の車内装置に変更され、
いずれもタカラトミーの各種CMが流れる。
リカちゃんをはじめ各車両毎にタカラトミーの各種アイテムをコラボレーションした
車内にしている。
鉄道関係ではプラレールとトミーテックの鉄道コレクションが参加している。
(Nゲージのトミックスとしての参加はしていない)
東武鉄道30000系 BANDAIコラボレーショントレイン
同様に栃木県壬生町に工場があるBANDAIのコラボレーション車両。
唯一半直運用可能の10両編成1本と4両 6両編成各1本で6両は伊勢崎 日光線系統で
浅草にも入るが、4両編成は宇都宮線専用車となる。
10両編成タイプは50050系同様の液晶モニターが付けられた。
各種BANDAI製品をイメージした車内でとりわけ機動戦士ガンダムシリーズは半分を占める。

309 :名無し野電車区:2012/03/07(水) 01:33:40.18 ID:GfRTiQEJ0
>>300 >>303 >>305>>308に対抗して
相鉄12000系横浜・F・マリノストレイン
埼玉高速2000系浦和レッズトレイン

目黒線相互乗り入れに合わせて登場したラッピング電車。
相鉄はマリノスの選手、埼玉高速はレッズの選手のラッピングである。



310 :名無し野電車区:2012/03/07(水) 15:38:02.87 ID:GWXHUytN0
JR東海 315系0番台
設備の見劣りが出てきた311系と老朽化しつつあった211系5000番台を置き換えるために登場
編成は2連・4連・6連が登場
前面形状は313系の運転窓を上にずらし、ヘッドライトをその下に変更 テールライトがヘッドライトの下になる
JR東海初の0.5M車として登場する
運用は313系と共通

311 :名無し野電車区:2012/03/07(水) 16:20:00.79 ID:IhFgbSOz0
>>304,>>306
ブライトスプールバーン(Breitspurbahn)は、雰囲気的にはなぜか銀河鉄道を彷彿とさせる。


312 :名無し野電車区:2012/03/07(水) 16:32:02.98 ID:GWXHUytN0
>>310
運転しにくいと苦情が出たため途中製造分から普通の1M仕様になり、初期製造車も1Mに改造される

313 :名無し野電車区:2012/03/07(水) 17:47:28.09 ID:GWXHUytN0
JR西日本 103系オリックスバファローズラッピング 321系・223系阪神タイガースラッピング
ttp://www.westjr.co.jp/press/article/2012/03/page_1566.html
広島のカープ応援ラッピングを出すなら阪神タイガース・オリックスバファローズということで登場
ラッピング内容
103系 車体全部をオリックスカラーにし、ヘッドマークを取り付ける
321系・223系 戸袋部に阪神のマスコットキャラクターのステッカーを張るのみ

314 :名無し野電車区:2012/03/07(水) 17:52:15.77 ID:GWXHUytN0
>>313
コピペしてしまったなorz

315 :名無し野電車区:2012/03/07(水) 22:33:16.94 ID:kEHkovUz0
>>296

準急「日光」用161系
東武が5700系(近鉄6421系の狭軌版。KM型冷房装置搭載)・1700系(近鉄10000系ビスタカーの東武バージョン)・1720系(近鉄10100系新ビスタカーの東武バージョン)
と矢継ぎ早に日光特急に投入し、さすがに80系300番台「日光」も見る影もなくなってしまった。
そこで国鉄は起死回生を図る為に思い切って151系(勿論、クロ151組み込みで)の投入を決めるが、試運転の段階で上越特急の試運転と同じ様にトラブルが多発し、そのままでは投入不可という
結果になってしまった。ならば!ということで、上越特急(「とき」)と同じ161系を投入することとなり、「日光」用の新形式も作る事にした。
 クロ161:クロ151の161系バージョン。日光や那須へ避暑に行くセレブ層の為に連結。
 モハシ160:さすがに短距離特急に食堂車を組み込むのは採算が合わないのでビュッフェを組み込む事に。東海道特急の組み換えで捻出したモハシ150を改造。

準急に特急と同じ車両を使うのは贅沢だ!というクレームも多発したが、十河国鉄総裁は「ファックユー!」と言って突っぱね、計画を強行したのでした。
この破天荒な準急は昭和43年に急行になり、東北新幹線開業まで使われた。

316 :名無し野電車区:2012/03/08(木) 02:08:51.11 ID:o0s2pw8H0
>>309
東急は川崎フロンターレトレインか?

317 :名無し野電車区:2012/03/08(木) 03:02:20.36 ID:AJ7qH4FEO
>>>309
こういうのもあるぞ。
東武鉄道8000系 柏レイソル 大宮アルディージャトレイン
かねてより東武鉄道はJリーグ球団である柏レイソルと大宮アルディージャの
対戦は東武野田線沿線を結んでいることから「野田線ダービー」なる名前を
銘打ってゲームを行っており、8000系にレイソルとアルディージャのキャラクター塗装を
施した電車も投入されることになった。
最若番の8101Fには柏レイソルの黄色い塗装を対照的に最終車両の81118Fには
大宮アルディージャのオレンジ塗装を施した。
他の8000系と共通運用であるため、大宮塗装が柏や船橋に 柏塗装が船橋や大宮に
入ったり大宮塗装が運河で終わったり柏塗装が春日部行きとかのイレギュラー運用も
毎回起きている。
南栗橋車両所で行われた東武ファンフェスタで双方の車両が揃って展示された。
しかし直前になって350系と6050系に会津鉄道から来たAT500形に
アイスホッケーアジアリーグの日光アイスバックス塗装の電車が登場して
お株を奪われるとは思ってもみなかっただろう。

318 :名無し野電車区:2012/03/08(木) 18:19:20.00 ID:GSPDllCj0
相模鉄道9050系

6000系の置き換えを目的に1999年から投入された車両である。
特徴は、209系500番台と共通設計となったことである。一部を除いて、ほぼそのまま209系500番台の設備を導入した。
2編成が製造され、9000系と共通運用を行っている。
なお、9751×10は相鉄初の新塗装車である。

319 :名無し野電車区:2012/03/08(木) 19:41:52.26 ID:2HssHKCV0
南海 8100系
7000系 7100系を置き換えるために登場
8000系の仕様変更となっている
車内にモニターを設置
ライト類はLED主体になる
前面は12000系のアレンジとなる
この形式では2両編成も登場する

320 :名無し野電車区:2012/03/08(木) 20:09:18.00 ID:fo6ab9bn0
>>311>>304>>306の補足


321 :名無し野電車区:2012/03/09(金) 12:09:15.96 ID:UTczgyDA0
>>319
残念ながら8100台は8000系の和市方電動車で使用中。

322 :名無し野電車区:2012/03/09(金) 15:05:10.35 ID:QMXs/spB0
JR東日本701系2000番台

ようやく常磐北線原ノ町−岩沼間運行再開となり、
JR東日本ではこれを機に車両の再整理を図ることとなった。
復興を再度アピールし、バリヤフリー化を促進するため、仙台にE721系の大量増備を決定、
余剰となった701系は、一部を慢性的に車両不足となっていたIGR・青い森に譲渡したほか、
抵抗制御の415系1500番台を置き換えるべく、勝田車両センターに転属となった。
転属に当たって、高床ホーム対応のため、ドアステップ部分にかさ上げブロックを設置したほか、
比較的長編成で運用のため一部では運転台の撤去工事も行われた
(こちらは2100番台を名乗り、仙台時代から4連だったものと区別された)。
一連の機器更新も同時に施工されている。
なお、外された運転台機器は、新型牽引車クモヤE541に転用されている。

捻出された415系1500番代は、同型車を有するJR九州のほか、
北陸線3セク各社、JR西日本に譲渡された。

323 :名無し野電車区:2012/03/09(金) 15:08:42.90 ID:QMXs/spB0
JR東日本E533系

東北縦貫線開通後、常磐線中電を品川まで乗り入れのほか、
415系1500番台置き換えのうち、小山付近が直流である水戸線に対応するため、
E531系のアップデート版として、E233系での改良をフィードバックの上製造されたもの。
上記経緯により、付属編成のほうが多く製造された。
運用自体はE531系と分けられているが、併結運転は日常的に行われている。

324 :名無し野電車区:2012/03/09(金) 20:16:07.84 ID:FVwSEC7m0
京阪 京都競馬場ラッピング(戸袋部のみ)
使用車両は7200系と7000系のそれぞれ1編成で競馬PRのため1年間運転される
ターフィ―号が運転されるときは優先的に使用される
競馬好きのタレントを起用する予定

阪急 阪神競馬場ラッピング(戸袋部のみ)
使用車両は7000系2編成で京阪と同じく競馬PRのため1年間運転される
臨時急行に優先的に使われる
競馬好きのタレントを起用する予定

325 :名無し野電車区:2012/03/10(土) 13:20:16.05 ID:DNJzyrMxO
JR東日本E723系
水戸線は小山構内が直流である関係上小田林との間にセクションや
交直両用車が必要だったが、これを解消するため、東北線黒磯駅のように
小山駅に交流専用の独立ホームを設ける改良工事により、交流専用車の使用が可能となった。
この改良により勝田車両センターでは常磐線の交直両用車はE531系の上野口の中電のみとし、
これまで415系1500番台及びE501系で運転していた水戸線及び常磐線の交流区間のみの
普通列車を交流専用車への取り替えを図ることになった。
東日本大震災でいわき市内などで津波の被災を受けた車両や福島第一原発事故による
不通と沿線の放射能汚染により留置車両の一部は放棄せざるを得ない車両もあり、これらの
穴埋めを図りたい意向もあったものと思われる。
E723系はこれらの置き換えを図るために登場した交流専用車両である。
E721系と同一車体だが、ホームが高いために低床にする必要がなく、E531系と
同一となっている。
クモハE723-サハE723-モハE722-サハE722-クハE722の5両編成。加えて仙台より719系14本を投入する。
(これにはあかべぇ編成も含まれており、719系からE721系に変更。磐越西線への
E721系の使用が開始される)
701系としなかったのは当初予定していた日立〜いわき間のワンマン運転を
今後起こりゆる地震や原発に何かあった際の緊急避難での対応を考慮して運転を見送ったため。
捻出される415系1500番台は、今後継続使用を予定しているJR九州に10編成と
解体予備パーツ取りに4編成譲渡される。
阿武隈急行にも2編成譲渡される予定。
E501系はさらに5両編成に短縮されて羽越線に転用される。この際に村上〜鶴岡を
直流化することによりE127系等が村上以北へ使用可能となるため、村上までだった
普通列車は全てあつみ温泉まで延長して交直流間の普通列車をE501系による運転にすることにより
キハ40系を多数被災した石巻線等の救援に廻す。

326 :名無し野電車区:2012/03/10(土) 20:51:19.63 ID:xSrTKakW0
阪神1000系・9000系 京都市営地下鉄乗り入れ対応車
阪神三宮〜京都・国際会館の列車を運転するために改造
京都市営地下鉄車も改造される

近鉄 23200系
京都市営地下鉄と阪神・山陽線に乗り入れる特急車として製造される
編成は4連と2連
主な仕様は22600系や21020系等従来の特急車と同じ
従来の特急車と併結できる
前面は貫通構造
塗装も従来の流れを引き継いだ塗装になる
国際会館〜奈良・名古屋間の特急や山陽姫路・阪神三宮〜奈良間の特急として使われる

327 :名無し野電車区:2012/03/11(日) 10:25:19.57 ID:OkblhWXV0
>>249,>>325
JR東日本の基準では、E72x系が低床式交流車、E62x系がその他の交流車。

>>322,>>325
常磐線の土浦以北と水戸線に1100mmホームがあれば、920mmホームへの改築をするべきだろ。
E127系は直流車なので村上以北には入れない。E501系はホーム高さの都合上村上以北には入れない。
なのでE501系は直流化改造するべき。
仙台地区へのE721系の増備で捻出される719系14本は、5本を常磐線土浦―原ノ町間の運用へ、残りの9本は羽越線村上以北の運用へそれぞれ転属。
そのため701系の一部が常磐線に転属する。
415系1500番台は、1523までの編成がJR西日本の下関車両管理室へ、1524以降の編成は交流機器を降ろした上でJR西日本の和歌山車両区へそれぞれ転属。


328 :名無し野電車区:2012/03/11(日) 10:33:27.19 ID:OkblhWXV0
JR東日本のE653・E751・E657系電車とE26系客車、およびJR西日本の681・683・521系電車とキハ189系気動車は、出入り口へのステップ取り付け改造するべき。
常磐線以外の交流区間(JR在来線・第3セクター鉄道線)のホームは、高さを原則760mmにするべき。


329 :名無し野電車区:2012/03/11(日) 10:47:18.17 ID:OkblhWXV0
サハシ165-100番台・サハシ169-100番台

1975年ごろ、165・169系のビュッフェ車のうち、サハシ153から改造されたサハシ165-50番台およびサハシ169-0番台が老朽化したため、
それを置き換えるべくサハシ451およびサハシ455から改造された。
サハシ165-100番台はサハシ451から、サハシ169はサハシ455からそれぞれ改造。
改造時にドアステップの埋め込みと、塗色の湘南色化が行われた。


330 :名無し野電車区:2012/03/11(日) 13:15:28.63 ID:NEI1ep+Q0
717系100番台
平成2年、仙台地区に投入された交流式近郊形電車。
老朽化した483系電車の部品を流用した為、451系流用の0番台と区別されている。
MT54を使用しており、また抑即ブレーキを装備しており、455系との併結もできる。
MT46を使用している0番台とは走行音も異なる。
車内は717系0番台と同じく扉間がボックス型クロスシート、車端部がロングシートとなっている。
3両1ユニットの5編成15両が改造され、仙台電車区に配置された。

331 :名無し野電車区:2012/03/11(日) 14:20:56.60 ID:vUHvzNqoO
近鉄36000系
難波・京都〜吉野間の特急用として登場した。
実用としては国内初の軌間可変電車。
開発は鉄道総研、近畿車輛、近鉄の3社合同で行われた。
車体、内装は22500系をベースとした汎用特急タイプだが、塗色は独自のものとなっており、ロゴマークも新たなデザインが設けられた。

橿原神宮前の軌間変換設備が完成したと同時に2両編成の先行試作車が登場。
1年間の試運転の末、量産車として4両編成2本と中間車2両が登場している。

本形式は基本的に京都〜吉野、難波〜吉野間の特急として運用されているが、
名古屋〜吉野、阿部野橋〜天理、阿部野橋〜賢島といった
特性を活かした臨時運用にもよく使われている。
また、検査入場や臨時で予備車が確保出来ない時は、
従来通り吉野連絡の特急列車が運行される。

332 :名無し野電車区:2012/03/11(日) 20:29:02.42 ID:DDAguBKf0
JR西日本 トワイライト車のJT化
北海道新幹線工事で運用を一旦終えたトワイライトエクスプレス
廃車にするのはもったいないと思いJT化することを決めた
3編成のうち1編成はブルートレイン塗装に、別の1編成はオリエント急行を意識した塗装に、別の1編成はそのままの塗装になる
それぞれで内装が異なる

333 :名無し野電車区:2012/03/11(日) 20:40:05.34 ID:4vOSi4ho0
>>332
トワイライト自体が既に臨時運行のJTなわけだが


334 :名無し野電車区:2012/03/11(日) 22:28:12.52 ID:3wRuSXyz0
JR西日本289系1000番台
特急「やくも」に投入された後に特急「こうのとり」などで運用されている381系を完全に置き換えるための新型車両。
制御振り子車両である。

335 :名無し野電車区:2012/03/11(日) 23:31:11.84 ID:gPYnJtXo0
211系2000番台JR東海仕様
国鉄が静岡運転所に配置した211系2000番台。
5両編成で、東京乗り入れ用に使用される。
JR東海に承継されたが、床下機器が灰色であることと優先座席のステッカーが異なることですぐJR東海車と識別できる。
後年313系に合わせてドアチャイムが追設された。
列車番号表示機は東日本車に合わせてマグサイン式に交換されており、ATS-Pを装備する。
しかし近年東京乗り入れ運用が徐々に減少していることから順次神領車両区への転属が進められており(このとき列車番号表示機は撤去、ATS-PはATS-PTに交換)、2012年3月改正で全編成の転属が完了する見通しである。
神領所属車は加速度が1.7km/h/sと低いため専ら中央本線で運用され、ラッシュ時には2本連結した10両編成で、閑散時は単独の5両編成や5000番台3連と組んだ8両編成で運転される。

336 :名無し野電車区:2012/03/12(月) 01:10:36.73 ID:5vMQ55/x0
>>246続き
E721系5000番台
E721系の1435mm軌間バージョン。
床面高さは950mmである。

E621系5000番台
E721系5000番台の非低床バージョンで出入り口はステップ付き。
床面高さは1140mmでステップ高さは950mmである。
E721系を基準にすれば1435mm軌間仕様の非低床バージョンに当たる。


337 :名無し野電車区:2012/03/12(月) 01:17:11.32 ID:5vMQ55/x0
>>331
大阪線河内国分から阿部野橋方面への新線でも建設するつもりか。


338 :名無し野電車区:2012/03/12(月) 01:22:32.84 ID:qeIZwbYHO
N野電鉄5100形

しЯ韜晦から購入したE田線の両運転台車を改装。
クリームと赤リンゴ色のツートンで山線用として活躍。

339 :名無し野電車区:2012/03/12(月) 01:33:33.06 ID:CmxX+qV60
西武531系
池袋線・新宿線での行楽急行運転用に501系(2代目)をベースにして1958年4両編成3本が導入。
足回りや正面デザインは501系と同じだが、両端に寄った2ドア仕様となり固定窓となった。
車内は全席転換クロスシート、また冷房を装備し、ドア間は固定窓としている。
5000系登場により大井川鉄道と秩父鉄道に譲渡された。

340 :名無し野電車区:2012/03/12(月) 21:14:53.98 ID:kNvTATfl0
JR東日本 山手線 カゴメ野菜1日これ一本AKBラッピング
E231系5編成にカゴメの野菜1日これ1本のラッピングをする
1編成あたり6種類の野菜ラッピングが施される
5編成30種類となる

JR東日本 山手線ぷっちょラッピング
E231系1編成にぷっちょのラッピングをする

341 :名無し野電車区:2012/03/13(火) 10:10:26.20 ID:Sq4CKUuZ0
JR西日本 片町線松井山手〜同志社前複線化
松井山手〜同志社前間を複線化し本数増大を図る

JR西日本 321系1000番台
片町線松井山手〜同志社前間の複線化によって車両運用に変化が出るためと、205系運用を置き換えるために登場
207系使用の直通快速を置き換えるためにも登場
編成は7両編成(321系0番台と同じ6M1T)
快速系統の運用にも対応した車内モニターになる
パンタは2パンタシングルアーム
前面形状は321系のまま

342 :名無し野電車区:2012/03/13(火) 12:11:06.96 ID:adHlMv0d0
HB320 只見線・磐越西線旧型気動車置き換え用に36両投入 キハ110 、キハE120と併結可能

343 :名無し野電車区:2012/03/13(火) 19:33:10.30 ID:Sq4CKUuZ0
JR東海 313系6000番台
313系初の5連車として登場
主な仕様は在来の313系と同じ
車内はセミクロスシート
JR東海 313系6500番台
313系初の7連車として登場
主な仕様は在来の313系と同じ
車内はロングシート

344 :名無し野電車区:2012/03/16(金) 16:35:57.85 ID:nZTRI7VI0
JR北海道 DD51 トワイライト色・カシオペア色
トワイライトとカシオペアに合わせた塗装を行う
塗装に関しては、トワイライト色はEF81トワ釜と同じような感じに、カシオペア色はEF81カシ釜と同じ
それぞれ3本登場
運がよかったら
星釜+カシ釜や星釜+トワ釜やカシ釜+トワ釜けん引の北斗星・カシオペア・トワイライトエクスプレスが見れることがある

345 :名無し野電車区:2012/03/16(金) 23:28:50.92 ID:509AUc3W0
阪神9000系2次車
阪神電鉄が製造した9000系の2次車。
9300系は武庫川車両製造で製造されていたが、武庫川車両製造が解散したためやむなく川崎重工業で製造することとなり、9000系が再び製造された。
インバータ装置が9300系と同じIGBTに変更された。

346 :名無し野電車区:2012/03/16(金) 23:45:42.73 ID:MDSHxh1d0
阪神2000系(2代目)
直通運用の柔軟化のため阪神側でも21m車輌を持つこととなり、
近鉄のシリーズ21をベースに正面デザインのみ1000系に準じた形とした。
LCカーの6+4両編成である。
基本阪神線内と近鉄奈良線区の運転に使用されるが将来の山陽電鉄直通や大阪線区乗り入れも念頭に置いて同線で試運転を実施している。

347 :名無し野電車区:2012/03/17(土) 13:50:54.05 ID:Af+0VMRg0
東海旅客鉄道375系
東京地下鉄千代田線乗り入れ『メトロあさぎり』が御殿場〜北千住・新木場間に新設されたため
基本設計は小田急電鉄60000形MSE車をベースとして6両1本+4両1本が造られた。
MSE車との相違点は車体塗装がJR東海仕様のものであること。
駆動装置がTD駆動であることや内装が新幹線N700系と同じであることである。

348 :anorak?:2012/03/17(土) 18:48:15.49 ID:a1zDsJe20
>>65-66 >>271に続く平行世界もの
◎国鉄/JR四国本四淡路線
○明石海峡と鳴門海峡は海底区間が10q未満の海底トンネルで結ぶことが一応可能だから、
1960年代半ば、神戸市鷹取から明石海峡付近、淡路島、鳴門海峡付近を経由して四国鳴門へ至る本四淡路線が着工された。
経路は、現在の地名と駅名で、山陽本線鷹取駅(旧鷹取操車場、須磨海浜公園駅地下)、名谷、山陽線塩屋駅、
明石海峡大阪湾側の明石海峡トンネル海底部、淡路島岩屋鵜ア、大磯、津名、洲本、福良、押登岬、
鳴門海峡紀伊水道側の鳴門海峡トンネル海底部、四国鳴門市里浦町里浦大磯崎、鳴門線鳴門。
両海峡の最狭部は海釜(かいふ)と呼ばれる水深が深い海底渓谷となっている為、海峡最狭部上に設置出来る本四架橋―
明石海峡大橋と大鳴門橋―とは異なり、それを避けて水深が浅く平坦な海底を選びトンネルを建設したので、
明石海峡トンネルと鳴門海峡トンネルは対応する本四架橋とは離れている所にあり、
それでも関門トンネルに比べ水深が深い等地形上の制約で両トンネルは最大40‰の急勾配が連続する線形上の難所に
なってしまった。
これにより粘着性能が高い動力車が要求されることから、本四淡路線は、鳴門線と高徳線池谷・徳島区間と共に、
当時の技術水準及び費用対効果の観点から交流20KV60Hzで電化。
直流電化の山陽線との接続駅となる旧鷹取操車場前手前に交直デッドセクション。
本四淡路線は湖西線並の高規格だが、想定需給面からの費用対効果上、両海峡トンネル以外は単線。
1980年に本四淡路線が開業し、当路線による神戸・徳島ルートで本州と四国は鉄路で直結されたが、
当ルートの大部分は単線な上に、国鉄の財政状況の悪化の影響で鳴門から先の鳴門線、高徳線、徳島線の改良は手付かず、
軌道は脆弱のままで、高徳線池谷以西と徳島線は非電化のままなので、本四連絡における宇高連絡船の重要性は
大きく低下することはなかった。
折に触れて、この本四淡路線による神戸・徳島ルートを舞台とする鉄道車両を紹介したい。

349 :anorak?:2012/03/17(土) 19:04:56.85 ID:a1zDsJe20
>>348に続く平行世界もの
◎国鉄ED80形交直流電気機関車
1979-80年 交流電化区間用と直流用それぞれの専用制御装置を搭載
>>348に示す本四淡路線(鷹取・鳴門間)の明石海峡トンネルと鳴門海峡トンネルは
地形上の制約により最大40‰の急勾配が連続する線形上の難所になってしまった。
これにより粘着性能が高い動力車が要求されることから、本四淡路線は、鳴門線と高徳線池谷・徳島区間と共に、
交流20KV60Hzで電化。直流電化の山陽線との接続駅となる鷹取操車場前手前に交直デッドセクション。
塩害対策。鳴門線以遠は軌道が脆弱のまま。
以上の条件を克服すべき後述の仕様となる電気機関車としてED80が新造投入された。
ED80は、板谷峠のED78交流機を土台に、操車場や駅構内などのわずかな距離の直流電化区間に乗り入れ、
着回しや入替えなどの構内走行のみで足り、本線走行はせず、最低限の直流区間走行能力を具備したものである。
つまり、急勾配専用機としてのサイリスタ位相制御と回生ブレーキ装備の交流電機に、抵抗器等の最低限の直流区間
直通用制御機器を追加し、交流と直流各々専用のものを搭載。
交流区間の運転性能―例えば最高100km/h等―に比べ直流区間での運転性能は構内走行―最高45km/h等―に特化し、
本線走行はできず、交流電化区間と直流区間では性能が異なる。
従来の直流抵抗制御の交直流機では急勾配路線での交流電化の最大の利点が薄れる。
脆弱な軌道区間走行用に、軸重軽減の為の中間台車を有し、軸配置がB-2-B。
塩害対策として車体は、関門用のEF81形300番台と同様のスキンステンレスで、重連運用の為に運転台に貫通路。
重連総括制御も。広域転配を想定しEF81と同じ三電源対応。
四国の一般型客車の暖房は蒸気だが、本四淡路線経由の鷹取・徳島間の50系客車は電暖となり、本形式はEGを搭載。
本四淡路線開業後、当ルートにおける貨物列車と旅客の牽引に就役し、特に、鷹取・徳島間の50系客車編成の普通列車の
運用が多かった。87年4月の国鉄分割民営化で、ED80はJR四国とJR貨物に承継。本四淡路線はJR四国。
2000年代に当ルートは完全電車化され、JR四国在籍車はJR貨物に譲渡された。
その後、全機、不要になったEGは外され、抵抗器の増設など直流区間の走行性能を強化する改造が施工され、
他所に異動した。

350 :名無し野電車区:2012/03/18(日) 00:05:32.21 ID:LZ4ipp0/0
>>347
補足。
なお主電動機はPMSMを採用。
座席は371系団体専用化改造に伴い捻出されたものを改造し使用している。

351 :名無し野電車区:2012/03/18(日) 13:00:26.79 ID:yZGTIGX90
>>201
あんた何者だw

どうせなら防衛省私有貨車にしてしまえっ!w

352 :名無し野電車区:2012/03/18(日) 14:09:19.70 ID:OQYK0rUa0
JR西日本 225系0番台2次車
福知山線への225系0番台6000番台化による網干ヘの穴埋め増備車
編成は8連・6連・4連
主な仕様は1次車と同じだが、室内灯をLEDにし、トイレもエコロジータイプになる

JR西日本 225系1000番台
平日新快速で京都〜姫路間12連化と土曜・休日・祝日快速の10連〜12連化に伴う増備車
編成は0番台と同じ
前面ライトの形状が変更され、ヘッドライトとテールライトが逆の位置に変更される
前面に新開発の転落防止用のステップを設置する
221系と併結する運用があるため7000番台化される編成も登場

353 :名無し野電車区:2012/03/18(日) 15:30:04.08 ID:TlpreNbf0
キハ65形1000番台
国鉄が製造したキハ65の北海道バージョン。
側窓が二重窓に、ドアが引き戸に変更されている。
台車はドアを引き戸に変更したためにDT39/TR218を採用できず、やむなくキハ60用のDT25/TR61を踏面ブレーキに変更したDT25B/TR61Bを採用している。
北海道用の急行型では珍しく冷房装置を搭載している。

354 :anorak?:2012/03/18(日) 16:20:50.76 ID:WkdTZsNS0
>>348-349に続く平行世界もの
◎国鉄487系交直流特急形電車
1979-86年 セミステンレス
○>348に示す本四淡路線(鷹取・鳴門間)の明石海峡トンネルと鳴門海峡トンネルは地形上の制約により
最大40‰の急勾配が連続し、鳴門線と高徳線池谷・徳島区間と共に交流20KV60Hzで電化。
1980年の本四淡路線経由の神戸・徳島ルートの開業に伴い新大阪・徳島間に電車特急が運行開始。
これ用にと後述の固有仕様で以て新造投入されたのが487系である。
最初の79-80年製造の0番台と86年の100番台が存在。
走行システムは485系を基礎にしつつ、急勾配が連続し湿潤な海底トンネルかつ路線の大半は単線との走行条件から
従来の485系に比べ空転防止等の粘着性能の向上及び高い加減速度を要求されるので、
地下鉄直通用の103系1000/1200番台で採用されているバーニア抵抗制御(超多段抵抗制御)を本系列でも採用し、
歯車比は従来の急行形と同じとした。
それでも主電動機の負荷の許容範囲を拡大した新設計により定格速度及び設計速度は485系と同じ。
広域転配を想定し三電源対応。
車体の意匠は、485系1000番台をほぼ踏襲するが、普通列車への間合い運用を想定して183系と同様の二扉で、
塩害対策として車体外板をステンレス鋼にしたセミステンレス車両に。
セミステンレス車の欠点の一つである異種金属接触による電触対策は当時の最良の技術で十分に施された。
当時の技術を反映して車体はコルゲートが目立ち、塗装は省略。
先頭車の前面には増結用の貫通路、後年のクハ480やクモハ381と同様に観音扉は省略され、貫通路はむき出し。
車種は、モハ487/486(M/M')、クハ/クロ487(Tc/Ts)。M'にパンタグラフ。
基本編成は、TcMM'MM'Ts。繁忙期には基本編成に予備車を増結。
86年に翌87年春に本四淡路線を継承するJR四国の経営強化を目的に京阪神・徳島特急増発用に100番台が新造された。
以下の点で0番台から仕様が大きく変更。
オールステンレス製、ボルスタレス台車、車体の意匠が同期のキハ185系やキハ183系500番台に類似、
クモハ487/クロハ487(Mc/Thsc)によるMcM'Ths。
本系列は0番台がJR四国とJR西日本に承継、100番台が四国だけ。
90年代に神戸淡路鳴門自動車道全線開通対策として界磁添加励磁制御への改造等の更新工事施工で速度向上等競争力強化。

355 :名無し野電車区:2012/03/18(日) 16:25:31.17 ID:Ovzgj6In0
>>354
電機子チョッパ制御という可能性は?


356 :anorak?:2012/03/18(日) 17:10:07.94 ID:WkdTZsNS0
>>355
仰るとおり、当時の国鉄が黒字だったら、その可能性は大きいでしょう。

同時期のフランスの交直流電機(TGV-SEの両端の動力車も)みたいに、
交流電化区間ではサイリスタ位相制御として機能し、かつ直流電化区間では電機子チョッパ制御として機能できる
統合した制御装置を、新規に設計して、採用していたでしょう。

国鉄が解体に追い込まれる程の大赤字に陥らなければ、営団地下鉄みたいに、新技術は積極的に投入されていたでしょう。

357 :名無し野電車区:2012/03/19(月) 01:26:36.40 ID:BpynA5zw0 ?2BP(1004)
>>354
クハ/クロの先頭形状は?
ステンレスを利用したことによってある程度制限されると思うのですが

358 :名無し野電車区:2012/03/19(月) 20:04:07.13 ID:8fBsR/YhO
>>347に続くもの
東京地下鉄(東京メトロ)26000系
小田急特急ロマンスカー60000形MSEの東京地下鉄型である。
10000形と20000形の取り替えに関わる製造で当初小田急で製造予定だった
60000形6両編成のみ2本を50000形VSEにオーダーチェンジをしたものの、
車体が完成状態であったことから乗り入れ先の東京メトロに肩代わりする形で
製造が継続された。これにより東京メトロ初の特急電車が登場することになる。
当初6両の予定だった編成は10両編成となったが、小田急の6+4両に対して
東京メトロは分割を前提としない10両貫通となっている。
塗装は60000形と同じだが、帯色は千代田線の緑帯となる。
切り離しが出来ないために箱根湯本までは運転できず、小田原行きの
「メトロさがみ」と小田原行き及び唐木田行きの「メトロホームウエイ」が主体だが
間合いで小田急内封じ込めの「さがみ」にも充当される関係で、東京メトロの
ロマンスカーが新宿駅にも顔を出す。
3編成のみのため、検査時は小田急60000形又はJR東海375系(>>347)が代走する。
なお東京メトロ綾瀬工場には特急列車用の汚水処理 施設などがないために
検査等は小田急大野車両工場で委託する。

359 :名無し野電車区:2012/03/19(月) 22:19:43.87 ID:UqFUOnm80
小田急3100形ステンレス仕様
東急車輛がオールステンレスの特急車両開発計画を出したのに小田急が乗ったもので国内初のオールステンレス特急車となった。
足回りは他の3100形と同等だが、車体はオールステンレス・無塗装で腰版などが角張っている。
現在は東急車輛に保存されている。

360 :anorak?:2012/03/20(火) 20:01:25.96 ID:2TfBgWzl0
>>357 どうも

>>354の487系0番台のクハとクロの先頭形状は、

これに↓類似致します、イメージとして、モデルとして、
http://en.wikipedia.org/wiki/File:2kwood.jpg
http://en.wikipedia.org/wiki/2000_class_railcar

ただ、そこまで角張らず、すこし丸みを。
何せ、かなり昔に、こんなもん↓が実現しているから、
http://en.wikipedia.org/wiki/File:California-Zephyr-MaricopaAZ.JPG
http://en.wikipedia.org/wiki/File:California_Zephyr_Moffat_Tunnel.JPG

結局、クハ480の外板をそのままステンレスにしたものですが。


361 :名無し野電車区:2012/03/20(火) 23:19:57.84 ID:xzVL9x760
>>353
暖房方式がキハ66のように4VKから電力を供給する電気暖房である

362 :名無し野電車区:2012/03/20(火) 23:39:51.90 ID:Ksrdh16k0
>>360
下は近鉄初代ビスタカーがステンレスで作られたなら、的なウソ電にも使えるw


363 :名無し野電車区:2012/03/21(水) 00:23:21.99 ID:1x2b5jTV0
>>360
>>362
ツーか初代ビスタカーの元ネタじゃないかw

364 :名無し野電車区:2012/03/21(水) 12:58:57.05 ID:yKHNO0KPO
東京地下鉄(東京メトロ)25000系
小田急電鉄が千代田線直通の特急ロマンスカーがある程度の実績を得たことから、
東京地下鉄は東西線へのJR線直通特急列車の運転の構想を計画して登場した特急車両。
計画ルートは2案用意された。
1 高尾・三鷹〜中野〜大手町〜東陽町〜浦安〜西船橋〜千葉〜成田空港
2 西船橋〜浦安〜東陽町〜大手町〜高田馬場〜三鷹〜八王子〜大月〜甲府
1案はJRが早朝運転している高尾発の成田エクスプレスを中野から東西線経由
で大手町などを経由するものだが、
新宿 渋谷 東京などが素通りになる(新宿は高田馬場 東京は大手町が代替になるが)
東京駅で横浜からの列車の連結が出来ない
総武快速線へ船橋付近で入れる為の分岐器を追加敷設が必要で、付けれないと
津田沼または千葉まで緩行線を通る必要ある
などががあって問題が多く、成田空港行きは当面の課題とし、中野から
中央快速線に入れる2案の中央本線方面でまず計画された。

365 :名無し野電車区:2012/03/21(水) 13:15:17.25 ID:yKHNO0KPO
>>364続き
車両は東京メトロが最近発注実績の多い日立製で、JR東日本E259系を基本とした
もので編成は9両。E257系あずさ かいじと同じだがグリーン車はない。
自由席はかいじに準じた配置で後3〜4両。
「メトロかいじ」西船橋(津田沼)〜甲府
「メトロ中央ライナー」津田沼〜高尾 大月
「メトロ青梅ライナー」津田沼〜青梅
に投入される。
当初松本行き「メトロあずさ」も挙がったが、今回は甲府行きのかいじに止めて
松本行きは成田空港行き共々今後の検討事項としている。
通常東西線直通の津田沼行きは朝と夕方のみだが、これは特急のため日中も津田沼に直通する。
特急列車の東京メトロ東西線内停車駅は浦安 東陽町 門前仲町〜大手町までは各駅 飯田橋 高田馬場で
高田馬場からは中野には止まらずにかいじの停車駅である三鷹まで一気にいく。

366 :名無し野電車区:2012/03/21(水) 14:11:04.05 ID:bi76ESJh0
キハ33形0番台
JR西日本でオハフ50を改造して作ったPDC。
トイレと乗務員室扉がある。

キハ39
JR西日本で50系客車を改造して作ったキハ33の片運転台バージョン。
オハフ50が種車の0番台とオハ50が種車の1000番台がある。

367 :名無し野電車区:2012/03/21(水) 15:25:53.91 ID:ueqrcyHO0
72系1000番台
武蔵野開業時に投入された72系のA基準対応改造車。
種車は極力近代化改造車を選定したが、一部例外もあったりする。
塗装は当初ぶどう色で、西船橋延長時に入った101系1000番台に交わって朱になったものの
103系に追われる格好で昭和57年に全廃となった。
その後東芝府中工場にクハ79が保管されていたがここでもクハ103に追われた。
定期の旅客電車にも関わらずクモニ83をぶら下げて走ったこともあるらしい。

368 :名無し野電車区:2012/03/21(水) 18:16:52.12 ID:bOehwxBd0
>>216
117系は廃車だろ。
なので次の車両を提案する。

221系3800番台
モハ220およびサハ220を切妻先頭車化改造。
通常2両編成で運用する。
改造時に車端部のロングシート化改造も行われる。


369 :名無し野電車区:2012/03/21(水) 18:31:45.75 ID:hpEPADJ30
>>368
勿論、新設された前面は(ry

370 :名無し野電車区:2012/03/21(水) 21:54:55.45 ID:YpMbiFZu0
クモハ105形(両運転台改造車)

小野田線内の運用のため、後位側に運転台(貫通型)を増設したもの。
走行性能に差異はない。

371 :名無し野電車区:2012/03/22(木) 01:31:26.62 ID:XibNcnBX0
>>368>>369
インド高速鉄道500系3800番代
インドの高速鉄道を安価に建設するためJR西日本から余った500系を購入した。
なぜ3800番代を名乗ったのかは不明である。
なお中間車を大量購入したため足りない先頭車はJR西日本で改造の上譲渡されている。
前面形状は(ry

372 :名無し野電車区:2012/03/22(木) 11:59:27.36 ID:6pZvf5lM0
国鉄時代に4連の中間車に運転台設置改造を行っていなかったら…
JR西日本 105系3800番台
105系4連1本を2連2本にするために改造
両端の運転台付き車同士で2連を組み(原番号)
中間の元サハ+モハで2連を組む(3800番台)
前面形状は(ry


373 :名無し野電車区:2012/03/22(木) 12:08:02.55 ID:gZ7BLnhiO
JR九州811系リニューアル車

登場から20年を経過したため201*年度より順次施工。
車体を真っ白に塗装し「CT811」のロゴを取り付ける。
車内は、817系2000番台や3000番台をベースにオールロングに改装。なお、座布団はやや厚めの物に変更し座り心地を改善。
ドアチャイムやLED案内装置を設置し、車椅子対応の大型トイレを設置(一部の中間車のトイレは撤去)するなどバリアフリーの強化が図られる。
足回りについては予算の都合で従来のままである。

このリニューアル改造により基本的に昼間の運用は快速は813系(一部817系)の6両、普通は811系の4両に統一される。

374 :名無し野電車区:2012/03/22(木) 14:32:26.47 ID:HHKt/jBc0
カヤ25
国鉄が開発したカニ24ベースの原子力電源車。
車内に小型原子炉を搭載している。

375 :名無し野電車区:2012/03/22(木) 16:24:52.84 ID:Ug7Jr9tS0
>>374
急行だいせんに使われていたが尼崎駅手前でry


376 :名無し野電車区:2012/03/22(木) 17:39:13.14 ID:O/iW0T0v0
>>371
インド高速鉄道ではなくベトナム高速鉄道だろ。
インドだと低床ホーム用のステップ取り付けとパンタグラフのシングルアーム化に加えて1676mm軌間化し、なおかつ交流機器を50&60Hz両対応にしなければならないが、
ベトナムなら1435mm軌間かつ60Hz用のままでよい。

>>354
JR四国承継車も後にJR西日本に譲渡された。


377 :名無し野電車区:2012/03/22(木) 17:41:28.38 ID:O/iW0T0v0
781系1000番台
国鉄が1986年から製造した781系のマイナーチェンジ版。
車体がオールステンレス製になり、キハ183系500番台気動車やキハ185系気動車と同様のスタイルになった。車体長は21.3mで出入り口はステップ付きだが、片開き式の引き戸が片側に2か所となっている。
主電動機はMT61系に変更された。
形式は、クモハ781-1000、モハ781-1000、モハ780-1000、クハ780-1000、サハ780-1000、サロ780-1000、サシ781-1000。


378 :名無し野電車区:2012/03/22(木) 17:42:37.16 ID:O/iW0T0v0
国鉄487系電車
781系1000番台と同時期に国鉄が製造したオールステンレス車体・電機子チョッパ制御方式の交直両用電車。
車体長は21.3mで出入り口はステップ付きだが、781系1000番台と同様出入り口は片開き式の引き戸が片側に2か所となっている。
歯数比は1:4.21に変更され、主電動機はMT61系に変更された。
形式は、クモハ487、モハ487、モハ486、クハ486、サハ486、サロ486、サシ487。
1989年以降の増備車は、制御方式が界磁添加励磁制御に変更された。


379 :嵩将:2012/03/22(木) 17:50:02.81 ID:dp8UO1xH0
377
食堂車入っているよ。

380 :名無し野電車区:2012/03/22(木) 18:04:34.84 ID:O/iW0T0v0
>>371
新幹線N700系 1676mm軌間仕様車
N700系新幹線をベースに、1676mm軌間仕様にし、出入り口には低床ホーム用のステップを装備。
50Hzと60Hzの両対応になっている。
インド高速鉄道(インド・パキスタンなど)と北米高速鉄道(米国・カナダ)に投入。


381 :名無し野電車区:2012/03/23(金) 05:43:03.60 ID:+UltcET30
JR東海 313系5900番台
JR東海が東海道本線名古屋地区用の利用者増加に伴い、試作。
編成は6連と2連で、座席以外の仕様は313系5000番台と変わらない。
車内は、増結したり2階建てにしたりすることなく定員を増加させるため、
LCCでの導入が検討されている「立ち乗り席」をベースとした新設計の転換クロスシートとなっている。
なお、この「立ち乗り」転換クロスシートは、車掌のスイッチ操作による一括転換式で、
乗客による座席の転換はできない。

382 :名無し野電車区:2012/03/23(金) 08:03:27.18 ID:fqBJ85TtO
銚子電鉄デハ3000形
元伊予鉄道600形(元京王2010系)であるデハ2000形投入で近代化が図られた
銚子電鉄であるが、その前に投入された元営団地下鉄2000系改造の1000形2両の
老朽化が進んだことや構造上冷房の搭載が困難でこの車両のために冷房化率100%ではなかった。
そこでこの2両の取り替えを図るべく購入したのが同じ元京王でもそれよりも
若い5000系であった。
折しも富士急行が元JR東日本205系改造の6000系の導入が開始され、置き換えが
1000系であることから、同じ京王車両を使用している銚子電鉄が富士急より
1000系を部品取り用含めて2編成を譲渡されることになった。
(5000系も挙がったものの、20m車で全てのホームに入らないため18mの1000系が選ばれた)
1206-1306が3000形として営業用に、1207-1307は部品取りとして解体して購入した。
1206-1306は元々フジサン特急の登場前には特急で使われており、冷房装置が
富士登山電車(1205-1305)と同じ点が決め手となった。
銚子電鉄ではデハ3001形-クハ3501形となる。
元々特急で使われており、座席は転換クロスシートであるが銚子電鉄でも
ロングシートにはせずにそのままの座席で使用する。
当初富士急と同じ塗装で運転していたが京王当時の塗装を求める声が多く、
後に京王当時の塗装となり、赤ヒゲも再現された。
先のデハ2000形にはやはり京王当時のグリーン塗装があることから1970年代の
京王が銚子電鉄で実現する。
これにより銚子電鉄は営業車両における冷房化率100%化を達成する。
捻出される1000系は熊本電鉄に譲渡されて元東急5000系を取り替えてしまうのでは
と言う説が流れたが、1両は部品取りで廃車されてもう1両はユ600形に代わる
簡易トロッコ電車に改造する。

383 :名無し野電車区:2012/03/24(土) 10:25:41.54 ID:p2PGREJjO
大井川鐵道5000系
急速に老朽化が進んだ元南海車を取り替えるため、大鐵は元205系の6000系の
取り替えを進める富士急から5000系を譲渡したもの。
ワンマン化以外は外装や内装は変えずにそのまま使うため、1編成は富士急当時の塗装を
もう1編成のトーマスアイランド号もそのままで使用する。
富士急は1000分の50と言う急勾配があり、抑速ブレーキ等が付いているために
それが大鐵譲渡の決め手となった。
また労せず大鐵は初めての昭和50年代製(富士急5000系は昭和53年製)の
車両の入手に成功する。(それまでは元京阪3000系の昭和44年製)
2012年8月に新金谷に搬入される予定。但しMGや主電動機等走行系をJR東海から
購入する119系の廃車発生品で近代化した上で使用開始する。
なお元トーマスアイランド号はいわゆるSL急行連絡用列車であるSLシャトル号用
として金谷〜新金谷のみで使われる予定。

384 :名無し野電車区:2012/03/24(土) 13:15:31.28 ID:boYOEnxx0
大井川鐵道6000系
老朽化した元南海車を置き換えるため予備車確保に南海で余剰となっている10000系サザンを譲り受けたもの
まずは2両1編成登場する
改造内容は、引き戸化改造 ワンマン化 台車交換 公衆電話撤去と自動販売機設置 勾配対応化
当初の塗装は南海サザン新塗装だったが、後々にサザン旧塗装に変更される

385 :名無し野電車区:2012/03/24(土) 13:36:29.60 ID:boYOEnxx0
大阪市営地下鉄御堂筋線・JR西日本大阪環状線 AKBカフェ・ショップラッピング車
4月4日にオープンするAKBカフェ・ショップをPRするためにラッピングを行う

386 :名無し野電車区:2012/03/24(土) 14:49:28.25 ID:tvsNKeR40
国鉄 北海道総局 783系交流専用特急電車

昭和54年に781系が登場したが、来るべき千歳線・室蘭本線電化に投入する普通電車用車輛を
効率的に増備するため、185系と同様に「普通列車から特急電車まで使用できるものを」という
本社からの要求により登場した車輛

711系の足回りを流用し、車体は185系の貫通型みたいなものになった
当然、711系との併結を考慮したものとなった

量産先行車として登場した781系900番台も昭和56年までに改造され、781系はわずか2年で形式消滅となった

その後、ラッシュ時の使用に耐えられない、転換クロスシートで特急料金はぼったくりだとの苦情が殺到したため、
リクライニングシートに換装され、空港快速と特急運用に特化していったのは周知のことであろう

387 :名無し野電車区:2012/03/24(土) 20:23:52.55 ID:XUhCsoAf0
>>373
車内を変えるくらいなら足回りの変更(VVVF化・MT交互編成化)も同時にやるべきだろ。

>>382
文が長すぎるよ。


388 :anorak?:2012/03/24(土) 22:29:19.49 ID:yfe6TUKd0
>>354に続く平行世界もの
◎EF61形1000番台直流電気機関車
1976年 第三軌条方式
○1950年代、蒸気機関車全盛の時代、SLからの煤煙がトンネル内に充満し、酸欠に陥り、運転乗務員の窒息事故が多発。
急勾配区間の長大トンネルで顕著。
ディーゼル機関車の技術が未熟だったので、急勾配・長大トンネル区間を部分電化し電気機関車を補機に使うにも、
各地に沢山ある古い狭小断面トンネルの電化費用が障害になった。
そこで架空電車線方式に比べ建設費が安い第三軌条方式が検討された。
当時アプト式だった信越本線の碓氷峠越え区間も同様の理由でそうだった。
モデル線として東海道本線の補助線である関西本線の加太峠越えの関〜柘植区間が第三軌条方式(DC750V)で電化され、
戦前の旧型車改造の第三軌条集電対応の専用ELが就役し、D51等のSL牽引列車に補機として連結。
73年のSL全廃DL化しても補機運用は継続。
76年に関西線名古屋・奈良間電化開業だが、国鉄の財政状況の悪化により先述の第三軌条区間は残された。
先述の旧型補機解消目的に架線と第三軌条集電の両方に対応した新型機EF61形1000番台が新造された。
本形式は、EF65を土台に第三軌条集電装置及び複電圧対応回路、並びに蒸気暖房装置、勾配抑速発電ブレーキを追加。
可動式集電靴を床下に設置し、架線区間では集電靴を収納し、第三軌条区間では逆にパンタグラフを畳む。
重連運用を考慮し重連総括制御と貫通扉を具備。
本形式にはEF67と新形式を付与すべきであるが、新形式車両の導入を忌避する労働組合対策として、
無理矢理、SG搭載という共通項でEF61となった。
就役以後、関西線を主に貨物牽引から郵便荷物や旅客まで幅広く運用され、80年には草津線でも運用拡大。
東海道線山陽線系統の郵便荷物列車の電気暖房化に伴い83-84年にSGをEGに交換。
87年にJR貨物とJR西日本に承継。
国鉄末期から関西線での客車列車や貨物の減少に伴い稼働率は減少し、在籍車数はかなり減った。
90年代に予讃線が狭小断面トンネルのまま電化した事の影響で関西線の加太峠も第三軌条から架線に切り替えられた事で
現存車は第三軌条集電装置は外され、引き続き関西線で運用。


389 :名無し野電車区:2012/03/24(土) 22:52:07.36 ID:A3I3DJ330
クハ381-400番台
JR西日本でクハ381-0番台に電気連結器取り付け改造を行ったもの。
スーパーくろしおの増解結用にモハ380‐500番台が使われていたが、車内での通り抜けが出来ず不便であることからJR東海所属のクハ381‐0番台とJR西日本のクハ381‐100番台で交換トレードを実施。
前面貫通幌があるため通り抜けが出来るようになったが、1973年製造と古く287系が投入されると真っ先に廃車されてしまった。
延命N40工事が施工されていた。

390 :anorak?:2012/03/25(日) 00:17:33.48 ID:NwU8MmRu0
>>388に続く平行世界もの
◎国鉄119系500番台
1983年 第三軌条方式
>>388が示す通り、蒸気機関車が主役だった1950年代に関西本線の難所である加太峠区間は、加太トンネルを筆頭に
明治時代の古い狭小断面トンネルが連続するので電化費用が安く済む第三軌条方式(DC750V)で電化された。
1976年に関西線は全線電化されたが、国鉄の財政悪化により加茂〜伊賀上野区間は中央本線と同様に狭小断面トンネルのまま
電化され、加太峠の第三軌条電化区間も依然として残り、亀山〜奈良区間での電気車の運用には特殊装備車両を必要とした。
関西線の亀山〜奈良区間の旅客輸送は、多くが、架線と第三軌条の両方に対応したEF61形1000番台(>>388)牽引の
客車列車であった。
84年のダイヤ改正にて当区間での旅客列車の電車化が実施された。
それ用にと新造投入されたのが119系500番台である。
飯田線向けの0番台との仕様面での大きな違いは以下の通りである。
従来の架線集電に加え第三軌条集電にも対応し、収納式の集電靴と制御装置にて複電圧対応回路の具備。
将来、加太峠区間での加太トンネル等の既存の狭小トンネル群に対し路盤下げや代替新トンネルの掘削をせず、
身延線の様に既存のトンネルに最狭小断面のまま架線を張って、第三軌条から架線に切り替える事態を想定して、
車体屋根にてパンタグラフ取り付け箇所の部分だけは、絶縁距離確保の為さらに低くした、部分低屋根にした。
並行する名阪国道等のマイカーに対する競争力強化策として新造時から冷房装置搭載。
84年のダイヤ改正後、亀山〜奈良区間のローカル運用に就く。
1987年春、国鉄分割民営化により119系500番台は関西線亀山以西と共にJR西日本に承継される。
90年代にJR四国の予讃線が狭小断面トンネルのまま―身延線以上に厳しい制約になるにも拘わらず―電化した事の影響で
関西線の加太峠も変電所等の給電設備の更新を機に第三軌条から架線に切り替えられた。
それに伴い本形式は不要となる第三軌条集電装置は外され、先述の部分低屋根のお陰で他所に転属すること無く、
引き続き加太峠を含む関西線で運用。
後年、車両更新の際、ワンマン運転対応、半自動ドアを押しボタンによる開閉可能にするなどの改造が施工された。

391 :名無し野電車区:2012/03/25(日) 13:38:37.67 ID:wVDwM+Ue0
211系1000番台 関西地区投入車
国鉄末期の1987年、当時すでに高崎地区に投入した211系1000番台の増備車を関西地区にも投入した。
0番台ではなく1000番台となったのは、寒地向けで、半自動スイッチがあるため。
編成はMcM'TTc'の4両編成とMcM'TT'MM'TTc'の8両編成。
8両編成ではパンタグラフ付きのモハ211-1000とトイレ付きのサハ210-1000が登場している。
1987年1月にまず4両編成5本が落成、117系6連の運用の一部を置き換える形で運転が開始された。同年3月には8両編成1本と4両編成3本も落成し、ラッシュ時の12両運転も始まっている。
これらの車両はJR西日本に承継された。
JR西日本になってからも増備は続き、1989年までに8両編成6本と4両編成32本が揃ったが、それ以降の増備は221系に統一してなされたため、本区分番台の増備は1989年で終了した。


392 :名無し野電車区:2012/03/25(日) 15:05:31.54 ID:wKbdAFhoO
>>388>>390のその後をシュミレートする
211系500番台
>>390の形で電化化されたものの、明治時代のトンネルが残っている上に
半ば無理矢理の電化工事で施工しており、抜本的な改良が必要だった。
1 山陰線や舞鶴線の非電化規格トンネルを電化した際に行った路盤分を削って掘り下げて改良
2 現行線を放棄し、長大トンネルによる新線化
しかし1は山陰線や舞鶴線とは違い、明治時代に作られた極端に老朽化している
トンネルを掘る危険を伴うため、2の長大トンネルによる新線案が採用された。
新加太トンネル(4753m)新柘植トンネル(3170m)の長大トンネルによる新線と
最大勾配を1000分の16.7に緩和化された。加太駅は移設した新駅となった。
同時に複線化準備(全ての新トンネルは複線で作り、当面は片線使用)して施工した。

393 :名無し野電車区:2012/03/25(日) 15:17:49.34 ID:wKbdAFhoO
>>392続き
工事は1990年から開始され、3年をかけた1993年に長大トンネルによる新線が
完成する。
その新線に導入するべく1992年に投入されたのが211系500番台である。
基本的には名古屋地区に配備された0番台に準じたもので、クモハ211-モハ210-クハ210の
3両編成で奈良電車区に配備された。
しかしその後は221系及び223系に移行した他、片町線(学研都市線)の車両を
木津から亀山まで直通させるとんでもない直通乗り入れまで開始されて
207系まで乗り入れられたため、3両編成僅か5本で打ち切られた。
現在加太越え運用は207系と321系のみとなり、全車両が日根野に移籍。

394 :名無し野電車区:2012/03/25(日) 20:29:18.46 ID:QKYjx1FP0
JR西日本109系通勤形電車

民営化直後にJR西日本が165系・167系電車の廃車発生品を流用して誕生した近郊型電車。
同様に新製されたJR東日本の107系とは異なり、抑速ブレーキを備えていない。
クモハ109−クハ108の2両編成となっている。
車体は四国に配置された121系と共通のステンレス車体であるが、
座席はオールロングシートとなっている。

395 :名無し野電車区:2012/03/26(月) 11:00:27.25 ID:dS8aLg6+0
京阪神緩行線の一部の205系の行き先方向幕がLED化されたようなので
JR西日本 205系1000番台・103系・201系方向幕LED化改造車
方向幕をLED化する(一部運番もLED化)他、車内のシートを緑に、つり革を225系仕様にする

396 :名無し野電車区:2012/03/26(月) 15:30:09.88 ID:Fv5RMC200
>>388,>>390
anorak?はいつも文が長すぎるよ。

>>392-393
直流電化なら単線トンネルのままで、勾配も40/1000まで許容すればよいだろ。


397 :名無し野電車区:2012/03/27(火) 09:45:07.00 ID:zzc5c5g40
JR西日本 127系
北近畿・山陰エリアに残っている113系・115系2連車を置き換えるために登場
編成は2両貫通編成と1両単行の2種
パンタグラフはシングルアームパンタ(一部2パンタとなる)
2ドア両開きとなっているが、将来のことを考えて125系と同じく3ドア化可能な設計
側面窓割りは225系と同じ
前面は125系に似たものとなる
125系と併結も可能

398 :名無し野電車区:2012/03/27(火) 11:22:54.88 ID:4d4mPgZQ0
JR東日本415系5500番台

勝田に残存していた415系1500番台のVVVF改造車であり、JRの直流モータ絶滅作戦の
一環として登場した。 車体・台車・交流機器は再利用され、VVVF関連機器はE531系と
共通化されたが、モータはDT21へ搭載可能にマイナーチェンジされたMT71Xとなっている。
車種構成はTc-Ta-M-Mcに変更され、パンタ付きサハが登場した。 2ハンドルの電磁直通
ブレーキ車だが、Tc/Mc搭載の読替装置により、在来415系/E501系/E531系と併結運転が
可能である。
  クハ415-5600(←クハ415-1600)
    補助電源、空気圧縮機、トイレ
  サハ415-5500(←モハ414-1500)
    変圧器、整流器
  モハ415-5500(←モハ415-1500)
    VVVF
  クモハ415-5500(←クハ415-1500)
    VVVF
水戸線常磐線で活躍中。

399 :名無し野電車区:2012/03/27(火) 12:39:02.61 ID:j5A+TF6y0
>>396=池沼ムーンライト(笑)

400 :名無し野電車区:2012/03/27(火) 13:06:51.71 ID:zzc5c5g40
JR西日本 205系1500番台
JR化後して少したったころに登場した205系1000番台の京阪神緩行線バージョン
103系の一部を他線区に転属させるために1988年10月に5編成登場
性能は0番台と同じ
前面は205系1000番台と同じ
7両貫通編成

401 :名無し野電車区:2012/03/27(火) 14:11:33.84 ID:qNOxbjc60
米国およびカナダの鉄道網の1676mm化に伴い、Nightstarの客車がカナダのVIA鉄道から欧州に復帰する。


402 :名無し野電車区:2012/03/27(火) 14:22:17.73 ID:qNOxbjc60
>>397
2両貫通編成は3ドア両開き、1両単行は2ドア両開き(3ドア化準備)

>>398
415系1500番台は1523までの編成がJR西日本の下関へ転属、1524以降の編成は交流機器を降ろしVVVF化改造の上JR西日本の和歌山へ転属だろ。


403 :名無し野電車区:2012/03/28(水) 07:23:03.38 ID:xUmt1Rjj0
JR貨物 コキ200系

青函トンネルの新在混用問題は、先進導坑を新たに単線電化し、在来線とすることで決着した
しかしながら、もともと工事用として作られたため、トンネル断面は非常に小さいことからコンテナの肩部がトンネル上部に接触することになったため、それを回避するべく作られたコンテナ車である

通常のコンテナを搭載できる低床コンテナ車として、コキ200が
海外コンテナ用として、シキ等のような超低床コンテナ車としてコキ201が増備された

なお、寝台特急カシオペアは車体断面の関係と、新幹線走行時間外という理由から通常の青函トンネルを通過する
また、新幹線走行時間外に青函トンネルを通過する貨物列車は現行車輛を使用することとなった

404 :名無し野電車区:2012/03/28(水) 09:44:31.48 ID:G50qfjpo0
>>399
anorak?こそ池沼だろ。


405 :名無し野電車区:2012/03/28(水) 12:34:08.84 ID:ylUrQm4L0
ID:qNOxbjc60
ID:G50qfjpo0
池沼ムーンライト(笑)

406 :名無し野電車区:2012/03/28(水) 13:05:41.20 ID:taj/oUvAO
JR貨物M800系
鉄道総研が開発中のフリーゲージトレインの技術と軌間可変式車両(タルゴ)先進国のスペインの
技術提供で開発された青函間専用交流貨物電車。基本的にはJR東日本の秋田新幹線
E3系をベースに開発され、青森・五稜郭方先頭車両Mc850-M860形と中間電動車M870-M880形
2両計6両に、付随貨車T850形-T860形2両ずつ12組24両を先頭と中間電動車の
前後に挟み込む30両編成である。
津軽今別付近で軌間変更装置を設けて時速65Kmで走り抜けて軌間変更する。
青函トンネル内は140Km運転で貨物列車では日本最速。なお電動車両にはコンテナは積載しない。
T850-T860形はコキ107をベースにしたもので、荷重51tで国際海洋コンテナなどの
積載も可能。また本州内は他のコキ100系との連結 他の機関車での牽引も可能。
T850-T860形を使わずにコキ100系との連結も可能だが、この場合は軌間変更は
出来ず狭軌のみの使用 中間電動車両は使えず前後電動車両のみ 牽引可能
貨車は16両で時速130Kmに制限される。
一部コキ100-101 102-103形及びコキ107 110形に協調運転対応の引き通し線を
追加する改造が検討されており、改造すればT850-T860形同様の連結方法も可能となる。
運転は原則青森タ〜五稜郭だが、後に仙台タ発にする計画。
なお成功如何次第では直流1500V・交流20000・25000Vも両用できるM600系が
開発される可能性もある。開発が実現されると鹿児島から五稜郭まで架線のある線なら
どこでも入れる貨物電車が実現し、コンテナ以外に特大貨物や甲種鉄道車両輸送にも
投入された場合は電気機関車不要論が沸き起こる可能性もある。

407 :名無し野電車区:2012/03/28(水) 13:28:42.62 ID:G50qfjpo0
>>405
ID:a1zDsJe20
ID:WkdTZsNS0
ID:2TfBgWzl0
ID:yfe6TUKd0
ID:NwU8MmRu0
anorak?こそ池沼だろ。


408 :名無しさん:2012/03/28(水) 13:39:07.60 ID:lnB6uCiU0
東武鉄道8000系更新車

車体を更新するついでに制御器を界磁添加励磁制御(回生ブレーキ付き)に改造。

京成電鉄3500系更新車

窓枠を改造したついでに制御器を界磁添加励磁制御(回生ブレーキ付き)に改造。


409 :名無しさん:2012/03/28(水) 13:58:08.49 ID:lnB6uCiU0
阪急5300系更新車(地下鉄乗り入れ車)

地下鉄に合わせて制御器を界磁添加励磁制御(回生ブレーキ付き)に改造。

410 :名無し野電車区:2012/03/28(水) 16:27:06.54 ID:yG0+AzkF0
京阪2080系
京阪電鉄が製造した2000系の昇圧対応バージョン。
モーターの端子電圧を150Vから300V(昇圧後375V)に変更し、永久並列(昇圧後は永久直列)制御とすることで昇圧に対応。
1983年の昇圧後も生き残っていたが、少数しか製造されず運用に支障をきたしたことから1992年までに全車電装解除されてしまい2200系や2600系に編入された。

411 :名無し野電車区:2012/03/29(木) 17:10:14.07 ID:RE1ZEJzi0 ?2BP(1004)
>>360
なるほど。意外と自由度はあるんですね

>>396
ムーンライト乙


412 :名無し野電車区:2012/04/02(月) 23:55:34.73 ID:NsWPN6ij0
保線

413 :名無し野電車区:2012/04/03(火) 12:56:46.56 ID:PVcXgV3nO
西武鉄道E855〜858形電気機関車
大正年代物等の旧型機関車を取り替えるため、昭和57年に作られたE851形の追加配備型。
EF65PFをそのまま西武鉄道仕様にしたもので側面に丸窓がないのが特徴。
パンタグラフもPS22となっている。
貨物以外にATS-Sを搭載し、多摩川線車両を検査入場時の牽引用として国鉄線にも
乗り入れ可能となっていた。
E851型による貨物列車運転終了後も多摩川線の入場用途にE856と858形が残された
運転終了する前にJR貨物大宮車両所でATS-PF取り付け 既存のEF65PFの
解体部品から交換するなどの更新工事を施工している。
運転は武蔵丘車両所〜新秋津〜立川〜武蔵境〜白糸台の行路で101系(新101系)を
牽引する。
JR線内に私鉄電気機関車が直通運転する唯一の車両となった。
なおE855 857型は当初大井川鉄道にSL補機用に譲渡される噂もあったが、
2550KWの大出力に対応できないために譲渡は出来なかった。
しかし1000トン近い鉱石列車がある秩父鉄道が近代化した機関車を購入したい
打診があって2両が秩父鉄道に譲渡された。
秩父鉄道の形式はデキ800型。E855型は801 856型は802となる。
鉱石列車だけでなくSLパレオエクスプレスの後補機や羽生〜熊谷間の牽引に使われる。
これによりSLパレオエクスプレスは始発が羽生となり、秩父鉄道全線運転が実現する。
また東武鉄道と直通運転の協議しており、実現すればスカイツリー線春日部または
東武動物公園始発となる可能性もある。
2ch内では最終的ゴールは浅草又は北千住 曳舟ではないかと言われている。

414 :名無し野電車区:2012/04/03(火) 13:18:43.64 ID:IYsedptS0
嵐電 2021形
多客輸送で単行を2両連結するだけでは捌ききれな可能性があるため、第1陣として2両編成3本増備される
パンタグラフはシングルアームパンタ
前面はモボ2001と同じだが、方向幕がLEDになりワイパーの位置も変わる
側面方向幕もLEDになる
車内はロングシート
制御方式はVVVFインバータとなる
第1編成の塗装は、新車登場PRカラー(1年間の予定)
第2編成の塗装は、嵐電の伝統カラー
第3編成の塗装は、京紫
となる

平日はラッシュ時の輸送に、土曜・休日・行楽シーズンの観光客輸送に活躍する

415 :名無し野電車区:2012/04/03(火) 13:33:33.94 ID:/OfNiObA0
JR東海313系1200番台
JR東海313系300番台の連結面寄りの座席をロングシート化改造。


416 :名無し野電車区:2012/04/03(火) 17:51:52.11 ID:RyBs2YDM0
クモエ119
今年3月に引退した119系であるが、クモハ119-5100番台の1両が救援車として残されることとなった。
車内は座席をすべて撤去し、救援資材を装備した。
別名「救急電車」。
形式名の119系と119番の繋がりネタである。

417 :名無し野電車区:2012/04/04(水) 00:52:40.38 ID:bTGUENov0
大阪市交通局66系ロマンスカー仕様
堺筋線・阪急線の直通列車に特急を登場させることになり66系をドア間転換クロスに、車椅子スペースの向かいをボックスシートに改造した。
窓上に白いラッピングをしているのが特徴。

418 :名無し野電車区:2012/04/04(水) 21:24:50.93 ID:GwExUcTJ0
スロ11-2000番台
国鉄が1971年ごろにオロ11に電気暖房取り付け+腐食防止+断熱+気密工事を施工した車両。
オロ11の前身はナロ10であることから、車両重量記号を2度変更したことになる。


419 :名無し野電車区:2012/04/06(金) 16:33:50.15 ID:+3iOwtw/0
>>86-87,>>92-93,>>97
国鉄12系13型客車
12系客車の増備車で14系15型寝台車と同時期に製作。
形式は、オハ13、オハフ14、スハ13、スハフ13。
北海道向け(出入り口が引き戸で側窓が1段上昇式)は500番台を名乗る。


420 :anorak?:2012/04/07(土) 14:12:01.15 ID:0V1A6uOI0
>>390に続く平行世界もの
◎国鉄DF60形ディーゼル機関車と70系客車(二代目)
1977-78年 プッシュプル
○>日本の樺太州( >>65-66 )と北海道以南を鉄路と連絡船による樺太連絡ルート上の宗谷本線には特急が運行。
1970年代半ば北海道のキハ80(82)系の老朽化懸念で置き換え検討。
動力分散方式かそれとも動力集中方式かの論点に対し車両製造維持コストと運行コストに限定すれば
非電化区間の内燃車では五両を越える長大編成であればある程動力集中式の方が優れているとの結論が既にあり
さらに客車列車両端にディーゼル機関車を配置した英国の"InterCity 125 (HST)"に感化され、
プッシュプル型動力集中方式の新型車を初めに樺太連絡ルート(函館〜札幌〜稚内)の特急に投入することになった。
それがDF60&PC70である。
当時の労働組合対策として非典型若しくは革新的な技術は採用せず、既存の技術を集結。
DF60はDE50を基礎とし、固有仕様は軸配置がAAA-AAA、営業最高速度110km/h、方運転台、電磁直通ブレーキ、
客車へのサービス電源(EG)、客車連結側には回送運転台と客車との連結幌、
そして意匠は先頭部が新幹線の911形DLに酷似した非貫通・高運転台。
DF60(編成略称Mc)に挟まれるPC70は、14/15/24/25系を土台とし固有仕様が両端のMc用総括制御用の引き通し線、
電磁直通ブレーキ、乗降扉が引戸等の耐寒耐雪強化など。
PC70の車種は、オハ70(T1)、オハフ70(T2)、オロ70(Ts)、オハシ70(Tb)。
これらの車体意匠と接客設備は、T1はオハ14を踏襲、T2はオハフ14を、Tsはサロ481を、
Tbは新幹線0系37形に類似の立食ビュフェ車で、食堂車の採算性悪化や要員確保の困難さから全室食堂車とならず。
編成は基本が「Mc T2 T1 T1 Ts Tb T1 T1 T2 Mc」の機関車二両と客車八両で、繁忙期には客車二両を増結。
1978年秋のダイヤ改正で、函館〜稚内区間の樺太連絡特急に就役。
立食ビュッフェの営業形態はラーメン屋と喫茶店の合体。
その後増備されず、他列車への運用もなく、結局、機関車による高速運転に伴う軌道破壊増の懸念により、
キハ82の置き換えは、動力分散式に戻り、キハ183系に。
87年春にJR北海道に承継以後、航空の台頭による利用客減少の影響で短編成化、
マーケット環境の変化に対応できず、2000年にキハ261系に置き換えられ、廃車となった。

421 :名無し野電車区:2012/04/07(土) 16:45:45.77 ID:HO+D4F4O0
イギリス国鉄 AST(Advanced Steam Train)
APTが失敗したので昔のように蒸気機関車で時速200km出せればいいのでは?という発想で開発された。
SLを両側につないで間にMark3客車を連結している。
SLのデザインはclass43に似ているが、マラード号のclass A4をベースに重油燃料を使用するなど1980年代の技術で製造したもの。
HST同様に時速200kmで走行している。

422 :名無し野電車区:2012/04/07(土) 17:58:24.32 ID:C3qsinB00
JR東211系7000番台

VVVF改造し最高速度が130km/hとされている。
JR東海の313系と併結可能。
座席は転換クロスに交換されている。

201x年東海道本線に長距離の新快速の運行が始まった。
運転区間は、姫路〜熱海と東京〜米原で各2往復とされた。
姫路〜熱海はJR東海の313系番台の8連とJR西の225系の8連での運行となった。
米原以西は4連を増結して12連となる。
東京〜米原はJR東の211系7000番台の8連とJR東海の313系の8連を基本編成とした。
なお、熱海以東は211系7000番台の4連または6連が増結される。

313系は使用される編成が特定されておらず、オールロングとなることがある。

423 :名無し野電車区:2012/04/08(日) 13:14:00.59 ID:jHg3KnULO
西武鉄道50000系(SRA[スーパーレッドアロー])
10000系NRAを置き換えるために登場する新型特急列車。
JR東日本E259系を基本とした7両編成で、貫通部に非常口を設けているため池袋線以外に
東京メトロ有楽町線 副都心線の直通特急列車にも対応する。
池袋線系統の「むさし」「ちちぶ」の置き換えで、新宿線系統の「小江戸」は従来通り10000系を
VVVF化など延命工事を行って運用を継続する。また余剰車両は4000系の走行装置更新に充てられる。
レッドアロークラシックも新宿線へ移動する。
東京メトロ直通特急は飯能行き「メトロむさし」西武秩父行き「メトロちちぶ」とし、
有楽町線内池袋までの停車駅は新木場より豊洲 有楽町 永田町 市ヶ谷 飯田橋 池袋。
副都心線内池袋までの停車駅は渋谷より新宿三丁目のみ。共通で池袋以降は小竹向原 練馬。
東急の保安装置の準備も行われており、東急東横線にも直通して横浜発飯能行きや西武秩父行きも噂されている。
また立川発で西国分寺の武蔵野線連絡線と新秋津の連絡線を使い、JRへ直通する計画もある。

424 :名無し野電車区:2012/04/08(日) 14:06:58.72 ID:Y6ZVzLhr0
クハ・サハ 185-1000・1100番台

211系の地方転用に伴い、同系のサロが余剰となった。
そこで同時期に185系の波動用転用とあわせて、一部先頭車改造の上、
185系に編入したもの。
波動用としての使い勝手を高めるため、先頭は貫通型とされたが、
切妻平面スタイルとなり、211系を模したラッピングがなされている。
なお、本来の185系廃車後は後継の波動用となる他系列に編入改造がなされる予定で、
電気指令ブレーキへの対応準備工事がされている。

425 :名無し野電車区:2012/04/11(水) 00:14:51.65 ID:gt999MuE0
国鉄60系客車のバラエティーについて
国鉄60系客車には、17m級木造車を20m級鋼製車体に載せ替えた車両のほかに、
20m級木造車を20m級鋼製車体に載せ変えた車両や17m級鋼製車(オハ31系)を20m級鋼製車体に載せ替えた車両も登場した。
これにより木造客車や17m級客車を一掃した。


426 :名無し野電車区:2012/04/11(水) 10:22:54.17 ID:kzFrlwhD0
東京メトロ17000系
有楽町線及び副都心線の7000系の置き換え用車両として10両編成21本が製造された。
車体はアルミニウム合金製のダブルスキン構造を採用している。
主電動機にはPMSMを、制御機器はIGBT-VVVFインバーターを採用している。
ドア上のLCDモニターは17インチの物に拡大された。

余談であるが、17000系の登場により副都心線の列車のオール10両化が開始された。

427 :名無し野電車区:2012/04/11(水) 14:35:30.97 ID:b45BkqZQ0
サロ183-700番台・サロハ183‐700番台
JR西日本で特急「北近畿」用にサロ481を直流化改造したもの。
グリーン車の需要はそれほど高くなく多客期にしか連結されなかった上に後年サロからサロハに改造されてしまった。
287系が投入されると真っ先に廃車となった。

428 :名無し野電車区:2012/04/11(水) 16:21:28.43 ID:T0y/RBRv0
JR西日本 681系クロ681-100
681系量産先行車から量産車登場までの議論で485系にパノラマグリーン車はあったが、681系にはなぜないという話が量産車営業運転前に浮上
もうすでに数編成が登場していたため、途中からパノラマ車となった。
北越急行の車両は、速度の関係で危険と判断され、非パノラマとされる
後に増備される683系0番台の大阪寄り先頭車パノラマグリーン車となった

429 :名無し野電車区:2012/04/11(水) 21:53:34.05 ID:krDfCgfRO
しなの鉄道117系&205系


JR東海を廃車となった117系ならびにJR東日本を廃車となったケヨ205系メルヘン面の譲渡を受け、耐寒
工事を施して投入。後者は205系3100番台に準じたL/Cとした。老朽化が進んだ115系と、イベント用を残し
引退する169系の代替。塗装はしなの鉄道色だが、117系にはオリジナル色に復元した編成も存在。

430 :名無し野電車区:2012/04/12(木) 07:00:14.12 ID:r5g6e2EOO
ベトナム国鉄プッシュプル気動車「SAEMAUL」

以前、ソウル地下鉄2号線の廃車車両を大量購入、無動力客車化して観光客車として劇的ビフォーアフター
をやってのけて話題をさらうも、あまりにも強引な改造が祟り、需要もなく不発に終わった(そうな…)。
そのリベンジとして、KORAILを廃車になったプッシュプル型セマウルの譲渡を受ける運びとなった(よせば
いいのに←個人の感想です。あとベトナム国鉄もそこまでアホじゃないという認識の上でのフィクション)。

内外観とも基本的な仕様は変わらない。ご丁寧にSAEMAULという名称もつけられた(ブエノスアイレス地下鉄の
譲渡車両に「ミツビシ」「ナゴヤ」という名称がつけられてるのと同じ感覚と思われる)。

しかし、やはり元々は韓国で散々酷使の上、耐用年数も超過してもはやスクラップしかない、経年劣化の
著しい車両。豪華でスマートな車両と持て囃されたのは最初のうちだけで、気がつけばサポートも切れ
またもフラグを乱立させながら留置ヤードの肥やしと化す事に…。二度にわたる「安物買いの銭失い」に
鉄道上層部には批判が噴出(そして「勝手に安物扱いされた」と韓国ネチズンが火病)したのは言うまでもない。

431 :名無し野電車区:2012/04/12(木) 23:33:05.40 ID:85445RtOO
しなの鉄道119系
>>429の117系同様にJR東海より飯田線で使用していた119系を譲渡したもの。
この車はワンマン運転に対応していたことや、半自動ドアなどが初めからあったために
特に大きな改造は行っていない。
ただし冷房装置の給電に関してはACDCコンバーターからSIV式に変更された。
5000番台 両運転台式の5100番台 元するがシャトル車と一通りの形式が譲渡されていて、
5000+5100番台組2編成と元するがシャトル+5100番台組1編成の6両が譲渡された。
塗装は旧国鉄登場当時の青色に白帯。
しなの鉄道は過去にJR西日本より105系の譲渡を狙うも西日本側から断られ、JR東海では
クモハ123系の譲渡を狙うも1両編成を何両もらっても115系らの増結にしかならないため見送られた経緯がある。
さらにしなの鉄道は169系の補修パーツ取りを狙って走行系が165系であるJR東日本107系の
獲得を目指しており、205系に置き換え確実な日光線車を狙っている模様。

432 :名無し野電車区:2012/04/13(金) 14:06:49.15 ID:4vVFAbYW0
JR北海道739系電車
フィンランド鉄道(VR)Sm4型電車の1435mm軌間&最高速度130km/hバージョンで、北海道の在来線の1435mm化&車両限界拡張工事(フル規格新幹線対応化)に伴い投入。
本家(フィンランド鉄道Sm4型電車)との相違点:
軌間: 本家の1524mm軌間に対する1435mm軌間
最高速度: 本家の160km/hに対する130km/h


433 :名無し野電車区:2012/04/14(土) 10:54:39.58 ID:5w4Gd5QA0
JR西日本 225系1000番台
大和路線に残っている221系を置き換えるために登場
車内シートは、大阪環状線のラッシュ時の混雑に対応するため、車端ロングシート、2+1シートとなる。
編成は、8連・6連が大和路快速用として登場
塗装は、0番台と同じ塗装になる予定
走行性能は5000番台と同じ
これによって置き換えられた221系は、大和路線快速運用の一部と奈良線みやこ路快速の6連・8連化に充てられる。
そして、元2連車組み込みの4連車は、2連に戻し、105系を置き換えるためワンマン対応化される。抜かれた中間車は、他の4連と合わせて、6連・8連化され、神戸・京都線系統に復帰する。
6連化されなかった4連車は、湖西線・草津線の117系を置き換えるために転属する。

434 :名無し野電車区:2012/04/14(土) 13:24:48.34 ID:5w4Gd5QA0
JR西日本 225系1000番台2次車
奈良電車区に残っている221系と103系の一部を完全に置き換えるために登場
内容は>>433と同様
1次車との違いは、屋根に2パンタ化対応台座がない、車内灯がオールLEDとなっている
編成は、6連・4連のみ

435 :名無し野電車区:2012/04/14(土) 21:28:12.71 ID:J7gShoPM0
キハ61
国鉄が製造したキハ40のエンジン2基仕様車。
DMF15HSAを2基搭載し、勾配線区に対応した。
当初はDML30系エンジンを搭載することも検討されたが、2軸駆動にしなければならずキハ40と同じDT22やDT44を使用できないため見送られた。

436 :名無し野電車区:2012/04/14(土) 22:50:57.35 ID:CsgnDlhp0
>>435
DT25型台車を使用すればOKかと。


437 :名無し野電車区:2012/04/15(日) 09:15:39.79 ID:EW1WqfWw0
JR東日本 185系スカ色 185系新幹線リレー号復刻塗装 185系気動車準急色185系修学旅行復刻塗装 
湘南色・国鉄特急色に続く国鉄時代の復刻塗装が登場
編成は湘南色・国鉄特急色と同じ185系の編成
運用は湘南色・国鉄特急色と同じ運用となる
それぞれの塗装を生かした臨時列車も運転される予定

438 :名無し野電車区:2012/04/15(日) 10:23:23.89 ID:EW1WqfWw0
京福モボ2011 1次車
ドア位置が違うモボ501を置き換える目的で登場
前面はモボ2001と同様
方向幕がLED化
側面形状はモボ2001と同様だが、窓が紫外線カット窓となる
モボ2001やモボ621他と併結できるように性能選択スイッチが取り付けられる
4両登場

439 :名無し野電車区:2012/04/15(日) 12:46:28.53 ID:Lh6x1whT0
>>437
185系のスカ色なら、583系の国鉄色と同じ塗装パターンでよくない?


440 :名無し野電車区:2012/04/15(日) 12:49:50.03 ID:Lh6x1whT0
>>437,>>439
ついでに、711系のスカ色も。塗装パターンは、185系のスカ色と同じ。


441 :名無し野電車区:2012/04/15(日) 14:17:00.86 ID:rpufqlhu0
台湾鉄路管理局 EMU1300

秋田新幹線へのE6系投入により廃車となるE3系0番台のうち、先行試作車を除く
16編成96両が、台東電化で特急用電車の需要が高い台湾へ売却されることになった。
台車交換、最高速度制限、台湾型ATS設置、ステップ撤去、モノクラス化、といった
改造を施され、6連または12連で自強号に投入される見込み。

442 :名無し野電車区:2012/04/15(日) 15:00:08.73 ID:EW1WqfWw0
>>437だが
「185系 スカ色」でググると結構ウソ電でやっている人いるな。なかにはBトレでやっている人もいるしw

443 :名無し野電車区:2012/04/15(日) 17:39:25.85 ID:ZDkp4xPcO
JR東日本185系 国鉄塗装案再現編成
>>437の塗装はあくまでも高崎車両センター車での編成で、「踊り子」の車両を抱える田町車両センター車は
高崎とは違う塗装を施すことになった。
国鉄特急色 湘南色 スカ色 登場当時のストライプ復刻版 ブルトレ 青大将も用意された他に
国鉄が185系の塗装案に挙げられていたストライプ案全てを再現塗装することになり、
一度も見ることがなかった塗装案が全て再現された。
なお251系にも何らかの復刻版塗装が計画されているらしい。

444 :名無し野電車区:2012/04/15(日) 18:10:48.66 ID:evmIjzs6O
185系1000番台・1100番台

JR酉の117系電車を特急転用した形式
出入り口と車内の境界にアクリルで仕切をし
転換クロスシートをリクライニングシートに交換。
両開きドアの戸袋窓部分の座席は撤去し、荷物スペースに
両端は4人用コンパートメントボックス席(席は4席セット販売。1人でも2人でも3人でも使えるが料金は4人分)に
まるでJR倒壊の373系に似た仕様かも?

大阪〜城崎間の北近畿の置き換えに使用される。

445 :名無し野電車区:2012/04/15(日) 20:32:07.41 ID:EW1WqfWw0
JR東日本 E233系武蔵野線投入車
武蔵野線をE233系に統一させる目的で2020年ごろに登場予定
主な仕様はこれまでのE233系通勤向け車と同じ
8両編成で登場
これによって余剰となる209系500番台は、南部線に転用され、初期車を置き換える

446 :名無し野電車区:2012/04/16(月) 16:58:22.93 ID:LPWlbl1Z0
>>437,>>439,>>440,>>442,>>443
JR東日本E751系電車 スカ色・交直流急行色・国鉄特急色・グリーンライナー塗装
JR東日本E653系電車 スカ色・交直流急行色・国鉄特急色・グリーンライナー塗装
JR東日本E657系電車 スカ色・交直流急行色・国鉄特急色・グリーンライナー塗装
これらがもし登場したら、を想定してみると・・・


447 :名無し野電車区:2012/04/16(月) 16:58:38.19 ID:LPWlbl1Z0
>>437,>>439,>>440,>>442,>>443
JR東日本E751系電車 スカ色・交直流急行色・国鉄特急色・グリーンライナー塗装
JR東日本E653系電車 スカ色・交直流急行色・国鉄特急色・グリーンライナー塗装
JR東日本E657系電車 スカ色・交直流急行色・国鉄特急色・グリーンライナー塗装
これらがもし登場したら、を想定してみると・・・


448 :名無し野電車区:2012/04/16(月) 19:31:43.94 ID:I47R/KUC0
JR東日本 185系ぶどう色・新潟色・阪和快速色・関西急電色(80系)・関西急電色(117系)・新快速ブルーライナー色
JR東日本の185系の復刻カラーにバリエーションが追加
なぜか関東に縁のない塗装が増える
「高崎車・田町車のどちらかに塗られるかはお楽しみに」とJR東日本は言っている

449 :名無し野電車区:2012/04/16(月) 20:03:00.37 ID:I47R/KUC0
JR東日本 E231系NMB PRラッピング
JR西日本 201系大モリ8連ナギイチPRラッピング車
大阪市営地下鉄御堂筋線用20系ナギイチPRラッピング車
5月に発売されるNMBの新曲「ナギイチ」をPRするためにラッピングを施す
過去にCDの宣伝をするラッピングは例が少ない

450 :名無し野電車区:2012/04/16(月) 21:47:04.91 ID:mJQtYgTkO
東京メトロ16000系 乃木坂46ラッピング
5月にAKB48の指原莉乃が出すソロデビューシングルと同じ日に発売される乃木坂46の2Thシングルを
PRするため、AKB48の公式ライバルである乃木坂46の劇場がある乃木坂近辺を走る東京メトロが、
千代田線16000系に乃木坂46及びセカンドシングルのラッピングを施したものである。
数日前にAKB48の指原莉乃が出すソロデビューシングルのPRラッピングをAKB48劇場近くを走る
銀座線1000系に施したばかりで、同じ会社が本家とライバルを同時にPR電車を出す複雑な様相に。

451 :名無し野電車区:2012/04/16(月) 22:07:10.15 ID:9BIa2YGpO
>>445
京浜東北線E235系投入でE233系が武蔵野線に転用か。

452 :名無し野電車区:2012/04/16(月) 23:47:35.01 ID:L889rTN30
E233系9000番台
JR東日本が開発したE233系のPMSM試験車。
主電動機にPMSMを採用した。
個別制御が必須であるため4M6Tになっている。

453 :名無し野電車区:2012/04/20(金) 09:13:45.44 ID:SkolSixYO
営団地下鉄(東京メトロ) 5000系 5849〜5850F 5953〜5954F
1982年に作られた東西線5000系の最終型で全て10両編成で作られた。
5849 5850Fはスキンステンレスからオールステンレスに変更された。窓はスキンステンレス当時と
同じだが、1枚窓下降式となった。その後5851 5852Fが
製造される予定を変更し、残りは15年ぶりにアルミ車で最終導入された。
こちらは千代田線6000系と同一で窓は1枚窓下降式である。冷房取り付けの準備を行って
落成しているのはステンレス アルミ車共通。
また台車はFS502Cから6000系と同じFS378Bとなった。6000系同様に電機子チョッパ制御式にする計画だった。
1994年に冷房化された。当初は東葉高速線に譲渡される計画も検討されていた。
また制御方式を6000系同一のVVVF化が同時に行われ、シングルアームパンタグラフにした車両もある。
15000系が投入される形で2011年に引退。アルミ車両は3両編成ワンマン化で千代田線北綾瀬支線用に転用され、
ステンレス車はインドネシアに売却された。
スキンステンレス車両が2007年に置き換えられて消える中で2011年までに残っていたのは
オールステンレスとアルミ車両は時期的には6000系の中でも6122〜6128Fと同時期で比較的経年が少なく、
千代田線同様の装備だったためにCS‐ATCが初めから準備されていたことも一因。
99 5049‐5369‐5692‐5368‐5928‐5128‐5367‐5691‐5366‐5849
50 5050‐5373‐5694‐5372‐5929‐5129‐5371‐5693‐5370‐5850
92 5153‐5463‐5758‐5462‐5461‐5757‐5460‐5756‐5459‐5153
93 5154‐5468‐5761‐5467‐5466‐5760‐5465‐5759‐5464‐5154
(5461と5466は電装解除車)

454 :名無し野電車区:2012/04/20(金) 09:43:22.24 ID:PaoKl3hc0
阪急電鉄6000系(史実と異なる)
阪急神戸線と神戸市営地下鉄西神・山手線の相互乗り入れ対応車として、1981年から製造された。
2200系の試験運用の成果をもとに、電機子チョッパ制御が採用され、神戸市営乗入れのため4M2Tが組まれた。
山岳トンネル対応のため抑速ブレーキが設定され、神戸市営ATCの準備工事が行われた。
車体は2200系と同様であり、ワンハンドルマスコンも採用された。
6両だったため、須磨浦特急中心に運用され、今津線車輌の検査の際には今津線にも入線した。

しかしながら西灘(現:王子公園)付近の住民の反対により1983年に工事が中断、4編成で制作は中止された。
その後は抵抗制御の6010系(史実の6000系)が増備された。
1997年の須磨浦乗入れが中止された後は増結2連と共に神戸線運用が続けられていたが、
2000年代に入り2200系の電装解除車を増結すると共にVVVF化され、現在は8連で運用されている。


455 :名無し野電車区:2012/04/20(金) 23:01:26.71 ID:5VF2+isu0
185のカラーバリエーションで調子に乗ったJR東高崎支社某所
自所常駐のEF64-39を特急色化→65PFと紛らわしく苦情殺到
  →青大将化→高崎以北の運用では夏場は保護色?になり危険性が指摘される
  →JR貨物更新化→隣の現場からこれまた新鶴見の某カマと紛らわしいと苦情殺到
  →結局元の直流一般色に落ち着く

456 :名無し野電車区:2012/04/21(土) 10:39:57.91 ID:8ZakWN9iO
さらに長岡車両センターのEF64-1030 1031号機にも1030号機には赤15号の星カマ色に、1031号機には
EF81当時のカシオペア色にしてしまった。
「あけぼの」にも充当されているため、数年前の「北斗星」「カシオペア」のEF81を彷彿としており、好評らしい。
>>455のEF64-39には交流電機色にもしてしまった。
「あけぼの」を急遽牽引しており、見た目もろにEF71型で、まだ山形新幹線の工事すらして
いなかった福島〜山形経由当時を思い寄越す運転となったらしい。

457 :名無し野電車区:2012/04/21(土) 10:40:05.32 ID:tvBU776v0
JR西日本サロ222・223形
JR西日本がJR東日本E217系のサロE216・サロE217形を223(225)系に編入改造。


458 :名無し野雷車区:2012/04/22(日) 22:13:41.79 ID:qJDj48GA0
E995系電車量産型
西日本が導入。下関に配置。
交流区間が門司駅構内の一部分だけのため、充分に性能を発揮した。
後に久留里線にも配置。
俵田−久留里間1駅を電化して導入。

459 :名無し野雷車区:2012/04/22(日) 22:17:43.75 ID:qJDj48GA0
>>458
下関−門司で運用。

460 :名無し野電車区:2012/04/25(水) 19:06:59.11 ID:zPnpwdsV0
JR東日本 ナ25000型活魚車
新宿−勝浦間専用
トキ25000のあおり戸を溶接して水を張ってサーファーがボードに乗った状態で運用
マナーが悪い一部のサーファーを電車から排除し一方では増収の切り札として導入
車両間でジャンプし転落したり宙返りをして架線に触線するアホが続出し廃止
形式については無蓋車のト、水運車のミ、そして客車のホハとする案もあったが、
サーファー?見た目もIQも魚と一緒じゃんという結論から活魚車を示す「ナ」が採用された

461 :名無し野電車区:2012/04/25(水) 20:50:55.97 ID:SPOKrXzhO
鉄道省スイシ27900形

九州島内急行用として1923年に大宮・小倉工場で5両製造した1等食堂合造車
1等定員12、食堂定員12名で、客室と食堂の間に喫煙室と給仕室を設置した。

半車食堂車としては大形木造客車唯一の存在。
函館〜稚内間急行用として、客室を2等にしたオロシ27950形を1924年に製造する計画が立っていたが、関東大震災の復興資金捻出のためこちらはキャンセルされている。

1931年に鋼製のマイシ37900形が投入されたため、荷物車に改造されて消滅した。

462 :名無し野電車区:2012/04/27(金) 23:57:56.48 ID:0m174P5lO
国鉄 オハ43 オハフ44
特急用44系客車の軽量化型で、当初はスハ44・スハフ43-50番台として名乗っていたが
オハ46系同様に軽量化されていたため、ス級からオ級に変更された。
また方転の手間を省くために回転式クロスシートが初めて採用されていた。
当初「かもめ」向けに作られたが程なく「はつかり」に転用された。しかしさらに軽量化した
ナハ10系の登場でオハ8両オハフ2両で打ち切られた。
3等・荷物の合造車スハニ35の軽量化型オハニ34ははじめから作られずに終わっている。
「はつかり」への投入は盛岡〜青森間の急勾配区間における機関車の負担軽減に役立つかと思われたが
思った程の効果はなく、抜本的対策は「はつかり」へのナハ10系投入に傾き、1扉であったために
ローカルの普通にも使えない点が止めとなって、一時期に「十和田」などにも使われたが
後にスハネ16 マニ36 37に改造されて消滅した。オハ43-5と8は郵便荷物用に改装されただけでなく、
スハネ16向けにTR47台車を拠出してTR11に振り替えたためにスユニ61型に編入された。

463 :名無し野電車区:2012/04/28(土) 12:13:45.18 ID:n7de+vM70
JR西日本 225系3000番台
225系の狭小トンネル対応(低屋根)バージョン。


464 :名無し野電車区:2012/04/28(土) 12:17:13.28 ID:n7de+vM70
JR九州 717系3000番台
JR西日本117系電車をJR九州が交流化改造。


465 :名無し野電車区:2012/04/28(土) 15:05:30.18 ID:g+4sMzFwO
JR西日本 クヤ111 115
尼崎事故における賠償など収益が上向かないJR西日本は、梅小路にあって山口線で「やまぐち号」を
運転しているC57-1号機及びC56-160号機を全国にも貸し出しての運転を開始した。
しかし整備機器やスタッフの要員など緊急時の工具類を用意した伴走車が必要となった。
そこでD51やC57やC61などSL列車の運転での実績の高いJR東日本に協力を仰ぐことになった。
東日本にはSL運転専用の伴走車としてスハフ12を改造したオヤ12型を持っており、必ず同伴する。
全国への運転に際して同伴する伴走車両の必要性から改造されることになったが、客車があらかた
廃車している西日本にバラの客車が見つからず(この際お召でも使われたJTであるなにわを
廃車してスロフ14だけを使う乱暴な計画もあった)ために目をつけたのが113系と115系の先頭車であった。
種車となったのはクハ111-2703とクハ115-602で東日本伴走車同様の装備を搭載した。
C57-1 C56-160には首都圏用ATS-Pが搭載されたが、これには急行能登に使われた489系の部品が生かされている。
西日本のSL遠征運転手始めは磐越西線SLばんえつ物語号の機関車 客車交換運転であった。
新潟が選ばれたのはC57-1号機が新潟で現役時に御召列車を運転した実績から。
数十年ぶりの新潟帰還を果たし、その足でやはり入線実績のある関東で成田線の成田〜銚子間を運転。
C56-160も小海線に入り、小淵沢〜野辺山で運転した復活高原のポニー号は指定席が15秒で
満席になる瞬殺劇だった。
SLやまぐち号には東日本のC57-180をはじめD51-498や復元されたばかりのC61-20も山口線に入るなど
ばんえつ物語号の客車以外に旧客を使用したこともあって大盛況だったのはいうまでもない。
秩父鉄道のC58-363も投入され、重連も行っている。
西日本はC62-2を本線運転が出来るまでに復元化させる計画で、実現すれば呉線以外に常磐線の
運転は確実視されている。

466 :名無し野電車区:2012/04/28(土) 23:30:58.79 ID:ZELo2u7a0
神鉄6000系3次車
粟生線の日中大減便等に伴う昨今の財政事情を考慮してコストダウンを図る
変更点として・・・
・蛍光灯カバーの廃止
・車内液晶案内表示器を2行対応の3色大型LED表示器に
・3000形以来の木目の内装板を青緑色の通称バスタブ内装に
・乗降扉の窓を接着二重ガラスから単層ガラスに
・小仕切り板入りの座席を所謂首都圏標準仕様とし(本体は硬めの非バケット)、
仕切り棒は側窓の桟に平行する形で1本設置

467 :名無し野電車区:2012/05/01(火) 14:20:28.29 ID:Huvu3Ey2O
国鉄 ナハ22 ナハフ22 23 ナロ22
急行「きたぐに」を旧客から20系に置き換えるために登場したのがこれである。
ナハ22 ナハフ22 23はナハネ20 ナハネフ22 23の寝台を取り外し、セミクロスシートに置き換えた
もので、ナロネ21の寝台を壊して座席車化し、「だいせん」などに使われたナハ21とは車内等が異なる。
ナロ22は当初スロ62に20系のカニ21から給電する改造で充てる予定だったが、ナロネ21から改造する
方式に変更された。寝台を全て取り外してリクライニングシートに変更している。
荷物車両がカニ21となって積載量がないため、電源車前にマニ37を連結した。
昭和53年に旧客から置き換えられた。当初は「銀河」とも共用で使われていた。
銀河が14系14形に置き換えられた後は最後の20系急行として使われたが、昭和60年に583系化されて全廃。

468 :名無し野電車区:2012/05/02(水) 19:12:00.70 ID:m+3XP7lz0
国鉄・JR東海 119系800番台
1986年、飯田線の増発用としてクモハ119-801・802が日本車両にて製造された。
形態的には後に登場するクモハ119-100〜に似るが、前面左側の窓寸法拡大、ライトのケーシング化(211系と同じもの)
などのデザイン変更が行われている。(塗装は既存の119系と同じ)
当初は豊橋機関区に配置されたが分割民営化後の運転ダイヤ見直しに伴い、登場からわずか5年で飯田線を離れることになった。
運用離脱後、浜松工場に入場しインバータークーラー取り付け・スノープロウ取り付けなどの改造を行われた。入場から数か月後、
東海カラーとなって浜松工場から出場し、なんと大垣電車区に配置されることになったのだ。
これは新垂井駅経由の普通列車を存続させる措置であり、ちょうど予備車状態となっていたクモハ119-801・802に白羽の矢が立て
らてた為だった。
大垣電車区に配置された同車は、主に大垣―新垂井―関ヶ原間の運用を中心に活躍した。
その後ワンマン対応工事を受け、5800番台に改番された。
2012年4月現在、オリジナルの119系が飯田線から引退した今も新垂井線にて活躍を続けている。

469 :名無し野電車区:2012/05/02(水) 20:39:51.36 ID:ct8D2W5a0
キハ261系500番台

「スーパー宗谷」の増結用にJR北海道が投入したキハ261系の増備車。
キハ261-500+キハ260-500の2両編成。
キハ260-500には本線走行可能な簡易運転台が設けられている。
主に多客期の増結用として編成の札幌方に連結される。
最初に投入された100番台・200番台と異なり、JR北海道が所有している。
乗客数が段落ちする旭川での分割・併合も検討されたが作業時間の兼ね合いで実現していない。

470 :名無し野電車区:2012/05/02(水) 20:41:17.71 ID:ct8D2W5a0
E653系1000番台(史実改変、E751系が存在しない)

常磐線に続き、東北地区の新幹線連絡輸送に使用する485系電車の置き換え用として投入された。
E653系を名乗るが、当面は直流区間を走行する運用には入らないため
交直切り替え機能が準備工事のみ(交流側で固定)とされ、事実上の交流区間専用車である。
常磐線向けの0番台に比べ、耐寒耐雪機能、気密性、暖房能力の強化が施されている。
また普通車モノクラスであった0番台と異なり青森方先頭に半室グリーン車のクロハE652形が連結される。
青函ATCが準備工事のみにとどまっており海峡線には入線できないが、
性能上は青函トンネル内での140km/h走行が可能である。

471 :名無し野電車区:2012/05/02(水) 23:15:57.93 ID:m+3XP7lz0
JR東日本 105系1500番台(相模線西寒川支線存続妄想)
1992年、置き換えが進み余剰となっていた103系のモハ103・サハ103(ユニット窓)を大宮工場にて
先頭車化及び1M方式に改造し誕生した形式である。2両×2本が存在する。
改造時に屋根のポリウレタンコート化及び半自動扉化が行われた。外版塗装はキハ30系列の相模線色を
引き継いだものである。
同車は1991年に電化された相模線用の205系に続き寒川支線用として登場、国府津車両センター
に配置された。
主に寒川―西寒川のピストン運用の他、本線に直通し橋本方面に直通する運用にもついて
いた。現在も登場当初と似たような運用で変わらず運行されている。
仙石線の600番台亡き今となっては貴重になった東日本の105系であるため、関東の撮り鉄や
乗り鉄にはよく知られた存在となっている。

472 :名無し野電車区:2012/05/03(木) 04:37:00.22 ID:TLsCWvA6I
・旅指南さくら
以前、レールスターに搭載されていたタッチパネル式コンピュータ「旅指南」が
新しくなってN700系R/S編成に搭載されたものである。
今回のは人工知能を搭載し、タッチパネルに加え、高精度の音声操作や案内ができる。
話しかけたら返事するのである。プロポーズされてもはっきり断ってく(rx

473 :名無し野電車区:2012/05/03(木) 13:24:23.90 ID:2Gj8w4ZIO
JR東日本C62-2
東日本はC61形と並行してC62形の動態復元に着手する。当初は北海道のC62-3の獲得を狙ったものの、
調査の結果致命的な問題が発覚して獲得を断念した。そこで東日本が目をつけたのがJR西日本梅小路にある
2号機だった。そもそもスチーム号として動態運転しており、走行には問題がなかった。
そこで東日本は上毛高原駅に保存されているD51とのトレードでC62-2を獲得した。
復元工事はそもそも動態運転していたために長期間にはならなかったが、ボイラーは新品に更新した。
C61復元では取り外されたストーカーは大型機のため使われることになった。
2014年に復元工事が終了して高崎に配置された。しかし大型機のために運転は上越線と信越線など
幹線レベルの路線に限られ、磐越西線等の運転は不可能だったが、もともと常磐線などで運転する目的
であったために特に問題がなかった。
手始めは懐かしの特急はつかり号として水戸までがEF510-500 水戸〜いわき間をC62で牽引する
往年の当時を再現した。
これにあたり、当時使用していたスハフ43形2両を大井川鐵道との間でオハ47及びスハフ42各1両との
トレードで獲得し、秋田車両センターで整備を受けて連結された。
主に上越線で使用されC61形との重連も行われている。またJR西日本の呉線でも里帰り運転を実現した。
JR北海道も手持ちの客車を使い、懐かしの急行ニセコを運転させる計画もあり、C61形と重連で運転する予定。

474 :anorak?:2012/05/03(木) 17:07:08.00 ID:KjoYUcVG0
>>420に続く平行世界もの
◎国鉄キハ181系700番台
1977年 キハ66/67ベース 西武線直通
○1950年代まで西武鉄道と東武は、大都市東京で糞尿を周期的に汲み取って集め、鉄道で農村へ輸送し、肥料として
リサイクルし、農産物を大都市で消費と、まさに21世紀の我々人類が目指す循環型社会を先取りする事業を実行。 
が、しかし、このエコロジー活動は当時の大衆には理解されず、西武と東武沿線の印象をさらに貶める結果に。
西武グループの創業者堤康次郎氏は、それを払拭するブランド戦略の一環として秩父線の軽井沢延伸を構想するが、
死去で実現せず。代わって東飯能から国鉄八高線に乗り入れて軽井沢等の西武のリゾート拠点に至る特急が企画された。
西武が少数の気動車を所有し管理するのは不経済な為、国鉄の車両が西武に直通とし、その使用料を負担する事になった。
この直通用にと新製されたのが、キハ181系700番台である。
本形式は、車体の意匠はキハ181系0番台のをほぼ踏襲するが、足回りを含む走行システムはキハ66系を踏襲した。
つまり、信頼性向上の為に出力が0番台の500PSから440へのデチューンで余裕を持たせ、冷却系も最適化されて
0番台中間車の屋根上に在った巨大ラジエーターは廃止。これにより最高速度は105km/h。
短編成なのでサービス電源供給は自車を含めた二両分のみとして発電機の小型化で発電室廃止。冷房は集中式。
0番台とは異なり、列車密度の高い西武線走行用に電磁直通ブレーキを装備。
碓氷峠通過は横軽対策済みで無動力でEF63に牽引・推進される。
車種は、キハ181/180(Mc/M)、キロハ180(Mhs)、Mhsは普通室とグリーン室半々、四両編成が基本。
別形式が付与されるべきだが、労働組合対策として181系の派生番台に。
78年、東飯能・八高線経由で西武池袋と軽井沢/万座・鹿沢口を結ぶ直通特急に就役。
池袋・高崎間は8両編成で、高崎以遠で四両毎に分割され各地へ向かう。
以来人気を博し、バブル期にはオンシーズンではプラチナチケット化。
がしかし、90年代初頭のバブル崩壊以後、高規格道路網の進展とツアーバス台頭の影響で大きく低迷する。
87年にJR東日本に承継。1997年長野新幹線開業に伴い軽井沢発着が廃止され、吾妻線直通のみとなる。
2008年、ついに西武グループの再編に伴うリストラで直通特急は廃止され、本形式も廃車。

475 :anorak?:2012/05/03(木) 19:05:17.71 ID:KjoYUcVG0
>>474に続く平行世界
◎JR東日本E219系900番台一般形電車
1996年 碓氷峠自走
○国鉄が破産寸前の1980年代に東北上越新幹線が開業したが、それらの利益が高金利の建設債務と並行在来線の赤字で
相殺されて経営改善には貢献しなかった、という教訓から、整備新幹線の建設には、一に財源には公的無償資金援助、
二に並行在来線の経営分離の自由が認められた。
北陸新幹線高崎・長野区間着工の際、JR東日本は並行在来線の横川・篠ノ井区間を経営分離する事を表明。
JR東が発足当時とは想定外の黒字であった事から『税金等の公的資金の援助で新幹線という金の卵を手に入れて、
赤字の在来線を納税者に押し付けるとは、そこまで一民間企業を厚遇して良いものだろうか』云々の批判を受け、
結局、インフラを第三セクターの第三種鉄道事業者の保有とした上でJRが第二種鉄道事業者として運営を継続する事で、
97年秋の長野新幹線開業時に横川・篠ノ井間が新しいJRの地方交通線として信越本線から分離する事になった。
これは他にも波及し、並行在来線の上下分離区間は路線名が変わるが、全区間は外観上JRが一体運営。
当並行在来線の合理化目的で軽井沢・横川間の最急勾配66.7‰の碓氷峠を自走可能な電車E219系を新造投入。
試作車900番台が96年に登場し試運転実施。
本系列の特有な仕様は以下の通り。
意匠は、701/E127をE217並の裾絞りの有る広幅断面車体にし、両開き三扉車。
車種と基本編成は、軽井沢←クハE219(Tc)サハE218(T')クモハE218(M'c)クモハE219(Mc)→横川、
Mに走行機器、M'に横軽対策装置を集約、運転台側台車では後輪に主電動機一基だけとなる0.75M車、
電気連結器、需要に応じて最大六両。
走行システムは、1C1M方式のIGBT素子VVVFインバータ制御、主電動機定格120KW。
ブレーキは、M車は回生に加え下り勾配抑速最重視で発電も、屋根にブレーキ用抵抗、T車は渦電流式ディスクブレーキ、
さらに全車渦電流式レールブレーキも。
特に停電時に急勾配で停車状態を維持する為の各種ブレーキへの非常電源となる大容量の蓄電池を搭載。
接客設備は、セミクロスシート、M'cとTcの後位に車椅子対応の洋式トイレ、半自動ドア。
横軽対策としての空気バネパンクはT車のみ。
97年に仕様が変更された量産車登場。97年10月に本系列は碓氷峠越え運用に就役開始。

476 :anorak?:2012/05/03(木) 19:13:24.67 ID:KjoYUcVG0
>>475の修正
当並行在来線の合理化目的で軽井沢・横川間の最急勾配66.7‰の碓氷峠を自走可能な電車E219系を新造投入。
試作車900番台が96年に登場し試運転実施。
本系列の特有な仕様は以下の通り。
意匠は、701/E127をE217並の裾絞りの有る広幅断面車体にし、両開き三扉車。
車種と基本編成は、軽井沢←クハE219(Tc)サハE218(T')クモハE218(M'c)クモハE219(Mc)→横川、
Mに走行機器、M'に横軽対策装置を集約。電気連結器、需要に応じて二編成連結の八両。
走行システムは、1C1M方式のIGBT素子VVVFインバータ制御、主電動機定格120KW。
ブレーキは、M車は回生に加え下り勾配抑速最重視で発電も、屋根にブレーキ用抵抗、T車は渦電流式ディスクブレーキ、
さらに全車渦電流式レールブレーキも。
特に停電時に急勾配で停車状態を維持する為の各種ブレーキへの非常電源となる大容量の蓄電池を搭載。
接客設備は、セミクロスシート、M'cとTcの後位に車椅子対応の洋式トイレ、半自動ドア。
横軽対策としての空気バネパンクはT車のみ。
97年に仕様が変更された量産車登場。97年10月に本系列は碓氷峠越え運用に就役開始。

477 :名無し野電車区:2012/05/03(木) 21:53:45.28 ID:TRvUhTvS0
クロ310形
311系の運転台付きグリーン車。

サハ310形
311系のトイレ付きサハ。

モハ311形
311系のパンタグラフ付き中間電動車。


478 :名無し野電車区:2012/05/03(木) 22:45:36.56 ID:TLsCWvA60
・JR東日本E219系 ※上記とは無関係でスマソm(-_-)m
92年に湘南ライナー用として製造された215系であったが、狭いシートピッチなどが敬遠され、
他の特急型車両使用の列車が混雑する傾向があったため、安全性と居住性がアップした新型車両に置き換えられることになった。
動力部分を分散配置することになったため、先頭車もダブルデッカーになり、普通車8M+サロ2Tとなった。
また、シートピッチと窓割りは全号車で統一され、座席形態のみの違いとなる。
普通車は1F・2Fが1940mmピッチのテーブル付きボックスシートとなり、平屋部分はJRの有料列車初となるロングシートである。
これはバスのサロン席をヒントに、奥行きと背もたれを大きくし、1人毎にモケット付きの肘掛けを設けたソファーシートである。
また、各区画にコンセントが設けられ、乗客が自由に使うことができる。
10両編成が4編成が作られたが、好評で湘南ライナー全体の乗客が増えたことから増備されることになった。

479 :名無し野電車区:2012/05/04(金) 00:22:15.08 ID:q29DQjoF0
西武鉄道タンクコンテナ40000系
本業回帰を目指して西武がし尿輸送用に製造したタンクコンテナ。
別途バキュームユニットを積んだコンテナトラックに搭載してし尿を回収後、コンテナ電車に搭載されて沿線にある下水処理場(水再生センター)へ輸送され、処理される。

480 :anorak?:2012/05/05(土) 03:03:47.47 ID:7NgIF7o40
>>475-476に続く平行世界もの
◎国鉄キハ61形気動車
1986 乗客ごと車両航送
○1960年代、国鉄の音戸線(呉〜倉橋島鹿老渡)及び芸予航路(倉橋島鹿老渡〜堀江桟橋)及び予讃線堀江桟橋支線
(堀江桟橋〜堀江)、並びに佐田岬線(八幡浜〜三崎港)及び豊予航路(三崎港〜佐賀関港)及び佐賀関線
(佐賀関港〜日豊線幸崎)が開業し、広島・松山・大分の連絡ルートが誕生。代って仁堀連絡船は廃止。
この芸予・豊予連絡ルートの競争力強化を目的に、JR発足を控えた86年秋の国鉄最後の全国ダイヤ改正で、
列車に乗客を乗せたままの列車航送を実施して広島と松山と大分別府を結ぶ直通急行が運行開始。
経路は、広島〜呉線〜音戸線〜芸予連絡船〜予讃線・松山〜佐田岬線〜豊予連絡船〜佐賀関線〜日豊線〜別府。
全行程にて鉄道よりも速度が遅くって距離の割には所要時間掛かる連絡船の比率が大きいので特急ではなく急行に。
それ用にとキハ61を新造投入。
乗客を乗せたままの車両航送の為の特殊仕様として、
一に海難事故で乗客が脱出し易い様にと幅1mの片開き引戸の三扉、客室とデッキの仕切扉省略、一段下降窓を採用、
二に船内に一両毎に分割して均衡に搭載するので両運転台で自動解結装置、
三に航送中にてサービス電源を自車ではなく船に依存する為の船からの電力供給のプラグインシステム、
四に軽量化の為のステンレス製車体、エンジン二基ではなく、大出力のもの一基に集約、など。
外観は、両運転台ではあるが、片方は回送運転台形状と簡易化、逆の本線走行用運転台側の先頭は213系電車に酷似し、
その他は同期のキハ185系に似て、裾絞りの有る広幅断面車体。
走行システムは同期のキハ183系500番台に準じ、出力550PSのエンジン一基、動力台車二軸駆動。
サービス電源として自車用の小型発電装置を床下搭載。
車種はトイレと洗面所付きの0番台とそれら無しの1000番台。
これらで組む二両編成を基本に需要に応じ増結。
リクライニングシート。
就役以後、87年春に先述の航路と四国側の路線と共にJR四国に承継。
競合する高速船に対し所要時間で負けるが、同じJRグループ内での強い連携のお陰でそれなりの利用客がいて存続。
バルト海の渡り鳥コースの日本版として、列車に乗ったまま船で運ばれる、これこそ鉄道連絡船の醍醐味が味わえる。

481 :名無し野電車区:2012/05/05(土) 10:37:28.43 ID:inegxFSl0
近鉄2630系電車
近鉄が1979-1980年に製造した急行用車両。
2610系は4扉ボックスシートでシートピッチが狭いのと、2250系吊り掛け駆動車が老朽化したためそれを置き換えるために登場した。
車体は片側3扉になり、ドア間にはボックスシートが1470mmピッチで配置され、通路側には肘掛が設けられた。
また車体幅が奈良線用と同じ2800mmに拡大され、車体裾が絞られたため、奈良線用8600系に近い正面イメージになった。
主電動機は2610系と同じもの(155kW)を使用しているが、本系列では奈良線用8800系と同じ1C8M制御(ただし本系列は奈良線用8800系とは異なり抑速ブレーキ付き)となっている。


482 :名無し野電車区:2012/05/10(木) 13:57:58.18 ID:ZHYYZ96s0
カニ24形900番台
国鉄が開発したカニ24形100番台ベースのガスタービン電源車。
ガスタービン発電ユニットを搭載し、小型化と荷物スペース拡大を実現。
しかし騒音が非常に大きく2両しか製造されなかった。

483 :名無し野電車区:2012/05/10(木) 21:06:53.65 ID:ZHYYZ96s0
203系500番台
国鉄が製造した203系の東西線乗り入れ仕様。
保安装置がWS-ATCに変更された。
また東西線内での100km/hからのブレーキに対応するため回生ブレーキ時は201系と同じく45%弱め界磁を行う。
JR化後の1989年まで製造が続いた。
E231系800番台登場後も残っていたが、E233系2000番台が投入されるとあっさり廃車されてしまった。

484 :名無し野電車区:2012/05/10(木) 22:09:47.06 ID:gspTcBjEO
平行世界もの

サロE500、サロE501
常磐線に運用されていたE501系のグリーン車として登場した
余剰となったサハE501、8両は新たに落成された4編成に組み込まれた
現在E501系は50編成が運用。E531と共に活躍中である

グリーン車の登場に伴い出力が150kwへと昇圧工事を施された

485 :名無し野雷車区:2012/05/10(木) 22:57:16.14 ID:gm3/TNXL0
クハネ209
臨時ながら用に改造。
盆暮れのイベント時に大活躍。
それ以外は寝台をはずして京浜東北で使用。

486 : 忍法帖【Lv=2,xxxP】 【東電 76.9 %】 :2012/05/11(金) 23:03:08.16 ID:zfrHnkG2O
JR東日本E585系:
あけぼのの老朽化で電車化。
西日本にきたぐにや北陸や能登や日本海の臨時列車に貸し出す事も。東オク配属

JR東日本E28系:
北斗星の老朽化で置き換え用。指定機はEF510-500
JR西日本28系:
トワイライトエクスプレスの老朽化で置き換え用。指定機のEF81の老朽化でお金が無いのでJR貨物富山機関区EF510-0が牽引。

487 : 忍法帖【Lv=2,xxxP】 【東電 76.9 %】 :2012/05/11(金) 23:07:52.53 ID:zfrHnkG2O
JR東日本オヒ24/25:
長岡区EF64や青森区EF81に死神釜が充当された場合の牽引ショック対策で、余剰の12/14系座席車や14/24系寝台車や183/189/485系電車を改造。
機関車側に密着連結器を装備。オヒ24が青森側固定、25が上野方固定。
前述のE585系投入により全廃。

488 :名無し野電車区:2012/05/12(土) 20:22:09.67 ID:gtK1zTzGO
銚子電鉄デキ5形電気機関車
デキ3形と共に本線貨物列車牽引用として自社発注した電気機関車である。
昭和24年東芝製のいわゆる東芝戦時形凸形機関車で、西武鉄道が発注していたE31形(初代)の
注文流れを銚子電鉄が1両格安で購入したものである。
台車は登場時は板台枠式であったが、1982年に同じ東芝戦時形凸形機関車であった東武鉄道ED4011形
のFS29を譲り受けると共に予備品として解体機器を活用されている。
パンタグラフは登場当時はPS13で一時はビューゲルにしていた時期もあったが後にパンタに戻されている。
1984年に貨物輸送廃止後も残され、工事列車や架線点検車となったデハ300形の支援などで使われた他に
ユ100形の牽引にも使われている。
台車を譲り受けた際に延命工事を東武鉄道の杉戸工場で行い、ブレーキ等も改良されている。
客車がないために単独運転でのイベント列車が主体だが、デハ1000形を連結したりなどで牽引する事もある。
銚子電鉄はこの機関車を使った運転を土日祝日に設定。JR貨物からワム380000形2両を購入し、
新しいトロッコ客車を投入する。
なお経営危機の際に同じ東芝戦時形凸形機関車を持つ名鉄にデキ600形の部品取りにされるのではと噂された。
ユ201 202
ワム380000形貨車から改造した新型トロッコ客車である。保安基準から休車を余儀なくされた
ユ100形の反省点を生かしたもので雨天時には窓が取り付けられるようになっている。
また銚子方のユ202には推進運転用の運転台を装備。外川駅到着後に機回しはせずに推進運転で
銚子に戻れるようになっている。

489 :名無し野電車区:2012/05/12(土) 23:50:56.58 ID:fQ3+hknY0
岡電9300形/JR西日本クモハ323
岡電と吉備線・津山線との乗り入れ用に共同設計されたバッテリートラム。
MOMOをベースにした2両連接車となっている。
吉備線・津山線では主要駅にある充電設備で充電して運転する。

490 :名無し野電車区:2012/05/13(日) 18:07:48.81 ID:7Oidn9jN0
国鉄461・751・753・761系電車
交直両用型が461系、交流型北海道用抵抗制御車が751系、交流型九州・東北用が753系、交流型北海道用サイリスタ車が761系である。
車体は2扉デッキ付きだが、車体長は21.3mとなり1300mm両開きドアを採用(グリーン車は700mm片開きドア、北海道用は1000mmの片開きドア)、
車内は普通車が910mmピッチの転換クロスシート、グリーン車はリクライニングシートである。
窓は普通車が2連の2段ユニット窓(上段下降、下段上昇)(北海道用は2連の1段上昇窓)、グリーン車が2連の固定窓である。
出入り口はステップ付きである。
正面は貫通型で、前照灯はシールドビームである。
モーターはMT54系、歯数比は4.21である。
冷房装置は初期車がAU13系で、パンタグラフ付き中間車のみAU75系、ベンチレーターは2列配置、後期車は全てAU75系集中式でベンチレーターはなく117系と同じタイプの強制換気装置搭載となっている。
車体塗色は赤色13号に窓回りクリーム色4号である。
形式は
751系: クモハ751、モハ750、モハ751、クハ751、サハ751、サロ751、サシ751
761系: クモハ761、モハ760、モハ761 (電動車以外は751系と共用)
461系: クモハ461、モハ460、モハ461、クハ461、サハ461、サロ461、サシ461
753系: クモハ753、モハ752、モハ753 (電動車以外は461系と共用)


491 :名無し野電車区:2012/05/13(日) 18:17:29.89 ID:7Oidn9jN0
>>490の気動車版
国鉄キハ68、キハ69、キハ68-1000、キハ69-1000、キロ69、急行型気動車国鉄が1970年代後半に新時代を睨み急行列車の存続と
特急列車との併用存続。新幹線開業後特急列車は新幹線に移行だが並行在来線には
急行列車や夜行特急、夜行急行を引き続き残しエコノミー客に対応
(1000番台は北海道用)

そしてキハ66、キハ67の試験結果を反映した急行型気動車
車体は2扉デッキ付きだが、車体長は21.3mとなり1300mm両開きドアを採用(グリーン車は700mm片開きドア、北海道用は1000mmの片開きドア)、
車内は普通車が910mmピッチの転換クロスシート、グリーン車はリクライニングシートである。
窓は普通車が2連の2段ユニット窓(上段下降、下段上昇)(北海道用は2連の1段上昇窓)、グリーン車が2連の固定窓である。
出入り口はステップ付きである。
正面は貫通型で、前照灯はシールドビームだが顔つきはキハ66、キハ67
やキハ40系の顔つきで。
エンジンはキハ181系の札幌〜函館間120km/h〜130km/hの高速試験結果を
反映した結果、DML30系を440psに絞り、最高速度はキハ80系と同じ100km/h
として、キハ181系、その北海道運用含めた改良型のキハ183系の120km/h
と区別を付け、在来の置き換え予定のキハ58系との併結も配慮された。
やはり気動車快速や一部普通列車との兼任運用を考慮している設計だが。


492 :名無し野電車区:2012/05/13(日) 18:21:29.50 ID:7Oidn9jN0
>>491
キハ68、キハ69、キハ68-1000、キハ69-1000、キロ69の車体塗色は、クリーム色4号+窓回り赤色11号


493 :名無し野電車区:2012/05/14(月) 09:50:49.39 ID:GQJ9TgOD0
JR西日本 221系リバイバル塗装車各種
京阪神エリアの各電車区の221系をさまざまな塗装にする企画が始動
網干車は、8両3編成をそれぞれモハ52・80系関西急電色と153系・113系ブルーライナーに
奈良車は、6両2編成をそれぞれ113系関西線色と113系スカ色に
京都車は、4連3編成を、113系湘南色と117系福知山線色と117系新快速色に
した
これは、京阪神から221系が消える前触れか?と鉄道ファンから言われる。

494 :名無し野電車区:2012/05/14(月) 22:35:51.27 ID:adVK9qHLO
モハ457
東北急行の輸送力増強の為に昭和46年に6ユニットが新製された。
急行基本編成の中間に組み込まれたクモハユニットと差し替えて定員増加が図られた。
捻出されたクモハユニットには同時新製されたクハ455-76〜81が連結され、附属編成の増強に充てられた。

サハ455-200、サハ455-300
昭和60年の東北急行全廃によりモハ457を連結した編成は6連のままローカルに使用されることになった。
6本中3本は常磐線で使用されていたサハ451の引き通しを改造しサハ455-200として充当したが、残る3本はサロ455を格下げ、サハ455-300として済ませる事とされた。
設備面の改造は行われず使用された為、乗りドク車両として名を馳せた。
平成元年に車両更新工事が施工され、サハ455-300は通常のボックスシートとロングシートを使用したセミクロスシートに改装された。
輸送力列車を中心に活躍したが、E721系の登場に伴い廃車された。

495 :名無し野電車区:2012/05/14(月) 23:00:36.19 ID:DnhD7SiK0
サハ165-500番台
サロ165を格下げ改造。
車内の座席はボックスシートに交換された。

クハ165-500番台
サロ165を格下げ改造してさらに先頭車化改造を施工。
車内はボックスシートである。

496 :名無し野電車区:2012/05/15(火) 06:24:19.10 ID:u/n4m7Gk0
>>490
751系のその後
道央都市間急行用としての711系の代替となるべく登場したはずの751系は、
抵抗制御が災いし、485系1500番台と同様のトラブルが頻発。
皮肉にも、置き換えられるはずの711系が代走した程である。
結局のところ、761系に追われる形で青森に転属することとなり、盛岡〜青森間の新幹線連絡急行に用いられた。
やがて、JR化を控えた1986〜1987年、土崎・郡山・盛岡にて、開通予定の青函トンネルに対応すべく、
ATC-L型搭載・窓の固定式複層窓化・防災基準対応等の改造が逐次施された。
その際、塗色は、青色地に、前面と側面窓下に白帯を配した塗装に変更された。
一時は、五稜郭(後の青函→函館)への転属も検討されたが、五稜郭配属分は、
札幌圏の余剰編成で賄うことが決定した為、結果として青森に残留。
JR発足後は、全車がJR東日本に継承された。
1988年3月の青函トンネル開通後は、盛岡〜青森間の新幹線連絡急行が、
「はつかり」に統合される形で廃止されたが、青森〜函館間の快速「海峡」に投入。
間合いで青森地区の普通列車や快速列車にも用いられた。
(ちなみに、サシ751は、24系客車編入改造の上、スシ24 550番台を名乗り「北斗星」に用いられた)
2002年12月1日の東北新幹線八戸駅開業により、「海峡」が廃止。
これにより、751系は全廃となり、形式消滅することとなった。

497 :名無し野電車区:2012/05/15(火) 06:26:14.40 ID:u/n4m7Gk0
>>490続き
761系登場とその後
トラブル続きの751系の代替として、761系がクハ751ともども新製された。
(サロ751、サシ751は、運転距離が比較的短いこともあり、追加製造されることはなかった)
その際、前照灯は、当時札幌圏で運用されていた711系と同様のシールドビーム4灯となった。
3連・4連・6連が組成され、道央都市間急行用としての751系/711系を置き換えた。
1984年2月1日ダイヤ改正により、一部の道央都市間急行は、特急「ライラック」に格上げ。
これを機に、3連と6連に統一され、道央都市間急行の他、間合いで普通や快速の増発用にも用いられた。
その際、3連を中心に、711系併結対応改造を実施。
同時に塗色を711系と同様の、赤1号の地色に、前面と側面窓下にクリーム1号の帯を配したものに変更。
但し711系と区別するため、警戒色として貫通扉はクリーム1号に塗装された。
これにより、余剰となった4連は、開通予定の青函トンネル用に転用されることとなった。
JR発足後はJR北海道に継承されたが、1990年9月1日の785系投入を以てして、道央都市間急行は全て特急に格上げ。
以降、761系は優等列車運用を失い、711系と混用される形で専ら普通や快速に使用されることとなった。
その際、車端部座席のロングシート化(3連)または1人掛け化(6連)・吊手の新設(全編成)といった改造がされた。
1992年7月の新千歳空港ターミナルビル完成後は快速「エアポート」に投入されたが、1998年に、721系6連に追われる形で全面撤退。
晩年は、3連のみが残り、711系と同様にラッシュ時を除き、主に苫小牧〜室蘭、岩見沢〜旭川間の普通列車運用に就いた。
残った編成のうちの1本は原色に戻され、これまた原色を纏った711系と組んで走る姿は、沿線のファンの注目を集めることとなった。

498 :名無し野電車区:2012/05/15(火) 20:11:16.54 ID:ZqiubtPd0
南海 12000系2次車
特急サザン指定席車を12000系に統一するために増備が再開される
今回の増備で、ライト類がLEDになる。
車内は、12000系1次車と同じ。
これに伴い、8000系も同時に増備される。
10000系は、廃車になる前に、旧塗装にリバイバルされる。

499 :名無し野電車区:2012/05/16(水) 07:14:09.83 ID:iV5ZA9dwO
>>491に便乗して…

キハ68-1000
キハ58系の予備車及び出力増強として製造された大馬力の中間車
車体は12系客車に近くキハ66系に続き方向幕が標準装備され、エンジンはキハ65と同じ500馬力のDML30HSDを搭載している
しかし中間車故に使い勝手は悪く量産数は10両で中央本線と常磐線などに少数在籍するだけであり
晩年はローカル線の多客用に使われた

キロ68
大馬力のグリーン車。キハ65の慢性的な車両不足を解消、及び高速化を実現するため開発の急がれた
キロ28後期型の車体にキハ65のエンジンを付けた車体で、引き戸が採用。これが後のキハ183系のルーツになった………かどうかは知らない
しかしその時は既に気動車急行は衰退を辿り、生産数は3両に止まり
キハ68同様全車両の廃車は免れ、キハ68-1000の続番として改めた後、ローカル線に転用されることとなる
キハ68-1000同様、方向幕が標準装備されていた

500 :名無し野電車区:2012/05/16(水) 11:40:10.82 ID:agZ/7QYmO
南海 15000系
2形式の車両がある特急こうや りんかんを1形式に統合化すべく登場した新型特急列車である。
基本的には本線特急「サザン」同様12000系を基本としているが、高野線の50パーミルの急勾配に対応するため、
発電ブレーキと電磁吸着ブレーキなどを装備し、急曲線の騒音対策として箱根登山鉄道同様に
レール散水装置がある。車体長は高野線の関係上17m車体となっている。
指定席車のこの形式が4両に一般席車2両が連結される。一般席車は2300系を使用する。
こうやでは橋本で一般席車が切り離しとなり、切り離し後はそのまま高野線普通となる。

501 :名無し野電車区:2012/05/16(水) 17:30:39.13 ID:4XoIUBks0
JR東日本 485系 2代目スーパーエクスプレスレインボー改造車
老朽化したスーパーエクスプレスレインボーを置き換えるために1999年に485系7連を改造して登場
編成は、クロ+モロ+モロ+サロ+モロ+モロ+クロの7連となる
先頭車の前面は、パノラマエクスプレスアルプスと同じような構造になっている。
内装は、客車スーパーエクスプレスレインボーと同じような作りとなる
側面窓は、拡大される
塗装は、1両1両違い、すべてで虹色となる。
パンタは、2002年ごろにシングルアームパンタに交換される。
非電化区間への走行を考慮して、別に客車改造の専用電源車が登場予定

502 :名無し野電車区:2012/05/16(水) 17:42:15.52 ID:4XoIUBks0
>>501に追加
客車スーパーエクスプレスレインボーの引退時に合わせて記念イベントを実施した。

503 :名無し野電車区:2012/05/16(水) 21:26:00.13 ID:iHLBB4HJ0
>>497訂正
誤:>>490続き
正:>>496続き

>>497補遺
JR北海道に継承された後は、全車歯数比を4.82に変更。

では、本題
>>490および、>>496-497に関連して
JR北海道 クモハ711-100番台・モハ710-100番台
JR北海道が、モハ711-100番台およびクハ711-100番台2扉車をベースに、
761系(>>490および>>496-497参照)の廃車発生品を用いて、MM'ユニット化・発電ブレーキ装備・冷房改造したもの。
クモハ711-100はクハ711-100を電装化し、モハ710-100はモハ711-100をMM'ユニット化対応したものである。
なお、クモハ711-100番台には、屋根上に発電ブレーキ用の抵抗器(これまた761系廃車発生品)が装備された。
同時に、車体補強の上、AU75系集中式冷房装置が搭載された。
但し、117系と同じタイプの強制換気装置は装備されなかった。
併せて、クハ711-200番台2扉車も車体補強の上で冷房改造された。
しかし、車体補強とTc車の電装化による費用対効果が疑問視され、上記の改造は5編成にとどまった。
これにより、未改造の711系は、3扉改造車含めて全て廃車となった。

504 :名無し野電車区:2012/05/16(水) 21:40:03.58 ID:2PtMNavN0
200系3000番台
JR東日本が製造した200系の最終形態。
先頭車は100系と同じシャークノーズ。
側窓が100系に合わせて大型化された。
また2階建て車両を4両連結しており、「グランドやまびこ」と呼ばれる。

505 :妄想竹:2012/05/16(水) 22:07:56.93 ID:ispi5JgR0
>>499にインスピレーションをうけて。

キハ65-900
キハ65の増備が打ち切られた後も山岳路線の冷房化要求は強いものがあり、これに対応するため、
試作要素てんこもりで故障が多く、使用されないまま放置されていたキハ91を徹底的に標準化改造して対応することとした。
この標準化改造車がキハ65-900である。

キハ91のエンジン・台車はそのままに、液体変速機はキハ65と同じDW4Dに載せ替え、制御回路もキハ65と同様に改造。
故障の主原因の一つだった駆動機関の放熱装置は、床下に強制通風方式のものを設置し、屋根上の放熱器は撤去した。
冷房装置はAU13を7基設置し、床下には3両給電の電源装置を設置。この関係で床下に水タンクを置けないことから、後位方の屋根上にキハ58のものに似た水タンクを搭載している。
側出入口は幅800ミリの3枚折り戸から700ミリの2枚折り戸となり、ここでも標準化が図られている。
トイレ・洗面所は蛍光灯化の上、窓配置は12系客車と同様となったが、電動行先表示幕は準備工事のみとされた。

キハ91のうち、1974年に廃車された1を除く全車が改造され、種車の番号順に以下のとおり改番された。
キハ91 2〜9 → キハ65 901〜908
キハ91 9が種車のキハ91 908は、独特の曲面を描く前面窓はそのまま活用されている。

改造後は新潟に所属。当初は「赤倉」で通いなれた中央西線に顔を出していた。
JR化後は快速化された「あがの」「べにばな」を中心に使用されたものの、
エンジンの性質上燃料消費が多いことや老朽化により、キハ110の投入に当たって真っ先に淘汰対象となった。

506 :名無し野電車区:2012/05/16(水) 22:14:55.81 ID:HjrcinIN0
>>494に触発されて
453系1000番台
457系の平坦線バージョン。1969年登場。
パンタグラフのない中間電動車(モハ453)のみ0番台を名乗る。

453系1000'番台
457系1000番台(>>76)の平坦線バージョン。1972年登場。
モハ453も1000番台となった。

サロハ455
平成元年の延命工事の際に、サハ455-300のセミクロス改造の検討がなされたが、ドアの幅が狭いためにセミクロス改造は断念することになった。
それに伴いサハ455-300を半室グリーン車化改造した車両がサロハ455である。


507 :妄想竹:2012/05/16(水) 22:27:50.49 ID:ispi5JgR0
>>499にインスピレーションを受けてもう1本

キロハ68-100
一旦はキハ68-1000の続番に編入され、播但線で使用されたキロ68であったが、
短編成化による出力ダウンが問題となっていた「砂丘」用として転用されることになり、
半室をグリーン室に復元し、もう半室は普通室のままながら、
指定席用として整備され、回転式簡易リクライニングシートへ交換することになった。
こうして登場したのがキロハ68-100である。番号は原番号+100となり、全3両が改造された。
グリーン室・普通室とも、シートは当時廃車が進んでいた0系新幹線のものが、モケット交換の上で転用されている。

改造後は全車西鳥取運転区に所属。当初は気動車急行色とされたが、末期はいわゆる「砂丘色」となった。
智頭急行経由の「いなば」設定による「砂丘」廃止と運命を共にし、「つやま」へ転用されること無く全車廃車となった。

508 :名無し野電車区:2012/05/17(木) 00:34:40.56 ID:Uq5R9RTM0
JR北海道110系客車
JR北海道の在来線の1435mm化&車両限界拡張&低床ホーム化に伴い新製。
車体長25m&車体幅3380mmのステンレス製車体(ビード付き)で、SA-3型連結器を標準装備している。
南稚内で1435mm軌間と1524mm軌間の台車交換も可能。

JR北海道130系客車
JR北海道110系客車の新造と同時に、米国およびカナダを走っていた旧型客車を北海道に転用。
連結器は種車の関係でAAR型連結器を装備している。

この両系列の登場によりキハ281・283系振り子式気動車を北海道から一掃し、北海道の非電化区間の主力を客車列車にする。


509 :名無し野電車区:2012/05/17(木) 00:38:43.82 ID:Uq5R9RTM0
>>508補遺
110系客車・130系客車両系列ともに車両限界の関係で札沼線および新千歳空港駅には入線不可。


510 :名無し野電車区:2012/05/19(土) 09:14:23.46 ID:BAif7yjt0
JR九州 817系8000番台
蓄電池式に改造した車両の性能が良かったため、量産化された車両。
1100番台相当の内装を採用した。
また、既存の817系各番台との併結も可能。

直方運輸センターに3連24本・2連8本が配置され、香椎線・筑豊本線・後藤寺線の非電化区間と下関〜門司間に充当される。

511 :名無し野電車区:2012/05/19(土) 17:49:29.49 ID:/fWz/ewO0
JR西日本 321系3連車
207系で不足している3連車を補うために登場。
走行機器は、207系各番台と併結できる設計となっている。
電連付きとなる。
他は、321系7連車と同じ。
パンタ車1両となる。
207系4連車と連結し7両で運用につく。

512 :名無し野電車区:2012/05/20(日) 17:29:45.82 ID:K+KfMUDS0
>>511
計画変更で4連車も登場することとなった

513 :anorak?:2012/05/20(日) 23:43:36.99 ID:tUlNgiTF0
>>480に続く平行世界もの
◎国鉄511系900番台交直流近郊形電車
登場年 1986 車種 クモハ511(Mc) モハ510(M') サハ511(T) クハ510(Tc')
○国鉄の分割民営化直前の1986年度に87年春に継承するJR各社の経営強化を目的に日本各地に様々な新車が投入された。
中にはJR発足以後成功すれば量産化される事を前提とした試作車もあった。
常磐線東京口にも二種類の試作車が投入された。緩行線には、かご形三相誘導電動機・VVVFインバータ制御の207系900番台が。
そして、中電には、交直流電車として当時初の界磁添加励磁制御を採用した511系900番台が。
511-900は211系1000/3000番台を土台に変圧器や整流器等の交流電化区間走行用機器を追加したような仕様であり、
回生ブレーキは、当時の技術上及び費用対効果の関係上、交流区間での回生ブレーキに必要な直流から交流に変換する
インバータ回路を搭載しなかったので、直流区間限定である。
JR各社での量産化の可能性を考慮して予め50/60Hz両対応の三電源、耐寒耐雪設備。
車体の意匠及び内装は、211-1000/3000をほぼ踏襲。
セミクロスシートだが、試作車ならではの混雑緩和の試みとして、通路両側をクロスシートとせず、通路を挟んで
一方が扉間セミクロスともう片方が扉間オールロングの、中央ドアを点対称とする千鳥式配置。
塗装は415系1500番台に準じるが415系とは併結運転不可なので区別の為に先頭車貫通扉と乗務員扉が赤く塗られている。
上野口の211系と同様に将来のローカル線転用を考慮としたMcM'TTTc'の2M3Tの五両編成を基本とし三編成の計15両が製造。
86年11月の国鉄最後の全国ダイヤ改正で常磐線中電に就役、二/三編成連結の10/15両編成で。
87年4月のJR発足後、JR東に承継されるが、費用対効果や既存の415系と混ぜた柔軟な運用が不可の問題で
暫くは量産化されず、415系1500番台の製造が継続された。
界磁添加励磁制御の交直流電車の量産車は本系列ではなく、JR東日本の651系(1988年)となり、511-900とは異なって
651系は交流区間でも回生ブレーキ使用可能。
二十年程経った2007年春のダイヤ改正で常磐線中電上野口がE531系に全て置換えられる事に伴い、
各編成からT車全て抜かれたMcM'Tc'に編成し直されて、水戸線と常磐線友部以北等のローカル運用に転用され、
T車は全て廃車。

514 :名無し野電車区:2012/05/21(月) 00:25:27.50 ID:cEmvx8MQ0
パラレルワールド移動鉄道
平行世界が増えすぎたので作られた平行世界を移動する鉄道。2112年に運転開始されたが、他時代に配備されている猫型ロボットなどに頼めば他の時代の人間も利用することが可能。
車輌はSL風機関車と全鋼製旧型客車風客車からなる。

515 :名無し野電車区:2012/05/21(月) 05:57:24.66 ID:7U4S+pqx0
国鉄50系900番台
国鉄が、1980年代初頭に、軽量ステンレス工法の検証を目的に、
当時東急8090系を製造した東急車輛製造に製作させた試作車。
車体は、東急8090系に準じた軽量ステンレス車体となっている。
上記以外の車体・設備・台車等は、50系鋼製車に準拠したものとなっている。
本州以南用の50形900番台と、北海道用の51形900番台が製作され、
50形900番台は、側窓が上段下降・下段上昇式の2段ユニット窓と1段下降窓の2種類が存在した。
(51形900番台は、1段上昇式の二重窓のみ)
50系鋼製車と同様に地方都市圏に投入され、長期実用試験を兼ねた営業運転に充当された。

516 :名無し野電車区:2012/05/21(月) 17:36:36.63 ID:FW/1CrAT0
>>513
これは611系。


517 :名無し野電車区:2012/05/21(月) 18:01:54.79 ID:FW/1CrAT0
>>490-492に相当する直流専用電車
国鉄171・179系電車
国鉄が老朽化した153系初期車、155系、159系更にデラックス急行型157系列の置き換え、関西地区、中京地区で新快速の置き換えと平行大手私鉄対抗の為に投入した直流急行型電車。
車体は>>490の461・751・753・761系電車と同様だが、直流専用電車のため出入口にステップがなく、車体塗色はクリーム色4号に窓回りが赤色11号となっている。
179系は碓氷峠の横川=軽井沢でEF63と協調運転可能な形式
歯車比は4.21、MMはMT54系
形式は
171系は、クモハ171、モハ170、モハ171、クハ171、サハ171、サロ171、サシ171
179系は、クモハ179、モハ178、モハ179、クハ179、サロ179、サシ179
が製作された。
しかしながら、直流専用の急行型電車を削減するという長期計画にさらされ、
サシ171とサシ179はごくわずかしか製造されず。
1979年以降は、171・179系に代えて117・185系が製作されることになった。
171・179系自体も、1983年に近郊型の117系900番台に改造され、登場後わずか7年で形式消滅となった。
後継には、碓氷峠をまたぐ区間では>>82の469系が追加投入され、それ以外の区間の急行運用には185系が追加投入された。


518 :名無し野電車区:2012/05/21(月) 21:05:38.61 ID:bVFz9GlY0
>>490-492 >>517に相当する客車
国鉄12系1000番台客車(史実とは異なる)
国鉄が1970年代から製造した12系客車のマイナーチェンジ版で、
波動輸送用車両のグレードアップを念頭において製造したもの。
窓は2連の2段ユニット窓(上段下降、下段上昇)で、車内は910mmピッチの転換クロスシート。
それ以外は、12系基本番台と共通である。
車体塗色は12系基本番台と同様の青20号に、クリーム10号の2本帯となっている。
団体列車や臨時急行列車に用いられたが、一時的に臨時特急にも用いられた。
後に、全車が14系座席車に改造編入された。

519 :名無し野電車区:2012/05/22(火) 14:28:04.48 ID:hSpSWy7J0
>>518
史実の12系1000番台との番号重複を避けるための改造編入。
改造編入後の車両系列は、14系1000番台。


520 :名無し野電車区:2012/05/22(火) 20:05:53.86 ID:QJppxMn90
JR西日本 カニ24 100番台トワイライト色
2008年のダイヤ改正で、廃止となった日本海1・4号と急行銀河で余剰の出たカニ24 100番台車を塗装変更し、0番台を2両置き換える。

521 :名無し野雷車区:2012/05/22(火) 23:20:22.33 ID:WZzGXS3A0
>>520
実際にあったような。

522 :名無し野電車区:2012/05/23(水) 18:27:31.07 ID:FGc6lOzR0
>>28
2012年3月ダイヤ改正で東京乗り入れ運用から撤退した。
基本編成のグリーン車は使い道が無く全て余剰廃車され、8両編成となって神領車両区に全車転属した。

523 :名無し野電車区:2012/05/24(木) 18:13:14.54 ID:KGzS/NN/0
クロハ455-600番台
クハ455-600番台を半室グリーン車改造。

>>503
歯数比を4.82に変更する際に、主電動機はMT61系に交換した。


524 :名無し野電車区:2012/05/24(木) 21:12:23.15 ID:ok/t2SJn0
国鉄オハ61・オハフ61形900番台客車
国鉄が、1970年代後半にオハ60系列の台枠・台車・連結器を流用し、
50系客車と同等の車体を新製して載せ替えたもので、
いわば、「アコモ改造車」の客車版といったところ。
種車は、オハ60・オハフ60・オハ61・オハフ61の4種類だが、
この改造を機にオハ61・オハフ61に揃えられた。
車体は先述のとおり、50系客車と同等で自動扉も装備したが、
自動行先表示器の取付準備工事はなされていない。
車体塗色は、50系と区別するため、ぶどう色2号となった。
改造後は、50系と同様、地方都市圏の普通列車に使用された。

525 :名無し野電車区:2012/05/25(金) 17:50:11.09 ID:yzmZCiX00
JR西日本 523系
125系の交直両用バージョンで521系の単行車として製造
前面デザインは、クラッシャブルゾーンを意識したデザイン。ただし225系とは違うデザイン
パンタは、シングルアームパンタ
3ドア車
車内仕様は125系に準じている
トイレ付き車が0番台 トイレなしが100番台となる
521系と連結し3連でラッシュ運用につく他、2両連結した運用もある。 単行でも運転されることがある
最高速度は521系と同じ

この車両の増備と同時に521系も製造される。

526 :名無し野電車区:2012/05/25(金) 18:57:54.37 ID:T4ACwDgb0
JR東海307系
117系の廃車発生品を全面的に流用した3扉オールロング車で117系の改造扱いとなっている。
編成組成は311系と同様、車体は313系に準じているがビードレスタイプになっている。
車内は313系2000番台と同じだが乗降口の化粧板が省略された代わりに白の焼き付け塗装になっている。
神領に配置され、中央西線や東海道本線の各停を中心に運用。

527 :名無し野電車区:2012/05/26(土) 01:58:18.53 ID:DFknDpEJ0
新幹線電車700系1000番台(JR東海)&2000番台(JR西日本)

700系電車の営業運転最高速300km/h仕様。主な変更点は主電動機が
275kwから285kwに出力アップされているほか、静音性にすぐれいる
翼型パンタグラフWPS204を採用。鉄道ファンからはローコスト500系
または700T日本仕様と呼ばれている。

528 :名無し野電車区:2012/05/26(土) 09:16:39.90 ID:zpGBQXNt0
JR西日本 207系更新車
登場から20年近くたった初期車から、更新改造を行う
内容は、車内に321系と同じようにモニターを設置
両端先頭車の電連を撤去 中間先頭車は当面残される
室内灯をLEDにする
窓を紫外線カット窓に統一
ヘッドライト・テールライトを225系の同じ光量にする

529 :名無し野電車区:2012/05/26(土) 17:01:33.87 ID:srm4LLxl0
>>528
207系は特殊旅客様のご要望のため、更新されずに廃車される。


530 :名無し野電車区:2012/05/26(土) 20:22:59.76 ID:zpGBQXNt0
JR西日本 207系 車体321系化 後321系2070番台に改番
207系の車体を321系と同等の車体に交換する
モーター類は、当初207系のままだったが、後321系と同様のモーターに交換された
車内は、321系と同じデザイン
前面スカートは、207系と同じ 電連付き車は、電連を撤去し、スカートの下半分が、F1編成と同様になる
塗装も321系と同じ
これにより、4+3の7連車は、貫通編成になる

計画は失敗に終わり、3編成が登場したのみだった 内1編成は、F1編成だったためファンから反感を買った

531 :名無し野電車区:2012/05/26(土) 20:34:03.90 ID:zpGBQXNt0
南海 1000系NMBみさき公園ラッピング車 10000系サザンNMBヘッドマーク取り付け車
2011年の夏に運転された10000系サザンに取り付けられたNMBヘッドマークが評判がよかった?ので、2012年も実施
今年は、一般車にもNMBコラボを行ったラッピング車が登場する
編成は、1009Fとなる。

532 :名無し野電車区:2012/05/27(日) 08:38:12.19 ID:tCZhCxKc0
名鉄サ6870・モ6970型
名鉄が1990年、6500系7次車と同時にサ6870とモ6970を各2両製作。
車体および車内設備は6500系6・7次車に同じ。主要機器は6800系3・4次車に同じ。
当初は6500系6・7次車のうちの2本を6連としたが、6連を削減するため2008年以降は6800系3・4次車の編成の4連化用に組み込まれた。


533 :名無し野電車区:2012/05/27(日) 11:04:29.64 ID:IWZq/QIv0
E231系0番台埼京線仕様
JR東日本が埼京線に投入したE231系。
埼京線では205系に6ドア車2両連結を順次進めていたが、組み込めなかった6編成はE231系への置き換えを決断。
205系と同じ位置に6ドア車が2両組み込まれており、りんかい線の急勾配に対応するべく6M4Tになっているのが特徴。

534 :名無し野電車区:2012/05/27(日) 17:15:21.54 ID:cFG0RcYo0
阪堺 パト電塗装車
モ501形503に塗装される
基本的にこれまでの他社のパト電と同じような感じになる

阪堺のパト電ではNMBのメンバーを起用する

535 :名無し野電車区:2012/05/28(月) 17:06:18.07 ID:1PVowVpt0
JR東日本 E50系 一般型客車
JR東日本が閑散区間の旧型車置換え用に、久しぶりに新製した客車。
敢えて動力を持たない「客車」を製造することにより、メンテナンスコストの抑制や高信頼化を目指した野心作とも言える系列である。
牽引は新型のハイブリッド機関車や、閑散区間用に開発した中型電気機関車で行う他、電車・気動車に牽引させることも可能となっている。

車体はE233系同様の軽量ステンレス製。全長は20m級となっている。
ドア数は片側3ドア。座席はセミクロスシートとなっている。
緩急車であるナハフE50型は、両端に電車と同様の運転台を持っており、ここから電車や気動車を直接操作することも可能。また、シングルアーム式パンタグラフも搭載し、架線下ではサービス用電源を各車両に給電することもできる。
補助電源装置としては、各車両に75kVAのSIVと車軸発電機及びニッケル水素蓄電池を搭載。電化区間ではナハフE50形に搭載されたパンタグラフからの給電でSIVを動作させ、非電化区間では車軸発電機と蓄電池からの電源供給を行う。
車軸発電機という、若干前近代的な電源装置を選択した理由には、内燃機関を使用しないため火災の危険性が少ないことと、燃料を要求しないことが挙げられている。
発電機で発生させた電力をDC/DCコンバータを経由して蓄電池に充電するという方式のため、発電機が稼働しない停車時でも安定した電力供給を可能としている(無論、架線からの電力による充電も可能である)
台車や冷房装置はE233系電車と同一のものを使用するなど、可能な限り自社の電車と同一の部品を使用することで製造やメンテナンスに掛かるコストの削減や、取り扱いの簡略化を図っている。
最高運転速度は120km/hとし、最新鋭電車による牽引にも堪えうる性能とした。
両端の連結器は密着連結器となっており、特殊な連結器を使わなくても電車や新型気動車と連結することが可能。

536 :名無し野電車区:2012/05/28(月) 19:48:24.81 ID:KHdcZGBW0
JR西日本 29系客車
老朽化している24系トワイライトを置き換えるために登場
主な車内仕様や定員数はトワイライトと同じ
機器類はE26系をバージョンアップしたものとなる予定
塗装は、トワイライトと同じ
電源車の車番は、カニ29となる カニ29が使えないときのために旧来のカニ24を改造したものも存在する
2017年登場
北海道新幹線区間は、JR北海道が開発中のトレインオントレインシステムを使う

旧来のトワイライト客車は、団体用として、グレードアップし車内仕様も変わって運行される予定

537 :名無し野電車区:2012/05/28(月) 19:58:07.80 ID:KHdcZGBW0
JR西日本 EF510-1000
トワイライト客車のE29置き換える前にトワイライト専用の機関車として登場
主な仕様はJR東のEF510-500に準じている
塗装はトワイライトエクスプレスに合わせた色となる
予備車を含めて8両登場予定

JR北海道 DF200-500
北斗星・カシオペア・はまなす・トワイライトの非電化区間他で活躍しているDD51を置き換えるために登場
12両登場
DF200の仕様に準じている
塗装は、北斗星色が4両 カシオペア色が4両 トワイライト色が4両登場
客車と違う色が運用につくことがある

538 :名無し野電車区:2012/05/28(月) 20:20:40.12 ID:gmuPuFG8O
長野電鉄2000系D編成(ただし定期運用は外れ波動用として改装)

引退後の廃車を惜しむ声や署名に押されるかたちで、2000系D編成は生き残る事になった。ただし、定期
運用は外れ、あくまでも波動用(ならびに特急車の全検による欠車の予備)としてそのためには部品確保の
必要性の観点から内外を含めた総レストアを断行する事になった。極力イメージを大切に守りながら、大幅な
リニューアルである。
動力系ならびに足回りは、北長野で解体したJR東日本253系の発生品を流用(すなわちスノーモンキーと
共通化)。運転機器も253系から流用した。座席も253系から…と検討もされたが、固定クロスシートである事と
シートピッチの関係で見送られた。そこで小田急10000系の座席に白羽の矢が立てられた(ゆけむりと共通化)。

最も特筆すべきは、ドーンデザイン研究所(DDA)水戸岡鋭治氏によるリニューアルデザインである。

DDAお得意のウッディな車内は、長野県産の白樺等を多用。富山地方鉄道の元西武レッドアローにならい、
中間車を増減可能なイベントカーとしている。

539 :名無し野電車区:2012/05/29(火) 00:51:18.94 ID:5T3QyLB80
近鉄6431系改装版
名古屋線の標準軌化に際して、6431系は車齢が若いため以下の改造を行い、引き続き特急利用にしようされた。
・10100系と同等のWN駆動・125kw×4個モーター・KD-41台車などの足回りに換装し、全電動車とした。
・可動式の窓はエアコンの効率を考えて固定式に改造され、大型窓とした。
・前面ドアに特急標識を設置。
・塗装も10100系同様のものに変更
・10000系と連結運転可能なように諸機器を改造
・座席は回転クロスシートに交換
10000系・10400系と併用されて運転されていた。
また、昭和45年冷房を分散式に改造されている。
昭和63年老朽化とアーバンライナー登場により廃車され、1両が近年までスペイン村行きバスの待合室として志摩磯部駅前に置かれていた。

540 :名無し野電車区:2012/05/29(火) 05:25:25.08 ID:R1JPllBiO
>>538続き(昨日電池切れで途中で送信したから)

やはりいつも賛否両論分かれる水戸岡デザインだが、今回は数パターン用意し、それを全国投票で決める
という手法をとった。結果、外装はD編成デビュー時に準じたマルーン+窓周りクリームをベースに、同時に
公募した愛称「FOREST2000」等のレタリングが散りばめられている。地元長野県産の木材をフローリングや肘かけ、
窓かまちに簾風ブラインドカーテンと多用する内装も公募による得票数で決め、さらには沿線の子供たちの
アイデアをベースに盛り込まれたものも(子供が描いた2000系をベースに水戸岡氏がデザインしたゆるキャラ
に、「せっかく生まれ変わるなら省エネ電車みたいになって欲しい」という声を受けて車内照明にLED蛍光灯を
採用など)。(あとなんか追加あるならどなたかよろしく)

541 :名無し野電車区:2012/05/29(火) 22:22:54.51 ID:ev/Iv6QZ0
クモハ74
国鉄でクモハ73を両運転台に改造したもの。
1両編成での運転が可能になった。
旧型国電では珍しくJR西日本に承継された。

542 :名無し野電車区:2012/05/30(水) 05:06:24.81 ID:Cu4JHiA6O
JR九州キハ600系604

元紀州鉄道604(←元大分交通耶馬溪線604)が解体されるとの報を受けた大分商工会議所や財界、市民有志が
2010年夏、寄付や署名運動で「里帰り」を実現させたもの。JR九州へは無償貸与とする代わりに維持管理を
担当してもらうというもの。基本的に部品取りのためほぼ車体だけの状態になった同車の動態復元への道は
決して平坦ではなく、一時は静態へと傾きかけたが、現場JRマンならびに話をききつけた新潟トランシス、
そして商売仇であるはずの大分交通の熱意が再び動態へと流れを押し戻す。傷みの酷かった足回りを本格
修繕(一部は部品を作り直し)、車体修繕は小倉工場が担当し、新製時のように美しくなって復活を遂げた。

ただし、本線は走れず(JR九州が無償貸与を受けるにあたっての最大条件のひとつ。もうひとつは維持
費用の部分負担)、大分車両センターでのイベント時に構内を走行する同車に体験乗車できるのみだが、
それでも新たな大分の観光の目玉として注目を浴びつづける。

543 :名無し野電車区:2012/05/30(水) 05:57:25.81 ID:Cu4JHiA6O
>>542修正
先述の車両は、小倉工場出場前にキハ125系に編入、600番台の604号車として車籍登録された。
キハ600系というのは、あくまでも仮称である。なお、車体に入る車番はキハ125〜ではなく604のみ。
無償貸与を受け入れる側のJR九州にも、オファーを受けた段階で海幸山幸同様に観光特急として運行が
出来ないかという検討もなされていたようだが、ブレーキ系統に難があるとして先述の
構内走行のみに限定している。それ以外は基本的に庫内に保管(非公開)のため、JR九州大分支社と
大分商工会議所他保存プロジェクトチームは、せっかく大分に来た観光客にイベント時以外にも車両を
見学出来る展示館を作れないか、目下協議を進めている。

544 :名無し野電車区:2012/05/30(水) 17:17:15.01 ID:IohCKvdF0
JR東日本 E231系500番台 AKB0048ラッピング車 東京スカイツリーPR車
ほぼ同時期に運行を開始する。
PR方法は、AKB0048の方は、けいおんと同じような感じに、東京スカイツリーは、AKBトレカラッピングと同じようなものとなる。


545 :名無し野電車区:2012/05/30(水) 19:26:44.64 ID:Cu4JHiA6O
番組の途中ですまんが、ラッピングネタはもういい加減ご勘弁願いたい。

546 :名無し野電車区:2012/05/30(水) 20:53:07.27 ID:C9wl/aE50
EH313
JR東海が開発した313系ベースの電気機関車。
自社の電気機関車を全廃したため、電車ベースの電気機関車を開発することにした。
2両1組で、全軸にC-MT66Aモーターを搭載している。
定格出力は1480KWである。
両側に双頭連結器を装備。

547 :名無し野電車区:2012/05/30(水) 21:23:45.19 ID:GzwgfpHuO
小湊鐵道キハ300形
老朽化が進むキハ200形を置き換えるためについに万を期して登場した新型気動車。
とはいえ新潟トランシスのNDCとし、上総中野で繋がるいすみ鉄道の新型気動車と共通化することで
互いの融通が図れるようにした。
また上総中野では小湊鐵道といすみ鉄道のレールも繋がれた。但し房総横断列車の運転ではなく、
車両共通化により互いに検査を融通し合う協定が結ばれたことにより、小湊鐵道の車の定期検査を
いすみ鉄道側でいすみ鉄道の車の全般検査を小湊鐵道側で行うことが可能となり、検査の合理化が図られた。
現行キハ200形より減の11両が作られる予定で、2両はキハ200形の塗装を踏襲し、残りは小湊鐵道の
路線及び観光バス塗装と同じく赤系を採用。最終のキハ311形はいすみ鉄道との共同所有車両とし、
半分は小湊塗装もう半分はいすみ塗装となる。
捻出されるキハ200形の内、201 203はいすみ鉄道に譲渡されてキハ52系と連結してイベント列車用に使われる。
塗装は201は小湊塗装のまま 203は旧国鉄首都圏色を纏う予定。
202 205 208はひたちなか海浜鉄道に譲渡され、旧鹿嶋臨海車キハ2000形を取り替える。
204 206 209も部品取りで解体して譲渡。
貴重なDMF17B機関を搭載した気動車としての評価も高く、211の機関一式はJR東海博物館へ、
213の台車 駆動部 変速機 機関は動く展示機材として鉄道博物館に寄贈された。

548 :名無し野電車区:2012/05/31(木) 14:32:38.68 ID:AkLtcrag0
JR西日本 100系一般型客車

SL運行に欠かせない客車を保有していたJR西日本だが、流石に12.14系にも
がたが来ており名目上「やまぐち号」用として新製せざるを得なくなってしまっ
たのでやむを得ず新製した客車。

各社の共通仕様として、車体はアルミ製となり、軽量化が図られる。ただし無
塗装とはならずぶどう色2号、もしくは青15号で塗装されている。基本的に編成
の自由度は高く、電源車の連結が必須な以外は編成はフリーである。

マニ160-0番台 スユニ160-0番台 各1両
マニ、スユニと名乗ってはいるが、発電機搭載の電源車である。1両連結で自車
含め6両までの給電が可能。なお、マニスユニは車体形状から来る通称で、実際
の形式は「カニ160-0番台」である。
スハニ136-0番台 1両
座席合造の電源車。自車含め4両までの給電を賄える。
オハ135 オハフ133 各4両(うち丸屋根とキノコ折妻各1両 )
座席車。外見は35系客車そのもの。車内の造りは近代化改装車である。
ただし、平天井に冷房が隠されている。
スハ142 スハフ143 各3両
座席車。外見は42系客車そのもの。内装はオハ135に準じる。冷房搭載。

このほかにオハ178が製造されるという噂がある。

549 :名無し野電車区:2012/05/31(木) 14:39:06.38 ID:YPgDLqzm0
>>517続き
117系900番台
国鉄が1983年に171・179系を近郊型化改造。
主な改造内容は、
・歯数比を4.21から4.82に変更
・デッキの仕切りの撤去
・座席配置をボックス+ロングシートのセミクロスシートに変更
・車体塗色をクリーム色1号+窓下ぶどう色2号帯に変更


550 :名無し野電車区:2012/05/31(木) 17:19:04.34 ID:VY7nB/9y0
あげ

551 :名無し野電車区:2012/05/31(木) 17:32:05.08 ID:VY7nB/9y0
JR四国2000系JR東日本線内対応バージョン
東北地方にボランティアで行ったアンパンマントロッコ列車がATS−P非搭載の関係で自走できなかったという問題や、四国地区の中学・高校のスキー修学旅行需要への対応
の為に2000系のうち3編成にATS−P(JR西日本・東海・東日本対応型)の搭載と耐寒冷地仕様への改造を行った。

落成後、飯山線・大糸線・北越急行・上越線などで乗務員の訓練運転が行われ、北アルプスをバックに走る2000系気動車という今まではありえない様な光景が見られる様になった。
ちなみに方向幕にはオリジナルに加えて「シュプール 戸狩野沢温泉」「シュプール 新居浜」「白馬アルプス 松山」 などといったものも加わった。

552 :名無し野電車区:2012/05/31(木) 21:04:45.67 ID:uQIMkxoo0
つくば市営地下鉄100形電車
研究学園都市で知られる茨城県つくば市はつくばエクスプレス開業により、都心部とのアクセス性は劇的に向上したものの、
一方で市内の交通は未だにバス・自家用車・タクシーといった道路交通に依存しており、特に朝夕のラッシュ時には道路混雑が激しくなっていた。
これを解決する手段として、市営の地下鉄の建設が決定。
(当初はLRT方式やモノレールを含めた案内軌条式の新交通システム、或いはバス専用道も検討されたが、コスト面や安定性の問題から鉄軌条による地下鉄方式に決定した)
つくばセンターを起点とし、筑波山口(旧・筑波鉄道筑波駅)に向かう1号線、国際会議場や洞峰公園を経由してゴルフ場方面に向かう2号線、
万博記念公園経由で谷田部方面へ向かう3号線、土浦とのアクセスを行うための4号線が建設された。
地磁気観測所への影響を抑えるため、電気方式は交流1500V・50Hzの架線式という特殊な方式を採用している。
100系はこれらの路線に投入された電車である。

553 :続き:2012/05/31(木) 21:05:30.36 ID:uQIMkxoo0
車体は軽量ステンレス製の16m級。6車体連接方式。(7台車中6台車が電動台車)
研究所の地下施設の間を縫うルートを通るため、各所に急カーブが存在するために車体は16m級に抑えてあり、台車も連接方式を採用している。
ドアは片側3箇所の両開き式。座席はロングシート。
冷房装置は21kW/h級のものを2台搭載する、集約分散型。
補助電源装置は95kVA*2台の2レベルIGBT式SIV。E531系のように2台1セットの待機二重系となり、故障時のバックアップを可能としている。
電動空気圧縮機は1600L/minのスクリュー式。SIV・CP共に編成で合計3セット搭載している。
制御装置は日立2レベルIGBTによる1C2M制御。
主電動機は一時間定格130kW/2520rpmの交流誘導電動機を使用する。ギア比は19:95=1:4.95に設定。駆動方式はWN方式。
台車は軸梁式のボルスタレス台車。固定軸間距離は1800mmと短めになっている。さらに車輪径も760mmと直径が小さいものを使用する。
起動加速度は3.3km/h/s、最高運転速度は120km/hと、このクラスの地下鉄としては高速走行が可能となっている。
(1号線の筑波山口付近や、4号線のつくば市〜土浦市街地間のような駅間距離の長い路線で120km/h運転を行うため、高速走行向けの性能になっている)

1・2号線 http://chizuz.com/map/map131188.html
3・4号線http://chizuz.com/map/map131412.html

554 :名無し野電車区:2012/06/01(金) 15:02:35.72 ID:17CnOaxR0
>>539に触発されて
近鉄2250系4-6次車
近鉄では、1955年に2250系3次車が出揃った後、大阪線用特急車のさらなるぞうびを進めていた。
そこで登場したのが2250系4-6次車である。
4次車は、1956年に3次車と同じ仕様で製作され、モ2261-2266とサ3030-3035。
5次車は、1957年に6431系(1958年登場)と同じ仕様で製作され、モ2267-2270とサ3036−3039。
6次車は、1958年に6431系と同じ仕様で10000系(WNドライブの試作車)と同時期に製作され、モ2271-2276とサ3040-3045を以て大阪線用吊り掛け駆動式特急車が出揃った。
1963年に11400系が登場してからは、活躍の舞台を名古屋線に移すが、1971年に12200系に中間車が登場してからは特急運用を失い、4次車は片開き扉を、5・6次車は両開き扉をそれぞれ増設して3扉かされ、急行用に格下げされた。
ただし6431系とは異なりドア間の転換クロスシートは残された。
1988年、老朽化と5200系の登場に伴い、翌1989年に廃車になり、名古屋線塩浜工場で全車解体された。


555 :名無し野電車区:2012/06/01(金) 16:07:03.34 ID:scnx/prrO
JR東日本E16系
尾久車両センターの12系や旧客及びばんえつ物語号の12系にも老朽化は否めなくなったことから
投入される新型客車。
しかし当初予定していた旧客の再現は不可能に近かったため、客車列車が盛んなスイスから協力を仰ぐことにした。
そこで目をつけたのがスイスレーディッシュベルニナ鉄道の有名な客車列車として知られる氷河急行であった。
東日本は高崎向け 尾久向け 新潟向けに氷河急行で使われている客車を日本の1067ミリ規格に
して投入された。
日本の12系などと比べ車体長が短いため、編成は全て8両とした。
購入に際し姉妹提携をしている箱根登山鉄道が窓口となっているため、全て箱根登山鉄道の第三者所有となっている。
なお秩父鉄道もパレオエクスプレスの客車更新に7両2本の購入を検討されてる他、真岡鐵道も
SLもおか用50系客車取り替えにやはり5両の購入を検討している。
これらも購入窓口として姉妹提携をしている箱根登山鉄道が仲介する予定。

556 :名無し野電車区:2012/06/02(土) 00:15:54.03 ID:pscuKP7o0
名鉄8300系電車
名鉄が1971年から製造した座席指定特急専用車両。
キハ8000系気動車の客室設備と7500系電車の足回りを組み合わせた車両で、床面高さは7500系と同じ990mm、冷房装置はキハ8500系と同じものを採用した。
床が低いために2005年に2000系に置き換えられ全車廃車となった。

名鉄8600系電車
名鉄が1978年から製造した座席指定特急専用車両。
やはりキハ8000系と同じ客室設備を持つが、主電動機と主制御器は6000系と同じものを使用。ただし歯数比は6000系とは異な利、高速向けに設定されている。
このため7500系や8300系と同じ床面高さにできず、キハ8000系と同じくステップ付きの車体になっている。
2007年までに廃車となった。


557 :名無し野電車区:2012/06/02(土) 00:20:10.96 ID:pscuKP7o0
>>556訂正
誤: キハ8500系
正: キハ8000系


558 :名無し野電車区:2012/06/02(土) 00:26:17.15 ID:pscuKP7o0
名鉄新8000系電車
名鉄2000系電車のアルミ車体バージョン。

名鉄新8200系電車
名鉄2200系電車(特別車)のアルミ車体バージョン。

名鉄新7000系電車
名鉄2300系電車(一般車)のアルミ車体バージョン。


559 :名無し野電車区:2012/06/02(土) 12:40:39.97 ID:uXCKX3Px0
225系1000番台
JR西日本が開発した225系のオールロングシート車。
新快速の混雑激化によりやむなく導入を決断。

560 :名無し野電車区:2012/06/02(土) 19:40:01.78 ID:5+otDZdA0
JR東海313系7000番台
JR東海が、名古屋地区の混雑激化に伴いやむなく導入した
313系5000番台のオールロングシート版
座席がオールロングシートである点以外は、313系5000番台と共通。

561 :名無し野電車区:2012/06/02(土) 23:10:26.83 ID:uXCKX3Px0
115系1300番台
国鉄が1982年から製造した115系のオールロングシート仕様車。
内装は415系500番台に準ずる。
宇都宮線・高崎線の混雑が激化したためやむなく投入。
1985年に211系が登場したため製造が中止された。

562 :anorak?:2012/06/03(日) 18:15:27.19 ID:TRji8IHh0
>>513に続く平行世界もの
◎国鉄DF52形電気式ディーゼル機関車
1985年 made in USA
○1980年代、アメリカ合衆国では、安くて良質な日本製品の大量輸入のせいで米国の製造業が衰退し、
減産や工場閉鎖で大量の失業者が溢れた事で、ジャパンバッシングが勃発し、
もはや日米間の貿易摩擦が放置できない程の大きな政治問題と化した。
この流れに乗じて反捕鯨運動団体も勢力を拡大した。
日米間の貿易不均衡を解消すべく米国製品の購入を日本政府は推進し、国鉄は米国製のディーゼル機関車を
購入させられる事になってしまった、大赤字な上にその対策の合理化で余剰車両が大量に発生したにも拘わらず。
自動車製造業GM傘下のEMDが世界各地に輸出しているG22Cモデルを購入し、DF52の形式称号を付与。
DF51としないのは、DE50ベースのDF51構想がかつてあった上に、現場でDD51との間違えを回避する為に。
G22Cシリーズは、歴史的経緯で日本の国鉄在来線と同規格の台湾の鉄路管理局も大量購入し、実績があり、
現役である事が決め手となった。
当機の外観と諸元などは次のリンクを参照。
http://en.wikipedia.org/wiki/EMD_G22CU-2
http://zh.wikipedia.org/zh/%E5%8F%B0%E9%90%B5R150%E5%9E%8B%E6%9F%B4%E9%9B%BB%E6%A9%9F%E8%BB%8A
動輪軸6つの当機はDD51とはほぼ同重量であり、牽引力は若干低いが、最高速度は上である。
外観は米国標準の、日本のDD14と同様、運転台が片方にあるエンドキャブで、運転台の無い背面を進行方向にした場合、
視界が悪く、結局、単機使用ではターンテーブルやΔ線で方向転換せざるを得ないので、当機背面同士の連結で
常に重連で使用する事になった。
ドイツ産DD54とは大いに違って、世界各地―日本よりも過酷な環境下―での使用実績を反映しメンテナンスは楽である。
86年春に函館・札幌貨物ターミナル・稚内(>>420)区間の高速貨物列車用に投入され、所要時間を短縮。
87年4月、JR貨物に承継。
国鉄分割民営化の影響で追加購入は無く、当区間用DD51の後継機はDF200になったが、DF200の本格投入までは、
JR発足後の札幌側での高速旅客列車大幅増加によるダイヤの硬直化に対し、DD51よりも最高速度が高い当機は重宝された。
アメリカンスタイルのDF52は鉄道愛好家にとって人気機関車の一つである。

563 :名無し野電車区:2012/06/07(木) 20:29:49.77 ID:kGnNmorsO
名鉄8500系
7000系シリーズなき後もパノラマカーシリーズの人気が高く、名鉄はパノラマカーの勇姿を
託したいと同型のパノラマカー型の車を持つ小田急電鉄に協力を仰ぎ、50000形VSEを名鉄OEMで
4編成製造されることになった。
編成は小田急よりも2両短い9両編成。塗装は伝統のスカーレッド単色で、7700系などから外された
ミュージックフォーンを装着し、7000系の勇姿がほぼ甦った。
全車両μチケット必要の特別席のため、豊橋 名鉄岐阜〜中部国際空港間を主体に使われている。
当初余剰の7000形1編成や10000形や20000形を購入する計画もあったが、バリアフリーの観点から
見送られた経緯がある。
なお60000形MSEの獲得も計画中で一般席車両にも設計変更も可能なため、これを使って
名古屋市交通局鶴舞線経由中部国際空港行きを画策しているものとみられる。

564 :名無し野電車区:2012/06/10(日) 01:09:10.99 ID:DKLJP0zb0
JR東日本サハ109、サハ204-100番台(史実とは異なる)
平成2年に山手線205系のサハ204-900番台で試験的に連結した6ドア車を、
翌年には山手線全編成の他、中央・総武緩行線にも投入することになった。
そこで、習志野電車区所属の103系と三鷹電車区所属の205系に6ドア車を連結することとなった。
103系用がサハ109、205系用がサハ204-100番台(史実とは異なる)である。
車体・台車は山手線用サハ204-0番台と同一であるが、文字放送装置が非設置となっている点が異なる。
ブレーキ方式は連結相手に合わせた。
三鷹区205系は当時在籍していた2編成に連結されたが、習志野区103系は先頭車へ座席収納スイッチ取り付けや車齢の関係上、
比較的経年の浅い編成(高運転台または低運転台量産冷房クハが先頭)14本のみに組み込まれた。
後に中央・総武緩行線からの103・205系撤退に伴い、全車が埼京線に転属し、
サハ109はサハ204-300番台へ改造の上で、サハ204-100番台は改造・改番なしで同線用205系に組み込まれている。

中央快速線用205系0番台
平成3年に中央快速線の増発用に10連1本が豊田電車区に投入された。
仕様はラインカラーの違いを除き、同年に登場した武蔵野線用とほぼ同一で、
車番も武蔵野線用の続番となっているが、
サハのみは前述のサハ204-100番台連結で余剰となった中央・総武緩行線用の車両を転用した。
その後、大月乗り入れ用にパンタグラフをPS35Cに交換した以外は大きな改造もなく201系貫通編成と共通運用で使われたが、
同線へのE233系投入に伴い、201系置き換え用に京葉線へ転属した。
しかし、その京葉線にもE233系が投入されると運用を離脱し、4両を残して廃車解体されたが、
残った4両は3連化の上富士急行へ譲渡される予定である。

565 :名無し野電車区:2012/06/10(日) 03:04:51.58 ID:DKLJP0zb0
JR東日本サハ206
>>564の中央・総武緩行線用6ドア車を増備するにあたり、
三鷹電車区の201系にも6ドア車を組み込むこととなり、201系用の6ドア車として製造された。
組み込みは、試作車入の2本を除いた19本に対して行われ、まずは6+4両の組成だった編成を、
両端先頭車を除き中央快速線用(豊田区)の10両貫通編成と交換した上で10両固定編成とし、
編成中のサハ201形1両の車体を大船工場および東急車輌でサハ204と同様の車体に載せ替えてサハ206-1〜19とした。
そのため、台車など主要機器はサハ201から流用しており、車籍上も新製ではなくサハ201からの改造扱いとなっている。
その後、中央・総武緩行線からの201系撤退に伴い、
豊田・武蔵小金井区の中央快速線用201系の10両貫通編成に座席収納機能を使用停止の上で組み込まれていたが、
同線へのE233系投入により全車が編成ごと廃車・解体された。

566 :名無し野電車区:2012/06/10(日) 10:06:30.32 ID:E+GmisAK0
上毛電気鉄道8000系電車
上毛電気鉄道が700系の後継車として導入した、同社初のVVVFインバータ制御車。
上毛電鉄は元京王3000系である700形を旅客用として使用しているが、車体の老朽化や省エネルギー性の問題などで新型のVVVF制御車に置き換えることを決定。
地元自治体や県などからの支援もあって、完全新製のVVVF制御車を導入することとなった。

編成は1M1Tの2連。
車体は東武50000系列に似たデザインの、日立A-train規格アルミダブルスキン構造であるものの、18m級の3ドアとなっている。
座席はロングシートであるが、イベント用の2編成のもセミクロスシートとなっている。
照明は省エネルギー化のために全面的にLED方式を採用。冷房装置は薄型のインバータクーラーを一両あたり2台搭載する。
補助電源装置は100kVAの2レベルIGBT方式SIV。電動空気圧縮機は廃車された東武8000系の発生品となる、HB-2000系またはD-3-F系を搭載する。
制御装置は日立2レベルIGBTによる1C2M2群制御。
主電動機は75kWの交流誘導電動機。駆動方式はTD平行カルダン。ギア比は99:14=1:7.07。
起動加速度は2.8km/h/s、最高運転速度は75km/h(設計最高速度100km/h)。
主電動機の出力が小さく、貨車牽引には適さないため、デハ101号車は本形式投入後も引き続き牽引車兼イベント用として活躍する。

567 :名無し野電車区:2012/06/10(日) 10:16:06.46 ID:Yb11GFgV0
>>782

もさ()

568 :名無し野電車区:2012/06/10(日) 21:01:36.82 ID:DKLJP0zb0
中央・総武緩行線用209系0番台
中央・総武緩行線の増発用として、平成9年度に10連1本が習志野電車区に投入された。
京浜東北用の続番で、クハ209-81以下10連。6ドア車は非連結となっている。
翌年度からは500番台の増備に移行したため、同線用0番台はこの1本のみであった。
その後、同線へのE231系投入に伴い、ATC装備の上で埼京線へ転属し、現在も同線唯一の209系として運用されている。

205系2000番台、2100番台
地下鉄東西線および千代田線直通電車の増発用に、平成元年度に投入された。
東西線直通用2000番台10連1本が三鷹電車区に、千代田線直通用2100番台が松戸電車区に10連2本投入された。
車体は横浜線用以降の205系大窓車に準ずるものの、地下鉄直通用であるため207系900番台に準じた貫通型の前面を備える。
2000番台はE231系800番台の投入に伴い京葉線へ転用されたが、同線へのE233系投入により全車廃車。
2100番台は、E233系2000番台の投入により203系・207系900番台共々置き換え対象となり、廃車解体された。

国鉄→JR東日本413系500・600番台
常磐線北部(水戸〜原ノ町)および水戸線用に、401・403系の車体更新車として3連×10本が投入された。
主要機器を401・403系から流用した上で、717系0番台と同様の車体を新製しており、
編成はクモハ413-500(600)+モハ412-500(600)+クハ412-500(600)の3連。
種車が401系のものが500番台、403系のものが600番台となっている。
401・403・415系とは編成単位で併結が可能であり、実際に併結も多数見られた。
一方で、同じ常磐線を走る455系や717系との併結は性能の違いから不可能であった。
常磐線へのE531系投入により置き換えられ、高崎車両センターへ転属の上両毛線で使用されている。

569 :名無し野電車区:2012/06/11(月) 14:15:35.32 ID:QLp2iH9i0
JR東日本E721系1000番台

南東北の電化区間のうち、山岳部を通る仙山線や磐越西線は、
降雪量が多いことから、現状の719系では故障が頻発していた。
そこで、耐寒をより高めた新車であるE721系の派生バージョンが
投入されることとなった。
従来車との違いは、大型の雪切ルーバーが設置されたこと、
かつての455系に似た線区固有のラッピングが施されたことなどであるが、
最大の特徴はJR東日本保有の一般車で初めて転換クロスが導入されたことであろう。
(近年極く短区間ながら、JR東日本管内で313系1300番台が日常的に乗り入れることとなったため、
それに触発されたといわれている)
なお、磐越西線のほうは仙台との間の送り込み運用が設定されており、そこでは東北線内でも営業運転される。
一部は同系一般車や701系との併結もあるが、東北線向けは引き続き0番台の投入となっており、
そちらは新幹線が本来の高速バス向け対抗馬と位置づけられているためと見られる。

570 :名無し野電車区:2012/06/11(月) 15:08:01.43 ID:CDLeQ5iD0
>>554補足
2250系5・6次車
車体は2250系3・4次車をベースに、側窓を2連下降式窓に変更し、当初より6431系と同じタイプの冷房装置を装備。
台車は1000系と同様のタイプではあるが、吊り掛け駆動方式を採用。


571 :名無し野電車区:2012/06/11(月) 15:21:34.54 ID:CDLeQ5iD0
>>570訂正
誤:1000系
正:10000系

>>569に触発されて
JR東日本E621系1000番台
E721系1000番台(>>569)の非低床バージョンで出入り口はステップ付き。

JR東日本E721系6000番台
E721系1000番台(>>569)の標準軌バージョン

JR東日本E621系6000番台
E721系1000番台(>>569)の標準軌非低床バージョンで出入り口はステップ付き。

JR東日本E721系4000番台
E721系1000番台(>>569)の交直両用・三電源対応版

JR東日本E621系4000番台
E721系4000番台の非低床バージョンで、出入り口はステップ付き。


572 :名無し野電車区:2012/06/12(火) 20:50:13.63 ID:9x3M4ahN0
>>571
 交直両用でE721とかwww
>JR東日本E721系4000番台
>E721系1000番台(>>569)の交直両用・三電源対応版
 E621を名乗らせるならコッチだろ。

 序に言うと、標準軌用701や719にはステップが無い。従って、
>JR東日本E621系6000番台
>E721系1000番台(>>569)の標準軌非低床バージョンで出入り口はステップ付き。
は「何考えてんの?」としか言い様がない。




573 :名無し野電車区:2012/06/13(水) 16:01:21.22 ID:KLmcvekb0
国鉄クモニ241形電車
211系との併結に対応したステンレス製の荷物電車。帯は湘南色で顔は121系と同じ。
現在も新聞輸送に使用中。

574 :名無し野電車区:2012/06/13(水) 16:32:43.93 ID:zgDQKiqS0
>>572
JR東の基準だと、E72x系が低床式交流車、E62x系がその他の交流車だろ。
常磐線以外の交流区間のホームは、高さを原則760mmにするべきだろ。
JR東日本のE653・E751系電車とE26系客車、JR西日本の681・683・521系電車とキハ189・127系気動車へのステップ取り付け改造をするべき。
新幹線ホームの高さの1250mmから550mmへの改築と新幹線車両の出入り口への低床ホーム用のステップ取り付け改造も必要。
北海道の在来線は1435mm化と車両限界拡張と低床ホーム化と名寄・音威子府・南稚内などへの貨物ターミナル設置も必要。
後は新庄―大曲間の標準軌化と標準軌仕様の719・701の置き換えも。
(標準軌化と1100mmホームの760mmホームへの改築に伴う置き換え)


575 :名無し野電車区:2012/06/13(水) 18:06:50.27 ID:a1s/Hydp0
JR東海キハ281系気動車
JR東海がJR北海道からキハ281系気動車を購入。

JR東海キハ283系気動車
JR東海がJR北海道からキハ283系気動車を購入。


576 :名無し野電車区:2012/06/13(水) 19:53:02.38 ID:+yRTxwJd0
>>574
> JR東の基準だと、E72x系が低床式交流車、E62x系がその他の交流車だろ。
 あのさぁ、基本的に”E”がアタマに付いただけで従来とは殆ど変わってないだろ。
#変わった点は、通勤用としていた十位の0と、近郊用としていた十位の1〜3が統合されたくらいだろ。
 E6xxって交直両用だろ。(実物は、未だE65x系しか無いようだが)

>常磐線以外の交流区間のホームは、高さを原則760mmにするべきだろ。
 常磐線以外の交流区間に旧客が未だに走ってるとでも思ってるのか? 態々嵩上げしたのに撤去しろってか?
 

577 :名無し野電車区:2012/06/13(水) 20:00:19.68 ID:t6UKMghq0
JR北海道 N52系 一般型二階建て客車
JR北海道が>>535に触発され、非電化区間限定運用を前提に海外向けで二階建て客車製造に定評のある川崎重工業に依頼した結果製造された。

車体は輸出用に製造されて来た物の全長を30m級から21m級に車体幅を3m級から2、9m級に縮小、制御車両のみ電源機器搭載の関係上非二階建てとなっている。
ドア数は2ドア、全席クロスシート。
完成までには川崎重工業播磨工場にて造られた空調設備抜き状態な車体上部のみが、船で北海道小樽へ航送された後、苗穂工場にてキハ201系と共通規格の
台車・空調設備取り付けという極めて荒業な経緯を辿っている。
その他諸々の使用については>>535とほぼ同様となっている為、説明は省くものとする。

遠隔制御機構を組み込まれたDD51・DE10・DE15・>>537の下、気動車等と組み快速列車やホームライナー等の運用に充当されている。

578 :名無し野電車区:2012/06/15(金) 14:48:49.83 ID:AQEBfbZoO
JR東日本キハ210(キハE210)系
JR東日本がJR北海道よりキハ201系を譲渡したもので、形式もキハ210系に変更された。
JR北海道が札沼線の電化により、電車との協調運転や高速性は高くとも3両編成でワンマン運転が
出来ないキハ201系の処遇に困っていた。函館線や室蘭線に使おうにも性能的にも輸送力も過剰であった。
廃車やこれがベースとなっているキハ261系の特急用にしてしまう案もあったが、そこへJR東日本が
羽越線普通列車用に使いたいと打診された。JR北海道は譲渡の条件としてワンマン運転出来る
1〜2両編成の車両とのトレードを提案。特急列車の足を引っ張らない高速性を持つ近郊型気動車が
欲しいJR東日本と、ワンマン運転が出来る汎用性を持った車両が欲しいJR北海道との思惑が一致。
JR東日本はキハ40形1500番台車7両を中心にキハ47形が2両キハ48形1両以外にキハ110系も4両が
トレードでJR北海道に渡った。
引き換えにキハ201系3両編成4本すべてが東日本へ譲渡された。
秋田車両センターにて本州向け使用に対応する改装を行ったが、新潟や山形など豪雪地帯を走る
関係でエアカーテンや赤外線暖房機など北海道独自の装備は残され、車体傾斜装置が付いた
簡易振り子も線形の特性上そのまま残された。
これらは全て新津に配備され、羽越本線の村上〜酒田間の普通列車用を中心に使用開始。
総合車両製作所と新津車両製作所で車体を作り、新潟トランシスで機関部分を組み合わせる形で
作られたJR東日本としての新造車両はEがついてキハE210系となっており、新造車両で3両編成が新たに10本作られた。
羽越本線の村上〜酒田の普通列車全てを置き換えた他新発田〜新津でも使われている。
また磐越西線の快速あがのにも投入された。
当初は八高線の全てを取り替え、7両を久留里線向けにする以外のキハ110系全てを北海道に跳ばす計画だったらしい。
北海道に渡ったキハ40系は日高線向け300番台一部取り替えの1800番台化4両以外は
40 47 48は共に釧路に配備された。根室線で使われる可能性が高く国鉄首都圏色を纏い、
日本一長い長距離普通列車に投入される公算が高い。
キハ110系はキハ150系に編入され、旭川に配備されて留萌線などに使われる。

579 :名無し野電車区:2012/06/19(火) 19:37:43.18 ID:mcWsTUOm0
>>549続き
117系900番台のその後
1987年の国鉄分割民営化時には、JR東日本・JR東海・JR西日本の3社に承継された。
JR東日本承継車は、新潟や長野で活躍したが、1997年にE127系に置き換えられて全車廃車となった。
JR東海承継車は、東海道線名古屋地区で117系基本番台とともに活躍したが、313系5000番台の登場により2007年までに廃車となった。
晩年は、JR西日本承継車のみが残ったが、これも直流専用電車での21m級2扉抵抗制御車が災いして223系5500番台と225系が登場したために、
結局2011年3月までに475・457・413系に部品取りされる形で全車廃車となり、本区分番台は廃区分番台になった。


580 :名無し野電車区:2012/06/19(火) 19:52:27.59 ID:Sxpa4xsq0
大阪モノレール 3000系
大阪モノレール東大阪延伸による増備車
編成は4両だが、6連化にも対応する車番割り振りとなっている
車内はロングシート
塗装は、1000系・2000系と同様
外観デザインが変更される
方向幕はLEDとなっている
彩都線にも乗り入れることが可能

大阪モノレール6連化用増備中間車
1000系・2000系・3000系を6連化するために中間車のみ増備される
それぞれ欠番となっていた300・400番が与えられる
基本デザインは3000系をもとにしたもので方向幕LEDとなっている
同時に1000系・2000系の方向幕LED化が行われる
彩都線のホーム6連化工事が先に行われる

581 :名無し野電車区:2012/06/21(木) 09:00:16.65 ID:BsNnJ7S40
国鉄 北海道総局 オロフ51 オハ51−1000

昭和53年、函館〜旭川間などで運転されていた長距離普通列車の体質改善用に製造された形式

オロフ51:オハフ51と同様な両端に車掌室がついたグリーン車
      シートはキロ26の廃車発生品を活用したフルリクライニングシートを搭載したため、普通列車用としては
      豪華な座席となっている。
      デッキの仕切りドアなどのガラスは磨りガラスとなり、優等車輛としてのプライバシーが保たれるとともに、
      トイレ・洗面所が急行型同様の配置となっている。
      緩急車となった理由は、編成終端に連結し通り抜け防止を図るという運用思想のほか、中間連結の場合にお
      乗客専務車掌の乗務場所としても想定されているためである。

オハ51−1000:転換クロスシートを搭載した中間普通車
           長距離利用者の疲労軽減と、座席数確保のためロングシート部分は1人用の転換クロスシートに
           なっている。

当初、列車番号40番台の本州連絡荷物列車の客車の置き換えに投入されたが、乗客に好評だったため、旭川〜稚内
及び滝川〜釧路間の同様の任務を持つ長距離普通列車へも投入された。
その後、夜行普通列車「からまつ」にも投入され好評を博し、夜行普通列車としては異例のJR化後の存命に寄与した。
      乗務を想定した

582 :名無し野電車区:2012/06/22(金) 12:12:59.92 ID:8BJZjVrpO
京葉臨海鉄道HKD300形ハイブリッド機関車
JR貨物が開発したハイブリッド機関車HD300形量産型を京葉臨海鉄道がKD55形後継として採用した。
採用の背景にはKD55形の100番台が旧国鉄DD13形で老朽化が進んだ点や千葉貨物駅か住宅地内にあって
ディーゼル規制からして周辺環境を鑑みると今後ディーゼル機関車の新造は困難になると見て導入した。
HD300形量産型とほぼ同じだが、塗装は青で愛称であるマリンハイブリッドを示す
「Marine Hibid」と言う文字が車体側面に描かれている。
なおJEF市原 千葉と千葉ロッテマリーンズのラッピング車両もあり。
当初はディーゼル燃料を予定しているが、LPG又はLNG燃料にすることも検討されている。
製造は7両で、千葉県も低公害車両導入の補助金で出資しており、千葉県が第三者所有の車もある。
KD55形全てとKD60形一部を置き換える。KD55-103はイベント用に残されて旧国鉄塗装に復元されて静態保存され、
105号機は福島臨海鉄道に譲渡。KD55-201は岩手開発鉄道にDD56-201として譲渡。KD60-2 3も
神奈川臨海鉄道と秩父鉄道に譲渡される。
秩父鉄道に譲渡されるKD60形はグリーン塗装にした上でSLパレオエクスプレスの補機となると見られる。
残存するKD60形2両はLPG又はLNG燃料型に改造して使用を継続する。

583 :名無し野電車区:2012/06/22(金) 13:08:23.58 ID:Md4vzzqL0
キハ180・キロ180-300番台
国鉄でキハ180・キロ180を強制風冷式ラジエータに設計変更したもの。
板谷峠でのオーバーヒートが多発し問題となったため急遽製造した。
屋根上のラジエータがなくなり外観がすっきりしている。

584 :名無し野電車区:2012/06/22(金) 21:32:22.55 ID:i+5h8cA90
オハ52形・オハフ52形
国鉄が、和田岬線で用いていたオハ64系の代替として、50系客車を改造したもの。
オハ64形と同様に、便所および全座席が撤去されたばかりか、デッキすら撤去され、
申し訳程度のロングシートと吊り革が設けられた。
さらに、ホーム側の側面のみ、車体中央部に両開きの自動乗降扉が新設された。

585 :名無し野電車区:2012/06/23(土) 00:26:31.74 ID:emYAJlg90 ?2BP(1004)
KRLジャボタベック Seri475
スカルノハッタ国際空港への路線が開業した為、JR西日本で廃車になった475系を購入し、改造して導入した。
主な改造内容は交流機器・ATS・トイレの撤去、座席を485(183)系などから発生したクロスシートへ変更、
荷物置き場の設置、荷物置き場部分の窓を封鎖、塗装の変更である。

586 :名無し野電車区:2012/06/23(土) 09:07:50.27 ID:YZnwV2Sy0
50系客車700番台
上野口発着の旧型客車列車の置き換えの為に投入された50系客車

最高速度は特急形客車と同じく110km/hとされ
冷房が当初より装備され、洗面所も設置されるなど一般の50系客車よりもグレードがアップしていた。
1978年に東北本線に上野〜一ノ関1往復の快速が設定され、運用に入ると
当時にしては快適な設備が好評を博し上野〜福島間の快速2往復、
常磐線の快速上野〜仙台3往復と順調に配置が拡大されていった。
しかし客車というハンデの故、東北・常磐線の新車置き換えが進むと
徐々に運行上の障害となるようになり、長距離鈍行がダイヤ的にも組み難くなり
さらに浦和や柏を通過するという旧態以前なダイヤは一部の沿線住民の批判も招くようになった。
E231系・531系の投入に伴い運行車両の効率化も相まって定期運用から外れた。
現在は一部編成が高タカの波動運用やSLもおか、新カヌ磐越西線などで細々と波動運行され昔日の面影を伝えている



587 :名無し野電車区:2012/06/23(土) 09:57:57.24 ID:fvMKaYmu0
>>586
JR北海道 50系客車5700番台

JR北海道が、余剰となった50系客車700番台を購入し、海峡線仕様に改造したもの。
当初から110km/h対応・冷房装備済みだったため、
改造内容は、転換クロスシート(一部は200系新幹線電車発生品の簡易リクライニングシート)への交換・
側面窓の固定式大型一枚複層窓への交換・塗色変更にとどまった。

588 :anorak?:2012/06/23(土) 17:36:01.41 ID:J+Ums8z/0
>>562に続く平行世界もの
◎国鉄405系交直流通勤形電車
登場年 1984 車種 クモハ415(Mc) クハ(T'ac)
○1970年代後半、洞海湾で隔てられた北九州市の戸畑区と若松区を唯一結ぶ若戸大橋の渋滞が悪化したのを受け、
国鉄鹿児島本線戸畑駅から洞海湾を海底トンネルで横断し、筑豊本線若松駅を経由し、響南町へ至り、
なおかつ戸畑駅から国鉄に乗り入れ小倉まで直通する洞海湾横断鉄道整備事業が施工された。
建設補助金制度の関係上及びトンネル断面縮小による建設費削減により直流1.5KV架線方式の地下鉄となり、
事業主は北九州市交通局。信号保安は国鉄通勤線用ATS-B。貨物専用市電の伝統で貨物列車の運行も想定。
1985年に北九州市市営地下鉄若戸線として開業し、国鉄小倉駅までの直通運転開始。
また同じ頃に福岡都市圏の公共交通整備の一環として国鉄篠栗線吉塚・柚須区間及び勝田線全線が交流電化開業した。
以上の運行系統用に新造投入されたのが、405系である。
両運行系統ともラッシュ時以外は二両編成で足りるなどの営業に供される路線の当時の実情に合わせ、
制御装置は1M方式の105系を土台とする抵抗制御で、永久直列回路のみで高速運転向きの直並列組合わせ制御は省略。
主変圧器と主整流器等の交流区間走行用装置とパンタグラフをT'acに搭載集約したMTaユニットを採用。
広域転配を考慮し三電源対応。車体の意匠と接客設備は103系1500番台をほぼ踏襲し、四扉ロングシート、冷房完備。
McT'acの二両編成が基本だが、ラッシュ時の運用に二編成以上の増結があるので自動解決装置と電気連結器を装備。
小倉発着・鹿児島本線・北九州市営地下鉄若戸線直通運用、及び博多発着の勝田線運用に就役。
1987年にJR九州に承継以後、鹿児島本線での旅客列車の高速。高密度化に対し105系ベースの本系列は対応できず、
小倉・戸畑間は貨物線を走行するようになった。ワンマン運転対応改造や地下鉄若戸線のATS-P化対応が施工され、
現役。

589 :anorak?:2012/06/23(土) 17:40:15.00 ID:J+Ums8z/0
>>588の訂正
>クモハ415(Mc) クハ(T'ac) ×
→ クハ405(Mc) クハ404(T'ac) ○

※追記 車体は鋼製

590 :anorak?:2012/06/23(土) 18:13:20.61 ID:J+Ums8z/0
>>588-589の再度の訂正
>→ クハ405(Mc) クハ404(T'ac) × → クモハ405(Mc) クハ404(T'ac) ○

◎東京地下鉄03N系
2006年 井の頭線直通用 ボルスタ付き台車
○2000年、東京圏における鉄軌道整備に関する運輸政策審議会において、地下鉄日比谷線に関して恵比寿から分岐して
京王井の頭線駒場東大前へ至る分岐線の建設、並びに日比谷線と井の頭線との相互直通が答申された。
世間では井の頭線と銀座線との直通を望む声が多いが、規格が違いすぎて無理なので代替として日比谷線との直通に。
東急東横線での日比谷線直通需要は、東京都23区内各地で進められている都市再開発による人の集積地の多様化や
バイパスである目黒線と南北・三田線との直通運転開始及び東横線と副都心線との直通により減少が予想され、
空いた分を井の頭線直通に回せると判断されたのである。
2001年に、日比谷線の虎ノ門駅設置及び恵比寿駅の分岐駅化改造及び井の頭線接続の為の日比谷線分岐線工事、並びに
井の頭線改良工事―直通列車停車駅のホーム延伸(18m車×八両)や信号システム改良や建築限界修正など―が施工開始。
2007年、東京メトロ日比谷線と京王井の頭線との相互直通運転が開始。
井の頭線直通区間は駒場東大・吉祥寺間で、列車種別は快速。
これに備え、東京地下鉄は03系を増備した。
これは8次車となるが、1994年度の7次車から約十年以上経ち、意匠の変更と共に後述の最新の技術を採用した為、
従来の03系とは異質な存在となり、03N系とも呼ばれる。
基本仕様は、日比谷線固有の車体寸法と三扉以外は、05系13次車に準じ、例えば先頭形状は05N系、車体は日立製作所の
A-trainの構体を採用し、また03N系登場直後の10000系の設計思想も共用し、ボルスタレス台車を採用せず、
代わってボルスタ構造のモノリンク式台車に。ボルスタレスからボルスタ在りへの台車の変更に関しては
2000年に起きた日比谷線中目黒脱線衝突事故の教訓だと言われている。4M4Tの八両編成。
2006年度に就役開始し、現在、専ら井の頭線直通運用に充当されている。

591 :名無し野電車区:2012/06/23(土) 21:42:35.48 ID:/SCwoW5qO
>>590
京王電鉄2000系
上記の直通運転開始を受けて京王電鉄が2005年から製造された。1000系を18m8両編成にしたもので、
当初井の頭線全車両20m大型車両に統一したかった京王は、当初1000系を乗り入れ対応化して
使用する計画だったが、20m車が災いして運用不可であることから従来の18m車両の導入を
せざるを得なくなってしまった。
2005年に配備された1編成は直通運転開始直前まで中間車両を若葉台に置いて暫定的に5両編成で
3000系と共通で使用していた。
最終的には8両編成6本が1000系と並行して製造されている。
東武鉄道乗り入れ用装備も備えているものの、当面は東武鉄道との直通は行わず、北千住までに限定されている。
なお東武鉄道は京王電鉄との直通運転には加わらないため、専用車両は製造されなかった。

592 :名無し野電車区:2012/06/23(土) 22:14:20.95 ID:fLQvo+cu0
キハ23−600番台

キロ28の両運転台化・格下げ改造車。
内装はクハ455-600とほぼ同じ。

593 :名無し野電車区:2012/06/24(日) 20:25:51.70 ID:y+rdwUtR0
415系5000番台

415系1500番台車にまさかの機器更新工事が行われた。
「車体や台車は211系と同じでまだ使える!」との判断がされたらしい。
制御装置・主整流装置をPWMコンバータ+VVVFインバータ制御に、
主電動機を253系1000番台と共通の誘導電動機に変更している。
また、電気指令式空気ブレーキへの変更、モニタ装置の新設など運転台機器にも
大きく手が加えられている。

594 :名無し野電車区:2012/06/25(月) 19:50:53.37 ID:xE1z5lUP0
阪急電鉄 京とれいん2編成目 6350F
休車となっている6350Fを運用復帰+京とれいんの1時間1本化のために改造
内装や外観は京とれいんと同じ

595 :名無し野電車区:2012/06/26(火) 01:00:37.68 ID:4nmPcrOO0
新幹線電車200系280型

東北上越新幹線の東京乗入れ開業に伴い、東北上越新幹線と東海道山陽新幹線を直通運転できる
新幹線電車として登場したもので、JR東日本所属の200系を何と寝台電車に改造した車両である。
8両×5編成が改造され中間車がB個室寝台、仙台・新潟寄り先頭車がA個室寝台、博多寄り先頭車
は普通車座席扱いだが就寝配慮により0系グリーン車の廃車発生座席がほぼそのまま採用された。

       博多← Mc-M'n-Mn-M'n-Mn-M'n-Mn-M'ns →仙台・新潟

1編成は上記の様な構成となっており大宮で分割併合を行い、大宮以南は16両編成で博多まで運転
する。東京〜新大阪は深夜0時〜朝6時を最高時速120km/hの減速運転し新横浜・京都を除き非営業
扱い。東行きは博多を夜9時前に出発して京都まで客を乗せ、新横浜以東で順次お客を降ろし終着
の仙台・新潟を目指す。西行きは仙台・新潟を夜10時前後に出発し新横浜まで客を乗せ、京都以西
順次客を降ろし博多を目指すダイヤが設定された。

物珍しさも手伝い登場当初は連日満席の盛況だったが、その後は格安ホテル・バスなどの登場で
乗客が減り、車両老朽化もあって2000年に廃車された。これに伴い東北上越と東海道山陽を直通
する新幹線列車は消滅し、東京駅14・15番線に設置されていた両新幹線の直通設備も撤去された。

596 :名無し野電車区:2012/06/26(火) 02:53:05.84 ID:tBPculJWO
E531系付属編成 増備車
勝田(車セ)と原ノ町で放置されている415系の代わりに導入した車両。
行先表示には「広野」と「竜田」が追加されている。(既存の車両にも随時追加)
この車両は2本が導入され、通常は普通のE531系とも共通運用に入るが、水戸から先のローカル運用に入るようになった。
これによりE531系は10両22本・5両20本の陣営となっている。
また運用区間に水戸〜いわき・小山〜友部も追加された。


597 :名無し野電車区:2012/06/27(水) 00:16:37.49 ID:DW2NlvZG0
JR西日本321系1000番台
なにわ筋線開業に合わせてなにわ筋線との直通運転と大和路線各駅停車の体質改善を目的に導入した車両。
基本性能は東海道本線の0番台に準ずるが、なにわ筋線区間のATOワンマン運転・ホームドアに対応するための装備を有する点が異なる。
4連・6連が投入され、103系・201系を駆逐した。

南海電鉄3000系
なにわ筋線直通用に導入した車両。
高野線6000系列の置換を兼ねるため、まとまった両数が導入される。
このため、従来の総合車両製作所の他JR新津車両製作所での新造も行われた。

大阪市交通局40000系
なにわ筋線の運用は大阪市交通局が担当することから、大阪市交通局で導入した車両。
30000系をベースに、架空電車線・直流1500V対応となった。
なにわ筋線用としては49000番台が与えられ、4ドア車体に大阪市交通局初採用となる軌間1067mm台車を履いて登場した。
また、堺筋線増発用としても増備されることとなり、1435mm台車・3ドア車体の46000系として投入される。

598 :名無し野電車区:2012/06/27(水) 10:36:26.08 ID:2NZgydm1O
営団地下鉄(東京メトロ)6000系 6136〜6138F
6000系の最終型。小田急線乗り入れ装備のない6101Fの取り替えと増発分として平成2〜3年に製造された。
今までの6000系と違う点は
車体及び車内は東西線05系に準じたものとなった
チョッパ制御装置 走行系も05系に準じ、ボルスタレス台車を採用
など。
この車両は綾瀬工場によるA修繕工事は行われないことや当初予定された副都心線転用化も
見送りが決まり、16000系に取り替えられる形でインドネシアに送られる予定。
(東西線転用も一時検討されていたが、有楽町及び副都心線のホームドア位置の関係上使えなくなる
07系の東西線転用の目処がついた関係で立ち消え)

599 :名無し野電車区:2012/06/27(水) 18:46:12.92 ID:YbNhLEmw0
113系1800番台
国鉄が1982年から製造した113系の地下線向けオールロングシート仕様車。
横須賀線・総武快速線の混雑が激化したため泣く泣く投入。
内装は415系500番台に準ずる。

113系2500番台
上記の113系1800番台と並行して製造された東海道線向けのオールロングシート仕様車。
東海道線東京口の混雑激化に伴い泣く泣く投入。
やはり内装は415系500番台に準ずる。
211系の登場に伴い1985年で製造が中止されたが、クハだけは他の113系の短編成化用に1986年まで細々と製造が続けられた。
大部分がJR東日本に承継されたが、短編成化用のものは東海や西日本にも承継された。

600 :名無し野電車区:2012/06/28(木) 19:19:52.29 ID:J3062As60
415系2500番台
JR九州が製造した415系。
基本的には1500番台と変わらないが、JR東日本車との番号重複を避けるため2500番台になった。
台車は783系と同様のDT50Q/TR235Qに変更されたが、ヨーダンパは取り付けられていない。
811系登場後も421系の置き換え用に並行して1991年まで製造された。

601 :名無し野電車区:2012/06/28(木) 22:43:24.51 ID:1c2wkb7I0
121系(史実と異なる)
昭和61年の福知山線全線電化の際に、宝塚以北用に新製された車両。
・基本システムは105系や119系と同様、1M1Tの短編成に対応するものとしたが、大阪駅乗り入れ運用もあり、
 東海道外側線での高速運転に対応するため、クモヤ143と同じCS44, MT57系列の機器を持った。
・車体は119系と同じ形状の全鋼車体であり、内部は固定クロスシート、ドア付近はロングシートである。
 耐寒耐雪構造ももつ。
・台車、補機は101系、111系の廃車発生品が使用された。
その後の福知山線篠山口以南の輸送人員増に対応できず、次第に福知山線では篠山口以北の運用に限定
された。さらにその後は電化された播但線、加古川線に転属した。

121系100番台
民営化を控えて四国地区の輸送改善のために、投入された。
・0番台と異なり、本四備讃線の塩害対策として、ステンレス鋼車体となったほか、機器にも塩害対策が施された。


602 :名無し野電車区:2012/06/28(木) 22:52:34.25 ID:zUTp1ZZDO
DD55型
DD53型のロータリー式とDE15型のラッセル式を1形式で賄える除雪用機関車。
1つの機関車にロータリー式除雪機とラッセルヘッドの両方を用意し、雪の状況によってロータリーと
ラッセル式を使い分けて使えることを可能にした。幹線仕様で作られているため、ラッセルヘッドは全て複線式である。
ロータリー除雪機はDE15用ラッセルヘッドをベースとしており、ヘッド上部の運転席から遠隔操作での運転も可能とした。
中に機関車からの動力を接続する推進軸があり、2基搭載する1250馬力の機関一方を除雪用に
もう一方は走行用に使用する。除雪機は両方に付くために動力全部を除雪の投雪用に
振り向けることはできない。
ラッセルヘッドはDE15型と同じもので同じように両方に装着する。
ロータリー除雪機で片側約15分 ラッセルヘッドは両方を10分足らずで装脱着可能。
2両が新潟に配備されたが、1つの機関車に4つの除雪装置を置くためにシーズンオフに除雪装置を
置く場所を取りすぎるのが難点のために、一方はラッセルヘッドを、もう一方はロータリー除雪機を
くっ付けっばなしにして常時外さずに置いておいて波動用途には使わないことが多かった。
山形新幹線開業時に除雪機関車の必要性から一方のロータリー除雪機をDD51を改造したものに
装置して使うDD23型用に拠出してロータリーは2つラッセルは4つとなった。
ラッセルヘッドを拠出しなかったのは広範囲の路線の除雪運転で直ぐ装着出来て自由の利く
ラッセル式に動きを置いたため。
そのためロータリー除雪で運転する場合は重連に連結して片方にロータリー式除雪機を装着して
一方を除雪もう一方は後押し用に使ったりDD14型と背中合わせにすることが多かった。
90年以降は使い勝手の悪いロータリーをやめてもっぱらラッセル用に使われ、上越線用と信越線用とに別れていた。
しかし大雪時の即応性の高さから大型除雪モーターカーが入っても廃車は免れ、ロータリーは
解体されたがラッセル装着で現役。
2010年に機関更新を2両とも施工。ただし東日本にDD51系統の機関更新の行える能力はなく、JR貨物に委託して
北海道の鷲別に運んで改装している。

603 :名無し野電車区:2012/06/28(木) 23:12:25.41 ID:1LJHsIUF0

>>599に便乗して

113系2600番台

113系2500番台(>>599)の短編成化用クハのうち1985年以降に製造された最終グループは
技術の進歩を反映し117系100番台や203系100番台などと同様に設計変更が行われた。クハのみ存在。

車体デザインに変更はないが
車体裾部などににステンレスを使用するなどして後退やや台枠の防錆対策を強化
窓を2段窓から1段下降窓に変更。
台車をTR235ボルスタレス台車に変更
座席をバケットシートに変更
といった変更点がある。


現在ではJR東海やJR東ではすでに全廃され、JR西日本とJR四国に残存している。
また、JR西と四国では体質改善工事が行われ、ロングシートから転クロに変更された車両も存在するが、
1段下降窓は健在なので容易に判別が可能。


604 :名無し野電車区:2012/06/28(木) 23:16:57.23 ID:1LJHsIUF0
>>603
ミスった

×後退やや台枠→○構体や台枠

605 :名無し野電車区:2012/06/28(木) 23:41:10.69 ID:J3062As60
201系500番台
国鉄が1985年から製造した201系の最終形態で、「超軽装車」と呼ばれる。
台車がDT50/TR235に変更された。
1986年で製造が打ち切られる予定だったが、東中野事故が起きたため1989年に19両(1編成に事故の生き残りのクハ201-3を連結したため)追加製造する羽目になった。
追加製造分は荷棚が205系に合わせてパイプ式に変更された。

606 :没有名字的電聯車基地:2012/06/29(金) 03:25:44.55 ID:USpJcB2d0
台灣高速鐵路700型電聯車

利用者の急増と新駅開業で車両の増備に迫られていた台湾新幹線こと台灣高鐵公司は
取り敢えず現行と同じ700T型を最少4〜最大8編成川崎重工から購入する契約を交わし
4編成が2016年までに納入された。その後に発注オプションの4編成分も700T型を発注
しようとしたが、EU崩壊ショックを引き金とした世界的な経済危機で、日本と台湾も
未曾有の事態に追い込まれ、それどころではなくなった台灣高鐵公司。しかしながら
編成増備は不可避な一方で予算は中華民国交通部からも緊縮を厳命され、窮余の策で
導入されたのが、何とN700系の導入で余剰廃車予定だったJR東海の700系C編成4編成
を台湾仕様に改造し輸出した同系列。16両編成を12両に短縮、主電動機交換、若干の
延命措置、内外装設備リフレッシュ、台灣カラーへの塗り直しをはじめ、基本仕様を
700T型に合わせる改造が施され、最高時速も300km/h(設計315km/h)に引き上げられた。
ただし先頭車形状は700系オリジナルのままで、乗務員扉も残されており、台灣高鐵
で異色の存在になっている。

607 :名無し野電車区:2012/06/29(金) 09:30:40.69 ID:OdJJipaEO
227系
JR西日本初のL/Cタイプの4ドア車。225系から受け継いで高運転台、白色LEDを採用。LCD車内表示はドアの上に変更。6M2T・3M1T・4M2Tで大和路線、奈良線などに投入し221系を中国地区へ回し113・115系を一掃する。


608 :名無し野電車区:2012/06/29(金) 16:49:49.61 ID:HIKdHrh8O
国鉄201系 910 920 930番台
重量過大とコスト増に思うように製造出来ない201系に国鉄も匙を投げた訳ではなく、
車体や制御装置を試行錯誤しながら作られたのが910 920 930番台である。
910番台は軽量化を図るために車体をアルミ製にしたもので、当時の営団地下鉄から技術提供に
加わったため、窓は当時の千代田線及び有楽町線の6000系 7000系同様の一枚窓下降式となっており、
チョッパ制御装置を6000系と同じにしたもので、42tを越えたモハを37t近くまで軽量化した。
920 930番台は制御装置を当時大手私鉄車両で導入され始めていた界磁チョッパ制御式にしたもので、
川重製の920番台は三菱電機製の制御装置に普通製車体の組み合わせとし、東急車両製の
930番台はステンレス車体(但し軽量タイプでないコルゲートが多いもの)と東洋電機製の制御装置の組み合わせ。
走行音的には910番台は営団6000系 920番台は小田急8000形 930番台は東急8500系に近い。
6+4の10両編成の920番台(6+4にしたのは当時製造していた小田急8000形を仕様変更して
短期間に作った説もある)を除いて全て10両貫通で作られ、全て三鷹に配備されたが920番台は後に
武蔵小金井に移籍している。
E231系先行試作車に取り替えられる形で910番台が廃車になり、
920番台が三鷹に戻ったのも束の間E231系に追われて晩年は京葉線で使われていた。
E233系5000番台に追われて2010年に廃車されたが、920番台に関しては西日本に譲渡の上で
現在大阪環状線で使われている。
なお譲渡に際して制御装置を203系と同じVVVF装置に更新された。

609 :名無し野電車区:2012/06/30(土) 18:39:40.27 ID:vfbsmKJG0
スシ12形客車
北陸トンネルにおける火災事故が食堂車の石炭レンジによるものとされ
オシ17形が運用から外れた際に代替車としてオハ12形を改造した形式。
発電機を搭載したため重量増加に伴いスに形式が改められた。
形式上は食堂車ではあるが、急行運用の為、ビュッフェを基本とした
供食内容を想定した設備であり、テーブルは無くカウンター席(椅子はある)
となっており、レンジは電気式に変えられている。
大阪〜青森の急行「きたぐに」、上野〜青森の急行「十和田」で運用された。
食堂車が削減される中でこれらの列車は営業が続けられ、
「きたぐに」は新潟〜青森が廃止される1982年、「十和田」は廃止される1985年まで
食堂車連結の急行としての最後を全うした。



610 :名無し野電車区:2012/07/01(日) 17:52:35.23 ID:XvvoXT3E0
207系910番台
JR西日本が開発した207系の「ロールバー試験車」。
ラリーマシンのように車内にロールバーを取り付け、車体強度を大幅に向上させた。

611 :名無し野電車区:2012/07/01(日) 20:24:24.24 ID:YgWwHJd40
熊本電気鉄道1000系・2000系

1000系は老朽化した5000系の取り替えのため、元十和田観光電鉄線の7700系を譲受したもの。2両全車を譲り受けた。降圧化、ATS設置などの整備がなされたが、大きな変更点はない。
2000系は同7700系を譲り受けたもので、200系を置き換えた。種車はVVVF車であったが、200系の廃車発生品を用い抵抗制御に改造された。

612 :名無し野電車区:2012/07/01(日) 21:33:14.66 ID:YgWwHJd40
1000系のところ
×7700系
○7200系

613 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 【東電 62.3 %】 :2012/07/02(月) 01:23:15.00 ID:UB1tbo4m0
東武60000系:
野田線の老朽化8000系置き換えで噂。
PMSM・2M4T(モハは626xx・656xx・SIVとCPはサハ2両にそれぞれ)
616xx-626xx-636xx-646xx-656xx-666xx
量産先行車数編成で習熟運転したのち、営業運転後に8101Fと8106Fを東武互助会(東武博物館)に譲渡して動態保存。
量産車で81117Fを東武互助会に譲渡して動態保存ののち、運転台半固定から順次廃車。

東武60050系:
上記のワンマン対応。柏〜船橋のワンマン化で使用。

614 :名無し野電車区:2012/07/02(月) 01:38:35.00 ID:WLESm1el0 ?2BP(1004)
東武新2000系・東京メトロ13000系
東武鉄道は整列乗車の強化・ホームゲート導入対策の為、日比谷線直通列車を
20mの約数である10m15両編成2ドアにすることを決定した。
同時に東京メトロも老朽化してきた03系を置き換える為に新造する必要が発生した為、
東武と車体に関しては共同設計をすることとなった。
どちらも日立製のアルミ製車体のA-trainではあるが、東武は普通の三相誘導モータ
とボルスタレス台車とを用いているのに対し、東京メトロは永久磁石同期モータと
ボルスタ付き台車とを用いている。
編成長が144mから150mに増えたためTASCを利用し、元々のホーム長の余裕部分を
最大限に活用して乗客の便を確保している。

615 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 【東電 53.3 %】 :2012/07/02(月) 01:39:44.82 ID:UB1tbo4m0
JR東日本E261系:
踊り子・あかぎ・草津・(水上)の置き換え用。
基本10両・付属(500番台)5両・リゾートやまどり用(1000番台・EF510-500/DD51協調対応・ディーゼル発電機(非電化DD51牽引)搭載)6両
システムはE233系NT編成をベースとする。外観はE657系同様のフリーザ顔。
10両:はまかいじ・草津・(臨時水上)
15両:踊り子・あかぎ

E263系:
SVO後継車
クイE263(グランクラス)-サロE263-モハE262-モハE263-サハE262-モハE263-モハE262-モハE263-モハE262-クハE263

616 :!ninja 【東電 53.3 %】 :2012/07/02(月) 01:58:30.58 ID:UB1tbo4m0
>>597
JR西日本225系1000番台:
なにわ筋線直通対応近郊型3ドア。

南海4000系:
大運転対応17m2ドア車、VVVF回路が劣化した2000系の置き換えを兼ねる。

JR西日本281系1000番台:
なにわ筋線経由はるか対応。

南海13000系「サザン・オオサカノース」・14000系「りんかん・プレミアム」・32000系「こうや・プレミアム/りんかん・プレミアム」・51000系「ラピートν」:
なにわ筋線対応特急車。ラピートνのνにはギリシャ文字のNになる為、North・つまりはキタ直行になる。

南海新7000系:
本線・空港線の通勤型のなにわ筋線対応型。13000系との連結に対応している。

泉北8000系:
泉北〜南海〜なにわ筋線対応車。

617 :名無し野電車区:2012/07/02(月) 10:48:30.06 ID:wAr6Yt890
クモハ119-600番台
国鉄が製造した身延線用の119系。
低断面トンネルに対応するためモハ114-2600番台のようにパンタグラフの部分が20o下げられており、PS23を搭載している。
当初は115系と同じぶどう色だったが、後に飯田線と同じくJR東海標準色に変更された。
123系と併結運転することもあった。

618 :名無し野電車区:2012/07/03(火) 11:20:32.00 ID:FFDQhdf40
サロE500・E501

形式名からわかるように、E501系のサロであるが、
余剰となった211系のサロを改造編入したものである。
サロ同士の連結面はそのままだが、普通車との連結面はサイズが異なる新系列に対応すべく、改修されている。
震災による常磐線の長期分断の影響により、水戸以北10両では輸送力過剰となった。
そこで、東北縦貫線開通による必要編成増への対応として、サロを組み込みのうえ、上野口に出戻ることとなった。
ただし、従来どおり120km/hのままなので、運用はラッシュ時に限られている。
また、土浦以北は引き続き15両非対応のため、勝田から送り込む運用は基本と付属に分けて組まれている。


619 :名無し野電車区:2012/07/03(火) 19:05:36.68 ID:37U5m+1rO
119系1000番台
昭和57年から北関東と新潟に配備された119系で、耐寒耐雪機能強化型。
1001〜1004は冷房取付準備の非冷房車で落成したが、それ以降は新造時から冷房を搭載している。
但しAU75Cで落成したのは1016までで、残りは急行型または特急車両からの廃車発生品再利用で
クモハ119はAU71/72 クハ119はAU13EN(又はAU12S)搭載となっている。
台車も1016まではDT21/TR212 それ以降はDT32/TR69の再利用で、出所が181系からと言う車もある。
国鉄末期に新造された中でも昭和60年まで製造は継続された。
JR東日本に承継後も再製造が計画されたが、165系の機器を再利用した107系に移行したために
形式での製造は打ち切られた。
また37本製造される予定も22本で打ち切られ、大宮工場で作ってしまっていた4編成分の車体は
そのまま107系に回された。
当初の配置計画であった新前橋 小山 長岡 新潟(後に上沼垂) 長野も結局は日光線及び
宇都宮〜黒磯間向けの小山は107系に変更されられて取り止められ、長野以北の信越線向けの長野は
大糸線向けの松本に回す事になって取り止められ、14本配備される予定だった新前橋も
10本に削減させられて非冷房車の115系や急行型の165系を普通列車に回す運用が脱却できなかった。
上沼垂も115系2000番台等が配備されて中間電動車の先頭車改造車で埋め合わせ可能で取り止められた。
結局配備されたのは新前橋と松本に9編成 長岡4編成のみで、長岡は当初から弥彦線のみに使う
計画だったため、ワンマン運転化もそのままこれが使われた。
新前橋も上越線と吾妻線のみとなって当初の計画だった両毛線の置き換えが不可能で、
信越線の軽井沢までの運用に使う計画だった横軽対応も取り止められた。
(横軽は107系まで待たねばならなくなった)
現在全車両健在だが、首都圏の211系等の転用開始などで元々国鉄末期に新造された車両故に
民営化後に製造開始された107系より老朽化が進んだのも事実で、211系等が入れば真っ先に
取り替えられると見られる。
なお松本 新前橋の2編成は霜取りカッター用にパンタが2連になっている。
2012年秋に松本の1001と1002がクモハ123-1取り換えで中央本線辰野回り用に転用予定。
同時に新前橋の1012 1013 1015 1016も気動車運転の仙石線石巻部分の電車化復活の救援車両に回されることになった。

620 :名無し野電車区:2012/07/04(水) 17:19:59.04 ID:iMXscXjV0
近畿日本鉄道モ6701形電車(史実とは異なる)

戦後大量生産された鉄道省モハ63形は一部が私鉄にも割り当てられ、
関西急行鉄道と南海鉄道が合併した近畿日本鉄道にも南海線の他、
旧大阪鉄道であった南大阪線にも10両が入線した。
1947年に南大阪線にモ6701形としてが10両配置された(1947年6月に南海は分離)。
車両は南海1501形同様にすべて近畿車輛で製造され、当初から天井板や座席の
モケットが張られ、独特の照明器具を装備するなど南海1501形との共通点も多かった。
南大阪線で大型の4扉車体はラッシュ時の大量輸送に威力を発揮し、主に大阪阿部野橋−
藤井寺間のラッシュ時の普通列車を中心に運用された。
1953年、桜木町事件を受けて安全性向上工事が施され、三段窓は近鉄標準の二段窓になり、
運転台も貫通式になるなど外観は大きく変化したが、同時に10両のうち5両は電装解除されて
ク6751形となり、余った電動機を利用して近鉄仕様の3扉新車モ6711形が製造された。
6800系登場後も輸送力を活かしてラッシュ時中心に使用されたが、戦後の混乱期に粗悪な資材で
製造されたこともあって老朽化が著しく進行したため、1968年に6020系と同じ車体に
載せ替えることになった。形式もモ6721形(奇数Mc・偶数M)、ク6761形(Tc)、サ6770形(T)に
改められ4両編成2本と2両編成1本に組み換えられた。台車も近車製シュリーレン台車に交換された。
1980年代になると冷房化が進んできたことや吊りかけ駆動の陳腐化が目立ってきたため、
冷房改造に合わせて高性能化され、形式も6080系(モ6080、ク6180、サ6180)に改番された。
1990年代後半以降は南大阪線に新型車が次々と投入されたため、一部は廃車となり、
一部は6000系とともに養老線に転属し、形式も681形・581形(2代)に改められた。

なお、モ6711形は6800系登場後名古屋線に転属し、広軌化改造も受けて名古屋線で活躍したが、
名古屋線に1810系が登場した後は狭軌に戻されて養老線に転属し、1979年まで活躍を続けた。

621 :名無し野電車区:2012/07/04(水) 17:22:42.27 ID:iMXscXjV0
>>620の訂正
× サ6180
○ サ6190

622 :名無し野電車区:2012/07/04(水) 18:09:53.74 ID:W42VUa+C0
キロ65:500psエンジン搭載の急行型DCのグリーン車
キハ65−1000:発電機無で便所洗面所付、定員76
これで、キハ65一族だけで編成組める(キハ58・28一味はローカル転用か廃車)。

キシ180:しょっちゅうオーバーヒートした「しなの」「つばさ」の救済のため、
     食堂車もエンジン付に。キシ80と同様、室内に水タンク置くため定員は矢張り32(うまくいけば36)。

623 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 【東電 66.6 %】 :2012/07/07(土) 00:22:58.44 ID:1LI68XPN0
E233系4000番台or8000番台:
横須賀線E217系の老朽化と成田空港普通(エアポート成田)のアコモ向上。
3000番台との相違点は、LED照明(6000番台から採用)、半自動無し、PMSM駆動。サロのドアも複層化粧板。

E233系7000番台:
中央・総武線/南武線/武蔵野線向け。
1000/5000/6000番台との違いはPMSM採用。中央・総武線向けサハE232(6ダァ)は6000番台(埼京線・横浜線向け)と共通だが、サハE232-6000では単板ガラス無塗装(209/E217/E231/サロE233-3000と同様)だったのが4ダァ車と同様の複層角付化粧板。

624 :名無し野電車区:2012/07/08(日) 20:17:36.67 ID:x/bEEyn6O
トキ225000形
平成3〜4年に一部のトキ25000形に更新を施したものである。いわゆるワム280000形を
380000番台にしたのと同じものである。
台車はTR209からTR214Cに取り替え、積込時の騒音対策として荷台 あおり戸にはゴム板が付けられた。
旧式タイプのあおり戸は全て後期タイプに取り替えられた。荷重36トンは変わらない。
既存の車両から改装したため、原車号+200000が形式となる。
主に関東で使われる車が中心で新小岩 川崎が改造元で30両が改造された他にJR東日本が
東京レールセンターの輸送用にも10両が改造された。亜鉛塊専用車トキ23900形も12両が改造されている。
渋川にある関東電化向けの工業塩輸送と宮下〜安中間の東邦亜鉛への亜鉛精鉱輸送に使われたが、
渋川向けが廃止後は残った12両と223900形8両共々安中貨物としてタキ15600形と共に使われた。
2009年に東邦亜鉛私有車両となり、40トン積みで高速運転が可能な新トキ25000形に取り替えられて廃車された。
なお東京レールセンターの製品輸送用に越中島貨物駅所有の東日本所有車4両が現存。
なおトラ45000形を密封コロ軸受化したトラ345000は改造費用の対価が見いだせないため7両のみで見送られた。

625 :名無し野電車区:2012/07/08(日) 22:55:12.87 ID:1csPWQvd0
E2系2000番台
JR東日本が長野新幹線用に投入したE2系のマイナーチェンジ仕様。
車体は1000番台に準ずるが、50/60Hz両対応になった。

626 :名無し野電車区:2012/07/10(火) 01:02:43.96 ID:ELvSch9F0
東京メトロ17000系
老朽化の著しい7000系の置き換え用として8両編成16本が登場。
千代田線の16000系をベースにしており、主電動機にはPMSMを採用。
LED照明を本格採用し、ドア上に17インチのLCDモニターを二基ずつ搭載している。
元町中華街〜志木・石神井公園間の各駅停車に充当される。

627 :名無し野電車区:2012/07/10(火) 07:22:25.92 ID:qFxp+BDP0
713系100番台
国鉄が1985年から製造した713系のマイナーチェンジ車。
台車がDT50/TR235に変更された。

628 :名無し野電車区:2012/07/11(水) 07:00:01.80 ID:I18/mq8eO
北総鉄道7700形
北総線及び印旛日本医大から先の成田スカイアクセス線のダイヤ改正にあたってアクセス特急を増強される
ことになったが、この内の1運用を北総鉄道の車で充当されることになった関係で7500形の
アクセス特急仕様の製造に迫られて製造した。基本的には京成3050形と同一であるが、帯が異なる。
8両編成4本が作られて9000形の一部と7250形を取り替えたが、1編成は高価すぎる運賃の値下げを
認める引き換えに沿線6市(市川・松戸・鎌ヶ谷・白井・船橋・印西)の第三者所有となっている。
なお北総鉄道車両のアクセス特急は7700形 7500形と増圧化改造を受けた9100形が充当され、
京成3700形リースの7800形及び7300形は原則充当しない。
なお入庫列車の関係で上野及び成田空港始発のアクセス特急印旛日本医大行きや上野始発の印西牧の原行き
が登場したが・・。

629 :名無し野電車区:2012/07/12(木) 18:59:17.93 ID:qPDy7Ijv0
>>599
2500番台のクハの中には非冷房車と組む車両もあったため一部に冷房準備車があった。
JR化直前に全車AU75Gでの冷房改造が完了した。

630 :名無し野電車区:2012/07/14(土) 20:22:32.71 ID:a4x1UWuJ0
南海8100系
8000系のマイナーチェンジバージョンで、7000系・7100系の一部と9000系を置き換えるために登場
編成は、6両編成と4両編成が登場
前面デザインは、8000系と12000系を合わせたようなデザインになる
車内灯等にLEDを採用
パンタはシングルアームパンタとなっている

631 :名無し野電車区:2012/07/14(土) 20:33:01.05 ID:TAIjlJq40
>>630
8000系で既に8100番台を使ってんだが。

632 :名無し野電車区:2012/07/14(土) 20:43:05.72 ID:a4x1UWuJ0
>>631
8200系に訂正します

633 :名無し野電車区:2012/07/14(土) 20:44:43.79 ID:a4x1UWuJ0
>>632
ちなみに登場は、高野線8200系が廃車になった後もしくは、改造で6200系他に編入された後に登場の設定です

634 :名無し野電車区:2012/07/14(土) 22:35:40.40 ID:6IM7Wm/40
>>633
何十年先の話なんだと思わず本気で突っ込みたくなった…
その頃には8000のマイナーチェンジは不可能と思われる。

部品的な問題で。

635 :名無し野電車区:2012/07/15(日) 16:37:19.08 ID:i9XfD6o70
阪神5550系 2編成目〜
阪神5000系を置き換えるため増備が再開される
主な仕様は第1編成と同じ

南海8000系2連車
7100系・7000系に残っている2連車を置き換えるために登場
初の非パンタ先頭車が登場

636 :名無し野電車区:2012/07/16(月) 10:01:15.37 ID:upgQfMoX0
キハ181系2000番台

智頭急行開業に向けJR西日本が受け持つ特急「はくと」用に改造。
智頭急行の保安装置に合わせATS-Pを搭載し、機関・変速機の換装、ブレーキの強化により最高速度を130km/hに向上させた。
また強制冷却装置の容量を向上させた上で自然通風式放熱器を撤去し信頼性を高めている。
グリーン車については利用状況をかんがみて半室化、1+2列化された。普通車はシートの交換が行われている。

HOT7000形の増備により「いなば」に転用されたが、キハ187系の投入により最終的には「はまかぜ」で使用された。

637 :名無し野電車区:2012/07/16(月) 18:12:01.76 ID:Rc7q0nHO0
近鉄36000系
近鉄が開発した南大阪線用のビスタカー。
30000系をベースに狭軌に仕様変更した。
足回りは16010系とほぼ同様。
後に30000系に合わせてビスタEXに改造された。

638 :名無し野電車区:2012/07/16(月) 22:28:42.84 ID:Rc7q0nHO0
近鉄14000系
近鉄が試験的に製造した両運転台特急車両。
名阪特急が新幹線に惨敗し乗客が激減していることから1両編成の特急を運行することを決断。
しかしその後乗客数が回復したことから現在は増結用として使われている。

639 :名無し野電車区:2012/07/16(月) 22:32:53.03 ID:V0ubTm6LO
泣く泣く投入(笑)

640 :名無し野電車区:2012/07/16(月) 22:55:17.38 ID:wifSQUUD0
>>638
湯の山特急に使えないか?w


641 :名無し野電車区:2012/07/20(金) 08:52:14.05 ID:gr6as9I00
国鉄/大蔵省 ホキ9000

昭和42年に登場した、世界でも例のない「硬貨ばら積み輸送」用貨車

高度経済成長に入り、全国的に通貨の流通量が増え特に重量のある硬貨の輸送が限界に達してきたため
従来のように袋に詰めて全国に発送する手間を省くため、いっそばら積みにしたら?と霞が関の焼鳥屋で
運輸省と大蔵省の担当者がホッピー飲みながら考え付いたものである。

姿はシキに穀物輸送用のホキを載せたような形になった。

大阪の造幣局に引き込み線を作り、ホッパーの上から硬貨をじゃらじゃら入れて、各地方の日銀支店の引き込み線で
ホッパーの下からじゃらじゃら出す方式となった。

全部で5両が作られたが、貨物の重量が半端ないため定期列車への併結ができず専用貨での運用に限定されたことと
後任の担当者が「これならコンテナにしたほうがよくね?」ということで硬貨専用ホッパー型コンテナに移行したため、わずか
3年で休車となった。

その後所有を国鉄に移管し、重量物運搬用のシキに改造され形式消滅した。

642 :名無し野電車区:2012/07/20(金) 22:45:37.82 ID:lqQP7g/d0
国鉄C30形

戦時中、「車両統制会」により、小型蒸機の仕様を統一することによる製造の効率化を図って計画された。
構造と製造工程の簡略化、代用品の多用による資材節約に主眼が置かれているが、同時に検討・設計されていた
B20形とは異なり、工場線から乙線規格以上の本線区間へ直通運転できるよう自動空気ブレーキが装備されている。
しかし時局をかんがみて大型貨物機の製造が優先され、ついに戦時中に実機が登場することはなかった。

戦後、輸送力の増強が求められている中、戦地への供出や過酷な運用による故障により、
丙線に入線可能な蒸機が減少していたことから本機の設計を大幅に変更、
地方線区向けのタンク機として設計が見直されることになった。

計画時は1C1(2-6-2)の軸配置であったが、装備の追加、炭庫、水タンクの拡大など重量増に対応し、
1C2(2-6-4)に変更された。なお、先輪・従輪のばねを変更することで軸重を変えることができる。
C12形に比べ、ボイラー圧力を14.0kg/cuから15.0kg/cuに高め、牽引力向上を図っている。

643 :名無し野電車区:2012/07/21(土) 10:20:29.25 ID:J6BAiVaK0
京王電鉄デハ2000形電車(京王電気軌道100形)
京王電気軌道(京王電軌)新宿駅-府中駅間用に1925年(大正14年)から、
1927年(昭和2年)にかけて日本車輌製造で24両が製造された。
京王初の2軸ボギー車として車体長13.650mm、車体幅2.690mmの鉄骨木造車体を備える。
後年通称「中型車」と呼ばれ、戦前形14m級車の形状、寸法の源流となった形式である。
側面窓配置は1D(1)12221(1)D1(D:客用扉、(1):戸袋窓、数字:窓数)、
内装は木製、腰深の総ロングシート、車内各扉部手前から中央にかけて車内中央部に、
スタンション・ポールと呼ばれるつかみ棒が計5本立てられていた。
側窓は保護棒を下部に取り付けた一段下降式で、妻面は緩い曲面を描く3枚窓構成である。
妻面の連結機上には小さなアンチクライマーが付き、連結器は自動連結器を装着、
屋根は側面に明かり取り窓と水雷形通風器が一列に並ぶ二重屋根(ダブルルーフ)、
床面の低いプラットホームからの乗降に対応した1段ステップ付き客用扉、
定員は86人(座席50人)、車体塗色は濃い目の茶色である。

主電動機は東洋電機製造のDK-31、歯数比は64:20=3.20。
台車は鍛造軸ばね式台車のJ.G.ブリル社製Brill 77E1に各台車1基ずつ吊り掛け式で搭載。
制御器はウェスティングハウス・エレクトリック社製のHL電空単位スイッチ式手動加速制御器、
制御段数は直列5段、並列4段で弱め界磁は搭載されていない。
ブレーキは当初より連結運転を実施するため、非常弁付き直通ブレーキ (SME) を搭載、
電動空気圧縮機はウェスティングハウス・エレクトリック社製のDH-16を搭載、
集電装置は東洋電機製造の空気圧上昇式菱枠パンタグラフTDK-Dを搭載、

644 :名無し野電車区:2012/07/21(土) 10:26:07.26 ID:J6BAiVaK0
1932年(昭和7年)沿線が発展して行くに従い、乗客数の増加で、2両編成運用開始。
1935年(昭和10年)に混雑対策として車体中央部に客用扉を増設して3扉化を実施、
窓配置は1D(1)3D(1)2(1)D1と均整の取れた外装になった。
1939年(昭和14年)沿線の発展で乗客数増加により4両編成運用。

1943年(昭和18年)戦時体制下、電力節約により3両編成で運用。
1944年(昭和19年)大東急への合併後、本形式はデハ2000形2001-2024へ改番、
1945年(昭和20年)5月25日のアメリカ陸軍航空隊が実施した戦略爆撃によって、
2006・2013・2015・2022・2024の5両が焼失、28日から復旧を開始、
資材欠乏の中、復旧は延々と進まず、本格的に復旧したのは翌年、1946年(昭和21年)以降から。
1948年(昭和23年)6月1日の京王帝都電鉄としての分離独立時にも形式称号および、
車両番号はそのまま継承された。
1949年(昭和24年)から1951年(昭和26年)にかけて、デハ2300形の中間車として、
電装解除、運転台撤去、妻面の貫通路設置、シングルルーフ、鋼体化工事を行い、
サハ2350形2351-2374に改番され、デハ2000形は形式消滅。

1960年(昭和35年)から京王全線昇圧の1963年(昭和38年)にかけて、
デハ2300形と一緒に廃車が始まり、元デハ2001のサハ2351が、
京王電気軌道100形に復元され、後の京王資料舘に保存された以外は解体された。

645 :名無し野電車区:2012/07/21(土) 11:20:02.16 ID:J6BAiVaK0
京王電鉄デハ2050形電車(玉南電気鉄道1形)
京王電気軌道(京王電軌)の前身、玉南電気鉄道が1925年(大正14年)3月24日、
府中-東八王子間開業に備え、新造した電動客車、
車体長13.650mm、車体幅2.690mmの鉄骨木造車体を備える。
側面窓配置は1D(1)12221(1)D1(D:客用扉、(1):戸袋窓、数字:窓数)、
側窓は保護棒を下部に取り付けた一段下降式で、妻面は強い曲面を描く3枚窓構成である。
妻面窓下部に鋼板をリベットで打ち付けながら側面腰部は羽目板を並べ、床下にトラス棒を装備、
屋根は側面に明かり取り窓と水雷形通風器が交互に並ぶ二重屋根(ダブルルーフ)、
それに床面の低いプラットホームからの乗降に対応した1段ステップ付き客用扉、
やや中途半端な印象を与える外観となっているのが特徴である。
製造数は1925年(大正14年)から1927年(昭和2年)にかけて14両を製造。
定員は86人(座席50人)、車体塗色は濃い目の茶色である。

主電動機は東洋電機製造のDK-31、歯数比は64:20=3.20。
台車は鍛造軸ばね式台車のJ.G.ブリル社製Brill 77E1に各台車1基ずつ吊り掛け式で搭載。
制御器はウェスティングハウス・エレクトリック社製のHL電空単位スイッチ式手動加速制御器、
制御段数は直列5段、並列4段で弱め界磁は搭載されていない。
ブレーキは当初より連結運転を実施するため、非常弁付き直通ブレーキ (SME) を搭載、
電動空気圧縮機はウェスティングハウス・エレクトリック社製のDH-16を搭載、
集電装置は東洋電機製造の空気圧上昇式菱枠パンタグラフTDK-Dを搭載、
連結器は自動連結器を装着した。

646 :名無し野電車区:2012/07/21(土) 11:23:32.31 ID:J6BAiVaK0
玉南電気鉄道は1,067mm軌間で府中-東八王子間を建設したため、
1.372mm軌間の京王電軌と相互乗り入れが出来ず、新宿から府中以西へ向かう乗客は、
府中での乗り換えを強いられたことで運用上の障害となっていたことから、
1926年(大正15年)12月1日をもって玉南電気鉄道を吸収合併、
本形式は京王電気軌道100形と同じ設計だったこともあり、100形の続番形式とされ、
京王電気軌道130形131-144に改番、1.372mm軌間に対応する新台車を雨宮製作所で新造し、
出来上がると順次交換していった。

1932年(昭和7年)沿線が発展して行くに従い、乗客数の増加で、2両編成運用開始。
1935年(昭和10年)には乗務員室奥行き確保のために妻面の曲率をゆるく変更、
乗務員室脇に小窓が設置、各扉周辺が鋼板張りに変更された。
1938年(昭和13年)混雑対策として車体中央部に客用扉を増設して3扉化が実施され、
窓配置は1D(1)3D(1)2(1)D1と均整の取れた外装になった。

1943年(昭和18年)戦時体制下、電力節約により3両編成で運用。
1944年(昭和19年)大東急への合併後、本形式はデハ2050形2051-2064へ改番、
1945年(昭和20年)5月25日のアメリカ陸軍航空隊が実施した戦略爆撃によって、
2053・2054が焼失、後日診断すると復旧が難しいと判断され、2両とも解体された。
1948年(昭和23年)6月1日の京王帝都電鉄としての分離独立時にも形式称号および、
車両番号はそのまま継承された。

1950年(昭和25年)京王線4両編成化で4両編成3本で運用。
1957年(昭和32年)他形式より早く全車が廃車解体され形式消滅。

647 :名無し野電車区:2012/07/21(土) 11:49:46.65 ID:zUwM/Cle0
373系「あさぎり」用改造車

1991年の登場以降「あさぎり」で使用されてきた371系であったが、1編成のみの在籍という
メンテナンス面でのデメリット、また、利用率の低下(特にグリーン車)が課題となり、
急行「東海」廃止と快速「ムーンライトながら」の臨時化によって余裕が生じた373系(2編成併結)での運転に変更された。
小田急線用ATSの搭載、発電ブレーキ用抵抗器の容量増加などの改造が行われている。
合わせて小田急側の使用車両も60000形MSEに変更され、「あさぎり」は全列車普通車モノクラスでの運転となった。

648 :名無し野電車区:2012/07/21(土) 13:31:43.24 ID:GgTJ8X4MO
小田急70000形(GSE)
7000形特急ロマンスカーを置き換えるために登場した新型ロマンスカー。
ロマンスカー原点回帰をコンセプトにした車両で、GSEはグレートスーパーエクスプレスの略。
60000形MSEを基本とした10両編成だが、地下鉄には乗り入れしないので
前面は50000形VSEに準じたパノラマタイプに戻し、連接構造でない展望室付き車両となった。
塗装は50000形と同じものを採用するが、最初の編成は3100形 7000形の
同じ塗装となる予定。
10両編成4本が作られるが71005F以降は30000形EXEの下回りを使用した
更新名義の新造車となる。
なお30000形からの更新車は4両編成2本は更新を行わないため、6両編成2編成
で組み替えた10両編成も作られることになる。
更新から外された30000形4両編成2本は部品取りのデハ2両と共に富士急に譲渡される。
これらは水戸岡鋭治氏がデザインした内装を施した上で新型フジサン特急と
なる予定で富士登山電車は統合化で発展的廃止。形式は7000系が予定されている。
列車統合化で捻出される富士登山電車の車両は最初は一畑電鉄が譲渡先に
挙がったが、最終的には銚子電鉄に譲渡。形式は3000形が有力。
銚子市が第三者所有となって新たな観光列車になるものと見られる。

649 :名無し野電車区:2012/07/22(日) 09:42:39.42 ID:r/YzJ2t20
国鉄 北海道総局 スハ14−500 オハネフ14−500

昭和54年、本州の余剰となった14系客車が北海道に渡り旧型客車を使用した夜行急行群の
体質改善が図られた。
その際、高い寝台料金を取る車輛に騒音の元になる発電機があるのはどうかという話になり、
座席車との混結運用が基本であることから中間座席車に発電ユニットを移植したため登場した形式である。

本来であればそれぞれ初の形式であるため0番台となるが、他の14系と合わせて北海道形式として500番台を名乗った。

運用に際しては、多少なりとも料金の発生する指定席車への充当は避けられ、編成端の自由席車として運用された。
従って、スハフ14−500+スハ14−500という運用になり、編成端が騒々しいことになっていた。

650 :名無し野電車区:2012/07/22(日) 21:59:40.90 ID:CuRftMp40
東武20030系
1989年に登場した全電動車形式の通勤車両で、1994年までに21431F〜21440Fの40両が製造された。
モハ2550形とモハ2650形の走行機器や台車を流用しており、書類上では2000系の車体更新扱いになっている。
2004年から2005年にかけてリニューアル工事が行われ、2006年のダイヤ改正からワンマン運転を開始した。
2012年現在に至るまで館林地区の閑散線区を担当しており、主に伊勢崎線や佐野線で運用に就いている。

651 :名無し野電車区:2012/07/23(月) 00:11:47.21 ID:yV9QxhUpO
東武鉄道6050系6180〜
1990年に作られた6050系新造グループの最終製造車。
この形式から霜取り用等に使用を考慮してモハ6050形のパンタグラフは2丁式に
変更された。
このグループは3050 3070系グループの取り換えや伊勢崎線末端部や佐野線及び
小泉線用であるため、ロングシート部が多少拡大している。トイレはそのまま
生かされた。
塗装は8000系と同じアイボリーホワイト 青帯である。
なお館林及び栃木より下には入線しないため、浅草にも原則入線しない。
2006年にはデッキがなくなり、ワンマン運転機器が取り付けられた。
現在6180F〜6193Fまで2両編成14本を7本ずつ栃木と館林に配置。
伊勢崎線の館林以北及び佐野線 小泉線などと栃木以北の日光線 鬼怒川線で
普通用に使われている。
6050系ながら原則スカイツリーラインには入らない車両のため、幻の車両と呼ばれている。

652 :名無し野電車区:2012/07/23(月) 15:49:42.15 ID:Hqa0okYK0
東武鉄道40000系
20000系更新に伴う予備車の確保や
日比谷線との直通拡大に対応する目的で、
80両が製造された。
A-train規格の18m3ドア車で、4M4Tの8両編成。
30000系で実用試験が行われたPMSMを導入している。
自動列車運転装置 と戸閉制御切換装置を搭載しており、
日比谷線内でのみワンマン運転を行う。
なお東急側が日比谷線直通から撤退したこともあり、
三社直通運転には対応していない。

653 :名無し野電車区:2012/07/23(月) 16:01:32.46 ID:de0Z7pPg0
京王電鉄デハ2100形電車(京王電気軌道150形)
1928年(昭和3年)から1930年(昭和5年)に日本車輌製造で111-130の20両を製造、
装飾された明かり取り窓が付いたダブルルーフ、水雷形通風器、片側2扉である。
面の窓配置は1D(1)122221(1)D1 (D:客用扉、(1):戸袋窓、数字:窓数)の2扉車で、
側面窓は一段下降式、車内はロングシート、横桟が入った客用扉1段ステップ付。
主電動機、制御機、ブレーキ、パンタグラフ、台車は玉南電気鉄道デハ1形と同じで、
110形は最初から1.372mm軌間の台車であった。

1932年(昭和7年)沿線が発展して行くに従い、乗客数の増加で、2両編成で運用開始。
1939年(昭和14年)4両編成運用、

1940年(昭和15年)車体中央部に客用扉を増設して3扉となり、
窓配置は1D(1)2D(1)2D(1)と均整の取れた外装になった。

654 :名無し野電車区:2012/07/23(月) 16:03:25.78 ID:de0Z7pPg0
1942年(昭和17)から翌年にかけて、全車両が片運転台化され、
奇数車は八王子向き、偶数車は新宿向きの運転台撤去、妻面の貫通路設置の工事、
1943年(昭和18年)からは2両編成で運用。
1944年(昭和19年)大東急に合併され、デハ2100形2101-2118に改番。
1945年(昭和20年)5月25日のアメリカ陸軍航空隊が実施した戦略爆撃によって、
2109・2110・2111・2113・2119の5両が焼失、後日、状態の良い2110・2119だけ復旧、
状態の悪い2109・2111・2113は解体された。
1946年(昭和21年)1月16日に桜上水工場の火災で2115が焼失、復旧されず解体。
1948年(昭和23年)6月の京王分離後も形式称号および、
車両番号はそのまま継承された。

1949年(昭和24年)デハ2200形の中間車となるため、16両全車が桜上水工場で、
電装解除、運転台撤去、妻面の貫通路設置、シングルルーフ改造が行われ、
サハ2250形2251-2266に形式変更と改番されデハ2100形は形式消滅。

655 :名無し野電車区:2012/07/23(月) 16:07:39.63 ID:de0Z7pPg0
京王電鉄デハ2200形電車(京王電気軌道200形)
1931年(昭和6年)の御陵線開業に備え、定員制急行列車用として日本車輌製造で、
1930年(昭和5年)から1931年(昭和6年)にかけて211-216の計16両が製造された。
車体長13.650mm、車体幅2.720mm、15m級半鋼製の片開き2扉、製造当初から2両編成で、
運用することが想定されていて、京王初の片運車、京王初のシングルルーフであり、
側面窓配置はdD(1)1221(1)D1で、1形や100形より側面窓横寸法が拡大されたことで、
軽快な印象を与え、片隅解放式乗務員室、京王初の左右に乗務員扉が付いた。
また本形式はその用途から扉間はクロスシート、扉付近は2人掛けロングシートを配置、
現在に至るまで京王車輌史上唯一のクロスシートを設置した車輌であった。
奇数車は新宿向き、偶数車は八王子向きになっていた。

主電動機、制御機、ブレーキ、パンタグラフ、台車は京王電気軌道100形と同じで、
100形の2個に対し主電動機が4個に増強されている。

本形式も1941年(昭和16年)に3扉化され、窓配置はdD(1)2D(1)2D(1)になり、
運転室の全室化、同時にクロスシートを撤去、ロングシート化されている。
1943年(昭和18年)からは電力節約により2両編成で運用。
1944年(昭和19年)大東急へ併合に伴され、デハ2200形2001-2016に改番。
戦災廃車は一両も無く終戦、
1948年(昭和23年)6月の京王分離後も形式称号および、
車両番号はそのまま継承された。

656 :名無し野電車区:2012/07/23(月) 16:09:24.56 ID:de0Z7pPg0
1950年(昭和25年)京王全線4両編成運用で、サハ2250形2両を組み込み、
固定4両編成8本で運用。
1959年(昭和34年)から廃車が始まり、2201が竣工当時に復元され、
高幡不動検車区に保存、後に京王資料館に移動、保存され、
京福電気鉄道へ譲渡された2211・2212・2215・2216の4両以外は解体、
京福電気鉄道へ譲渡された4両は、東急車輌横浜製作所で改造の上、
福井支社モハ261形261・262・263・264となり、
1976年(昭和51年)に全車が廃車されている。

サハ2250形
京王電鉄デハ2100形電車(京王電気軌道150形)を1949年(昭和24年)から、
電動解除、運転台撤去、妻面の貫通路設置、シングルルーフ、鋼体化工事を行い、
形式変更と改番されサハ2250形2251-2266となった。
1959年(昭和34年)からデハ2200形と一緒に廃車。

657 :名無し野電車区:2012/07/23(月) 20:13:26.96 ID:7GDNTPBi0
南海電気鉄道21000系貫通形車(モハ21011形、史実とは異なる)

1958年に高野線極楽橋直通用の高性能車として誕生したズームカーこと21000系だが、
転換クロスシートではラッシュに対応できず、正面2枚窓の湘南スタイルの前面では
非貫通のため運用上不便なこともあり、1963年製造の増備車からは正面貫通式・
オールロングシートで製造されることとなった。
先頭車の形式はモハ21011形となり、前面形状は1521系と同一のものになった。
中間車についてはロングシート化以外に変更はないため、モハ21100形の追番としている。
翌1964年までに4編成16両が製造された。
1973年に21001形と同様の昇圧・冷房改造が行われ、1975年には22000系と同じように
前面・側面に種別・方向表示幕が設置された。
21001形も21005F・21007Fは昇圧・冷房化工事の際、ロングシート化の他、
先頭車の正面貫通化改造も併せて行われ、22000系に準じた先頭形状に改められた。
その編成も1975年に前面・側面の種別・方向表示幕の設置が行われている。
それらの車両はその後も高野線の極楽橋直通急行で活躍したが、老朽化と2200系の増備により、
1993年以降、先頭車は汐見橋線など支線運用に転用されたのち(中間車は廃車)、
2000年までに全車廃車となった。

658 :名無し野電車区:2012/07/23(月) 20:16:28.92 ID:7GDNTPBi0
>>657の訂正
×「2200系」 → ○「2000系」

659 :名無し野電車区:2012/07/23(月) 23:18:13.73 ID:nVLUhjQf0
東京スカイタワー
京成が押上の本社跡に建設した高さ63.4mのタワー。
名前だけでなくデザインも隣の某タワーに酷似している。
京成の公式見解では高さが低いのはスペースがなかったためで本当は700m以上の塔にしたかったとしている。
なお京成は完成と同時に押上線の愛称をスカイタワーラインとし、押上駅をとうきょうスカイタワー駅に改名している。

660 :名無し野電車区:2012/07/24(火) 15:33:47.09 ID:tgDG4kps0
京王電鉄デハ2300形電車(京王電気軌道300形)
1933年(昭和8年)から1935年(昭和10年)に日本車輌製造で24両が製造された。
車体は14m級半鋼製の片開き2扉、窓配置dD(1)1221(1)D1の片隅解放式乗務員室、
左右に乗務員扉が付いた片運車、実質は200形の総ロングシート車であり、
奇数車は新宿向き、偶数車は八王子向きになっていて、貫通幌を装備してた。

主電動機、制御機、ブレーキ、パンタグラフ、台車は京王電気軌道200形と同じ。

1939年(昭和14年)4両編成6本で運用、

1941年(昭和16年)本形式も3扉化され、窓配置はdD(1)2D(1)2D(1)となった。
1943年(昭和18年)電力節約で2両編成12本で運用される。
1944年(昭和19年)東京急行電鉄(大東急)併合時にデハ2300形2301-2324に改番。
1948年(昭和23年)6月の京王分離後も形式称号および、
車両番号はそのまま継承された。

661 :名無し野電車区:2012/07/24(火) 15:38:04.29 ID:tgDG4kps0
1950年(昭和25年)サハ2350形2351-2374を組込、固定4両編成化、
1953年(昭和28年)全車輌の台車が日本車輌NA30Aに交換される。

1958年(昭和33年)全車が廃車、2311と2312が入替用の事業用車として残され、
連結面に運転台設置して両運車に改造、桜上水検車区、高幡不動検車区に配備、
北陸鉄道に譲渡された4両以外は解体された。
北陸鉄道に譲渡された2317・2318・2319・2320は同社のモハ1600形1601-1604となり、
1980年(昭和55年)に全車が廃車解体されている。

サハ2350形
京王電鉄デハ2000形(京王電気軌道100形)を1949年(昭和24年)から、
電動解除、運転台撤去、妻面の貫通路設置、シングルルーフ、鋼体化工事を行い、
形式変更と改番されサハ2350形2351-2374となった。
1954年(昭和29年)全車輌の台車が日本車輌NA31Aに交換される。
1958年(昭和33年)デハ2300形と一緒に廃車解体された。

662 :名無し野電車区:2012/07/24(火) 15:41:03.20 ID:tgDG4kps0
京王電鉄デハ2400形電車(京王電気軌道400形)
1937年(昭和12年)から1938年(昭和13年)に日本車輌製造で20両が製造された。
車体は京王初の3扉14m級半鋼製、側面窓配置はdD(1)2D(1)2D(1)とされ、
片隅解放式乗務員室、左右に乗務員扉が付いたロングシートの片運車、
デハ400形から京王史上初の制御車クハ450形が誕生、クハ450形451-460と符番、
デハ400形401-410の奇数車は新宿向き、偶数車は八王子向き、
クハ450形451-460の奇数車は八王子向き、偶数車は新宿向きにされていた。

主電動機、制御機、ブレーキ、パンタグラフ、台車は京王電気軌道300形と同じ。

1939年(昭和14年)4両編成で運用、

1943年(昭和18年)2両編成で運用される。
1944年の京王電軌の東京急行電鉄(大東急)併合時にデハ2400形2401-2410、
クハ2450形2451-2460に改番された。
1948年(昭和23年)6月の京王分離後も形式称号および、
車両番号はそのまま継承された。

663 :名無し野電車区:2012/07/24(火) 15:42:15.17 ID:tgDG4kps0
1951年(昭和26年)デハ2401-2412にサハ2150形2167-2179を2両組み込み、
4両編成化6本、増結用2両編成4本になる。
1955年(昭和30年)全車輌の台車が日本車輌NA31Aに交換される。

1959年(昭和34年)デハ2401-2408の8両、クハ2451-2458の8両が翌年から、
2000系の中間車にされる為、東急車輛工業で車体更新名義による、
2000系と同等の20m車体を備える車体を新製製造で載せられ、
両端の電動車から制御線引き通しに加えて、高圧線の引き通しを改造を実施、
電動車からの給電により照明や扇風機などのサービス機器を動作させる設計とし、
空気圧縮機搭載のサハ2400形2401-2408の8両、
一切主要機器を搭載しないサハ2450形2451-2458の8両となり形式消滅。

デハ2409-2410、クハ2459-2460の計4両が北恵那鉄道線に譲渡、
同社の300形301-302、ク300形301-302になり、1975年(昭和50年)に廃車。

664 :名無し野電車区:2012/07/25(水) 16:15:04.96 ID:TcV4i2Is0
京王電鉄デハ2500系電車
戦後初の京王新車であり、京王初の高床20m車でもある。
1950年(昭和25年)に京王線の大型化、長編成化工事に備えて導入された車両、
戦前から省線新宿駅前の坂が路線上ネックとなり、大型車導入が不可能だったが、
1945年(昭和20年)5月25日のアメリカ陸軍航空隊が実施した戦略爆撃によって、
天神橋変電所が焼失、電圧が下がり、省線新宿駅上の坂を電車が登れなくなったことで、
路線変更、新宿駅の西口移転を余儀なくされ、坂を登らなくなったことで、
大型車導入が可能となり、世相の落ち着き始めた1948年(昭和23年)から、
沿線利用者を対象に、アンケート調査を行うと「電車が小さい」「他より遅れている」
「電車がのろい」「地味でパッとしない」「大きな電車が無い」という、
マイナス評価が圧倒的に占め、京王側にとって大変厳し過ぎる結果となった。

このため京王上層部では、戦前から京王各駅のホームが14m車6両分、
80m以上のホーム長が在ることに注目、沿線が国鉄と競合してる都合上、
将来の更なる輸送増加も視野に社運をかけて、国鉄と同じサイズの大型車導入を決定、
マイナスのイメージを打破、打ち消すことを最優先に行った。
同時に笹塚-新宿西口間の軌道線許容軸重の強化工事を1年半かけて実施した。

665 :名無し野電車区:2012/07/25(水) 16:16:43.57 ID:TcV4i2Is0
デハ2500形
関東私鉄の通勤車では戦前の東急デハ3500形に続き、逸早く20m車の導入を決定、
全長19800mm×全幅2840mm×全高4180mmの全室運転台を持つ片運車、
窓上下にウィンドウヘッダー・ウィンドウシルを巻いた半鋼製車体で、
正面は丸妻、3枚窓非貫通で内2枚は下段上昇式、運転台の1枚は1段固定窓、
下部左右にアンチクライマーを設置、前照灯は大型白熱灯1灯、
側面窓配置はd1D(1)3D(1)2(1)D3(1)D2の片開き4扉が車体中央に向って開き、
側面4か所の扉は幅1000mmを設け、側面の二段窓に保護棒付き、
乗務員扉後ろの窓は、扉間の窓寸法より小さな上段固定、下段上昇の小窓を採用、
連結妻面は広幅貫通路の付いた丸妻、左右に下段上昇の二段窓を配置、
車輌デザインは京王電鉄デハ1400形の4扉20m車版で、非常にバランスが取れていた。

当時一般的に採用されていたスタンション・ポールと呼ばれる、つかみ棒が、
車内各扉部中央に1本、扉間のシート前に2本立てられ、車内は木製、
定員は159名、座席はロングシートで、濃い緑のモケットを初採用、
パンタグラフはデハ2500形奇数車、偶数車の運転台側に設置、
屋根中央には踏み板が2枚、踏み板を挟むように箱型の通風器が1列に並び、
600V/1.500V昇圧を見込んだMGの装備など京王初採用であった。

666 :名無し野電車区:2012/07/25(水) 16:18:13.76 ID:TcV4i2Is0
主電動機はMT40B、歯車比は2.87、制御器はCS-5電空カム軸式抵抗制御で、
界磁接触器CS9との組み合わせで弱め界磁制御が行え、弱め界磁制御を取り入れたのは、
京王では本系列が初で、MT40主電動機の高出力と相まって、
晩年までカルダン駆動車各系列に伍して第一線で運用され続けた要因ともなった。
台車は電動車がDT12、付随車がTR25Aと同時期の国鉄63形と同じなのは、
製造元の川崎車輌が国鉄私鉄とも車輌製造で大忙し時期に、出来るだけ機器の共通化で、
製造納期を早める契約を京王としたためで、国鉄と私鉄の合作とも言える車輌であった。

製造数は1951年(昭和26年)にかけてデハ2500形12両、サハ2550形12両を製造、
デハ2500形の奇数番号が新宿向き先頭車、偶数番号が八王子向き先頭車になり、
サハ2550形は奇数車が新宿向き、偶数車が八王子向きとなっている。

従来の14m級車と一線を画す20m車は近代的なスタイルで乗客には大好評であり、
ラッシュ時などには絶大な威力を発揮、後の京王20m車の基礎となった車輌で在り、
この成功を元に井の頭線用にも投入することが決定、1951年(昭和26年)から、
形式違いのデハ1800形8両、サハ1850形8両が製造された。

667 :名無し野電車区:2012/07/25(水) 16:20:39.96 ID:TcV4i2Is0
1951年(昭和26年)全車が準急運用に充てられた。

1963年(昭和38年)昇圧、
1964年(昭和39年)大々的な更新が行われ、大型白熱灯による2灯化改造、
車内はクリーム色のアルミデコラ化粧板を採用、天井は白色、
床は木板を剥し、鉄板を敷き詰め、その上から灰色のリノリウム張りとなり、
新製車と思われるような車内に変化、全車の台車交換が行われ、
電動車は東急車輛の台車で、ディスクブレーキが外側に付くTS-117を装着、
付随車はTS-801に変更された。

1968年(昭和43年)京王全線ATS稼働開始に備えてデハにATS機器の搭載工事を実施、

1975年(昭和50年)デハ1400形に代り、動物園線・競馬場線に転用、
転用と同時に乗務員の転落事故防止を目的として、行先表示板が前面中央から、
乗務員室車掌台側の窓内側へ変更、

1983年(昭和58年)に廃車が始まり、1984年(昭和59年)7月28日の運用をもって、
さよなら運転を行い、デハ2507が保存目的で高幡不動検車区に保管、
後に京王資料館に保存された以外は解体された。
2500系の廃車で京王線の100%冷房が達成したと同時に、
京王線上からライトグリーン車が消滅することとなった。

668 :名無し野電車区:2012/07/26(木) 15:23:48.36 ID:ISdrM3OP0
京王2600系電車
1952年(昭和27年)に登場した京王帝都電鉄京王線の20m級車。
車長、車幅ともに2500系と同じ20m半鋼製車体、前面は当時国鉄私鉄ともに流行してた、
非貫通2枚窓の湘南形を採用、前面下部の左右にアンチクライマーが設置、
2500系と同じく側面窓上下にウィンドウヘッダー・ウィンドウシルを巻き、
1952年(昭和27年)からの1次車のバス窓、1954年(昭和29年)からの2次車のバス窓、
1956年(昭和31年)からの3次車では側面窓が戸袋窓を除き2段上昇式に変更、
連結面の妻面に切妻型を初採用、広幅貫通路の左右は2段上昇式の小窓、
当時一般的に採用されていたスタンション・ポールと呼ばれる、
つかみ棒が車内各扉部中央に1本、扉間のシート前に2本立てられ、
車内は白色に着色されたベークライトの化粧板を初採用、天井も白色、
座席のロングシートは濃いブルーのモケットを採用、
京王初の制御車と中間電動車だけの編成を採用、以後の京王車輌製造に影響を残した。

クハ2650形・デハ2600形
1次車 1952年(昭和27年)
クハ2651-2660(川崎車輌製造製)、デハ2601-2610(川崎車輛製造製)の計20両。
側面窓配置はd1D(1)3D(1)2(1)D3(1)D2の片開き4扉が車体中央に向って開き、
側面窓が下段上昇式で上段がHゴム支持のバス窓を採用、下段に保護棒付き、
乗務員扉後ろの窓は、扉間の窓寸法より小さな下段上昇の小窓を採用、

2次車 1954年(昭和29年)
クハ2661-2670(川崎車輌製造製)、デハ2611-2620(川崎車輌製造製)の計20両。
側面窓配置はd1D(1)3D(1)2(1)D3(1)D2の片開き4扉が車体中央に向って開き、
1次車と同じHゴム支持のバス窓を採用、下段に保護棒付き、
乗務員扉後ろの窓は、扉間の窓寸法より小さな下段上昇の小窓を採用、

3次車 1956年(昭和31年)
クハ2671-2678(東急車輛製造)、デハ2621-2628(東急車輌製造製)の計16両。
側面窓配置はd1D(1)3D(1)2(1)D3(1)D2の片開き4扉が車体中央に向って開き、
1次2次車と違い、側面窓が戸袋窓を除き2段上昇式に変更、下段に保護棒付き、
乗務員扉後ろの窓は、扉間の窓寸法より小さな二段上昇の小窓を採用、

669 :名無し野電車区:2012/07/26(木) 15:26:06.08 ID:ISdrM3OP0
主電動機はMT40B、歯車比は2.87、制御器はCS-5電空カム軸式抵抗制御で、
界磁接触器CS9との組み合わせで弱め界磁制御が行え、600V/1.500V昇圧も考慮、
台車は1次車2次車が電動車がDT12、付随車がTR25A、3次車から変更され、
東急車輛製の台車、電動車がTS-103A、付随車がTS-103Bを装着する。
通風器は角型押込式をデハは1列8基ずつ2列で16基、クハは1列10基ずつ2列で20基、
デハ2600形の奇数車、偶数車ともに新宿向き連結側にパンタグラフが載せ、
中間電動車デハ2600形奇数車は新宿向き、偶数車は八王子向き、
制御車クハ2650形奇数車は新宿向き、偶数車は八王子向きにされ、
新宿側からクハ2651-デハ2601-デハ2602-クハ2652となっていて、
2600系14本、2形式で計56両が製造された。
井の頭線用に3次車の形式違い、クハ1950形1951-1966、デハ1901-1966の計32両。
塗装はライトグリーン1色。

1963年(昭和38年)昇圧、準急が快速に変更、4本が快速運用に入る。
1964年(昭和39年)特急列車の8両化運転開始とともに特急増発の際に、
2600系も4編成×2の8両編成2本が特急列車運用に使用された。
1964年(昭和39年)に2灯化された際には、大型白熱灯で2灯化されたものと、
シールドビーム2灯化されたものの2種類があり、幕板部左右には尾灯が配された。
1967年(昭和42年)客室灯が白熱灯から蛍光灯に変更、
1968年(昭和43年)京王全線ATS稼働開始に備えてクハにATS機器の搭載工事を実施、

670 :名無し野電車区:2012/07/26(木) 15:29:03.68 ID:ISdrM3OP0
1970年(昭和45年)新宿-京王八王子間の各駅ホーム延伸が完成、京王全線で、
終日8両編成運用が開始されると、2600系も同時に車体更新され、4両編成2本を除く、
6本の編成中間に入るクハ2650形12両が中間車化改造され、2枚窓の前面撤去、
乗務員扉と運転台機器撤去して、中間車と同じ側面窓2枚を設置、完全客室化で、
収容人数の増加を図り、サハ2400形、サハ2450形の続番とされ、
電動車から制御線引き通し、高圧線の引き通しを改造を実施、電動車からの給電で、
照明や扇風機、冷房などのサービス機器を動作させる空気圧縮機搭載した、
新宿向きサハ2400形2411-2416、制御線引き通しと高圧線の引き通しだけで、
一切主要機器の搭載がない八王子向きサハ2450形2461-2466となり、
同時に8両編成6本全車の形式詰め、改番が行われた。

全車の車内は薄いブルー系色のアルミデコラ化粧板、天井は白色、
床は木板を剥し、2500系と同じで鉄板を敷き、上に灰色のリノリウム張って、
鉄製の窓枠はアルミサッシに変更、釣掛駆動式では珍しく、冷房改造が実施され、
集中型FTUR-375-208(30000kcal)を全車に搭載、
同時に全車が東急車輛の台車に変更、電動車はTS-709、制御車はTS710になり、
2500系、3000系に続く外側ディスクブレーキ装備の台車に交換された。
塗装も変更され、全車がライトグリーン1色から、アイボリーホワイトに、
100mm幅のえんじ色のラインを窓下に入れたのに変更、

8両貫通化改造から外された4両編成2本は、
クハ2667-デハ2617-デハ2618-クハ2668
クハ2669-デハ2619-デハ2620-クハ2670
2次車4両2編成は運用終了まで4両編成のままだった。

671 :名無し野電車区:2012/07/26(木) 15:34:33.96 ID:ISdrM3OP0
1973年(昭和48年)6000系登場以後は徐々に特急運用から外れていき、
各停を中心に大晦日から元旦に運行される特急「迎光」、競輪特急、競馬特急、
急行などの季節列車・臨時列車には1987年(昭和62年)頃まで引続き運用される。
1974年(昭和49年)相模原線の開業で、8両編成全車が運用に入る。
1975年(昭和50年)乗務員の転落事故防止を目的として、行先表示板が前面中央から、
乗務員室車掌台側の窓内側へ変更、

1981年(昭和56年)4両編成2本が高尾線専用運用に入る。

1987年(昭和62年)廃車が始まり、最後に残った8両貫通編成1本、
4両編成×2の8両1本が1989年(平成元年)7月25日、新宿-高幡不動間の特急運用で、
さよなら運転を行い、その内の1編成、クハ2667-デハ2617-デハ2618-クハ2668が、
高幡不動検車区の端に保存の為に留置、後にアコーディオン式の屋根が設置され、
現在でも京王唯一の動態保存形式で車籍も有しているが、イベントでも走行予定は無い。
他には京王資料館にクハ2651が保存されてる以外は解体された。
本系列を最後に、京王線上から営業用釣掛駆動車が消滅した。

サハ2400形2411-2416
1970年(昭和45年)8両貫通編成で新宿向きクハ2650形6両を中間車化、
電動車から制御線引き通しに加えて、高圧線の引き通しを改造を実施、
電動車からの給電で照明や扇風機、冷房などのサービス機器を動作させる設計で、
空気圧縮機搭載の新宿向きサハ2400形2411-2416、
1987年(昭和62年)から1988年(昭和63年)に廃車解体。

サハ2450形2461-2466
1970年(昭和45年)8両貫通編成で八王子向きクハ2650形6両を中間車化、
一切主要機器を搭載しない八王子向きサハ2450形2461-2466、
1987年(昭和62年)から1988年(昭和63年)に廃車解体。

672 :名無し野電車区:2012/07/27(金) 11:14:22.98 ID:iyfzAEkLO
小田急2350形
昭和33年に作られた準特急用最後の車両である。2300形形式を名乗っているが、
翌年製造を開始した通勤用2400形への橋渡し的な形式であり、準特急車両で
ありながら大出力主電動機や超多段制御及び不均一な車体長など後に
2400形に取り入れられている。
車体はクハ2350形が15.97m デハ2350形は19.3mの不均一車体で、車体幅を
2800ミリとして裾絞りを採用したが、これは後に大型車両2600形の開発で
スタイルを結実していくことになる。
デハ2350形の小田原方にはトイレも設けられた。また2300 2320形が
セミクロスシートに対してこちらは回転式リクライニングシートを採用していた。
特急ロマンスカー3000形と3100形が回転クロスシートだったために準特急用の
形式でのリクライニングシートは画期的で、通勤用格下げ時に座席を
3100形に転用した程である。
(回転リクライニングシートの特急ロマンスカーは7000形NSEまでなかった)
営業最高速度が110Km/hだったのも大きく、1961年には2300形らを
一般用に格下げてしまった程で最終的には4両編成3本が製造された。
3100形NSE車が導入されて準特急が廃止された1963年に2400形同様の3ドア
ロングシート車両に改造され、2300形式ながら2400形に編入された。
その後は2400形と同様に使われていたが8000形に取り換えられる形で
最後まで多摩線で残った2351Fと2352Fが1989年に運転を終了した。
(なお2353Fは1984年に主電動機を4000形のカルダン化改造に譲るために廃車されている)
この2編成は4000形のカルダン化改造での流用は行われず、デハ2350形1両を
抜き取った3両編成化改造の上で総武流山電鉄(現流電流山線)に譲渡された。
形式は1400系となり、クハ40形 モハ1400形 クハ50形として元西武車両と共に
使われた。ただし整備性の観点から701系の下回りや主電動機に交換された。
流山線初のそして唯一のカルダン車で「あかぎ」 「若葉」の愛称で親しまれた。
しかし冷房が取り付けられないことや老朽化が進んだことから1995年に
701系の改造車2000系に取り換えられる形で廃車されている。
なおクハ42(旧クハ2351)は小田急に返還され、現在海老名で保管されている。

673 :名無し野電車区:2012/07/27(金) 12:10:09.09 ID:u6h/9ebp0
定山渓鉄道 1000形

昭和47年札幌オリンピック開催に伴い札幌市営地下鉄南北線が計画され、定山渓鉄道の買収を札幌市から打診されたが
以降の札幌市の発展を考え、買収に応じずに鉄道は存続した。

しかしながら、オリンピック大量輸送と札幌近郊区間への国鉄への乗り入れなどを考慮し全線複線交流電化に大改造することとなった。
市営地下鉄南北線は、当初計画されていたゴムタイヤ方式から、定鉄への乗り入れを考慮した通常の鉄道方式となった。

定鉄澄川駅で定鉄本線から分岐する形で地下鉄に乗り入れる形式となったが、地下区間は直流660Vの第三軌条方式となるため
乗り入れ対応用に作られた交直両用通勤型電車がこれである。

4ドアオールロングシートで、交流電気は屋根上のパンタから、直流電気は台車についた集電靴から取り入れる。
北海道の気候を考慮し、澄川〜真駒内間は全線シェルターつきの高架線となったため、4ドア通勤型の運用が可能になったので、この車輛は
真駒内発着の地下鉄直通専用の運用となった。

国鉄線乗り入れ・真駒内以南直通用の車輛は既存の直流電車の機器乗せ換えで対応するとともに、閑散区間である真駒内〜定山渓温泉間は
単行気動車が投入された。

平成15年に全車廃車となった。

674 :名無し野電車区:2012/07/27(金) 17:03:15.18 ID:X8H5S/C+0
京王2000系電車
車両規格の大型化を戦後5年目で実現した京王が次なる目標としたのが、
毎年、右肩上がりのカーブで乗客数が増加し続ける京王線の主力車として、
輸送力の障害となっていた戦前からの14m車を一気に淘汰する目的も兼ねた、
カルダン駆動の全電動車方式20m車を導入することであった。
各私鉄が積極的に導入していた全電動車方式と各社で試行錯誤が続いていた、
カルダン駆動車のシステム構築で、京王におけるテストベッドの役割を果たした。
2000系電車編成への挿入を前提に車体更新名義で用意された、
付随車サハ2400形についても併せて記載する。

デハ2000形:デハ2100形
2600系と同じ20m級4扉車を基本とし、ノーシルノーヘッダーの全金属車体を備え、
側面窓配置は扉袋を含め従来の4枚窓から窓寸法の広いアルミサッシ3枚窓に変更、
先頭車がd1D(1)2D(1)1(1)D2(1)D2、中間車が2D(1)2D(1)1(1)D2(1)D2の、
(d:乗務員扉、D:客用扉、(1):戸袋窓、数字:窓数)となり、2500系、2600系と同じく、
乗務員扉後ろの窓は、扉間の窓寸法より小さな2段上昇の小窓を採用、
扉間の窓は戸袋窓を除き2段上昇式の窓、下段に保護棒が取り付けられている。
引続き4扉が車体中央に向って開き、車体真ん中の窓は1個しか開閉出来ない。
前面は2600系と同じ非貫通2枚窓構成の湘南形、前面下側に丸尾灯を左右に配置、
2600系まで前面下部のに在った左右アンチクライマーが2000系では廃止され、
前照灯は大型白熱1灯を屋根上中央に設置、通風器は小型の箱型を直線に10個配置、

車内はクリーム色のアルミデコラ化粧板が初採用、天井は白色、
床は茶色のロンリューム(リノリウム)張り、座席は臙脂色のモケットが採用され、
ちらつきの少ない交流120Hz点灯の40W蛍光灯をカバー装着の上で2列各12本ずつ並べ、
明るい車内を演出している。なお、貫通路は2500系から同じ広幅である。
外板塗装は2600系と同じライトグリーン1色とされた。

675 :名無し野電車区:2012/07/27(金) 17:05:59.43 ID:X8H5S/C+0
主電動機は複巻式で日立製作所HS-835Arbを各台車に2基ずつ、撓み継手と歯形継手を、
組み合わせた日立製の中空軸平行カルダン駆動装置、歯数比は82:14=5.86、
制御器は日立製MMC-LHTBU20の強制冷却式の複電圧2回転式多段電動カム軸式制御器、
1基の主制御器で2両分8基の主電動機を制御する1C8M制御に対応、
ブレーキは機械式の応荷重装置を備えた発電ブレーキ連動のARSE-D電磁直通ブレーキ、
台車は日立製ウィングばね台車の長軸台車であるKH-14L、
パンタグラフは日立製K-100で、MMユニットを背中合わせに連結してる都合上、
M2中間電動車の連結側、M1制御電動車側に載せられている。

車種構成
デハ2000形奇数車:新宿向き制御電動車 (M1A) : 8両
デハ2100形奇数車:新宿向き中間電動車 (M2A) : 8両
デハ2100形偶数車:八王子向き中間電動車(M2B) : 8両
デハ2000形偶数車:八王子向き制御電動車(M1B) : 8両
全車電動車の2両1ユニットで構成、M1系車に補器類を搭載、M2系車に主制御器、
2両1ユニットを背中合わせに組み合わせたM1A-M2A-M2B-M1Bの編成を組み、
両先頭車がM1系車とされたため、編成を変える事はできない。

1958年(昭和33年)5月から東急車輛製造製で32両。
1959年(昭和34年)主要急行停車駅のホーム延伸が完成したことで、
翌年から2000系にサハ2400形、2450形を組み込み、6両編成運用することが決定、

1960年(昭和35年)2000系にサハ2400形2401-2410、
サハ2450形2451-2460を組み込み6両編成になる。
デハ2000奇数-デハ2100奇数-サハ2400-サハ2450-デハ2100偶数-デハ2000偶数

676 :名無し野電車区:2012/07/27(金) 17:08:55.29 ID:X8H5S/C+0
1961年(昭和36年)以降は2200系での設計変更を反映して前照灯の2灯化が実施、
1963年(昭和38年)昇圧、
1968年(昭和43年)ATS稼働開始に備えて制御電動車にATS機器の搭載工事を実施、
空気ブレーキのHSC-D電磁直通ブレーキへの改造、

1971年(昭和46年)から全車の冷房改造を実施、2600系と同じ30000kcalの、
集中型冷房装置FTUR-375-205を搭載、全車の塗装がライトグリーン1色から、
同じアイボリーホワイトに100mm幅のえんじ色のラインに変更、
1976年(昭和51年)乗務員の転落事故防止を目的として、行先表示板が前面中央から、
乗務員室車掌台側の窓内側へ変更、
1977年(昭和52年)6両4編成が相模原線で運用開始。

1990年(平成2年)12月12日の運用をもって、さよなら運転を行った。
デハ2001-デハ2101-デハ2102-デハ2002の1編成が1994年(平成6年)まで、
高幡不動検車区に留置、同年に若葉台検車区へ移動後、大規模な修繕を施され、
1996年に京王資料舘へ移動、以後、静態保存されている。

677 :名無し野電車区:2012/07/27(金) 17:10:17.05 ID:X8H5S/C+0
本系列は変電所容量不足を想定せず、全電動車方式を導入し、運用したことで、
増備上の制約が発生、4両編成6本の32両しか製造されなかった。
このような事情もあって京王における全電動車方式は早々に頓挫、
井の頭線にも形式違いを導入しようとしたが、白紙となった。

サハ2400形
1959年(昭和34年)全電動車方式の2000系中間車として、
デハ2400形2401-2408の8両を車体更新名義で2000系と同等の20m車体を新製製造、
両端の電動車から制御線引き通しに加えて、高圧線の引き通しを改造を実施、
電動車からの給電により照明や扇風機などのサービス機器を動作させる設計とし、
空気圧縮機搭載のサハ2400形2401-2408の8両、

サハ2450形
クハ2450形2451-2458の8両を車体更新名義による20m車体を新製製造、
一切主要機器を搭載しないサハ2450形2451-2458の8両、

1960年(昭和35年)サハ2400形とサハ2450形の2両ペアで、
2000系の中間付随車として8編成に組み込まれ運用、
1965年(昭和40年)台車を2000系と同じKH-14Lに交換、

1971年(昭和46年)冷房改造で集中型冷房装置FTUR-375-205を搭載、

1990年(平成2年)サハ2400形、サハ2450形の全車が廃車解体。

678 :名無し野電車区:2012/07/27(金) 18:38:51.84 ID:IEH2Tz/l0
711系1000番台
国鉄が1982年から製造した711系の最終形態。
発電ブレーキと冷房装置(AU72)が標準装備された。
編成はクハ711-モハ711-クハ710で、発電ブレーキ用抵抗器は重量分散の観点からクハ710の屋根上に装備した。

711系1100番台
1983年に登場した上記の1000番台のマイナーチェンジ版。
713系に合わせ回生ブレーキに変更されて発電ブレーキ用抵抗器が廃止された。

711系1200番台
1985年に登場した上記の1000番台をさらにマイナーチェンジした車両。
台車がDT50/TR235に、冷房装置がAU79に変更された。

679 :名無し野電車区:2012/08/01(水) 15:53:36.29 ID:YEsHStqY0
江ノ島電鉄100形電車
江ノ電電鉄が1929年(昭和4年)から1930年(昭和5年)にかけて、
初のボギー台車採用車として101形101-108号車が川崎車輛で製造、
1931年(昭和6年)に101形109-112号が雨宮製作所で製造、
101形113-114号車が新潟鐵工所で製造された形式である。

江ノ電は開業当時から路面電車然としたスタイルであったが、
各駅のホーム高さが高く、ドアにステップを付ける必要が無い為、
他の路面電車然としたスタイルより洗礼された印象が在り、
両運転台の半鋼製車、非貫通3枚窓、前面下部にバンパーが装備され、
側面配置は2D(1)7(1)D2、(数字:窓、D:客用扉、(1):戸袋窓)、

主電動機は50kwを1台車に二台、計4器200kwで直接制御、
単純な直通ブレーキ、Z形パンタグラフ装備で統一されていた。

1938年(昭和12年)2両編成運用開始、

1953年(昭和28年)から1956年(昭和31年)に輸送力増強と近代化のため、
101-112を連接台車構造に改造、同時に改番されて300形となり、
単車で残ったのはわずか2両となった。

1961年(昭和36年)残った2両も連接台車構造に改造され、形式消滅。

680 :名無し野電車区:2012/08/01(水) 15:56:05.36 ID:YEsHStqY0
江ノ島電鉄200形電車
1935年(昭和10年)に車体のみ新製された納涼電車を後年、
窓ガラスを取り付け普通車化した形式である。
西武新宿軌道線から譲渡された機器、台車に新製された車体を載せ、
夏期のみ納涼電車として運行する目的で2両が誕生、
戦前戦中は軍隊の慰問にも使用され、戦後の1952年(昭和27)に、
輸送力増強と近代化の先駆け試験として連接車化した。
連結面貫通幌をはじめ、後年の連接車に比べ不具合が多く、
1963年(昭和38年)に東横車輛工業で大規模更新、
台枠を残して解体され、300形と同じ車体となり、形式変更で消滅。

681 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 01:00:34.98 ID:cf0K1QkV0
相鉄新6000系体質改善更新車

全廃する予定だった新6000系をイベント用として8連を2編成更新した車両。
運転台は片手1ハンドル化
車内は10000・11000系に酷似、ドア上LED案内装置・ドアチャイム・赤ランプ装着・
複層ガラスドアに交換・天井フラット化でラインデリア装着
窓は体質改善103系と同型の物に交換
走行系は東武50050系と共通の物に換装
その他は自動放送装置搭載、全面スカート取り付け、ATS-P・JR型無線装置搭載


682 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 10:11:33.69 ID:DH9ZYx4B0
京王2200系電車
全電動車方式を基本に計画・設計・増備された既存の2000系が、
変電所容量の制約などから頓挫したことで、以降の増備は計画変更を余儀なくされ、
次なる車両増備では全電動車方式を放棄、2M2Tcの高経済車として製造された。
高トルク低定格回転数の120kW級電動機を新規設計して搭載、制御器などについても、
これに合わせて若干の改良した、2200系が1960年(昭和35年)に製造された。
またその電装品などの基本設計は、続く5000系にほぼそのままの形で継承された。

クハ2300形:デハ2200形
2000系に準じた寸法・構造の20m級2.8m幅4扉全金属構造車体を備え、
窓配置は2000系と同一で、湘南形に由来する2枚窓構成の前面デザインなども踏襲、
2000系で廃止されたいたアンチクライマーが復活、2600系と同じ前面下部の左右に、
アンチクライマーを設置、差し込み式であった行先表示板が電照式の行先表示幕に変更、
座席のロングシート色が従来の臙脂から明るい緑に代り、
混雑時の換気能力向上を図って、屋根上通風器が国鉄の東海型通風器と呼ばれる、
押込式のものを屋根中央部に千鳥上10基、搭載した。

主電動機は120kw補償巻付で弱め界磁率を20%近くにまで引き上げた高定格回転数仕様、
駆動方式はWNドライブ、歯数比は2000系と同じで、制御器は少改良を施した、
日立製作所MMC-LHTB20をデハ2300形とデハ2350形に各1基ずつ搭載、
ブレーキは機械式の応荷重装置を備えた発電ブレーキ連動のARSE-D電磁直通ブレーキ、
台車は2000系のKH-14Lを引続き採用、集電装置は東洋電機製造PT-42、
塗装はライトグリーン1色だけの京王線からイメージチェンジする為、
アイボリーホワイトに100mm幅のえんじ色のラインにされた。

683 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 10:12:50.56 ID:DH9ZYx4B0
車種構成
クハ2300形-新宿向き制御車:奇数車
デハ2200形-新宿向き中間電動車:奇数車
デハ2200形-八王子向き中間電動車:偶数車
クハ2300形-八王子向き制御車:偶数車
4両編成を基本とし、1962年(昭和37年)まで東急車輛製造で4両編成16本の計64両、
井の頭線用に形式違い、1000系として導入、4両編成10本で計40両製造。

1961年(昭和36年)以降は昇圧準備として発電ブレーキ機能をカット、
1963年(昭和38年)特急運転開始時には5000系の絶対数不足で4本が運用に入り、
10月1日のダイヤ改正で準急が快速に変更、4本が快速運用に入る。
1964年(昭和39年)特急列車の8両化運転開始、特急増発の際に、
4×2編成の4本が特急運用に入る。
1966年(昭和41年)全車の台車が東急車輛製の台車に交換が決定、
外側ディスクブレーキ付きのTS-706、TS-706Tへ交換、
1968年(昭和43年)ATS稼働開始に備えて制御電動車にATS機器の搭載工事を実施、
空気ブレーキのHSC-D電磁直通ブレーキへの改造、
1969年(昭和44年)から全車の更新と冷房改造を実施、
車内のクリーム色のアルミデコラ化粧板を薄いブルー系色に変更、
天井の薄いブルー系色、床は灰色のリノリウムに変更し、
座席のモケットも濃いブルーに変更、
30000kcalの集中型冷房装置FTUR-375-205を全車に搭載、
翌年に控えた京王全線の8両編成運用に備え、8両編成6本をつくるため、
クハ2300形12両を中間車改造、2枚窓の前面撤去、乗務員扉と運転台機器撤去して、
中間車と同じ側面窓2枚を設置、完全客室化で、収容人数の増加を図り、
サハ2400形、サハ2450形の続番とされ、電動車から制御線引き通し、
高圧線の引き通しを改造を実施、電動車からの給電で照明や扇風機、
冷房などのサービス機器を動作させる空気圧縮機搭載した、
新宿向きサハ2400形2421-2426、制御線引き通しと高圧線の引き通しだけで、
一切主要機器の搭載がない八王子向きサハ2450形2471-2476となった。
残った4両編成4本は中間車改造されず8両編成で運用。

684 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 10:14:53.24 ID:DH9ZYx4B0
1976年(昭和51年)乗務員の転落事故防止を目的で、行先表示板が前面中央から、
乗務員室車掌台側の窓内側へ変更、

1984年(昭和59年)4両編成4本が動物園線・競馬場線に転用、

1992年(平成4年)から廃車が始まり、
1994年(平成6年)1月29日最後まで残った4両編成2本、8両編成1本の、
2305-2205-2206-2306×2307-2207-2208-2308、
2317-2217-2218-2423-2473-2219-2220-2320が、
さよなら運転で、新宿-八王子間を2往復走り、
2307-2207-2208-2308が若葉台検車区に留置された後、
後の京王資料舘に保存された以外は解体、クハ2320が個人に譲渡された。

685 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 12:20:35.01 ID:DH9ZYx4B0
京王5000系電車
本系列には基本系列の5000系と5600系が存在したが、
両者をまとめて5000系と一括して記述する。

京王線沿線では戦後復興時の宅地開発などから沿線人口が右肩上がりで急増、
昭和25年以降は急激に発展、沿線人口が急増し、その対応策として20m車の投入を、
長年行って来たが、架線昇圧、新宿-笹塚間の軌道問題など残された課題克服を含めた、
輸送力増強対策を進行、新宿駅-東八王子駅間に定期特急を新設するとともに、
特急運用に充当する新車両を新製するなど抜本改革を行った。

5000形 
19800mm車体に片側4か所の片開き扉は前形式から継承するとともに、
2800mmだった車体幅を2900mmに拡大、腰板を折った裾絞りの断面形状は当時、
通勤形車両としては珍しく、前面は京王で初めての前面貫通扉・角型急行灯を設置し、
運転台の窓は、これも当時の通勤車では営団3000系以外に例のない、
「低窓パノラマミックウインドウ」で、側面窓は2000系と同じ配置で窓開閉が、
上段下降・下段上昇に変更された2段式となった普通鋼製車体で、
この車両から京王初の前面に貫通扉を設置した。
2500系からの伝統、乗務員扉後ろの窓は、扉間の窓寸法より小さな小窓を採用、
車内設備に関しては極力3000系と共通設計を行い、屋根上の通風器は押込式から、
京王初の大型グローブ式通風器を7個直線配列に変更された。

686 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 12:24:15.31 ID:DH9ZYx4B0
主電動機・主制御器は3種、駆動方式は釣掛駆動式とカルダン駆動式、台車は12種、
冷房装置は8種類の様々なバリエーションの車両が存在、
5000系は1両単位で組替えが可能なMT比1:1の経済的な編成が可能なように設計され、
WN継手式駆動の補極・補償巻線付直巻主電動機 (130kW)、ARSE空制装置、
発電制動付一回転カム軸式主制御器のMMC-HTB-20BもしくはMMC-HTB-20Cを使用、
PS13型パンタグラフを搭載、パンタグラフは後年PT42形に変更、
冷房装置は分散型4種、集中型4種を載せている。

1次車種構成
1963年(昭和38年)から1964年(昭和40年)
デハ5000形の中間電動車(M1)奇数車は新宿向き、(M2)偶数車は八王子向きとされ、
奇数車、偶数車ともにPS13型パンタグラフは八王子向きの連結側に搭載、
クハ5100形の制御車(Tc)奇数車は新宿向き、偶数車は八王子向きとされ、
MGやCPは偶数車に搭載、Tc-M1-M2-Tcの4両編成5本20両、
増結用としてデハ5200形の制御電動車(Mc1)新宿向き、
クハ5100形の制御車(Tc)八王子向き偶数車、Mc-Tcの2両編成5本10両が、
日本車輌で製造された。

2次車種構成
1965年(昭和40年)から1967年(昭和42年)
Tc-M1-M2-Tcの4両編成4本16両に、
デハ5200形の制御電動車(Mc1)に新形式サハ5300形付随車(T)、
デハ5000形の中間電動車(M2)とクハ5100形の制御車(Tc)を連結した、
Mc-T-M2-Tcの4両編成7本28両が東急車輛で製造された。

687 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 12:26:51.56 ID:DH9ZYx4B0
3次車種構成
1968年(昭和43年)から1969年(昭和44年)
Tc-M1-M2-Tcの4両編成2本8両に量産車として冷房装置を搭載、
分散型RPU-2203(8000kcal)×4基を搭載、分散型冷房搭載車は全通風器撤去、
Mc-T-M2-Tcの4両編成2本8両に量産者として冷房装置を搭載、
分散型RPU-2203(8000kcal)×4基を搭載、
東急車輛で計16両を製造、分散型冷房搭載車は全通風器撤去、
Tc-M1-T-M1-M2-Tcの6両編成4本24両に量産車として冷房装置を搭載、
集中型FTUR-375-202(27000kcal)を搭載、
日本車輌で計24両を製造、

5600系
1966年(昭和41年)に廃車となったデハ1500形の台車・制御器、
110kWの主電動機を再流用した5600形が誕生、デハ5800形の制御電動車(Mc1)、
デハ5600形の中間電動車(M1)、5700形の制御車(Tc)、
Mc-M1-Tcの3両編成2本の6両が東急車輛で製造された。

1963年(昭和38年)から1969年(昭和44年)にかけて156両が日本車輌製造、
東急車輛製造の二箇所で製造、1次形、2次形、3次形と分かれ、
1,500V昇圧に伴って投入され、特急にも充当されたが、
これに伴い5000系には社員のアイデアで誤乗防止の、「緑の吊り輪」が採用、
これは「前2両・後4両」などと案内しても乗客には分かりにくいが、
「緑の吊り輪の車両・白の吊り輪の車両」と言えば誰でも間違いなく、
行先が分かる画期的なアイデアで、6000系や8000系にも受け継がれている。

688 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 12:31:38.97 ID:DH9ZYx4B0
1963年(昭和38年)笹塚-新宿駅の地下化と新宿地下駅開業に併せ、
京王のフラッグシップ車両として、新宿-京王八王子間の特急に使用、
4両編成-2両編成の6両編成で運用を始めた。
1964年(昭和39年)鉄道友の会から「ローレル賞」受賞、

1967年(昭和42年)通勤形電車への冷房装置設置は前例がないため、
試作改造冷房車として乗車定員2倍、2種の冷房装置を搭載、比較が行われ、
Tc-M1-M2-Tcの1次車1本に集中型FTUR-375-301(39000kcal)、
Tc-M1-M2-Tcの1次車1本に分散型RPU-2203(8000kcal)×4基、
比較試験の結果、分散型RPU-2203(8000kcal)×4基は申し分無く、
集中型FTUR-375-301(39000kcal)は冷房容量が過大であったために、
集中型は見直し、集中型FTUR-375-202(27000kcal)を3次製造車から搭載決定、
1969年(昭和44年)非冷房竣工車の冷房改造を実施、
1次車Tc-M1-M2-Tcの4両編成3本に集中型FTUR-375-202(27000kcal)を順次搭載、

1970年(昭和45年)京王線の8両編成運用開始、
Tc-M1-M2-Tcの4両編成×2、Tc-M1-T-M1-M2-Tcの6両編成×Mc-Tcの2両編成、
6両編成×2両編成だと6両編成は冷房装置付、2両編成は非冷房なので、
冷房が使えない事態を招き、早々に編成を解かれ、2両編成に冷房搭載した、
翌年から6両編成×2両編成の8両編成運用が復活した。
非冷房竣工車の冷房改造を実施、
2次車Tc-M1-M2-Tcの4両編成4本に集中型FTUR-375-208(30000kcal)を順次搭載、
1次車Mc-Tcの2両編成5本に分散型RPU-1508(4500kcal)×6基を急遽搭載、

689 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 12:39:54.67 ID:DH9ZYx4B0
1972年(昭和47年)から1975年(昭和50年)非冷房竣工車の冷房改造を実施、
2次車Mc-T-M2-Tcの4両編成4本に集中型FTUR-375-208(30000kcal)を順次搭載、
2次車Mc-T-M2-Tcの4両編成3本に分散型RPU-1508 (4500kcal)×6基を順次搭載、

1976年(昭和51年)釣掛駆動車のMc-M1-Tcの3両編成2本に、
分散型RPU-2203(8000kcal)×4基を搭載した。
1979年(昭和54年)機器流用した5600系の更新が行われ、
主制御装置はそのまま使用、主電動機は端子電圧375V時定格出力100kWの、
日立製作所HS-832Ardに交換、駆動装置はWNドライブとなった。
10月3日に武蔵野台駅東側の飛田給11号踏切でトレーラーから転落した建設重機と、
高尾山口発新宿行き上り急行列車(6000系6両編成)が衝突、前2両が脱線転覆し、
クハ6205が下り線を塞ぐ容で支障を来たしたところに、新宿発京王八王子行き、
下り特急列車(5000系8両編成)の八王子向き先頭車クハ5124が、
クハ6205の側面に、突き刺さり、めり込む容で衝突した。
重機を退かそうとして重機に乗り込んだトラックの運転手が列車に跳ねられて死亡、
下り特急列車運転士、乗客3名が死亡、負傷者73名を出す大惨事となった。
この事故以後、京王線の踏切の安全対策強化が進められ、
事故車両は高幡不動検車区に運ばれたが、損傷が酷かったクハ5124は廃車となった。

690 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 12:43:45.73 ID:DH9ZYx4B0
1980年(昭和55年)都営地下鉄新宿線開通、相互直通運転開始されたが、
地下鉄乗り入れ用に設計して無いので新線新宿以東の東京都交通局新宿線には、
一度も入線しなかった。

1992年(平成4年)ダイヤ改正で特急の10両編成運用が開始、
Tc-M1-T-M1-M2-Tcの6両編成にTc-M1-M2-Tc、Mc-T-M2-Tcの4両編成を増結運用、

1996年(平成8年)7000系の製造が始まった事で本格的な廃車が始まり、
1次車から玉突き廃車が始った。
1998年(平成10年)11月30日に、さよなら運転を行い、
6両編成×4両編成の10両編成が新宿-京王多摩センター、
4両編成×4両編成の8両編成が若葉台-新宿を往復運転した。
さよらな運転に充当した3次車Mc-T-M2-Tcの4両編成が京王資料館に保存されている。

691 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 19:25:35.56 ID:TUGAbQyl0
171系
国鉄が開発した211系ベースの急行型車両。
車内の座席は185系と同様の転換クロスシートである。
主電動機は211系と同じMT61で、歯車比は4.82に設定しており120キロ運転が可能。
JR東日本に承継されたが、現在はリクライニングシートに取り替えられ特急列車に使用されている。

692 :名無し野電車区:2012/08/02(木) 23:16:58.37 ID:TqP+yrdD0
国鉄157系100番代
近鉄との名阪競争に勝つべく大鉄局が準急比叡・伊吹に1961年導入した。
0番代との違いは冷房が最初から導入され、固定窓にした点である。
同車の登場で近鉄に対し相当巻き返したと言われる。
急行格上げ後も引き続き使用された。
紀勢線電化後はきのくに、福知山線電化後は北近畿に使用され、座席のリクライニング化やN40更新などを経て287系登場まで使用された。
現在は先頭車1両が交通科学博物館に保存されている。

693 :名無し野電車区:2012/08/03(金) 14:07:31.73 ID:OXaO87Fv0
江ノ島電鉄300形電車
2車体連接車に統一されている同社にあってその嚆矢となった形式である。
1953年(昭和28年)から1961年(昭和36年)にかけて従来から使用されてきた、
路面電車タイプの直接制御・単行専用半鋼製ボギー車の台枠をベースとして、
大幅に改造した上で連接車化させたもので、最大で2両編成8本(16両)が在籍した。

全車両が本形式への改造と同時に間接自動進段制御(総括制御器付き)、
電磁SME制動(非常管併設電磁弁付き三管式直通空気制動)に改造され、
重連運転が開始された時点で本形式相互および初代500形とは自由に連結可能だった。
その後も時代に合わせて改造を繰り返し、本形式となった当初と後年とで、
大きく形態を変えている部分も少なくない。2010年現在も1本のみ在籍し、
現存車は冷房装置の搭載や室内更新、高性能化などの近代化改造を受け、
1000形以降の各形式とも相互連結可能となっている。

どの車輌も台枠などを利用して東洋工機、東横車輛工業で連接化した。
車体は台枠を残して一旦解体され、原型よりも車体幅が拡大された他、
車体高さも高くなり、側構体や屋根構体のも厚くなっている。
登場時から客室とは完全に分離されて無く、パイプ製の仕切りで区切っただけだが、
全室運転台、乗務員扉を設置、前照灯は正面窓の上部に埋め込み式を1基設置、
前面下部のバンパー上に丸形尾灯を左右1個づつ配置、
集電装置も菱形パンタグラフに交換、301編成から307編成まで、
主電動機は前後台車に1台ずつ、連接台車に2台、それぞれ搭載、
308編成だけ前後台車に各2台、連接台車は主電動機なしと無しとなった。

694 :名無し野電車区:2012/08/03(金) 14:09:38.31 ID:OXaO87Fv0
旧在籍車
301編成(301-351)
1953年(昭和28年)東洋工機で連接化
1975年(昭和50年)に廃車

302編成(302-352)
1953年(昭和28年)東横車輛工業で連接化
1975年(昭和50年)に廃車

303編成(303-353)
1954年(昭和29年)東横車輛工業で連接化
1976年(昭和51年)に廃車

304編成(304-354)
1954年(昭和29年)東洋工機で連接化
1976年(昭和51年)に廃車

305編成(305-355)
1955年(昭和30年)東洋工機で連接化
1976年(昭和51年)に廃車

307編成(307+357)
1955年(昭和30年)東横車輛工業で連接化
1978年(昭和53年)に廃車

308編成(308+358)
1952年(昭和27年)東洋工機で連接化
1963年(昭和38年)200形から形式変更
外装が変り、屋根の鋼製張り上げ化、前面窓下に前照灯・尾灯のユニット化、
主電動機の配置が現在に至るまで継承されている前後台車に各2台、
連接台車は主電動機なしと無しとなった。
1976年(昭和51年)に廃車

695 :名無し野電車区:2012/08/03(金) 14:15:19.64 ID:OXaO87Fv0
現有車
306編成(306+356)
1955年(昭和30年)東横車輛工業で連接化
1980年(昭和55年)ATSを搭載
1984年(昭和59年)冷房装置を搭載するとともに大規模な更新工事が行われ、
クリーム色のアルミデコラ化粧板を設置されるが、床板は木製のまま、
25kwのCU77AE1を搭載、アルミサッシ化が行われた。

近代化された同社車両陣の一端を支える存在である一方で、
「いかにも江ノ電らしい車両」としてマスメディアへの露出も多く、
江ノ電のイメージリーダー的存在でもある。
とはいえ、徹底的な更新が行われているものの、車歴的には戦前製造、
昭和20年代に更新製造と言うことで、働く首都圏の鉄道車両では、
最古参に属し、車齢に加えて塩害による車体腐食などが発生しやすい路線で、
現存する306編成が今後どの程度の期間運用されるかは未知数といえる。

696 : 忍法帖【Lv=6,xxxP】 【東電 72.7 %】 :2012/08/03(金) 23:00:53.97 ID:/9V+KgoQO
相鉄8000系リニューアル車:
走行系統を日立GTO→日立IGBT(E233-3000同等)、車内設備はセミクロスが東武50090相当のデュアルシートに交換、ロング及び内装(セミクロス含む)が西武30000相当。台車は住友金属製。

相鉄9000系リニューアル車:
走行系統を東洋GTO→東洋IGBT(JRや京急の更新VVVF同等)、車内設備はロング・セミクロス共にE233系同等。台車は川崎重工製。

697 :名無し野電車区:2012/08/04(土) 07:29:38.71 ID:3IwYasdv0
江ノ島電鉄500形電車(初代)
1958年(昭和33年)に戦後初の江ノ電新製車輌で初の新製連接車、
車体は丸みを帯びたヨーロピアンスタイルが特徴的な全金車輌で、
非貫通の前面は傾斜した曲面ガラスの3枚窓、窓下左右に前照灯・尾灯を配置、
車体は江ノ電初のノーシル・ノーヘッダーとなり、同社初の両開き扉を採用、
d1D6D2(d:乗務員扉、数字:窓、D:客用扉)で、客用窓も上段にバス窓を採用、
下段は一段上降式の外装となり、非常にすっきりとした外装。
室内は扉間にクロスシート、乗務員扉と客用扉、客用扉と連結面の間は、
ロングシートを設置、扉部車内中央には戦後車には珍しく、
スタンション・ポールと呼ばれるつかみ棒が立てられていて、蛍光灯照明、
テープによる車内自動放送など全般にわたり画期的な設計が採用されていた。
屋根上の通風器は国鉄の東海型通風器と呼ばれる押込形を千鳥上に5個配置、
連結面は切妻型で広幅貫通路の左右に一段下降式窓を配置、
車体長は13500×全長27000、車体幅は2650mmとなった。

主電動機は東洋電機製のTDK6016-A、釣掛け駆動60kwを前後台車に各2台搭載、
主制御器は東洋電機製のAC-M450-778A-M(直列10段、並列8段)、
ブレーキは電磁直通式HRD-1A、集電装置は菱形のPT4012S、
台車はTS-317と連接台車はTS317AR、
製造は1958年(昭和33年)から1960年(昭和35年)まで2両編成6本を製造、

698 :名無し野電車区:2012/08/04(土) 07:31:44.81 ID:3IwYasdv0
1967年(昭和42年)テープ放送装置の故障連続で装置は撤去、
1969年(昭和44年)車内の混雑緩和のためクロスシートをロングシートに変更、

1980年(昭和55年)ATS搭載、
1983年(昭和58年)車体更新を実施、前面部曲面ガラスを廃止して正面5枚窓化、
客用扉の片開き化、戸袋窓の設置、側面がd1D(1)4(1)2と大きく変り、
アルミサッシ化、白色のアルミデコラ化粧板、床も茶色のリノリウムから、
灰色のリノリウムに変更、車体裾のRを側面部のみ直線化改造が施され、
CU77AE1冷房装置搭載した。

699 :名無し野電車区:2012/08/04(土) 07:55:28.99 ID:3IwYasdv0
旧在籍車
502編成(502-553)
1958年(昭和33年)東横車輛工業で製造
1983年(昭和58年)更新と冷房化
1998年(平成10年)7月10日に営業運転終了

503編成(503-553)
1959年(昭和34年)東横車輛工業で製造
1983年(昭和58年)更新と冷房化
1998年(平成10年)7月10日に営業運転終了

504編成(504-554)
1959年(昭和34年)東横車輛工業で製造
1983年(昭和58年)更新と冷房化
2000年(平成12年)3月25日に営業運転を終了

505編成(505-555)
1960年(昭和35年)東横車輛工業で製造
1983年(昭和58年)更新と冷房化
1999年(平成11年)3月25日に営業運転を終了

700 :名無し野電車区:2012/08/04(土) 07:57:47.46 ID:3IwYasdv0
現有車
501編成(501-551)
1933年(昭和33年)東横車輛工業で製造
1983年(昭和58年)更新と冷房化

506編成(506-556)
1960年(昭和35年)東横車輛工業で製造
1983年(昭和58年)更新と冷房化

300形306編成と同じで、旧形車輌を積極的に残して行く、
問題が無い限り、最後まで運用する江ノ電本社方針で、
501編成、506編成も大きな問題が無い限り、
運用を続けて行くが、未知数である。

701 :名無し野電車区:2012/08/04(土) 11:30:28.30 ID:3IwYasdv0
江ノ島電鉄600形電車
1964年(昭和39年)500形に続き、新製車輌を導入、
車体長は500形と同じ13500×全長27000、車体幅は2650mmとし、
前面は傾斜が付いた非貫通2枚窓で福井鉄道200形と似ている前面、
2枚窓の都合上、運転席車は江ノ電初の左側運転席車となり、
窓上に埋め込み式前照灯、前面下部左右に尾灯を配置、
側面はd1D(1)4(1)D2(d:乗務員扉、数字:窓、D:客用扉)で、
客用窓は500形と同じ上段バス窓、下段上降式を採用、客用扉は片開き2扉、
室内はロングシート、蛍光灯照明、扉部車内中央には500形に引続き、
スタンション・ポールと呼ばれるつかみ棒が立てられている。
屋根上の通風器は箱型の押込形を千鳥上に6個配置、
連結面は切妻型で広幅貫通路の左右に一段下降式窓を配置、

主電動機は東洋電機製のTDK6020-A、釣掛け駆動60kwを前後台車に各2台搭載、
主制御器は東洋電機製のAC-M480-815A-M(直列10段、並列8段)、
ブレーキは電磁直通式HRD-1A、集電装置は菱形のPT4012S、
台車は日本車両製で、両端の形式がND-108、連接部がND-108Aとなった。

702 :名無し野電車区:2012/08/04(土) 11:32:00.74 ID:3IwYasdv0
製造は1964年(昭和39年)から1966年(昭和41年)まで2両編成6本を製造

1980年(昭和55年)ATS搭載
1986年(昭和61年)更新を実施、車内ではクリーム色のアルミデコラ化粧板が、
薄いブルーの化粧板に変更、天井もクリーム色から白色に変更され、
床は茶色のリノリウムから灰色に代り、座席は緑色のモケットが青色に代り、
CU77AH2冷房装置搭載した。

旧在籍車
603編成(603-653)
1965年(昭和40年)東横車輛工業で製造
1986年(昭和61年)更新
2008年(平成20年)に廃車

604編成(604-654)
1965年(昭和40年)東横車輛工業で製造
1987年(昭和62年)更新
2008年(平成20年)に廃車

605編成(605-655)
1966年(昭和41年)東横車輛工業で製造
1987年(昭和62年)更新
2009年(平成21年)に廃車

606編成(606-656)
1966年(昭和41年)東横車輛工業で製造
1987年(昭和62年)更新
2009年(平成21年)に廃車

703 :名無し野電車区:2012/08/04(土) 11:34:27.12 ID:3IwYasdv0
現有車
601編成(601-651)
1964年(昭和39年)東横車輛工業で製造
1986年(昭和61年)更新

602編成(602-652)
1964年(昭和39年)東横車輛工業で製造
1986年(昭和61年)更新

601編成、602編成ともに運用離脱は、この先も当面無いと、
江ノ電HPで告知されている。
601は個人に譲渡され、個人宅に保存されているが、非公開となっている。

704 :名無し野電車区:2012/08/05(日) 01:10:03.57 ID:Xp95Mtp50 ?2BP(1004)
>>697
バス窓ってのは二段の下段上昇・上段Hゴム固定の物を言うんじゃないかと

705 :名無し野電車区:2012/08/05(日) 02:32:18.82 ID:bEPsE0+X0
>>696
直カル+IGBTとか胸熱

706 :名無し野電車区:2012/08/05(日) 03:19:35.14 ID:8KQ1gOwM0
281系「はるか」快速化短編成改造
「はるか」の快速化に伴い281系車両をグリーン指定席・普通車指定席とし
自由席用に223系・225系と併結できるように改造
関西空港向きに方向転換した上で
基本編成からサハ281-100を除いた五両編成
以下223系または225系四両の九両編成とする。
余剰となったサハ281-100の9両については
付属編成3編成に2両ずつ増結した上でクハ280をクロ280-100へ改造する
これだと1M4Tとなってしまうが、223系または225系4両との組合せ
3M6Tとなるため出力には問題ないとされた。
ただし付属編成の前面下部には基本編成と区別するため
前面貫通扉下部に黄色の細いラインがシールされている。
最終的に余剰となったサハ281-100 3両は部品取りのため廃車となった。

707 :名無し野電車区:2012/08/05(日) 12:38:18.83 ID:bpFZ0rHC0
キハ58 4000番代
クハ103/113  4000番代
房総半島や紀伊半島など海水浴客が多い時期にはトイレ不足で連結面で用を足すなどの問題が多発していた。
このため、トイレと増結用運転台のみの車両を増結することにした。
4000番台なのはあまり使われる宛がないだろうと見越してのことである。
文字通りトイレのみの車両でトイレが片側8部屋、両側16部屋並ぶ。
循環装置付きである(当該地区の主要駅に臨時の処理装置と給水装置を設置)。
後に同様の目的を持ったクハ221/223/225/231/531 キハ11/127 4000番代が製造されている(トイレは洋式化・バリアフリー化が行われた)。
成人向け漫画やAVにも何故かよく出る車種である。

708 :名無し野電車区:2012/08/05(日) 13:50:44.52 ID:uG0wwEJY0
JR九州 305系
老朽化と故障が多発してきた103系1500番台を置き換えるために登場
編成は、クハ+モハ+クモハの3連と6連貫通の2種類が登場する
3連車は、両端に電連を装備する 6連車は電連を持たない
塗装は303系のデザインを基準に少しアレンジがかかったものとなる
機器類は303系に準じたものとなる
前面デザインは、貫通扉をセンターから少し外れたデザインとなる
3連車は車内にトイレを設置する
パンタは、シングルアームの2パンタで、3連車はクモハに設置される

709 :名無し野電車区:2012/08/06(月) 15:09:06.98 ID:baV2/KFf0
江ノ島電鉄700形電車
1966年(昭和41年)連接車の重連(4連)運行開始に伴う車輌不足を補う為、
小田急からデハ1200形1203-1204の車体だけを譲り受け、
極楽寺検車区で当線での規格に適合するよう車体長を13000mmに短縮して連接化、
車体幅の違いから客用扉下部にはステップ取付、701-751として竣工、
600形までは両方向運転台側にパンタグラフを載せていたが、
700形では少しでも近代的に見せる為、藤沢向き701の連結側に設置、
751には設置せず、江ノ電唯一の1パンタグラフ車となった。
運転席は600形に引続き左運転席で、700形は最初から重連対応は想定されて無い。

主電動機は静岡鉄道などから譲り受けた45kwを整備、前台車に2台搭載したが、
1974年(昭和49年)に藤沢駅の高架化に伴い、出力不足となり、
連接台車に45kwを1台搭載した。

1980年(昭和55年)ATS搭載、前照灯を窓下に左右1灯に変更、
1000形の増備に伴い、本形式は早期の廃車が計画され、
1986年(昭和61年)にに運用終了記念として「赤電」塗装後、廃車解体された。

751は、江ノ電の車両を模した「江ノ電もなか」を販売する神奈川県藤沢市の、
和菓子店「扇屋」に前面のみ保存されている。

710 :名無し野電車区:2012/08/06(月) 15:11:08.33 ID:baV2/KFf0
江ノ島電鉄800形電車
1971年(昭和46年)連接車の重連(4連)運行開始に伴う車輌不足を補う為、
元上田交通モハ2340形2341-2342を譲り受け、
極楽寺検車区で連接車化、801-851の2両編成1本(2両)として登場、
輸送力増強のための大型車、江ノ電唯一の3連接車となり、
パンタグラフは両方向の運転台側に設置、戻る容となり、
600形、700形に引続き左運転台となった。

70kwの主電動機は江ノ電内では高出力過多であったが、そのまま就役させた。
この800形は山梨県、長野県と寒冷地を走行していた関係で暖房器を装備、
江ノ電初の暖房付き車両となった。

1973年(昭和48)輸送力増強のため、800形を3連接化、
前年末に譲り受けた12m半鋼製車の上田交通サハ20形27を、
極楽寺検車区で台枠以外を解体、800形と同じ車体に更新、
連接化で余剰となり、極楽寺検車区で保管されていた、
70kw主電動機二基と台車を再使用、
床下に高圧線の引き通し線を増設して、中間に組み込み、
形式は1両しか無いことで900形901となった。
801-901-851の3両編成化。

711 :名無し野電車区:2012/08/06(月) 15:12:17.70 ID:baV2/KFf0
1980年(昭和55年)ATS搭載
1989年(平成2年)更新が行われ、ホワイトのアルミデコラ化粧板、
天井もホワイト、蛍光灯設置、床の鋼体化と灰色のリノリウムを張り、
アルミサッシ化、SIV搭載、CU77AE1冷房搭載などが行われた。
800形の冷房搭載で江ノ電の冷房化が達成された。

江ノ電本社方針としては車体に致命的な欠陥が無い限り、
300形、500形、600形の現有車と同じく、運行して行き、
とくに江ノ電唯一の3連接車として末永く運用する方針を発表している。


江ノ島電鉄900形電車
12m半鋼製車の上田交通サハ20形27を1972年(昭和47年)に譲り受け、
車体は台枠を残して解体、800形と同じ車体に更新、連接化対応工事、
床下に高圧線の引き通し設置などを行い、1973年(昭和48年)3月に竣工、
江ノ電唯一の中間車なので形式は900形901が与えられた。

712 :名無し野電車区:2012/08/06(月) 15:14:25.25 ID:baV2/KFf0
江ノ島電鉄1000形電車
1981年(昭和56年)から1987年(昭和62年)にかけて東急車輛製造で、
2両編成4本(8両)が製造されたが、落成時期ごとに仕様が異なっている。

1000形
江ノ島電鉄としては600形以来、15年ぶりの新造車、非冷房で落成した。
前面は非貫通3枚の直線的な角折りで、上方に伸びた大きな3枚窓を採用、
中央窓内上部に行先表示器字幕、前照灯は尾灯とユニット化され、前面下左右に設置、
側面窓は幅広の下段降下式一枚窓を採用、スタイリッシュな側面となり、
側面配置はd1D(1)2D(1)1、(d:乗務員扉、数字:窓、D:客用扉、():戸袋)、
内装は暖色系のカラーリングでFRPを採用(内窓きせ)側窓は一段下降式とし、
戸袋窓と連接部窓には熱線吸収ガラスを採用、巻き上げカーテンを省略した。

吊り掛け駆動方式が採用されたが、これは小型車、急曲線対応の台車で、
カルダン駆動方式採用実績がなかったためである。
江ノ電初のワンハンドル式マスター・コントローラーを採用し、
ブレーキシステムは電気指令式である。

713 :名無し野電車区:2012/08/06(月) 15:18:03.11 ID:baV2/KFf0
主制御器は東洋電機製造製のAC-M450-778A-M(直列10段、並列8段)で、
主電動機は東洋製のTDK5610-Aであり、出力は端子電圧300V時50kW、
歯車比は79:15 (5.27) と吊り掛け駆動車の中ではかなり高めの設定。
1001編成は1981年(昭和56年)に落成、1986年(昭和61年)に冷房装置を搭載した。


1100形
江ノ電初の冷房装置搭載車両となり、前照灯が角灯に変更、
1982年(昭和57年)に落成、1101編成2両編成1本。


1200形
日本の1,067mm軌間鉄道線では最後となる完全新造の吊り掛け駆動方式電車である。
また、車体の一部は腐食対策としてステンレス製とされ、屋根板に1.2t、
床板に1.0tのステンレスが使用されている。
1984年(昭和59年)に落成、1201編成2両編成1本。

714 :名無し野電車区:2012/08/06(月) 15:40:51.25 ID:baV2/KFf0
1500形
1987年(昭和62年)
急曲線対応の台車においてもカルダン駆動方式が採用できるめどが立ったことで、
登場した江ノ電初の新性能車両である。
同時に弱め界磁制御も導入され、マスコンハンドルの段数が3段から4段に増えた。
主制御器は東洋製のACDF-M450-789A-M(直列11段、並列8段、弱め界磁2段、発電制動19段)、
主電動機は東洋電気製造製TDK8005-A形(端子電圧300V、電流195A、出力50kW、
定格回転数1,300rpm、高速試験回転数3,250rpm)が採用された。
歯車比は82:13(6.31)と低速域の加速力を重視した数値である。起動加速度は2.0km/h/s、
減速度は常用3.5km/h/s、非常時4.0km/h/sである。力行・減速ともに応荷重装置付きで、
乗車率0%から250%まで加減速度は一定になる。台車は両端の電動台車がTS-829形、
連接部の付随台車がTS-830形であり、いずれも枕バネにはコイルバネを採用している。
また、車体のステンレス使用率を1200形より増やし、新たに運転台正面に腰板に2.5t、
骨組みに4.5t、側面の腰板に2.0tのステンレスを使用した他、
柱類を台枠上部より400mmまでの部分をステンレス製としている。

715 :名無し野電車区:2012/08/06(月) 16:09:28.32 ID:baV2/KFf0
2003年(平成15年)リニューアルが施工され、扉窓についても金属支持に変更、
車椅子スペース、ドアチャイム、音声合成式の車内自動放送装置が全車に設置された。
2007年(平成19年)の夏休み期間中、尾田栄一郎の漫画『ONE PIECE』のラッピング電車、
「麦わら号」として1201編成が運行され、車体には海と空のイラストが描かれ、
窓ガラスにキャラクターのステッカーが貼られ、車内広告も『ONE PIECE』で統一された。
2008年(平成20年)には全編成の正面行先表示器字幕にローマ字表記が追加された。
2011年(平成23年)6月、1000形登場30周年を記念して、全編成が重要部検査を受けた際、
サンライン・カラーに塗り替えられ、ヘッドマーク付きで運行された。

716 :名無し野電車区:2012/08/06(月) 20:13:02.83 ID:6kgF2kl60
あげ

717 :名無し野電車区:2012/08/06(月) 21:04:24.34 ID:6kgF2kl60
もしも戦前に東北線が電化され、なおかつ青函トンネルが開通していたら・・・


国防上全線電化できなかった東海道・山陽本線と違い、東北本線は青函トンネル開通と同時に全線電化となった。
その際に投入された車輌たち。

EF57(東北本線専用)
東海道本線よりも先に優先的に投入された。東海道仕様との違いはSGの能力が1.5倍になっていることなど、寒冷地向けである。
配属は田端・宇都宮・福島・仙台・盛岡・青森で、旅客列車をメインに担当。

EF12(東北本線専用)
EF10だと東北本線にある勾配区間での運用にさしつかえるので、パワーアップ版のEF12が投入された。配属はEF57と同じ。
貨物列車を担当し、北海道からの運炭列車は重連で運用する。

EF12(青函トンネル用)
青森と五稜郭に配属されたEF12の青函トンネル用バージョン。ボディはステンレス製(米バッド社の協力で作られた日本初のステンレス車輌)で、
青函トンネル用の保安装置を積み、電熱式蒸気発生装置(通常のSGは重油焚きだが、青函トンネル区間は火気厳禁なので、電熱式のSGを搭載)を
搭載。北海道用ということで、定山渓鉄道及び旭川電気軌道よりノウハウを得た酷寒冷地仕様となっている。


マイロネ38
青函トンネル開通によって東京まで延長され、特急列車(東北地方初)となった「樺太急行」こと特急「宗谷」
に組み込む為に作られた1・2等寝台合造車。急行時代にマロネ38という特別室付2等寝台車が連結されていたが、
東京延長に伴い、樺太庁や陸軍からの要望で1等寝台が組み込まれる事になった。
構造は、マイネ38と同じ特別室・2人個室を持つ1等寝台とマロネ37と同じツーリスト寝台を持つ2等寝台である。

戦後、進駐軍専用列車や「洞爺」(東京ー札幌間の進駐軍専用列車の生まれ変わりの列車)に組み込まれていたが、昭和30年の1等寝台廃止
の際に緩急車化されてマロネフ58に編入。そして昭和37年オハネ17に改造されて消滅した。

718 :名無し野電車区:2012/08/06(月) 22:19:52.71 ID:vL5ypaK5O
○313系500番台
0番台の3両バージョン。オールクロスシート。関西線用に若干数投入。主に朝夕の亀山快速等に使われる。

○313系3500番台
3000番台の3両バージョン。セミクロスシート(ボックス)でマンマン非対応。身延・御殿場の115系置き換え用に3連×10本の合計30両投入。18キッパーからは「東海道線の救世主」として崇められているw

719 :訂正:2012/08/06(月) 22:21:12.09 ID:vL5ypaK5O
×マンマン非対応
○ワンマン非対応

720 :名無し野電車区:2012/08/08(水) 10:41:25.38 ID:fvOlLi5kO
313系5500番台
普通列車にもオール転換クロスを!という要望から117系置換名目で登場。
4両4本16両が登場したところで普通列車の混雑悪化により、1100番台の導入に変更された。
現在は、5300番台2両と共に組み合わせされて、5000番台の予備車として使われる事が多い。



721 :名無し野電車区:2012/08/08(水) 17:37:16.07 ID:r8B8Nh1AO
伊勢鉄道3000系 313系8800番台
近鉄特急に苦戦を強いじられている快速みえの打開策として経由する伊勢鉄道の
電化工事を東海が全面協力で進めるとともに参宮線の電化工事により、
名古屋〜松阪間の完全電車化に着手した。
そこで伊勢鉄道は313系3000番台をベースとした3000系を投入した。
JR東海の完全子会社移行により、整備や検査は東海が委託することで経費を圧縮。
東海は313系を直通普通用に導入するとともに、関西線快速を一部を
松阪行きに変更した。
(しかし完全子会社化になったとは言え3セクは変わらず、18キッパーに
とっては愛環線以上の乗車券むしりとり路線の名は変わることはなかった)
そして快速みえは対近鉄特急の切り札として、有料料金徴収の関西線版
セントラルライナーとして313系8800番台を導入した。
130Km/h運転の快速に衣替えしたことで名古屋〜松阪間の近鉄特急を引き離し、
名古屋〜四日市市では近鉄をも逆転した程である。
なお紀勢線の紀伊勝浦までの電化も計画中で、これが実現するとワイドビュー
南紀も電車特急化が可能となる。
実現すれば特急しなのに新型車両を投入し、捻出される383系を転用する案が有力で、
キハ85系をひだに集結させる他に会津鉄道が興味を示している情報もある。
捻出されるキハ75系は高山及び大多線に転用されるが、キハ2000形取り替えで
関東鉄道が興味を示している情報もある。

722 :名無し野電車区:2012/08/09(木) 00:15:42.42 ID:uhKRsVMO0
落ち着け、新宮紀伊勝浦間は電化済みだ。

723 :名無し野電車区:2012/08/09(木) 17:27:47.23 ID:EMlPPs0Y0
南海電気鉄道21050系電車

1957年に高野線大運転用の旧型回生制動車1251形の電機品・台車を流用して製造され、
その後ロングシート化、新型空気バネ台車に交換された21201系を昇圧改造と同時に、
高性能化しズームカーとした車両。
1973年に南海が600Vから1500Vに昇圧される時、在来車は昇圧改造が必要となったが、
21201系は電機品が旧型の流用でかつ吊り掛け駆動のためそのままでは昇圧改造が困難なため、
電機品を21000系・22000系ズームカーと同様のものに交換し、同時に付随車も電動車化して、
21000系に編入することとなったが、番号は下2桁を50番台として21050系とされた。
なお、台車については既に1967年に交換されていたので、従来のものを小改造して流用することとなった。
これによりモハ21201-モハ21203-サハ21800-モハ21202は、モハ21051-モハ21150-モハ21151-モハ21052に改番された。
同時に集中式冷房装置の取り付け、22000系との併結を可能にするための電気連結器の取り付けも併せて行われている。
改造後も引き続き高野線大運転の急行に21000系・22000系とともに使用されたが、
平成に入ると老朽化が著しくなってきたため、1990年の2000系登場に伴い廃車となった。

724 :名無し野電車区:2012/08/10(金) 16:22:49.26 ID:eojunjUB0
JR西日本205系5000番台
本線に復活した205系を110q対応に改造する
改造内容は113系・115系が行った内容に準じている

725 : 【東電 56.0 %】 :2012/08/11(土) 04:10:46.41 ID:ce94A5390
>>696
>>705
もちつけ。台車交換している時点でTD平行カルダン…。。。

それはさておき、
相鉄新7000系平行カルダン改造・一部VVVF化・アコモ改善:
相鉄8000/9000の並行カルダン(直角カルダンのメンテナンスが年々難しくなっていく)・IGBT交換(GTO素子の劣化)などで、大規模更新を行う。
旧7000系のクハは廃車して、新7000系に順次中間車を組み込んでいき5両・6両・8両・10両に組み換え。
ブレーキを電磁弁式電磁直通ブレーキから、電気指令(HRDA/HRA/MBSA互換)に変更して、シーメンス製IGBT-VVVFに。日本車両製台車。
内装は313系の4ドア版(ボックス車はセントラルライナー同様、ロング車はスルガシャトル同様)。
JR湘南新宿ライン・東北縦貫線・常磐線に合わせた15連運行をするために、本線・いずみ野線の急行・快速停車駅を15連化した。また、5両編成は>>696の8000/9000系更新車との混結も可能。
東急目黒線・東横線各停直通の為8両編成も用意、東横線各停10両化・目黒線8連化で目黒線のみ直通。
東急目黒線〜大井町線〜東海道貨物線による羽田空港アクセスの為、6両編成を用意。

>>696も合わせて補足:
・8000系:モノリンク(SS台車)
・9000系:軸梁式(KW台車)
・7000系円筒案内又は円筒ゴム(ND台車)

726 :名無し野電車区:2012/08/11(土) 15:05:24.95 ID:/xoMxxEu0
クハE259・258-300

スカイアクセス線が開通し、都心と成田空港を高速で結ぶようになると、
JR東日本の成田エクスプレスは明らかに空席が目立つようになった。
結果、せっかくスカイアクセス対策で導入したE259系も
輸送力適正化のため、一部を4両編成に縮小することとなった。
既存の6連に組み込む形で4連×2に組み換えされている
(グリーン車なしの方は、部分的に他系統と共通運用化するため、塗装はほぼ同一ながら、NEXのロゴが省略されている)。

これに伴い、営業やダイヤ面でも見直しが行われ、
B料金化、終日品川・千葉停車(前者は分割併合を兼ねるため)となり、
高速輸送第一義のスカイアクセスとの差別化を推し進めた形となっている。

NEX以外の関連変更点としては、4連化で発生したモノクラス編成を一部のしおさい・あやめに充当し、
捻出されたE257-500を共通運用の形で踊り子の185系置き換えに充当している。


E259系1000番台

NEX用基本番台をベースとして、185系踊り子置き換え用として新造したもの。
荷物置き場の省略やシートピッチの短縮、ひいてはそれらによる定員増等、
やや汎用性や実用性を考慮したつくりとなっており、
グリーン車を含む8連とクリーン車なしの4連からなる。

727 :名無し野電車区:2012/08/11(土) 15:26:38.54 ID:J5x2kD4aO
いろいろ考えつくもんだな。噴飯ものも多々あるけど。

728 :名無し野電車区:2012/08/11(土) 16:15:57.92 ID:iTC5+2ly0
JR北海道 N1系新幹線用振り子式気動車

2018年の冬季オリンピックに突如として札幌市が立候補し、開催が決定されたため、北海道新幹線札幌開業が突貫工事で進められることになった。
その結果、工事量などを勘案し現行予定線にフル規格で作ることになったが同時に経費削減のためなんと単線非電化ということになった。

E5系をベースに振り子式の気動車とし、新函館〜東京間はE5系に併結して東京まで直通できるようにした車輛がこのN1系である。

7連と5連の2種類あり、5連は新函館〜札幌間の現行「スーパー北斗」の振替用とした道内専用編成となっている。

気動車ながら、性能的には単独で時速300kmで走行できる出力をもち、特例として青函トンネル内をE5系と併結運転時のみ、上り坂での力行が許可されている。
また、平地区間では時速300kmまでは力行し、300kmに達すると自動的に惰行に切り替わり残り20kmはE5系のみで加速するという変則的な運転方法をとり
「ブースター運転」と呼ばれるようになった。

5連の道内専用編成は、経費削減のために中間駅の無人化対応のためワンマン装置を搭載し、客室管理はツィンクルレディが行うという日本初の「ワンマン新幹線」としても有名である。

729 :名無し野電車区:2012/08/11(土) 20:17:27.45 ID:xgsGDnZk0
JR北海道 723系快速用交流電車

増え続ける空港輸送に対応すべく、札幌圏と新千歳空港間の輸送に特化した「特別快速」を運転することとなり登場した形式

千歳線・函館本線(白石〜小樽間)の最高速度160km化工事に合わせて登場した。
列車種別上は「特別快速」として、特別料金を取らない形であるが全車指定席として運用されるため、事実上全車2ドアUシート装備の
特急型車輛に準じた装備となっている。

730 :名無し野電車区:2012/08/11(土) 22:48:13.24 ID:OIiHSbNN0
国鉄 201系500番台
仙石線の特別快速増発及び冷房車の試験導入目的で1982年に登場した形式。変電所容量を考慮した結果、201系導入が決定したためである。
クハ201-モハ201-モハ200-クハ200の4両×3本が東急車輌で製造され、82年4月から営業運転を開始した。
基本設計は0番台に準拠するが、寒冷地向けのため半自動扉やデフロスターの設置がされたが、塗装はすでに導入されていた103系と同じく青22号となった。
JR東日本に引き継がれた直後、クハ201の車端部に自販機が設けられたが撤去され代わりに和式便所が設置されている。
同形式は103系引退後も205系とともに活躍を続け、なんと昨年3月の震災でも全編成無傷だった。
2012年8月現在、JR東日本最後の201系として注目を集め今日も仙石線を走っている。

731 :名無し野電車区:2012/08/11(土) 23:19:45.83 ID:84PKN6bh0
キハ181系(史実改変)

国鉄が非電化区間を走行する特急列車のスピードアップとサービス向上を目的に投入した特急型気動車。
80系気動車のコンセプトを受け継ぎつつ大出力エンジンを搭載し、急峻な山岳線区を中心に投入された。
車種構成や機器配置はキハ80系と同じ思想に基づいているが、編成出力に余裕が出たことにより食堂車は付随車となった。

大きな特長として当時トラック・バスなどに普及が進んでいた直噴式ディーゼルエンジンを国鉄の車両として初めて採用している。
DML30と名付けられたこのエンジンは単純・堅牢・低価格な構造と、燃費・出力・始動性の向上を両立させた名機として知られる。
投入当初は試験車であるキハ90形の試験期間が短くデータのフィードバックが不十分であったことや
新型機ゆえの取扱誤りなどにより液体変速機と合わせて故障を頻発させたが、後の改良により大出力をいかんなく発揮し、
キハ183系、キハ65形、キハ66系、キハ40系(6気筒のDMF15)にも採用されている。

液体変速機は平坦線での高速性能とこう配線区での過負荷運転回避を両立するため直結段に中速段と高速段を
設ける方式として伝達効率の改善を図った。切り替えの際はエンジン側と車輪側の回転数を合わせる
必要があるため走行音が独特のものとなりファンの間では有名であった。

国鉄末期には短編成化改造が多く行われ、民営化後はJR西日本・四国に継承された。
その後も縮小傾向が続いていたが、智頭急行の開業に伴い特急「はくと」向けにインタークーラー設置、変速機の減速比変更、
ダイナミックブレーキの取り付け、基礎ブレーキ力強化、台車へのヨーダンパ・滑走検知装置取り付けなどを行い
130km/h走行を可能にした1000番台車が最後の走りを見せている。



実際に不具合を起こしていたわけでしょうがないこととはいえ、wikipediaの記述が不憫で…

732 :名無し野電車区:2012/08/11(土) 23:58:55.53 ID:tp0Wm5cl0
クユニ481
国鉄が開発した485系ベースの郵便荷物車。
従来の郵便車は普通列車や急行列車に連結していたが、速度が遅いという問題があり特急列車に連結して速達化することを考案した。
本当はクモユニにしたかったが交流機器を全て床下に収めることが出来ず止む無く制御車となった(将来クモユニ143に改造できるようにはなっているが、台車がTR69であるため現実的には電装化するには台車交換が必要である)。
特急「雷鳥」「ひばり」「やまびこ」「はつかり」などに使用された。

733 :名無し野電車区:2012/08/12(日) 10:21:48.19 ID:07ysbs/tO
>>732
クユニ183-1000
183系に対応する郵便荷物車で「とき」「あずさ」の上野(新宿)方に連結された。
これらは全室客席化に対応出来る構造になっており、郵便荷物輸送廃止後に
全てクハ183-1200番台に改造された。なお1004 1007 1008は幕張に転属されている。
189系「あさま」に対応するクユニ189も計画されたが、上野方に連結した場合
横軽でEF63が連結される関係で、連結の衝撃で荷物等が破損する危険性から
製造されなかった。(同様に「白山」用のクユニ489も計画のみで終わった)
クユニ183
房総方面への新聞輸送を特急列車を使おうと0番台から>>732と同時期に開発された。
郵便形式もあるが、基本的には郵便輸送は行わない。
6両作られたが、5以降はクハ183の座席を取り外しただけの改造車となっている。
これらも千葉(千倉 安房鴨川 銚子)方に連結され、「さざなみ」「わかしお」
「しおさい」の昼過ぎの列車に輸送列車を充当させた。
なお輸送列車は「さざなみ」は君津〜千倉「わかしお」は勝浦〜安房鴨川
「しおさい」は成東〜銚子間は普通列車となる。
なお成田線は「あやめ」を輸送列車に使わず、成田回り銚子行き普通列車の
先頭車全室を締め切る形で充当。(但し佐倉までは輸送充当のしおさいが輸送して佐倉で積載)
9両編成が入れない内房線の千倉以南は輸送充当列車が終点千倉で
安房鴨川行きの普通列車に積み替える。
両国駅(しおさいは東京駅)で9両編成の特急車両が新聞の積み込みを行う
異様な光景が房総特急名物となった。
昭和58年に「とき」「あずさ」の輸送廃止に伴い1000番台車のクユニ183-1004 1007 1008が
上沼垂と松本から転属されて加わるなどしてE257系500番台に置き換えられるまで使われた。
置き換えられたE257系500番台には普通客室半分をアコーディオンカーテンで
封鎖して新聞輸送に使用することができるクハE256-550番台が作られている。

734 :名無し野電車区:2012/08/14(火) 22:26:01.15 ID:OpXNPf/d0
>>590に続く平行世界もの
◎国鉄LA11系特殊狭軌線用交流一般形電車
1981年 済州島の特殊狭軌線(762mm)用
○1951年のサンフランシスコ講和条約によって、WW2の惨敗で連合国(国連)軍に占領されていた日本は主権を回復し、
北緯48度以南の南樺太( >>65-66 >>420 )と済州島東部が日本国の領土とされた。
韓国建国初期の李承晩政権は建国準備から朝鮮戦争終結まで同胞である朝鮮人への無差別大量虐殺を行った。
特に済州島四・三事件で代表される済州島は過酷で、日本に避難した朝鮮人の内、済州島民が多くを占めた。
島民達はGHQ最高司令官マッカーサーに済州島の日本編入を強く陳情した結果、済州島は日韓で東西分割された。
戦前から当島にはナローゲージの軽便鉄道が存在し、戦後、日本側は国鉄の特殊狭軌線(762mmゲージ)となった。
佐世保と済州島東部には国鉄の鉄道連絡船が就役。
1981年、済州島の路線は近代化されることになるが、国鉄の財政難で改軌は見送られ、全線交流10kV60Hz電化された。
当路線の建築限界と車両限界は在来線(1067mm)よりも小さく、近鉄の特殊狭軌線とほぼ同じ。
この電化用に新造投入されたのが、LA11系電車である。
車種は、クモハLA11(Mc)、クハLA10(Tac)で、McTacの二両編成が基本単位。
固有仕様に関して、車体は417系やキハ48を車長15mの直方形断面に縮小した様なもので、
軽量化と塩害対策でスキンステンレス、非貫通型の先頭車、
駆動系は製造費低減で低圧タップ制御、台車が小さ過ぎて吊り掛け駆動方式、金属コイルバネ台車、
781系の様にTacに集電装置と主変圧器と主整流器等を集約搭載したMTaユニット方式、
接客設備は中央から運転台寄りロング、近鉄360系と同様の一人掛けの固定クロスシートの混合、
冷房装置は車端床置き、トイレと洗面所は無く、
朝鮮人の慣習に従い車端に痰壺区画、長年の日本人からの苦情を受けて芳香剤収納棚、など。
形式称号は、吊り掛け式なので旧型国電の二桁表示に、軽便鉄道 Light rail のL、交流のAを組み合わせた独自のもの。
通常は二両編成で運行され、ラッシュ時などの多客時には最大三編成連結の六両となる。
87年にJRに承継され、現役である。
辺境のナローゲージの交流電車、済州島は、鉄道ファンが一度は旅行したい地の一つである。

735 :名無し野電車区:2012/08/17(金) 10:37:44.38 ID:1VRD1W670
JR西日本385系
特急「くろしお」用に投入された最新型の制御振子と車体傾斜装置を搭載した車両。
編成は基本編成6両+付属編成3両で基本編成の1号車にパノラマ型グリーン車、
付属編成9号車にパノラマ型普通車を設ける。
車体は黒一色で当初は「スーパーくろしお・ブラックソルト」として運用。
283系と比べて故障が殆どなかったため、くろしお全列車に投入される事になり、
列車名は「ブラックソルト」となった。

736 :名無し野電車区:2012/08/18(土) 00:41:32.52 ID:7JNGlrS80
名古屋市電850形
単車や戦前・戦災復興の老朽車両を置き換えるために800形の車体と旧車の足回りなどを流用して製造された。
なおボディマウントではなく台車部分の側面が見えた状態の構造である。
運転が容易だったためかワンマン化後、長崎電気と岡電に譲渡され、長崎電気の方は現在も冷房化されて走行中。

737 :名無し野電車区:2012/08/21(火) 19:26:24.43 ID:iMnHhD6p0
国鉄EF66形500番台
1970年、九州特急(いわゆるブルートレイン)の輸送力増強により1両増結されることになったが
牽引しているEF65-500番台の牽引定数を超えることになりセノハチ区間で補機も必要になることから
高速貨物列車牽引で定評のあるEF66形に20系牽引用の各種装備を加えた新番台を設定して製造された。


738 :名無し野電車区:2012/08/24(金) 01:14:27.64 ID:lxTpBbMN0
JR西日本207系300番台

学研都市線等に7両固定の323系が投入され、
捻出された207系は、阪和線や大和路線に転属することとなった。
ちょうど車齢20年近くを経て、機器更新の時期を迎えたことから
まずは初期投入車を対象に大幅な改装が行われることとなった。
先頭クハの4連は、モハ207+モハ206のユニット方式に統一されたが、
学研都市線等、以前の運用線区ほど高性能は必要ないため、モハ206は0.5Mに変更されている。
また、チョッパ併用だった初期車は、純粋なインバータ方式に変更されている。
3連はそのまま初期投入の1000番台が当てられているが、
4連にあわせて出力を軽減している。
ラインカラーは転属先の従来車に合わせて阪和線は水色、大和路線は黄緑に変更されているが、
下半分は白の混じったグラデーションとなっている。
また、阪和線は登場当初のラインカラーを髣髴させてしまうことから、
戸袋部分のブロック形シールを同線の223系や225系に合わせてグレーに変更している。

転属後は、機動性を生かして3連から7連まで輸送量に応じて活躍している。
103系は全廃されたが、201系はまだ廃車されずラッシュ時専用となっている
(6連と8連を日根野と奈良に分散配置し、中間のサハ2両は交代で組み替えて使用)


739 :名無し野電車区:2012/08/24(金) 06:11:43.07 ID:nGR+15Mf0 ?2BP(1004)
>>735
黒潮だからブラックカレントじゃね?

740 :名無し野電車区:2012/08/24(金) 12:12:48.43 ID:VhAST1D40
>>739
サンダーバードからおかしくなったな

741 :名無し野電車区:2012/08/25(土) 00:48:19.91 ID:7PwBL6jD0
>>739
伯方の塩号のあだ名がハカタソルトならまだ納得がいくがブラックソルトってw

742 :名無し野電車区:2012/08/25(土) 11:19:07.05 ID:v5Jh80akO
東急電鉄8000系(新)
5000系を基本に連接式とした東急版E331系である。但しDDMと言った物は使わずに
通常の制御式を採用し、連接式車両を使用している小田急電鉄の50000形VSEの
技術提供を受けて完成させた。
編成はE331系同様の14両編成である。4編成作られて14両編成の田園都市線向けと
暫定的に3両切り離した11両編成で東横線の各2本ずつに振り分けられているが、
東京メトロ副都心線の東横線乗り入れ開始後は全て田園都市線に集結する予定。
(副都心線のホームドアが対応出来ないため)
東武への直通も可能だが、原則的には半蔵門線の押上又は清澄白河までの
運転に限定されている。
また最初の検査で長津田の工場に小田急の車両技術者が派遣された逸話もある。
当初は5000系を半分で残りは連接式のこの車で8500系や2000系を置き換える計画だったが、
結果的には追加で2編成が作られたものの、連接式車両は6編成で取り止められ、
それ以降は再び5000系が製造されている。

743 : 【東電 63.3 %】 :2012/08/26(日) 02:02:05.06 ID:rbMyP8CL0
相鉄7000・8000・9000大規模リニューアル車:
相鉄では、直角カルダン式及びGTO-VVVFの部品枯渇が予想され、また、神奈川東部方面線及び東急線直通で、TD並行カルダン・IGBT-VVVF(7000系抵抗車含む)に統一。
旧7000は先頭車は廃車。また共通してブレーキを日立式電磁直通からHRDA/HRAに改造してワンハンドル化。
改造は日立・東急(現総合車両)が設計した車両を共通で扱える川崎重工で行われる。

7000系:ロングシート部は313系スルガシャトル・セミクロス部は313系セントラルライナー同等の座席へのアコモ改善。内装は313系新快速同等。シーメンス製IGBT-VVVF・日本車両ND型台車・円筒案内(ヨーダンパ準備)。
8000系:ロングシート部は西武30000系、セミクロス部は東武50090系同等。内装は西武30000系同等。日立製IGBT-VVVF・住友金属SS型台車・モノリンク(ヨーダンパ準備)。
9000系:ロングシート部はE233系・セミクロス部はE233-3000同等・内装はE233同等。東洋製IGBT-VVVF・川崎重工製KW台車・軸梁式(ヨーダンパ準備)。

744 :名無し野電車区:2012/08/26(日) 09:13:00.99 ID:Ncgh+de70
>>739
ブラックタイドじゃなかたか?>黒潮

745 : 【東電 82.6 %】 :2012/08/26(日) 15:51:46.36 ID:W4yN8dv0O
相鉄20000系/21000系:
相鉄では8000系以来の日立製作所製A-Train。
インテリアは西武30000系をベース。
20000系と21000系の違い非常貫通路。
20000系には5連(JR線で15連を組む為)も用意(相鉄線内10連運用の為、通り抜け用貫通路を用意・30番台)。
21000系には東急CS-ATC/ATS-P/ATS-SF搭載。6連(50番台)・8連(30番台)も用意。
ちなみに、相鉄線では本線・いずみ野線共に、神奈川東部方面線〜JR直通で急行・快速停車駅ホームの15連化。
21000系は神奈川東部方面線日吉ルートより東急目黒線・大井町線・大井町線〜りんかい線〜東海道貨物線経由羽田空港アクセス急行に用いられる。

746 :名無し野電車区:2012/08/27(月) 09:27:46.63 ID:V4FRj8hu0
JR西日本 201系・103系車内更新車
205系のLED化更新が終わった後に実施される。
201系と103系の、それぞれ1編成が試験的にLED化される。問題なかったら2編成目以降もLED化で更新されていく
車内は、シート交換・仕切りの大型化・つり革が225系仕様に交換される。
車内に案内表示機が設置される。
編成組み替えにも対応する。

747 :名無し野電車区:2012/08/29(水) 10:14:51.20 ID:SdGsl5BRO
京成800形電車
青電最後の特急及び一般列車兼用として昭和31年に製造された。
東急車輌で作られたために当時東急が製造していた5000系に似た超軽量車体が特徴。
クハは2400形で750形のクハ2250形同様中間に入る事を前提とした切妻である。
モハのパンタグラフが運転席側になく中間車側と逆になったのが特徴。
モハ801〜808クハ2401〜2408の2連8本が作られたが、実際には
モハ800-クハ2400-クハ2400-モハ800の4連で使われ、700形や750形とは混結しなかった。
走行系は当初京浜急行電鉄が製造していた600形を基盤とした東洋電機製の
吊り掛け式もしくは当時東急が量産を開始していた
5000系同様の
直角カルダン式駆動式を採用する予定であったが、結果的には京阪が導入した
TDもしくはWNカルダン式のいずれかの新性能型を検討された結果WNカルダン式が
採用され、台車は住友金属製FS308が採用された。
車内は3ドアながらセミクロスシートであるのが特徴で普通から特急開運号
まで幅広く使われていた。
しかし超軽量車体故に車体の老朽化が激しくなったために1968年に210形同様
の更新が行われ、車体は210形同様のと取り替えられた。
また編成を4連2本を京成で残し、残り2本はモハ806-クハ2406を中間車化して
モハ807-クハ2407-クハ2408-モハ808の間に組み込んだ6連を組成の上で
新京成電鉄に譲渡され、750形として使われた。
なお京成に残された車両の内801-2401-2402-802はWNカルダンからTDカルダンに
変更されて東洋電機製の主電動機に交換された。新京成に譲渡された車両もTDカルダンである。
新京成に譲渡された車両は1987年に8800形に取り替えられる形で廃車された。
京成に残った4連2本は晩年は金町線のみに使われ、昭和58年には冷房化も
する計画だったがそれも行われず、1990年にさよなら運転を上野〜押上〜金町で
行われた後翌年廃車された。
モハ805-クハ2405は電動貨車モニ31-32形に改造されるが、これは次で。

748 :名無し野電車区:2012/08/29(水) 10:40:54.80 ID:SdGsl5BRO
>>747続き
210形に準じた更新から外れたモハ805-クハ2410は、210形との増結用などに
使われた後に1976年にクハを750形からの発生品を再利用する形で
電装化の上で電動貨車モニ31-32形に改造された。
車体は両運転台式でモニ21-22形と同様の車体であった。チ5形やトキ20形と
連結していたが、1984年に旧国鉄より931形貨車3両が新幹線用バラスト運搬車で
あったために台車を取り替える必要がない点も譲渡の決め手となり、京成の
バラスト運搬列車用貨車となった。形式にはリキ201〜203形である。
晩年はこれと組んで使われて空港線二期工事 北総線高砂延伸 千葉急行電鉄
建設などの各種工事で活躍し、日暮里駅改良工事のバラスト輸送が最後となった。
この際にモニの走行系を3200形との更新が再度行われ、赤電と同等の能力となっている。
2008年に廃車解体される予定だったが、成田スカイアクセス線開業を機に
アクセス線での緊急時の救援車両の必要性から廃車は免れ、京急ファインテックにて
救援用資材の積載を行い、現在スカイアクセス線救援車両として印西牧の原の車庫に常駐している。
たまに検査で宗吾まで運転される際にスカイアクセス線を走行する光景が見られる。

749 :名無し野電車区:2012/08/30(木) 20:28:59.86 ID:olMrqVVl0
JR西日本 225系8000番台
大阪始発の福知山線快速を完全223系・225系化と、JR東西線の直通快速を225系にするために登場
編成はJR東西線内のホームドアの編成限界に合わせて7両編成(サハが初登場)
3ドアだが、直通快速運用時は真ん中の扉は開かない代わりに、残りのドアの幅が広くなっている
トイレは設置されない
6編成登場する
東西線対応なためWパンタとなる

JR西日本 225系8000番台 編成組み替え
JR東西線での混雑がひどくなったため、直通快速運用から外すことになった。
8連3本 6連3本に組み替えて福知山線快速に充当する
8連のサハはもとから電装化対応工事を行っていたため、1パンタで電装化される

750 :名無し野電車区:2012/08/31(金) 14:26:06.05 ID:HWM+bNRI0
JR九州 303系1000番台
筑肥線用の快速用車両
筑肥線にも福岡−唐津間の高速バス対策として快速運用に相応しい車両を
投入することとなったが、福岡市営地下鉄乗り入れを考慮したため、
303系ベースの4扉車となり、クロス⇔ロング変換可能なデュアルシートを採用した。
先頭車には便所も設置されているが地下鉄線内では使用不可となっている。
この車両の登場に合わせて福岡空港−唐津間に快速が1時間ヘッドで設定された。
快速の停車駅は福岡空港−天神の各駅・姪浜・筑前前原・唐津とし、JR線内の最高速度は
110km/hと高速化も図られ、快速運用時にはクロス仕様で使用されるなど、
高速バスを意識したものになった。
なお、普通列車に運用する時はロングシート仕様で使用される。

751 :名無し野電車区:2012/09/02(日) 09:54:37.75 ID:GkIVspeSO
大井川鐵道(財日本ナショナルトラスト) 6000系
所属機関車C12-164にはATSの保安装置が装着されていないために運転できず、
機関車自体と客車の老朽化が進んだことから電車運転に切り替えることにしたもので、
これにより普通列車での募金活動等が可能となった。
車両は親会社の名鉄より瀬戸線で使われていた6750系と6600系を各2連で購入して
使用することにした。
旧南海車及び予備となっている旧近鉄420系の老朽化が進んでいたことも一因。
6750系の走行系を大鐵が持つ近鉄420系のに取り替える計画もある。
塗装は当初スカーレッド1色だが、6750系は白帯を巻く予定で6600系は旧特急色に
する予定。なお名鉄からは7100系も1編成導入する計画である。
トラストトレインの電車化後もC12-164は新金谷に放置されていたが
JR東日本が真岡鐵道が窓口となって動態運転用のタンク機として購入したい打診があり、
大宮に搬出されて復元にむけて準備が進められている復元後は高崎ではなく
長野に配置される予定で、小海線や飯山線での運転が期待されている。
客車はオハニ36形は大鐵に残るが、スハフ43形2両は同じくJR東日本に譲渡される。
(東日本がC61-20の復元に際し同機が牽引していた特急はつかりに使われていた
客車を大鐵が持っていた事が決め手となる。オハニ36は東日本も1両あり譲渡されず)
東日本からはオハ47 スハフ42各1両とのトレードで同意した。

752 :名無し野電車区:2012/09/02(日) 19:24:20.09 ID:TD4iAPzdI
国鉄が幻の105系を実用化したら101系のMT54版

国鉄105系制御装置CS12D MMはMT54で120KW
歯車比5.6

国鉄大阪鉄道管理局が京阪神鈍行線、阪和線の新性能化に
首都圏の103系は高速性能が不足しており。
駅間距離が長い線区向けに101系のパワーアップ型として
103系と113系の間を埋める通勤型電車として開発

クモハ105、クモハ104パンタ付
モハ105、モハ104パンタ付 台車はDT21
クハ105 サハ105 台車はTR62
以上が昭和43年(1968年)から阪和線、京阪神鈍行線の
新性能化に投入され関東でも常磐線新性能化に
当初の103系にかわり105系が投入された。
昭和47年1972年にユニット窓化、昭和48年1973年から新製冷房車
昭和50年1975年から冷房改造が始まったのは103系と同じだが。
投入線区のATC化予定が無い事からクハ105は最後まで
低運転台のままで、クハ100、クハ101、クハ103からも
クハ105に改造車も現れ、サハ105はサハ101、サハ100、サハ103
からの改造車も現れ1978年度に103系より一足はやく
新製が終了した。
その後は101系のMMをMT46から105系と同じMT54
に換装して105系の仲間入りした車もあり
101系からの編入改造車は500番台に区分された。
しかし国鉄末期には201系や103系が首都圏で優先された
ため、分割民営化時には関西圏、中京圏に105系が集結し
首都圏からは追い出された、以後JR時代に。

753 :名無し野電車区:2012/09/03(月) 13:03:22.69 ID:B6xqu2HG0
キハ48ジョイフルトレイン「キハ・フォーティエイト」
JR東日本でキハ48を改造して作ったジョイフルトレイン。
リクライニングシート化と窓枠の固定化を行った。
首都圏入線に対応させるためエンジンを換装しており、最高100km/h運転に対応。
塗装や内装のデザインにAKB48のメンバーも関わっているという。

754 :名無し野電車区:2012/09/03(月) 17:31:25.08 ID:Fzrp42XIO
>>753これならどうだい
JR東日本 E233系1000番台 KHT48編成
JR東日本が京浜東北線向けE233系1000番台を量産する際に第48編成のみに
特別装備を施した編成で、別名KHT48編成とも呼ばれる。KHTとは京浜東北のことを意味する。
編成の総合デザイナーに秋元 康氏を起用し、AKB SKE NMB HKT選抜メンバーが 手掛けた車内が特徴で1両毎に内装等が全く異なる。
1号車 篠田麻里子-2号車 高橋みなみ-3号車 松井珠理奈(SKE48)-4号車 小嶋陽菜-5号車 柏木由紀
6号車 松井玲奈(SKE48)-7号車 山本 彩(NMB48)-8号車 指原莉乃(HKT48)-9号車 渡辺麻友-10号車 大島優子
また車内放送も各メンバーで手掛ける。
大船〜桜木町 山本 彩(NAB48)
桜木町〜横浜 松井玲奈(SKE48)
横浜〜川崎 篠田麻里子
川崎〜蒲田 高橋みなみ
蒲田〜浜松町 柏木由紀
浜松町〜田端(快速) 小嶋陽菜
浜松町〜田端(普通) 指原莉乃(HKT48)
田端〜赤羽 松井珠理奈(SLE48)
赤羽〜南浦和 渡辺麻友
南浦和〜大宮 大島優子

755 :名無し野電車区:2012/09/05(水) 11:31:34.44 ID:COSPzCcy0
川崎市電1形
1939年(昭和14年)2月8日の開業に際して、日本鉄道自動車工業で10両、
木南車輛製造で10両の計20両が新造された10m級の軽量小型低床ボギー2扉車で、
全長9800mm、全幅2400mm、全高3840mm、3枚窓の前面に傾斜を持つ、
「半流線型」のデザインで、低床で車端が絞られている為、
実際よりも小柄に見える。1段ステップ付いた両端扉の2枚引戸、
リベットが目立つ半溶接構造の車体に窓上下に帯を巻いたシルヘッダー付車で、
側面窓は1段降下式、側面配置は1D8D1(D:客用扉、数字:窓)、

主電動機は吊り掛け式の三菱電機MB-165L(36kW×2)、
制御装置は三菱電機KR-8(直接制御)、SM-3形空気ブレーキ・電気ブレーキを併用、
台車は菱枠型フレームでウィングばね式のD-11形を装備、集電装置はビューゲル。

1939年(昭和14年)10月、川崎-桜本間に就航、渡田車庫に所属。

1945年(昭和20年)4月15日、川崎大空襲で11両が焼失するという、
大被害を被った。11両の復旧は困難と判断され解体処分、
残存車の9両、2・5・6・7・12・14・15・18・19号車で運行。

756 :名無し野電車区:2012/09/05(水) 11:33:52.32 ID:COSPzCcy0
1946年(昭和21年)11月6日 国道132号線上の中島町交番電停で、
乗降中の7号車に米軍トラックがノーブレーキで追突、
重傷者1人、軽傷者16人を出す事故となった。
事故後、7号車は殿町車庫で復旧。

1947年(昭和22年)1月21日 国道15号線の元木交差点を夜光方面に横断中の、
15号車に鶴見方面から信号無視で進入した米軍の大型トレーラーが衝突、
重傷者7人、軽傷者22人を出す大事故となった。
15号車は、前部右側から右前側面が大破、事故後に殿町車庫で調査したところ、
台枠が変形してることが確認されたため、2月25日付けで廃車となった。

1955年(昭和30年)車内更新、アイボリーのアルミデコラ化粧板を装着。

1970年(昭和45年)8両全車が廃車、2号車が渡田車庫の跡地に出来た、
市電公園に末期状態のまま静態保存された。

757 :名無し野電車区:2012/09/05(水) 11:39:41.45 ID:COSPzCcy0
川崎市電100形
1940年(昭和15年)から1941年(昭和16年)にかけて日本鉄道自動車工業で12両、
木南車輛製造で10両の計22両が新造された12m級の軽量中型低床ボギー2扉車で、
全長11800mm、全幅2440mm、全高3880mm、3枚窓の前面に傾斜を持つ、
「半流線型」のデザインで、1段ステップ付いた両端扉は2枚引戸、
リベットのない全溶接構造の車体となり、当時の電車窓の上下にあった帯が無い、
ノーシル・ノーヘッダー車、拡大された客用2段上昇窓、張上げ屋根と相まって、
最も近代的な外観だった。側面配置1D9D1(D:客用扉、数字:窓)、
屋根には箱型ベンチレーターを2列7基備える。

主電動機は吊り掛け式の三菱電機MB-176LR(40kW×2)、
制御装置は三菱電機KR-8(直接制御)、SM-3形空気ブレーキ・電気ブレーキを併用、
台車は改良形である菱枠型フレームでウィングばね式のD-13形Lを装備、
集電装置はビューゲルを装備、後年になって菱形パンタグラフに換装されている。

1941年(昭和16年)市電川崎-夜光間に就航、当初は渡田車庫に所属、
殿町車庫開設後、全車が殿町車庫に所属。

1945年(昭和20年)終戦時、全車健在。

758 :名無し野電車区:2012/09/05(水) 11:41:30.63 ID:COSPzCcy0
1949年(昭和24年)11月2日 小田栄町電停で乗降中の113号車に
昭和電線前方面から来た、わき見運転の米軍大型ダンプカーが追突、
重傷者5人、軽傷者12人を出す大事故となった。
事故後、113号車は成就院前車庫で復旧した。

1956年(昭和31年)9月30日 渡田新町-渡田三丁目間で市電川崎行きの109号車と、
小型トラックが出遭いがしらに衝突、怪我人は出なかったことが幸いした。

1958年(昭和33年)車内更新、アイボリーのアルミデコラ化粧板、
天井はホワイトとなり、換気装置としてファンデリアを装備、
全車の集電装置を泰平電鉄機械製のZ型パンタグラフに変装した。

1963年(昭和38年)8月27日 昭和電線前電停で乗降中の14号車に、
東渡田三丁目から来た大型ダンプカーが衝突、重傷者3人、
軽傷者24人を出す事故となった。事故の原因はダンプカーの運転手が、
大雨で前方視界不良のなか、軌道優先法案を無視して、軌道を走行、
停車してた14号車の発見が遅れたことだった。
事故後、14号車は成就院車庫に運び込まれて復旧。

1977年(昭和52年)廃車が始まり、101号車が市電公園に静態保存、
状態の良かった108号車は動態保存として成就院前車庫に保管、
企業宣伝・川崎市電周年記念などイベントのみの運行となった。

759 :名無し野電車区:2012/09/05(水) 16:59:02.69 ID:COSPzCcy0
川崎市電200形
1942年(昭和17年)江ヶ碕町間の開業に際して、日本鉄道自動車工業で12両、
木南車輛製造で10両の計22両が新造された14m級の軽量大型低床ボギー2扉車で、
全長13760mm、全幅2500mm、全高3880mm、3枚窓の前面で、
車体はノーシル・ノーヘッダー車、両端の扉は1枚引戸となり、
側面の客用窓は2段上昇窓、側面配置は1D9D1(D:客用扉、数字:窓)、
1段ステップ付いたの客用扉は2枚引戸となっていて、
屋根にはガーランド形のベンチレーターを2列8基備える。

主電動機は吊り掛け式の三菱電機MB-178LR(40kW×2)、
制御装置は三菱電機KR-8(直接制御)、SM-3形空気ブレーキ・電気ブレーキを併用、
台車は改良形である菱枠型フレームでウィングばね式のD-13形Lを装備、
集電装置はビューゲルを装備していた。

1942年(昭和17年)江ヶ碕町線に就航、江ヶ碕車庫に所属。

1943年(昭和18年)環状西線の開通。

1945年(昭和20年)戦災廃車は1両も無く終戦、

1958年(昭和33年)6月19日 府中街道の河原町交番前近くを走行中の211号車に、
車線変更してきたダンプカーが接触、怪我人は出なかった。
211号車は前面左側を幅15cm、長さ32cmほどのヘコみ傷が出来たが、
江ヶ碕車庫で21日に修復、翌日運行復帰。

760 :名無し野電車区:2012/09/05(水) 17:01:19.62 ID:COSPzCcy0
1960年(昭和35年)輸送力の増強が求められ、最大の輸送効率を確保する目的で、
全車の連接車改造が行われ、片車体長12500mm、全長25000mm、全幅2500mm、
全高3900mmの全金属車体に載せ代えられ、前面はHゴム支持の2枚窓を採用、
客用窓は天地が少しだけ大きくなり、上段下降、下段上昇の2枚窓を採用、
1段ステップ付いたの客用扉は2枚引戸となっていて、
側面配置は1D6D3(D:客用扉、数字:窓)、連結妻面は切妻形となり、
広幅の貫通路を設置、車内は薄ブルーのアルミデコラ化粧板、
天井は白色とされ、換気装置としてファンデリアを装備した。

主電動機は東洋電機製造のTDK534-A 50kw×4を吊り掛けで装備、
制御器も東洋電機製造ES-536-Bを装備、台車はKS-117、
東洋電機製造のパンタグラフを2基、運転台側に搭載、
空気ブレーキとしてはSME/STE非常弁付き直通空気ブレーキを装備していた。

形式変更は行われず、古川向きが奇数車、江ヶ碕町向きが偶数車とされていた。

1960年(昭和35年)環状西線に就航、全車が塚越車庫に所属。

1966年(昭和41年)12月10日 東西環状線の接続で、東線乗り入れ運行開始。

1981年から1983年にかけて全車が三菱電機CU77A集中型冷房装置の搭載を実施。

1992年(平成4年)老朽化で廃車が始めり、状態の良かった211-212号車が、
動態保存対象となり、塚腰車庫で保存、201-202号車が市電公園に静態保存された。
2000年(平成12年)に211-212は1段ステップ撤去、ステップ跡を塞ぎ、
客用扉を交換してバリアフリーに対応して復活運行を開始。

761 :名無し野電車区:2012/09/05(水) 17:10:17.13 ID:COSPzCcy0
川崎市電300形
戦後初の14m級軽量大型低床ボギー2扉車として1948年(昭和23年)2月8日から、
日本鉄道自動車製造で計28両が1950年(昭和25年)までに新造され、
環状東線に14両、環状西線に14両と就航した。

全長13760mm、全幅2500mm、全高3880mmの半鋼製車体、正面は半流線型の3枚窓、
中央窓上に行先方向幕がつき、上部に埋め込み式の前灯灯を装備、
客用窓は上下段上昇式の2枚窓、側面配置は1D9D1(D:客用扉、数字:窓)、
1段ステップ付いたの客用扉は2枚引戸となっていて、
屋根にはガーランド形のベンチレーターを2列8基備える。

主電動機は吊り掛け式の三菱電機MBC236-K(42kW×4)、
制御装置は三菱電機KR-8(直接制御)、SM-3形空気ブレーキ・電気ブレーキを併用、
台車はブリル77E形を装備、集電装置はビューゲルを装備していた。

762 :名無し野電車区:2012/09/05(水) 17:12:30.86 ID:COSPzCcy0
1948年(昭和23年)環状東線、環状西線に就航。
東線は殿町車庫、西線は塚越留置線に所属。

1956年(昭和31年)全車の集電装置を泰平電鉄機械製のZ型パンタグラフに変装。

1965年(昭和40年)車体更新、窓枠のアルミサッシ化、
アイボリーのアルミデコラ化粧板、天井はホワイトとなり、
換気装置としてファンデリアを装備した。

1970年(昭和45年)ワンマン改造実施。

1988年(昭和63年)老朽化により全車の廃車が決定、
状態の良かった326号車は動態保存車として塚腰車庫に保管され、
イベントのみの運行となり、301号車が市電公園に静態保存された。

300形が廃車されたことで、川崎市電の冷房化100%が達成された。

763 :名無し野電車区:2012/09/05(水) 17:19:14.49 ID:COSPzCcy0
川崎市電400形
戦後、乗客数の急増加で車輌不足に悩んでいた川崎市交通部が、
屑鉄として地元企業が購入してた戦災廃車の東京都交通局3000形を買上げ、
復旧させた14m級の前後2扉の低床式木造ボギー車で、日本車輌、田中車輛、
藤永田造船所、汽車会社製造など出所はまちまちだが、改造名目で復旧させる為、
台枠に変形や損傷が無い物を選び、殿町車庫、江ヶ碕車庫に持ち込んで、
1948年(昭和23年)から1950年(昭和25年)にかけて22両を復旧させた。

台枠を延長した全長13700mm、全幅2500mm、全高3900mmの半鋼製車体、
正面は丸妻の3枚窓で、左側の運転窓以外は下段上昇式の2枚窓とされ、
側面の窓上下にシルヘッダーが付き、客用窓は上下段上昇式の2枚窓、
側面配置は1D9D1(D:客用扉、数字:窓)、屋根にはヘッドライトが1灯付き、
1段ステップ付いたの客用扉は1枚引戸となっていて、
屋根には再生したガーランド形のベンチレーターを2列8基備える。

主電動機は1-4号車が三菱電機MBC235-K(40kW×4)、
5-11号車が東洋電機製造TDK516-A(42kw×4)、
12-18号車が東洋電機製造TDK523-M(43kw×4)、
19-22号車が神鋼電機TB-30B(40kw×4)、
いずれも吊り掛け式で、制御装置や制動装置も再生可能な物をかき集めた。
台車は1-6号車がD-10、7-12号車がD-10N、13-22号車がD-11といずれも、
屑鉄だった東京都交通局の台車を再生使用した。

764 :名無し野電車区:2012/09/05(水) 17:21:17.22 ID:COSPzCcy0
1948年(昭和23年)から環状東線、環状西線に就航。
東線は殿町車庫、西線は江ヶ碕車庫に所属。

1961年(昭和36年)戦災復旧車の宿命で、外板の歪みが激しくなり、
台枠も捩れがある車輌、亀裂の見つかった車輌が調査で見つかったことで、
車体を載せ代える必要に迫られたところ、大阪市交通局で余剰車となった、
鉄骨木造の車体の1501形の車体のみを1962年(昭和37年)1月に22両購入、
大阪から海上輸送で横浜、横浜から陸送で殿町車庫、江ヶ碕車庫に入れた。
殿町車庫へ入ると外板は鋼鉄に変えられ、前後非対称の2扉は、
前後対称の3扉車に改造、側面配置は1D5DD5D1(数字:窓、D:客用扉)、
側面窓は上段下降、下段上昇式の2枚窓となり、車内はアルミデコラ化粧板、
天井には蛍光灯とファンデリア5基付けられた。
1962年(昭和37年)からの改造で400形の全長は13700mmとなった。

主要機器は、そのままとされ、旧車体から外され、新車体に付けられた。
台車は川崎車輌のOK-14を改良したOK-14Lを装着した。

1962年(昭和37年)環状東線、環状西線に就航。
東線は殿町車庫、西線は江ヶ碕車庫に所属。

1970年(昭和45年)ワンマンカー対応改造。

1986年(昭和61年)から廃車、418号車が市電公園に、
静態保存されたのみで、他は解体された。

765 :名無し野電車区:2012/09/06(木) 13:43:02.11 ID:uSV1OTmH0
川崎市電500形
戦後復興で工業地帯への通勤客需要が増大、輸送力の増強が求められ、
最大の輸送効率を確保する目的で連接車の導入が決定、
川崎市電初の大型連接新造車で1952年(昭和27年)から1954年(昭和29)まで、
日本鉄道自動車製造で501−520号車の計10本20両が新造された。

片車体長12500mm、全長25000mm、全幅2500mm、全高3900mmの2扉半鋼製車体、
前面は京浜急行500形と同じ、比率は2対1の下段が大きい2枚窓を採用し、
運転席窓は上下とも固定され、正面右側窓の下段だけ上昇式にされ、
その窓上には行先方向幕が付き、上下段上昇式の側面窓幅も大きくなり、
側面配置は1D7D3(D:客用扉、数字:窓数)となり、
1段ステップ付いたの客用扉は2枚引戸となっていて、
屋根には換気装置として、大型の箱型通風器が2列の6基並び、
大型の連接車体となったことで、客用扉前や車内中央には、
スタテッションポールが片車輌5本付いた。

主電動機は東洋電機製造のTDK-552G1-A、端子電圧600V時定格出力60kWの、
吊り掛け式を2基づつ台車に装備、直接抵抗制御で、
東洋電機製造のパンタグラフを2基、運転台側に搭載、
台車は扶桑金属のKS-40Jの改良版、KS-40JLを履いていた。

766 :名無し野電車区:2012/09/06(木) 13:47:02.16 ID:uSV1OTmH0
1952年(昭和27年)環状東線に就航、全車が成就院前車庫に所属。

1969年(昭和44年)車体更新、窓枠のアルミサッシ化、
薄ブル-のアルミデコラ化粧板、天井はホワイトとなり、
換気装置としてファンデリアを装備した。

1981年(昭和56年)から1983年(昭和58年)にかけて、
全車が三菱電機CU77A集中型冷房装置の搭載を実施。

1996年(平成8年)老朽化で廃車が始まり、501-502号車が市電公園で静態保存、
状態の良い507-508号車が動態保存対象となり、塚腰車庫で保存された。

2008年(平成20年)動態保存されていた507-508号車の復活運用を発表、
全電停がバリアフリー対応になっている都合上、復活するにあたって、
バリアフリー対応工事が行われ、1段ステップ撤去、ステップ跡を埋め、
客用扉交換して5月1日から復活運転を開始。

767 :名無し野電車区:2012/09/06(木) 13:57:14.71 ID:uSV1OTmH0
川崎市電600形
大型連接新造車として1960年(昭和35年)から1962年(昭和37年)までに、
東洋工機(株)で601-620号車の計10本20両が新造された。

片車体長12500mm、全長25000mm、全幅2500mm、全高3900mmの2扉全金属製車体、
前面は500形と同じ、比率は2対1の下段が大きい2枚窓を採用し、
運転席窓は上下とも固定され、正面右側窓の下段だけ上昇式にされ、
その窓上には行先方向幕が付き、上下段上昇式の側面窓幅も大きくなり、
側面配置は1D7D3(D:客用扉、数字:窓数)となり、
1段ステップ付いたの客用扉は2枚折り戸となっていて、
換気装置は500形の箱型とは違い、モニター屋根とされ、
車内は薄緑のアルミデコラ化粧板を使い、天井はホワイト塗りとされ、
強制換気装置として直接通風装置のファンデリアが片車輌6個付けられ、
スタテッションポールは500形と同じ片車輌5本付いた。

主電動機は東洋電機製造のTDK-556G1-A、端子電圧600V時定格出力60kWを、
吊り掛け式を2基づつ台車に装備、直接抵抗制御で、
東洋電機製造のパンタグラフを2基、運転台側に搭載、
台車は住友金属製のH-2274B形板ばね台車である。

768 :名無し野電車区:2012/09/06(木) 14:03:35.59 ID:uSV1OTmH0
1956年(昭和31)環状東線に就航、全車が殿町車庫に所属。

1975年(昭和50年)車内更新を実施、アルミデコラ化粧板の変更、
モケットシートの柄が変更された。

1983年(昭和58年)から1985年(昭和60年)にかけて、
全車が三菱電機CU77A集中型冷房装置の搭載を実施。

2000年(平成12年)から廃車が始まり、601-602が市電公園に静態保存、
状態の良かった605-606号車が動態保存車として塚越車庫で保存された。

2008年(平成20年)500形と同じく1段ステップを撤去、ステップ跡を埋め、
客用扉を交換して、バリアフリーに対応した動態保存車として復活運転開始。

769 :名無し野電車区:2012/09/06(木) 14:08:24.84 ID:uSV1OTmH0
川崎市電700形
老朽化した1形を置き換える目的、過密ダイヤ運行の増車目的などから、
川崎市電初の3扉ワンマンカーとして1970年(昭和45年)に東急車輛製造(株)で、
701-716号車の計16両が新造された全金属製車体の13m級軽量大型低床ボギー3扉車。

全長13760mm、幅2500mm、全高3900mmで正面は1枚固定窓化され、
窓下左右にヘッドライトが1灯づつ、その下に同じく左右に尾灯が付き、
窓上の中央には行先表示器が付けられ、1枚窓左右にバックミラーを装備、
側面窓はアルミサッシの上段下降、下段上昇式の2枚窓を装備、
側面配置は1D(1)2(1)D3(1)D1で、側面行先表示器の設置、
1段ステップ付いたの客用扉は1枚の大型引戸となっていた。

電装品に関しては、三菱電機MB-214LR(41kW)を各台車2基づつ装備、
制御装置は三菱電機KR-8(直接制御)、SM-3形空気ブレーキ・電気ブレーキを併用、
パンタグラフを搭載、台車はTS-118の改良低床形であるTS-118SLを装備。

車内は天井がホワイト、蛍光灯の他、扇風機が等間隔に5基設置され、
アイボリーのアルミデコラ化粧板、薄赤のロングシートとされ、
定員98名、自重17.6tとなった。

1970年(昭和45年)環状西線に就航、全車が江ヶ碕車庫に所属。

770 :名無し野電車区:2012/09/06(木) 14:12:45.36 ID:uSV1OTmH0
1982年(昭和57年)3月1日 紺屋町-遠藤町間の国道1号線を横断中の707号車に、
信号無視の大型トラックが猛スピードで衝突、707号車は横倒しとなり、
大型トラック運転者を含めた死者3名、重軽傷21名の大事故になった。
江ヶ碕車庫で707号車を調査したところ、台枠が変形してることが確認され、
3月11日付けで廃車解体された。700形では初の廃車となった。

1983年(昭和58年)1月21日 明治堂前-第二京浜間で急な車線変更してきた、
小型タンクローリーに711号車が追突、漏れ出した燃料に引火して炎上、
705号車に燃え移り、全焼する事故が発生、幸い乗客は乗務員の誘導で、
車外に脱出していたので負傷者は居なかった。この火災で架線が焼き切れたが、
翌日に復旧、711号車は同月24日付けで江ヶ碕車庫にて廃車解体。

1985年(昭和60年)から1988年(昭和63年)にかけて、
全車の更新と冷房改造が行われ、日立製冷房装置を搭載した。

2000年(平成12年)全車がバリアフリー対応車種に選定されていたが、
1000形の大量増備計画で余剰になることが判明、早期廃車解体が決定した。
701号車のみ市電公園に静態保存された。

771 :名無し野電車区:2012/09/06(木) 16:16:55.57 ID:NIibyRTm0
JR東海クハ312-9001
トレイン117の成功を見て、JR東海が日本車両に発注した車両。
9000番台の名の通り、単なる観光用ではなく、試作的要素が少なからず入った車両である。

外観は、キハ25形を両運転台2ドア化した上でトロッコ列車にしたような形。東京側ドア横には「そよかぜトレイン」のロゴが入っている。
連結器は双頭型両用連結器で、また、制御機器等も211系・213系・311系・313系・キハ25形などと併結可能な仕様になっている。
内装は、トレイン117のウインディスペースと大差無い。
ただし、トレイン117と比べてドア間の開口部(鉄格子のような転落防止柵を設置)がかなり広くなり、最高速度も130km/hとなった事から、トレイン117と比べて「そよかぜ」どころではない風が入るようになった。
また、東京側車端部には自販機も設置された。

トレイン117と比べて柔軟な運用が可能であり、
この車両が登場したお陰で、高山本線や参宮線など非電化路線での「そよかぜトレイン」の運行が可能となっただけではなく、
211系・311系・313系などで運行されるさわやかウォーキング号に必ず連結されるなどの活躍を見せている。
ただし、トレイン117のように、ウインディスペース以外の車両に必ずしも机が無いばかりか、
時折、ロングシート+ウインディスペースというなんともいえない編成で運用されるなどして、
トレイン117と比べると必ずしも評判は良くない。

なお、この車両での経験を元に、キハ25形の両運転台タイプや、キハ25形と313系の協調運転機能追加タイプの製造が検討されているとか。

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